仲間と共に
「忘れたって…どういうことだよ?」
梨菜の言ってることの意味が分からない。忘れた?四人での思い出も?
「そのまんまの意味、昔の事は忘れちゃったの。思い出す事は二度とないんだって。で、そのうち何もかも忘れて、最後は呼吸の仕方も分からなくなって死んじゃ……」
「うるさい、それ以上言うな…!」
聞きたくない。彼女の口からそんな言葉は聞きたくない。彼女は不自然すぎる笑顔を僕に見せながら言う。
「仕方ないの。私も最初はびっくりしたけど、何となくそんな気がしていたから」
僕があの時頼まなければこうならなかったかもしれない。
「初めて見えた時からうすうす感じてたんだぁ。あ、だけどね、奏多に未来教えたのは私が教えたくて教えただけだから、誰のせいでもないんだよ」
僕の気持ちを見透かしてか、梨菜は笑顔でそう言う。
「なにか止める方法は無いのか?」
「無いよ。自分でも分かるんだ、日に日に昔の事が思い出せなくなっているなって。だけどね?コワくないの、自分が死んじゃうってことが」
そんなわけない。僕だって恐かったんだから。
「死ぬのが怖くない人間なんていないよ?」
「来年の冬までもつかどうかって言われてるの。だけどね、私が、〝私である”ってわかっていられるのは夏までが限界らしいんだ」
聞きたくもないことを梨菜は淡々と言う。知りたくもないのに知ってしまう、彼女に残された時間を。
「私もね、今月で学校辞めるの。みんなの記憶には綺麗な私だけ残っていれば良いから。何もかも忘れちゃった私なんてみんなの記憶に必要ないから」
言わなくちゃ、言わないと……
「じゃあね、もう二度と会う事は無いかもだけど……」梨菜は去っていく。止めないと。梨菜が行ってしまう前に止めないと。そうしなくちゃいけないことは分かっている。だけど、体が動かなかった。行かないで、それだけの言葉すら言えなかった。
夢であって欲しかった。梨菜の記憶から僕たちが消えるなんて想像したくない。
今になって思う。僕は生きていたい。この先もずっと、何年もずっと。朝陽、芽唯、梨菜と一緒に生きていたかった。
数日後
ふと目が覚める。また発作でも起きるのではないかと危惧したが、そんな事は無かった。あの日から何も手に付かずずっと寝ていたが、体が惰眠を貪る事を拒否し真夜中に起きてしまった。時刻を確認しようと携帯を手に取ると通知音が鳴った。
梨菜からだった。
『起きてる?今から会えないかな』
ジャンパーを羽織り、部屋をでる。五月でも、深夜は少し寒く感じる。
勢いで外に出たのは良いものの、どこに行けばいいとか聞いてなかった。連絡が来てるかと思い、スマホを取りだすと、
「……奏多?」
隣に梨菜が居た。
「どうしたの?こんな遅くに」
聞きたい事は山ほどある。だが、それを聞くのは後でも良い。「少し歩かない?」という彼女の誘いを受け、どこに向かうでもなくただ歩く。最初は、互いに無言だった。何を話せばいいのか分からなかった。公園のベンチに座り、梨菜の方から、ぽつりぽつりと話し出した。
「未来を見た後はね、毎回頭が凄く痛くなっていたの。それで、一週間前倒れちゃって。検査して、記憶が無くなっていくだろうって。何もかも忘れて最後は自分すら分からなくなっちゃうって。おかしいよね、自分の事を分からなくなるなんてあるはずないじゃん。それにね、最期は、皆の事も忘れちゃうんだって。ひどいよ、私の好きな人も奪って、私の記憶も奪うなんてさ。本当に、さ…どれか一つにし、して欲しかったよ………好きな人まで奪われたくなかった…!」
地面にしゃがんで泣きじゃくる。梨菜の泣き声が響いた。
どうしてあげれば良いのか分からない。けど、僕も同じ気持ちなのは確かだった。
僕は黙って彼女を抱き寄せる。
「皆ともっといろんなことしたかったのになぁ……」
「僕だってそうだよ。みんなと一緒に生きていきたかった」
二つの泣き声が入り混じる。
こんなにも、温かい梨菜を離したくない。
一生このままでいたかった。
どのくらいの時間そうしていたのかはわからない。
気がつけば梨菜の寝息が聞こえてきた。この寝顔を見る限りでは、彼女がもうすぐ何もかも忘れていってしまうとは誰も思えないだろう。
梨菜が倒れたことなんて知らなかった。ここ数日誰とも連絡をとってなかったから当然と言えば当然なのだろう。
朝陽や芽唯はこのことを知っているのかな。それを確かめる術はない。それに梨菜は言ってない気がする。なんの確証もないけどそんな気がする。多分、僕と同じで心配されたくないと思う人種だから。
これから梨菜はどうするんだろう。本当に学校を辞めるんだろうか。誰にも言わず、1人でみんなを忘れて最期を迎えるのか?
そんな梨菜らしくない最期は嫌だ。そんな未来は僕がみたくない。
「1人でなんか死なせないから」
そんな言葉が口から漏れていた。
「………………ホントに?」
今にも消えてしまいそうなほどの小さい声が隣から聞こえてきた。
「約束する。君を1人にはさせないよ、絶対に」
もう一度、今度は梨菜の方から優しく抱き寄せる。
「私といたら最後は奏多のことも忘れちゃうんだよ?悲しいのは奏多だよ?何も知らない女の子といても辛いだけだよ?それでも良いの?」
「それでも僕は君といたい。どんなに辛くても、君が良いんだ」
どんなにつらい事が起きても梨菜と居れば乗り越えられる。
――そう思えてしまえるほど僕らは子供だった――
僕らは、甘かった。
「そろそろ帰ろっか」
時刻を確認するともう、朝だった。
「梨菜はこれからどうするの?」
「ホントは今月で学校辞めてここじゃないどこか遠いところに行こうと思ってたんだけど、どうやら私の事を一人にさせない人がいるらしいから地元に残るよ」
「なんかちょっと馬鹿にしてない?」
「馬鹿にはしてないよ?ただ嬉しいだけ。それでさ、奏多はどうするの?朝陽たちと」
「僕はこのまま学校辞めようと思う。仲直りしても許される気もしないしそれに、彼らと〝友達〟に戻ると僕が死んだ後悲しませることになる。だからこのままで良い」
自意識過剰なのかもしれないけど、誰かを悲しませたくない。
「でも、朝陽と芽唯はそう思って無いらしいよ?」
その言葉が合図かのように、梨菜の視線の先には、
「よ、奏多、梨菜」
彼らが居た。
「ごめんな奏多、梨菜から全部聞いた。お前に残された時間も聞いた」
「だから、それまで時間を私たちと一緒に居よ?」
また良いんだろうか。僕はまた………
「また怒鳴るかもしれないよ?」
「こないだのはびっくりしたけどあれは俺たちも悪かったしな」
「病状が悪化したらみんなに当たるかもしれないけどそれでも良いの?」
「その時は私たちが受け止める」
ああ、良いのか、僕はまだ良いんだ。彼らに許されても、死から目を背けても。そう思った途端涙があふれてきた。
「あ、あり…がとう……!」
どうか、どうか彼らの未来が幸せに満ちていて欲しい。
「学校本当にやめちまうのか?」
「うん。学校で発作とか起きたら対処できないし、それにもう命にかかわるレベルだから」
言ってすぐに後悔した。彼らの顔が露骨に濁った。
「あ、ごめん……」
「いや、こっちこそ悪いな。そっか、もうそんなになんだな」
「だから残された時間もそんなにないんじゃないかな?」
一ヵ月前梨菜が言ってたことは今も覚えている。4か月、それが僕の残り時間だと。考えると梨菜の最期に僕が居られる確率はほとんどないのでは?
「大丈夫、奏多は今年は余裕だから。来年の今頃が危ないかも」
「どうしてそんな事が言えるんだ梨菜」
「私未来見えるから」
「……あのな梨菜、こういう場面でふざけるのは良くないぞ」
「朝陽、梨菜はふざけてるわけじゃなく…」
「奏多、この事は私から話させて」
彼女の声のトーンがいつもと違っていたので僕は素直に黙る事にした。
「朝陽、芽唯。今から言う事を全部信じてとは言わない。だけど、嘘なんかついてないし、冗談でもない。本当の事だって分かってもらえると嬉しい」
「分かってもらえたかな」
「どうだろう、僕だって初めて聞いた時は頭が真っ白になったから」
彼らの心中は複雑な感じだろう。
「そういえばさっきしれっと言ってたけどさ、今年は余裕って……?」
「あ、そのまんまの意味だよ。余命が延びたって感じ」
そんな軽い感じで言われるとなんかずっこけそうになるが、余命が延びたという事は素直に喜ぼう。
「過去を忘れるってどんな感じなの?」
「うーん…言葉にして表すのは難しいんだけど、ホントに何も思い出せないの。6歳とかの記憶なんて無いもん。だから幼稚園の記憶も無い。小学生の頃の記憶もそのうち消えちゃうんだろうね」
なんでそんな明るく言えるのか分からなかった。記憶が無くなる、それは本人からしたらとても怖い事なんじゃないのだろうか。しかし、それを梨菜に言うのはなんか違う気がするので死ぬまで黙っていることとする。
「来年のいつ頃ってのは分からないよね」
「うん、さすがにそこまでは分からない。ごめんね」
分かってはいたことだが少し残念だった。
「それで、もう一度確認するけど、高校は?残る、やめるどっち」
どっちの方が良いのか僕は分からない。残った方が良いのか、辞めた方が良いのか。だけど、もし僕の体がまだもつならのなら、
「僕は高校に通いたい。朝陽と芽唯と、そして梨菜の三人とすごしたい」
この体がもつまで僕は全力で生きていたい
という事でお久しぶりの投稿になってしまいました。申し訳ございません。
それに、梨菜視点の過去編ですが、かなり長くなってしまってるため第七話は少し短めになります。
梨菜の過去編は今中盤まで書いていますがそれでも5000字、この感じだと一話だけで一万字行ってしまう気がしています。そうなりそうな場合は活動報告で報告させていただきます。
それではまた次話で