見える人
僕には未来が無い。平等にあるはずの未来は僕にはない。簡潔に言えば死ぬからだ。人間産まれれば死ぬのは当たり前で、死なない人間なんて、この世に一人もいない。僕は今年秋で死ぬと言われている。医療の進化は目覚ましい物だがどうやら僕の病気は医療より先に行ってしまった。しかし、そんな僕でも支えてくれる仲間がいる。
これなら、今すぐ死んでも後悔なんて無い。
「おい、奏多。また寝てるよ梨菜の奴」
うちのクラスには一日の授業の大半を寝ている奴が一人いる。そいつの名は、川瀬梨菜。しかし、寝ている割にはテストで毎回高得点をたたき出している。それでみんなからはSleeping geniusと呼ばれている。もしかして家でめちゃくちゃ勉強してたりするのだろうか?だとしたら本当に天才だと思う。
「羨ましいぜ、寝てても成績良いなんて…俺は起きてても成績悪いというのに」
「それはお前が勉強してないのが悪いんじゃね?」
「そういうお前はどうなんだよ」
「僕は、普通だよ。そこまで高くはないし」
「こないだのテスト順位は?」
「学年は69位、クラスは6位」
「お前この学年200いるんだぞ…クラスも40人。それで高くないとかおま…!」
朝陽に絡まれると肩を持たれ前後にブンブンされる。三半規管は強い方ではないので切実にやめてほしい、酔ってしまう。
「つか、梨菜は顔は良いんだから普通に学校に来ればモテただろうに…」
まさかこいつ狙ってたのだろうか。
「誰が顔だけ美人だって?」
「言ってねーよ誰も」
とか言ってるが、同年代の中では容姿は整ってる方だと思う。モデルとまではいかないが、周りから注目を集めるくらいの容姿ではある。
「まあでも確かに梨菜はいい顔してるわ」
「ちょ、芽唯まで…誰か私をかばってくれる人はいないの…?」
中学の頃から変わらないメンツだ。だから、この三人に隠し事しててもバレる。
「てか、あんたいい加減教えなさいよ。一体家でどれだけ勉強してるのよ」
「そこは企業秘密ですので、ノーコメントで。いや~春の日差しはポカポカしていて気持ちが良いねぇ…」
春眠暁を覚えず、と言ったところか。
「そうだ奏多、体調はどうだ?」
「大丈夫だよ。梨菜じゃないけど本当に今日は日差しが気持ち良い」
気を抜いたら僕でも微睡んでしまいそうだ。
「なにかあったらすぐに言えよ」
ああ、分かってる。そう言い残し席に戻る。多分まともに高校生活を送れるのは一学期までだろう。二学期がどうなるのか、僕には分からない。
「未来が少しでも分かれば良いのに…」
まあ、未来が分かってもどうせ死ぬからあんまり変わらないか。
昼休みが終わり五限が始まって数分で梨菜の首が下がっていった。
「え~っと次は…川瀬、起きろ!」
と言っても梨菜は起きない。体を揺するか叫ぶかしないと起きることは無い。
「ん……?え、なんですか?」
何故こいつは学習しないのだろうか。馬鹿なのだろうか。知能的な事ではなくこう、頭の方が。
―放課後―
「あのさ、奏多」
帰りの支度を終え、教室を出ようとしたところ梨菜に話しかけられた。梨菜には似つかわしくない少し涙ぐんだ様な声で。
「ねえ、病気はどうなの?」
なんだそんな事か、少し安堵した。僕は死ぬ事はまだ誰にも話していない、学校側にも。友人に話すのにはどこかためらいがあった。
「うん、全然大丈夫だよ。なんともな…」
「嘘つき」
今の声誰だろう。最初は分からなかった。だが、教室内は僕と梨菜以外誰もいない。と言う事はおのずと答えは出てくる。今の声は梨菜だ。こんなに低い声は中学時代を含め初めて聞いた。
「嘘つきって何が?」
「奏多もう、長くないんでしょ?」
時が止まったのかと思った。鼓動が速くなり、全身から冷や汗が大量に出てきた。
「皆にも言ってるけどそんな重い病気じゃないよ」
冷静に話したつもりだけど声が震えていた。彼女の目には涙が浮かんでいた。
「あと数か月。秋まで…なんでしょ?」
頭が真っ白になった。無意識のうちに息があがっていた。
「やっぱり本当なんだ」
答えられずにいると梨菜に言われてしまった。
「なんで、知ってる?」
この事を知っているのは僕か親、医者しか知らない。親が言うわけでもないし、医者が言うことも無いだろう。では、一体誰が…?
「未来が見えるから」
「は?」
流石の僕も声が裏返ってしまった。
「は?と言われても、未来が見えるから分かったの」
こいつは寝すぎて頭がおかしくなったのだろうか。普通に考えて未来が見えるなんてありえない。
「じゃあ、明日何が起こるか言ってみてよ」
ここまでくると僕も少し躍起になっていた。疑心暗鬼と言うよりもほぼ信じていなかった。
「……分かった。少し待ってて」
そう言って彼女は目をつぶった。数分して、
「明日のね、六限に少し大きな地震が起きる。六限の…後半かな。震度は4マグニチュードは5.3。こんな感じで良い?」
「もし違ったら?」
「その時は私の事をペテン師でも詐欺師でも何でもお好きなように呼んでくれて結構よ。その代わり当たったら全部聞くからね」
この時の僕は彼女の冗談に乗れる程度には落ち着いてきた。どうせなら乗ってやろう。長くない人生、少しくらい楽しみが無いとやっていけないものだ。
「分かった、楽しみにしている」
小ばかにした言い方をし今度こそ帰宅した。まさか翌日本当に揺れるとは思ってもいなかった。ちらりと梨菜に視線をやるとにやりとラスボスのような笑みを浮かべていた。悪魔かと思った。
そして、放課後。
「じゃ、約束通り教えてもらうよ?」
約束したことなので素直に従った。
「なんでみんなには本当のこと言わないの?」
「言ったら皆に心配されて過ごしにくくなる」
ふーんと興味なさそうに言う。こいつから聞いてきたのに。
「案外ありきたりな理由なんだね」
ありきたりとはなんだ、ありきたりとは。
「皆にはいつまで黙ってるつもりだったの?」
「死ぬまで。と言うか一生かな。転校ってことで去ろうと考えていた。そしたら昨日梨菜にバレちゃったってところ」
「まあ、私もびっくりしたよ。だってそんなに重い病気じゃないって信じていたから。だからなんて言えばいいのかも分からなかったし、見間違いだと思いたかった。けど、不安で怖くてだから…その…」
何となく言いたいことが分かった。
「あのさ、なん個か質問して良い?」
「うん、どうぞ」
「俺が死ぬ日はいつ?何月何日何曜日何時何分?」
「ま、待ってそんなに急に言われても無理だよ。だし、私の〝これ“そんなに融通利くものじゃないの!」
なんだつまんない。
「そっちから聞いといてなんだそのつまんないって顔は」
「おや、心まで読めるのかい?」
「いや、今の顔は誰でも分かると思うよ」
バレバレの様だった。目は口ほどにものを言う。今の僕だと顔はに変えた方が良いのか?
「じゃあ、何月かだけ教えて。遺書とかその他諸々の事もあるし」
「九月。何日とか細かい事は近くならないと分からない」
今が四月だから残り五か月くらいか…これを短いと思うか長いと思うか。僕は後者だった。
「ねえ、死ぬの怖くないの?」
たった一言だが、なんでなんだろう。ムカついた。
「怖いに決まってんだろ?」
自分でも驚くくらい低い声だった。この発言を僕はすぐに後悔した。言い過ぎた、梨菜の顔を見てそう思った。
彼女の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「ごめん、梨菜」
「ううん、こっちこそごめん。無神経な質問だったよね」
何と返せば良いのか分からず沈黙が続く。かなり気まずい。
「今日は、帰る。また明日」
逃げるように足早に教室を出る。なんて言えばよかったんだろう。棘がありすぎる言い方をしてしまった。梨菜のせいじゃないのになんできつく当たってしまったんだ。
何をしているんだろう、僕は。
こんにちは。作者です。
という事で一話です。数日後にまた加筆修正するかもしれません。そこはおいおいって感じで。
登場人物の名前は
奏多梨菜朝陽芽唯です。
苗字考えてませんでした。そのうち考えます。それでは、第二話で。