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見える君と見えない僕  作者: 川端
14/15

知らない君でも、それでも。

一年ぶりに出会えた君は、

僕らの知っている川瀬梨菜ではなかった。

僕らを知っている川瀬梨菜では無かった。

そこにいた川瀬梨菜は

自分の事も、僕らの事も知らない、

全てを忘れた一人の少女だった。


いろいろ気になる事はあるが、誰かに聞かれていい話でもないし、立ちっぱなしで話すわけにもいかないので、ひとまず僕らは近くのファミレスに入ることにした。

平日の午後五時頃のファミレスは少し早めの夕食を食べに来た家族くらいしかおらず、僕らのほかに学生がいる雰囲気も無かったので安心した。ありがたい事に奥の方の席に案内されたので声のボリュームもあまり気にせず話ができそうだ。

人数分のドリンクバーを注文し、各々好きな飲みものをグラスに入れて帰ってきた。

〝梨菜だけど僕らの知っている梨菜ではない、自分の事も知らない少女〟の隣に芽唯。テーブル席なので芽唯の向かいに朝陽、〝その少女〟(長いので略した)の向かいに僕がいる形になった。

「えっと、まずは……何を話すべきなんだろう?」

「リナっていう人について話してもらっても良いですか?」

「その前にごめん、梨…君の名前は?」

「あ、ごめんなさい。自己紹介がまだでした。私は凪咲。天野凪咲あまのなぎさって言います。けど、皆さんが知っている〝私〟は凪咲でなく…」

「ああ。僕らの知っている君の名前は川瀬梨菜。でも、なんで自分が何も覚えてないって分かったの?」

「厳密には何もかもを忘れてしまったわけではないんです。基本的な事は覚えていました。でも日に日に自分に関することや自分の周りにいた人の事を忘れてしまっているみたいで。

何か月か前に、買い物をしに出掛けたら家を忘れてしまって、帰り方も家も忘れて途方に暮れて、軽いパニック状態になっちゃって。自分の名前も思い出せなくなっていたんです。ですが、たまたま近くの施設の人が助けてくれて。その施設で新しい名前とかいろいろもらったりして…今に至るって感じです」

「ちなみになんだけど、誰と仲良かったとかって覚えてたりする?」

「どんな友達がいたかって言うのは忘れちゃっていまして。惚気みたいになって申し訳ないんですけど、私にはその、恋人がいて……」

僕は少し、夢を見過ぎていたんだと次の言葉で痛いほど思い知った。

「ですが、その人との思い出も、その人の声も、顔も、すべてを忘れちゃって。唯一残っていた写真はこの間無くしちゃったし。会いたいなぁ…奏多に会いたい」

不意に聞こえてきたその懐かしい響き。

ああ、そうだった。僕も忘れていたようだ。

好きな人に、大好きな人に、大切な人に、愛おしい人に名前を呼ばれると言う普通のことが、当たり前のことが、

こんなにも、こんなにも、こんなにも、こんなにも、こんなにも、



梨菜(凪咲)と芽唯がドリンクバーのお代わりに向ったタイミングで朝陽に話しかけられた。

「言わなくても良いのか?お前が梨菜の彼氏だって」

「…うん。そのほうが彼女にとって良いだろうし。これで良いんだよ」

「俺には、そうやって無理やり自分を………!」

「お待たせ~!いやぁ~一番右の機械が壊れてるのかなんなのか、オレンジジュースのボタン押したら水が出ていてさぁホント困っちゃうよって……あぁっとお取込み中でしたかそれは失礼しました……相席良いですか?」

「なんだその合コンみたいなテンションは」

「え、朝陽合コン行ったことあるの?」

「去年友達に無理やり連れていかれただけだよ。って、俺の話は一旦置いといて、りぃ…凪咲の話だ!良いか凪咲、お前の彼氏ってのはな、今!ここに」

「お代わり行ってくる!」

僕はそう言って強引に朝陽の腕を引っ張って連れ出した。

「おい!何するんだよ」

「言わないで!僕のこと。黙っててほしい」

「さっき言おうとしたんだけど、お前、無理やり自分を納得させようとしてないか?」

「っっ……!」

完全に図星だった。

「だけど、お前はまだ名前を忘れられてねえじゃん?けどな、俺と芽唯はもう完全にあいつから忘れられちゃったんだ。それは仕方ない事なんだ。そうなんだけどさ……」

「名前だけ忘れて無くても、思い出も何もかもを忘れたあの子の前に、急に自分が彼氏ですなんて言ってみろ。それでパニックにでもなって更に記憶を忘れちゃうかもしれない。それが僕は怖いんだ。責任云々じゃない、これ以上彼女に忘れられたくない、忘れてほしくない。誰も知ってる人がいない世界に梨菜を行かせたくないんだ……!だから頼む、黙っていてくれ」

「…分かった。芽唯を呼んでくるから少し待っとけ」

そう言い席に戻っていった朝陽を尻目に僕は水を注ぎ一気に飲み干す。貪るように二杯目に口を付けたところに芽唯がきたので、朝陽に行ったことと同じことを言った。

「ん……奏多がそうしてほしいなら私はずっと黙ってる。じゃあさ、梨菜がいる前では奏多のことなんて呼べばいいの?」

「あ~確かに…太郎とかじゃあ変だもんね」

「ピカ○ュウとか?」

「キラキラネームどころの騒ぎじゃないね」

「じゃあ、ネットで〝男の子名前〟で調べとくからちょっと待ってて」

今はネットで名前も調べられる時代なのか、と時代遅れな事を思っていたら

「あ、海斗かいととかは?これなら奏多って間違いそうになっても修正できそうだし、どう?」

「良いんじゃない?どうせ一年も使わないんだし」

「え、一年も使わないって?」

「たぶんそのうち僕死ぬしぃ!」

語尾が変になったのは芽唯が僕の膝辺りを蹴ってきたからだ。

「まあ、使用年数は置いといて、とりあえずこれで決定という事で。朝陽にも言っとくから席戻ったら朝陽呼んできてくれる?」

うん、と言い残し席に戻る。少し離れたところからでも分かるくらい、梨菜と朝陽は盛り上がっていた。

「朝陽、芽唯が呼んでる」

「お、了解」

コップを持ってステップを踏むかのように軽やかに芽唯の方へ向かった朝陽を尻目に梨菜の正面に座る。

「さっき朝陽と盛り上がっていたけど、なに話してたの?」

「話していたというか、彼の話に相槌打っていた感じなんですけど、〝梨菜さん〟の話をしてくれました。少しだけですけど、梨菜ってこんな人なんだって面白おかしく教えてくれました。私と梨菜って当たり前なんですけど似ているんですね…なんか不思議で」

「自分が二人いる感じ?」

「あ、その感覚近いかもしれないです。ドッペルゲンガー的な?知らない自分がいて、その自分が私の知らないところでなんかやってて、梨菜の話を聞くのは面白いです」

その後もどうってことのない雑談を交わしていたら思いのほか盛り上がった。

自分が思っている以上に僕は高ぶっていたのかもしれない。名前は違えど、それ以外はほとんどなにも変わらない彼女と一年ぶりに話せるなんて夢にも思っていなかった。

梨菜に別れを告げられて、転校して、連絡付かなくなって。君とはもう二度と会えないんじゃないかって思った。

やっと会えた君は、君じゃなかったけど、それでも良いんだ。

君が無事で、それで、それが……

「あのぉ…大丈夫ですか?」

「………ああ、ごめんごめん!なんでもないなんでもない!」

気が付かない涙が浮かんでいたようだ。そういえばやけに目頭が熱い。

「海斗大丈夫?」

「海……?ああ、大丈夫ごめんごめん。ちょっとね……」

大丈夫という言葉を無視して、涙は僕の頬を零れ落ちる。梨菜の前では泣かないようにしようと思っていたんだけど、それは無理だったようだ。

「海斗に、俺等にとって梨菜は、君は大切な存在だったから。少し感動しちゃったんだ。ごめんな」

声を殺しながら、視界が激しく歪んでいるのを自覚しながら梨菜の顔をもう一度見る。

涙でぐしゃぐしゃになった顔なんて見せないほうが良いのだろうけど、それでも今は梨菜の顔を見たかった。

「君が無事で、生きていてくれて本当に良かった……それが本当に嬉しくて、ごめん…!」


                                 ―あと57日―


またまた短くなってしまいました。が、この後に話を繋げるのはなんか変だと感じたのでここで区切りました。三月の更新はこれで最後になると思います。四月以降は更新できるか分からないですが、何とかストックためて一ヵ月に二話くらい更新できれば良いかなと思ってます。

それでは、また。

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