君が良いんだ。
お久しぶりです。前回の「変わらない想い」に加筆したものとなっています。最後のほうに加筆しました。
ですので最新話ではないです。
ですが、楽しんでいただけると幸いです。
それでは、どうぞ。
「兄ちゃんクリスマス暇?」
「うん、今のところ予定も入って無いから暇だけど。どっか行くのか?」
風呂上り、少しのぼせた様なのでソファーでゆっくりしていると妹は二枚の紙を僕に差し出してきた。
「こないだデパートの福引やったらテーマパークのペアチケット当たったんだけど、クリスマス当日にしか行けなくて。私、クリスマスに部活なの。だから兄ちゃんが暇なら勿体ないし、行かない?」
差し出してきた二枚のチケットには懐かしいテーマパークのチケットだった。懐かしいと感じたのはテーマパークは、僕が事故に遭う前、水族館に行く道中で梨菜といつか行きたいねなんて話していた場所だ。
「〝カップルで行くと別れる〟なんてジンクスがあったけど、試すことなく僕たちの関係は終わっちゃった」
あの頃の僕たちならそんなジンクスなんて気にしない!って自信満々で行っただろう。二人なら別れることなんて無い、ずっとこのままだ。そう思っていた。
「ま、今さら感傷的になってもしょうがないし、僕の記憶の中にいる梨菜じゃないけど、あの子にも会えたからもう十分。……長話がすぎたね、ごめん。朝陽とでも行って来るよ。ありがと、愛奏音」
在りし日の記憶に浸っていたら感傷にも浸ってしまった。
「ねえ、兄ちゃん……いや、何でもない。楽しんできてね。朝陽さんにもよろしく。あと、お土産もよろしく」
そう言うと、どこか寂し気な背中をした愛奏音は二階へと上がって行った。
「え、クリスマス?あ~その日…俺予定あるんだわぁ」
余裕な笑みを浮かべ鼻で笑う朝陽のすねをなんとなく上靴のつま先で蹴る。別にムカついたとかじゃない。なんとなく、だ。痛みで顔を歪ませている朝陽に問う。
「くりぼっちパーティーでもするのか?」
「誰がそんな虚しい事を。ちげえよ、普通にその日は出かけるんだよ。………女子とな!」
今度はさっきよりも強めにすねを蹴る。よほど痛かったのか、悶えた声が出る。悶える朝陽の声を聞き付けてか、
「え、朝陽を蹴る祭りでもやってるの?わたしも蹴りたい!」
と、言うやいなや、すねではなく朝陽の右手の小指を踏んだ。
「あ、ごめ……」「ぬうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
芽唯の謝罪は、朝陽の絶叫と放課後を告げるチャイムに飲み込まれ姿を消した。
「なんだ?!俺はサンドバックか何かか?」
「どっちかというとミッドじゃない?」
「芽唯、ミッドじゃない。ミット」
「少しは俺の心配をしたらどうだ、お前ら……」
涙目になりながら踏まれたところに氷を当てる朝陽。
「私が踏んだところそんなに痛い?男なんだからそれくらいすぐ直るでしょ。なに、それとも遠回しに私のこと重たいとでも言いたいわけ?」
悪魔みたいな雰囲気を察知し芽唯に視線を向けると、確かに芽唯の頭に日本の角が生えていた。
「そんなに怒ると顔にシワが出来ちゃうよ、芽唯」
と、角の方から声がする。
悪魔の後ろから顔を出したのは凪咲だった。
「なんかす~ごい盛り上がってたけど、なんかあったの?」
「芽唯が男勝りな事してくる」
「朝陽が弱っちい」
そう言うと、また小競り合いが始まった。
「さっきからこんな感じ?」
「ああ、今日はずっとこんな感じだ」
子犬の喧嘩を見ているみたいと横でくすくすと笑う。
梨菜は、天野凪咲としてではあるけど、また僕たちと同じ学校に通えることになった。梨菜にすごく似ている梨菜の親戚っていう設定をどうにかでっち上げ、今のところ何とかなっている。
「で、あんたと朝陽はなんの話してたの?」
朝陽も芽唯も海斗と言う名前で呼ぶという事を忘れたわけではない。学校では当たり前だが奏多という名前なので海斗と僕の事を呼ぶと他の生徒を混乱させる。なので、僕たちだけでいるときは海斗、そうでないときは、あんたやお前にしようと秘密裏に決めといたのだ。
「大したことじゃないんだけど、妹からテーマパークのチケット貰ってさ……」
愛奏音からもらったチケットをポケットから出して、机の上に置く。
「あ!もしかしてここ行くの?」
そう予想外の大声を上げたのは凪咲だった。
「そうだけど、凪咲も行くの?」
「いや、むしろその逆で。このチケット欲しくて福引やってたら前の人が当たってて、ずっと良いなぁ~って思ってたの」
ふ~んと言いながら芽唯がチケットを手に取る。
「あ~惜しかったね。この翌日に私行くんだわ……凪咲とテーマパークデートしたかった!」
少しの沈黙のあと、凪咲が子犬のような瞳で僕を見つめてくる。
「もし、…海斗くんが嫌じゃなかったら。一緒に行っても良い?」
少し考えようと思ったが、僕の思考よりも早く、口が動いていた。
朝陽の口が。
「良いんじゃねえの?こいつ相手探してたし。な、海斗」
「ああ、凪咲が良いなら」
じゃあ決まったじゃん!と何故か僕よりテンションが高い朝陽の肩を掴みながら彼を廊下まで運んだ。
「…君は何度そういうことをするんだい?」
「だって、どうせ梨菜と行きたかったんだろ?」
完全に図星だったので何も言えなかった。
「なあ、もうそろそろ良いんじゃないか?」
ビックリするくらい優しい声で朝陽は言った。なにが?と訊き返す。
「梨菜に、言っても」
ここまで言われて何のことか分からないわけない。
「言ったところで梨菜はもう何も覚えていないんだ。はっきり言って無駄じゃないか?」
「言わないままで、お前が後悔しなければそれで良いよ。ただ、相手に伝えたい言葉は、言わないと伝わらない無いぞ。まあ、奏多なら分かっていると思うけどな」
朝陽の身に起こった悲劇を知っているからこそ、彼の言葉は重たく僕のなかに響いた。
「じゃ、教室戻るか~四人でいろいろ決めようぜ!」
「………行くのは僕と梨菜だからな?」
そう言って僕は一歩踏み出した。
「おはよぉ、朝は寒いね……」
寝ぼけ眼の凪咲はあくびをしながら僕の隣を歩く。
妹からチケットをもらったときはまだ秋だったのに、今ではすっかり冬だ。
「防寒対策はしっかりしてきた?」
「もちろん!朝からコンポタ飲んできたから準備万端」
そうやってドヤ顔で語る凪咲を見てふと梨菜の事を思い出す。梨菜も朝は弱い方だったからいつもこんな感じで、普段より少し抜けてて……
「よし!それでは、Dream Country へさあ行こう!」
やけに流暢な発音を聞きながら改札をくぐる。
電車が来るまであくびを連発していた凪咲だから電車に乗ったらすぐ寝るのかと思っていたが意外にもずっと喋っていた。軽くやかましいなと思ってしまうくらい延々としゃべっていた。
数日前にやっと決まった計画を暗記したかの如くペラペラと一度も噛まずに言う。それが勉強にも活用されていれば…といつかの僕を慰める。
「って、聞いてますか~?海斗くん!」
「あ、ごめん。少し他のこと考えてた」
じゃあ、もう一回言ってあげるとうんともすんとも僕は言って無いのだが凪咲は再度得意げに話し出した。計画のほとんどを決めたのは僕なんだけどね。
二周ほどしたのち疲れたのか、流れる景色をぼーっと見つめていた。その横顔は当たり前だけど、付き合っていたころの梨菜と何も変わらなくて、何となく、あの頃の君が今、そこにいる気がして。君の手に触れようとしてみるけど、伸ばした手は中途半端な位置で止まる。
「海斗くんって彼女いたことあるの?」
「ん~あるにはあったけど、今はいないんだ」
へ~と聞いた割には興味なさそうに相槌を打つ。
「凪咲はいたことあるんだよね、どんな人だったの?」
なんとなく、梨菜の目に映っていた僕の事が気になった。
「彼ね…良い人だった。いつも冷静なんだけど、たまにめちゃくちゃボケたり、友達が傷つけられた時は誰よりも怒ったり。今思うと、私の憧れだったのかも。一度でいいからまた奏多に会いたい……ってごめん、なんか感傷的になっちゃって」
「ううん…ありがとう、話してくれて」
彼女の目にそう映っていたなんて思ってもいなかった。
梨菜の憧れが僕、か。僕はそんな良い人じゃない。誰かに憧れる人間でも無い。
「海斗くんは元カノさんのこと今でも好きなの?」
「好きというより、いつまでも幸せでいてほしいって感情が大きいかな。僕なんかより良い人はこの世にたくさんいるから、どうかその人と幸せになって欲しい。そうずっと思ってる」
言葉にしてみてやっと腑に落ちた気がした。
いつからか、僕は自分の気持ちばかりを優先していた。梨菜の事を考えているつもりで何も考えていなかった。考えていると思い込んで結局は自分を守るよに、自分だけを優先して考えていた、行動しようとしていた。
「ありがとう、梨菜。君のおかげで大切なことを思い出せた」
「よくわかんないけど、役に立ったのならそれで良いや!じゃ、気を取り直してもっかい計画の復習を始めま~す」
「そう行きたいところなんだけど、あと二分で乗り換えの駅だから準備しなくちゃ。忘れ物がないか確認するんだよ」
幼児を相手にしているみたいだと後で凪咲に言ったら、凪咲が拗ねてしまったのは内緒だ。その後、二回ほど乗り換えてようやくテーマパークの最寄り駅に着いた。
開園の三十分前には着いたのに、すでに入場口は長蛇の列だった。
日付も関係してか周りを見渡す限りカップルばかりだった。朝陽と来ていたら逆に浮いていたかもしれない。
「楽しみだね‼」
いつもより目を輝かせた凪咲がわーきゃーと先ほどから落ち着きが無い。僕も楽しみなのだが、彼女ほど感情を表に出すことはあまりない。出せないわけではないが、朝からハイテンションだと疲れてしまう気がするので、すこし冷静に入場まで待つ。
駅から見たとき、かなり長い列だったので待ち時間も長いかと思ったが、思いのほかすぐに順番が来て本来の開園時間の十分前には入場することが出来た。
「予定より少し早いけど、入れたから計画通りまずがジェットコースター行こう!急ぐよ!」
かなりの早歩きで目的のアトラクションに向う。何年かぶりに来たので、少し風景を楽しみたいと思っていたのだが、凪咲はジェットコースターに乗る事に命を懸けているんじゃないかってほど、いつになく真面目な表情をしていたので大人しく従う事にした。
開園してすぐという事もあり、人気アトラクションなのに待ち時間五分で乗ることが出来た。何ならもう一周しないかという悪魔の提案に、自分が思っている以上に気分が高揚していた僕は乗ってしまい、あまり絶叫系が得意ではない僕をこの後かなり苦しめたのは言うまでもない。
「大丈夫?お水飲む?」
そう言われて渡されたペットボトルの水を一口、飲む。いつもより少し甘く感じたことに少しだけ違和感を覚えなるが、気持ち悪くてそれどころじゃない。
「楽しくてつい羽目を外してしまった…もう大丈夫、次のアトラクションはどこだっけ」
パークの地図を広げ最短ルートを確認する。
「………言い忘れてたんだけど、そのお水、私、口付けたやつで……だから、そのぉ…あのぉ…………大丈夫でした…?」
やけに静かだなと不思議に思っていたら、なるほどそういう事か。……いや、冷静に納得している場合ではない。
「………えっと、とりあえず次のアトラクション行きます…?」
今まで見たことないくらい顔を真っ赤に染めた梨菜と一緒に次のアトラクションへ向かう。
僕の顔もたぶん、真っ赤だ。
次に乗ったアトラクションはパーク内をゆっくりと船で一周するもので、普段だったら甲板から見える景色を楽しむものである。だが今僕に、僕たちにそれを楽しむ余裕はまるで無かった。
〝あれ〟をどうするかで頭がいっぱいだった。梨菜と僕だったら間接キスの一つや二つどうってことは無かった。だけど、凪咲と僕では話はまるで違う。僕と凪咲はそういう感じではないし、仮に、もし仮に凪咲がそういう気持ちを抱いていたとしても僕にはそう言った気持ちは無い。
「とか思っていたけど梨菜と付き合ったんだよねぁ~……」
あの日の行動を後悔しているわけではない。ただ、あの日の行動があるから自信が無い。
「あの、海斗くん」
頬杖をつきながら考え事をしていたので、突然隣にやってきた凪咲に驚き、思わず体制が崩れた。
「……さっきのこと一旦忘れませんか?そうじゃ無いと少なくとも今日一日はかなり気まずい状態になると思いますし………」
クリスマスという日にありもしない期待をして勝手に盛り上がっていた自分を強く恥じながら、そのことを顔に出さず凪咲に了承の意を伝えた。
「なので、一旦仕切り直しましょう。次のアトラクションからいつもの感じで行きましょう。それでは!」
と言って少し離れたところに走って行った。船着き場に到着するまでの間、非現実的な風景を眺めながら何分か前の自分を心の中で抹殺し、深く反省していた。
アトラクションの中ではかなり長い二十分という時間が体感五分にしか感じなかったのはさておき、ここからは気を取り直して次のアトラクションへと向かう。
先ほどの事があったから少しはぎこちなくなるものかと思っていたが、凪咲がいつも以上に明るく振る舞っていたため、ちょっと不自然な感じではあるがいつもと変わらない〝普段の僕ら〟で過ごすことが出来たはずだ。
何となくペットボトル飲料が飲みにくくなったが、午前に乗る予定だったアトラクションは無事に制覇できた。
お昼を食べてから少し時間に余裕が出来たので、パークに来た記念に何か買おうという事になりカチューシャとかキーホルダーを売っている店に向った。カチューシャなんて今まで付けたことないと凪咲に言ったら、
「じゃあ私が海斗くんをプロデュースする!」
と張り切っていて、先ほどから着せ替え人形のようにあれでもない、これでもないと一人唸っている。僕がリ○ちゃん人形の気持ちの半分ほど理解できそうになった時にどうやら納得のいくカチューシャが見つかったらしく店内に響くほどの大きな声で、これだ!と言う声が聞こえたので僕は一旦店を出る。知り合いと思われたくないってだけじゃない。凪咲から何を買うかはお楽しみと言われたので気を使って外に出た。キーホルダーはこれ!ってものが無かったので他のお店で買う事にした。
「お待たせ~これが私のカチューシャで、君のは………」
凪咲が頭に付けたカチューシャは、パークで一番人気のあるキャラクターの小さなぬいぐるみが付いたカチューシャ。僕に買って来たカチューシャは……
「じゃーん!これ、可愛くない⁉」
黒い角が二本、生えたやつだった。
可愛いは可愛いのだろう。だけど、それは明らかに男性が付けると想定されていないのでは?と疑問に思った。あと僕に絶対似合わない。
「…………満足ですか?」
「うん、とっても似合ってるし、かなり満足です!」
凪咲はお気に召したようだが、僕は何一つお気に召さないまま、予定通りアトラクションへ向かった。
次のアトラクションは、椅子に座りながら急降下、急上昇するパークでかなり人気の高いアトラクションだ。待ち時間は80分と、決して短くない時間だったが、他愛のない話をしたり、動画などを見ていたらあっという間に順番が来た。数分ほど前から、というか並び出した時から聞こえていた悲鳴がよりはっきりと鮮明なものとなり、僕のアトラクションに対する恐怖心を更に煽った。
「いよいよだね……」
パークで一番怖いと評されているアトラクションなので僕も凪咲もビビっている。
チーンという軽快な音と共に古めかしいデザインのドアが横へとスライドする。ぞろぞろと人が入っていき、幸か不幸か僕たちは最前列に案内された。景色がよく見えるし、きっと大丈夫!という凪咲の良く分からない言葉を無視して席に座り、シートベルトをする。
係員さんによる安全確認が終わり、再度チーンという軽快な音が鳴り、今度はドアが閉まった。低い声の警告アナウンス(アトラクションを盛り上げるための)が終わるとすぐに、上に引っ張られる感覚に陥った。なるほど、これが急上昇か。と冷静に判断している自分に少し驚きながら、隣にいる凪咲に視線をやる。かすかに差し込んだ光によって見えた彼女の瞳は虚無を映し出したような、どこを見ているのか分からない、そんな瞳をしていた。
「凪咲、大丈夫か?」
流石に心配になり声をかけた。
「後生だ、旦那。このアトラクションの時だけで良い、私の手を握ってはくれないか。現にほら、震えが止まらないんだ」
暗くてよく見えなかった凪咲の手だが、突然よく見えるようになった。
上昇が終わったらしく、今から急降下するらしい。
「……!」
発した言葉が凪咲に届いたかは不明だが、僕はこのアトラクションの間だけは懐かしい感覚に包まれた、とだけ言っておこう。
アトラクションが終わった後、僕は生まれたての小鹿みたいな歩き方になってしまい色んな視線を向けられたことは誰も得しない話なので心の中に閉じ込めておく。
さっきのアトラクションが思っていた以上に怖く、他のアトラクションに乗る気分にはならなかったので、急遽予定を変更しパーク内を少し歩くことにした。
「にしてもさっきのアトラクション怖すぎたよ……体が浮かび上がるのなんて初めての経験だったからびっくりしちゃった」
「内臓という内臓が浮かび上がるのを感じた。酔いとかではないほうで気持ち悪さを感じるのは初めてだ……」
一つ目のアトラクションより疲労を感じながら、ゾンビの様にパーク内を歩く。特に目的も無いままパーク内を歩き、水上のショーやキャラクターとのグリーティングを楽しんでいたら閉園の時間が近づいてきた。食べ歩きフードなどを食べ過ぎた僕らは夕食をとらず暗くなった園内を歩く。
「長かったけどあっという間の一日だったね」
「うん。本当に…あっという間だった」
パーク内に設置されたスピーカーからこの日最後のパレードが間もなく開始される旨が伝えられた。
「あのさ、凪咲」
「なあに?海斗くん」
園内に鳴り響く軽快な音楽とは真逆の空気が僕と凪咲の間を通り過ぎる。
「このパレードが終わったら話がしたいんだ。とても大事な話」
数瞬の沈黙の後、観客の歓声が耳を最高潮に達する直前に、
「……うん」
と、凪咲は鈴の音のような優しい声で、そう答えた。
パレードの時間は一瞬で、この日のために用意してきた言葉の全てを思い出すことなくこの時を迎える。伝えたいことはたった一つなのだが、その一つのために自分がここまで感情を揺さぶられていることに苦笑しつつ、どうにか緊張を押し殺す。
パーク内はすっかり暗くなり、淡く光るライトに照らされた息は冬の寒さを伝えるかのように白く染まる。
もう、時間が無い。
「今から君に伝えることは、すべて本当の事でとっても大事なこと。でも、これを伝えたら僕らの関係性は今までの様にはならないかもしれない。それでも良かったら聞いてほしい」
「うん。……よし、じゃあ聞かせてくれる?」
ふと、頬になにか冷たい物が当たった。空から降ってくる白い結晶がライトに照らされ優しいオレンジ色に変わる。
ふうっと息を小さく吐きだし、僕はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「凪咲、あのね、僕の名前は海斗じゃない。本当は奏多なんだ。」
目の前にいる彼女は何も言わず首を縦に振る。
「ずっと騙しててごめん。でも最後まで聞いてくれると嬉しい。記憶が無くなる前の君と僕は、恋人っていう関係だった。長い時間ではなかったかもしれないけれど、君は僕に数えきれない程の幸せを与えてくれたんだ。あの日、久しぶりに君を見た時、僕はすごく安心したんだ。また梨菜に会えたって。記憶は無くなっちゃった君だけど、梨菜に会えただけで僕は十分幸せだった。」
所々早口になったり詰まったりしてしまったが何とか言い切ることが出来た。
でも、本当に伝えたいことはこれではない。
「もう一つ、君に伝えないといけないことがあるんだ。約一年前、僕らは事故に遭って、君は私といたら不幸になるから別れようって僕に言った。だけど、当時もそして今も僕はそんなこと一回も思った事は無い。それに、君と別れるなんて、嫌だった。君に会えなかった期間も僕は梨菜の事を好きじゃなかったことは一度も無い。君と離れたくない。もう僕の前からいなくならないで欲しい。あの時のように僕はまた君の隣を歩きたい。死ぬまで、君と二人で歩いていきたい。梨菜、残り少ない僕の人生を君に受け取って欲しい」
梨菜はすぐには答えてくれなかった。ただ、彼女は子供のように泣きじゃくっていて。閉園の時間間際になっても彼女は泣いたままで、どうすることも出来なかった僕は梨菜の手を引いてパークを後にする。
電車に乗ってもずっと泣いていた。30分ほど経った頃、電池が切れたように泣き止み、そのまま寝てしまった。降車駅に着くまで梨菜は目を覚ますことは無かった。
電車内とホームとの温度差に体を震わせていると、
「手、繋いで」
隣にいる梨菜が少し俯きながらぶっきらぼうに右手を伸ばしながら僕に言う。ポッケにしまっていた僕の左手をダランと梨菜の右手近くに落とす。次の瞬間、冷たくて、白く細い梨菜の指が僕の指に絡ませるように繋がれる。
「ちょっと駅前の公園行こ」
改札を抜け、早足で公園に向かう。真夜中の誰もいない公園はいつもより寂しく感じる。やけにキィキィ鳴るブランコに二人とも乗りぽつりぽつりと梨菜が話し始める。
「私ね、何となく君が奏多だったらいいなぁって何回も思った事があるの。海斗くんや朝陽くん、それに芽唯。皆といるときはすごく居心地がよくて、どこか懐かしい感じがしていたの。その中でも特に海斗くんといるときは本当に心地よくて…もしかしたら記憶をなくす前の私の恋人は君なんじゃないかなって思ったり、君が良いななんて思ったり…」
少しだけ音が消え、代わりに彼女の「よいしょっと!」という声と共に体操選手のような見事な着地を決める。その後、大きく息を吸ったかと思うと僕の方を振り返って、
「さっきの話…もう何時間も前の話になっちゃうけど、私なんかで良いの?もっと他にいるでしょ違う人」
「僕は梨菜が良いんだ。梨菜じゃないと嫌なんだ」
「どうしても私が良いんだ?」
ああ、そうだ。恥ずかしいくらいに僕は
「うん、僕は梨菜以外の誰かなんて考えられない」
「あのね、奏多…」
まだブランコに乗っている僕のほうに来て、
「私も、奏多以外の誰かなんて考えられないの」
そういうと、梨菜は僕の両頬に優しく手を添えて、
そっとキスをした。




