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#23 お互い様さん

 それから槙人さんは美術室へ戻り、金子や東金に謝罪をした。もっとも今回の一件は槙人さんだけが悪いかというと、そうでもないような気もするが。


 俺と槙人さんはこの事件の顛末を説明した。どうやら槙人さんは面談を終えて雨海と分かれた後、美術室から逃げる金子を目撃したらしい。気になって美術室を覗くと中は絵の具だらけで、それを見て雨海を犯人に仕立て上げることを思いついたとのことだ。


「とんでもないですぅ……。元はと言えば、私がドジしちゃったからで……」

「これからは! 兄妹仲良く~だよ?」


 一番の被害者ノリかっる。そんなんでいいのだろうか……? 本人がいいならいいのか。


 ……それから少し経ち、重ねて謝罪をした槙人さんは先に学校を離れてしまった。


「にしても事件の謎がこーんな簡単に分かっちゃうなんて! まるで名探偵コ……ナントカみたいだね~っ!」

「それはもうほぼ言っちゃってるんだよなぁ……」

「ん~にしてもこの”画”を見てると、なーんかインスピレーション沸いてきちゃうんだよね! さっきのよりもいいのが描けるかも~!」


 東金は両手の親指と人差し指で枠をつくり、絵の具がばら撒かれた現場を見ながら言った。絵を台無しにされた割に前向きなようで、まぁそっちはよかった。だが気になるのは……。


「二駄木の話には納得したけど、でもやっぱり……兄ちゃんがあたしを嵌めようとしたなんて、信じられないよ……」


 雨海はすっかり意気消沈していた。尊敬しているとまで言っていた兄だ。無理ないだろう。


「まぁ、向こうも妹と親の板挟みで苦悩してはいたんだろうとは思うけどな」

「……板挟み?」

「槙人さんは両親のめいで何度もここに来させられてたんだろ? 確かその目的は『お前の転校』だったな」

「……あっ、それって」

「お前が美術室で人の絵に絵の具をぶちまけたと広まれば学校に居づらくなる。そうなれば、転校もさせやすくなる。お前を嵌めようとした狙いはおそらく、そんなとこだろう」


 とはいえ。逃げる金子を目撃したのは完全な偶然であり、その後の行動が槙人さんの独断によるものだったのは確実。かなり好意的に見れば……『度重なる両親からの圧力があって、どうしても転校させなければならないという精神状態にあった』といったところだろうか。実際には他にも思惑があった可能性もある。だが、この場ではもうそこまでは知る術などない。


「……帰ったら改めて話し合ってみるよ。兄ちゃんがここまでしなきゃいけなかったワケとか、どんな気持ちでいたのか……とか」

「そうするといい」


 あとは雨海本人が、自ら向き合うのが一番よいのだろう。これ以上は俺が介入する意義もないと見える。


「……改めて、ありがとう。二駄木」

「どーいたしまして」

「あと……勉強教えてくれってこの前言ったけど。あれ、ナシでいいよ。これ以上世話になりっぱなしなのも悪いし……」


 やっぱり話に聞いた通り、結局一人で解決しようとするのか。


 ……。


「……悪かないだろ」

「えっ」

「お前はあまり人を頼りたがらないきらいがあるんだろうが……あの本庄って先輩は、そこを気にかけていた」


 これを俺がやることが適切かは分からない。


 ……だが。大事な関係だからこそ、持ち込めない悩みだってあるだろう。逆に言えば、今まで全く関わりのなかった人間だからこそ拒まず受け入れられるということも、きっとある。俺はそう思った。


「迷惑かけたくないとか思いながら、結局そのために人へ心配かけちゃ世話ないだろ」

「あたしは……最初は勉強を教えてもらうだけのつもりだったんだ。けど、そのせいで結局アンタを家の問題にまで巻き込んじゃった。だからやっぱり……」

「……俺は中途半端に首を突っ込む気はない」


 もとよりそのつもりだった……というわけではない。だが、もはやここまで首を突っ込んでおいて、孤独に頑張ろうとする彼女を突き放すような真似は……できない。


「迷惑かけたって別にいいだろ……どうせ、今までほぼ他人だったんだからよ。俺のことなんて、そんな大事にしなくていい」

「……なんだそれっ。そんなに言うんなら……よろしく頼むよ」


 雨海の顔には、僅かな笑みが浮かんでいた。





~~~~~





「……」


 俺は部室奥から発見された、赤い絵の具の付いたますますくんを眺めていた。こうしていると、以前起きたゴタゴタが色々と思い起こされる。この出来事のあと槙人さんは雨海に新しいマスコットをプレゼントしたらしく、汚れてしまったものは現在こうして部室に置かれているのだ。


 あの後、将棋部は俺が入ることで取り敢えずあと1年持つことになった。最初は本庄先輩が卒業するまで名前を貸すだけのつもりだったが、今となってはなんだかんだ俺も将棋の勉強をしている。本庄先輩や雨海にはまだまだ敵わないが。


「いや~懐かしいねぇ」

「あぁ。俺も思い出したわ、色々と。……古典で赤点回避させるのにあそこまで苦労するとはな……」

「ってそっちかよ!」


 なんなら最終的に雨海が苦手とする文系科目全般の面倒を見たのでかなり大変だった。ヤバい……思い出すだけで泣いちゃいそう……!


 しかし、今思えばあの一件がきっかけで雨海や東金など学内で人と関わる機会が増えた。元から必要があれば人とコミュニケーションをとることに不自由はなかったが、まぁ世間的にその価値観は普通ではないだろう。


「う~ん、暇だし帰っちゃう?」

「そうだな……」

「ついでに本屋行かない? 二駄木がこの前おすすめしてた本とかさ……」

「ん? 興味あるのか? なら行くか!」

「食いつき早いなオタク!! てかあたしは本に興味あるというより……いや、なんでも……」


 かつて俺は人と関わるのが一度嫌になって、高校生になってからは自ら孤独を選んだ。不思議とつらさを感じたことはなかったが……今なら分かる。俺はきっと辛くはなくとも満たされていなかった。


 そして一度孤独を選んでしまうと、そこから動こうとするのはけっこう難しくなるのだ。


「…?? なーにボサっとしてんの? 行くならさっさと行くよ!」

「……ああ、今行く」


 最初は迷惑をかけられる覚悟でいたのが、振り返ってみれば思いの外俺がもらったものもあったのだなと改めて気付いた。


 荷物を鞄に適当に詰め込んで、俺は扉のそばで待つ彼女の元へ向かっていったのだった。

少し長めの第五話、完結です。読んでいただきありがとうございます。

まだまだ続きますので、是非この先も読んでいってください。

そしてよければ評価・ブックマークの方も、よろしくお願いします。

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