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レイド・オン・マーセナリーズ  作者: Pvt.リンクス
第1章 憤怒の目覚め
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8話 不可視の戦い

 裏口からそっと顔を出し、監視塔の様子を伺う。ハミドの言う通りならば、今もあそこから狙ってきているはずだ。警備室を狙っているのか、裏口を狙っているのか。それで作戦は変わる。


「うおっ!」


 一発の弾丸が顔を掠め、石積みの壁に当たって砕けた。驚いて飛び退き、壁に隠れて呼吸を整える。

 これではっきりした。あのスナイパーは俺たちが裏口から出てくると予想していて、それが俺の存在によって確信へ変わっただろう。


「さて、どう始末してやろうかね」


 ここから顔を出して撃とうか? それだと間違いなくやられるだろう。

 ならばスモークグレネードで煙幕を張り、物陰に隠れながら撃つか? で、物陰なんてどこにある。


 恐らく脱走防止のためだろう。建物から外壁までの間には何もない。監視塔からは丸見えで撃ち放題という訳だ。

 マンホールに飛び込むとしても、蓋を開けるのに手間がかかる。選択肢からは外すべきだろう。


 選ぶ時間はそんなにない。クソの中でマシなのを選べという話だ。少なくとも、ここから出るのは良策ではない。ならば、他に射撃地点はどこがある。


「あ」


 そういえば、ハミドは警備室で撃たれたと言っていた。そこならば射線が取れるだろう。あのスナイパーの目をここに引きつけておいて、上からズドン。それでいけるのではないか。

 問題は、どうやって引きつけるかと言うところだ。


「パスカル、1人下にくれないか?」

「今どういう状況だと思う?」

「絶体絶命、火力が足りない?」

「ご名答だ。むしろ1人寄越せ」


 俺しかいないじゃないか。1人渡したらすり潰されておしまいだこの野郎。

 ならばどう仕掛ける。手札は2人の仲間と1つのスモークグレネード。2人の少女はノーカンだ。


「パスカル、警備室に突入できるか?」

「お前が来てゴリ押すならやれる。だが、スナイパーにも連絡がいくだろうな」

「それでいい。支援に行くから警備室を取ってくれ」

「いいだろう。それでやれるのか?」


 俺は思わず笑っていた。ああ、そう言うと思った。悪いがお前には囮になってもらう。見せるのは姿じゃなくて、そこにいると言う情報だけども。


「やれる。パスカルでもハミドでもいいから、警備室に入って隠れててくれ。スナイパーに狙われないように」

「お前が入るんじゃないのかよ。まあいい。俺が行くから支援くれ」


 こんな事なら仕舞うんじゃなかった。そうボヤきながらファルシオンを取り出し、マガジンを差し込む。

 そしてもうひと手間。スモークグレネードに点火し、裏口へ投げておく。後は煙が立ち込めて、スナイパーの目を惹きつけてくれるだろう。


「パスカル、今上に上がるから撃つなよ!」

「よし、来い!」


 階段を駆け上がった先にはパスカルと少女たちがいて、通路を挟んで向こう側にハミドがいた。通路奥のしつこい敵とやり合っているらしい。


「よう、もう戻ってきたか」

「弾やるから勘弁してくれ」


 ハミドにマガジンを投げ渡すと、嬉々としてマグポーチに仕舞っていた。また弾切れ寸前だったらしい。


「ハミド、レイジと援護しろ!」

「分かった、撃てレイジ!」

「パスカル、肩越しに撃つ!」


 パスカルの肩越しに射撃し、廊下奥の敵を制圧する。パスカルは中腰くらいで進み、一気に警備室へ飛び込んだ。

 正直、誤射しそうでヒヤヒヤした。当てたらすぐさま殺されていただろう。パスカルはしっかり俺の射線を把握していて、そこに入らないよう動いてくれたのだ。


「全く、腕利きなんだな!」

「レイジ、警備室は押さえた。後はどうする?」

「ここは頼んだ。下に戻る!」

「クソ、何のために押さえたんだ!」


 パスカルの悪態と、着弾音が響く。どうやらスナイパーはパスカルを狙ったらしい。そっちに気を取られていてくれればありがたい。

 裏口はまだ煙が立ち込めている。観測手(スポッター)か、スナイパー自身が狙撃しながら観察していることだろう。煙から人が飛び出す瞬間を見逃さないように。


 だから、俺は飛び出さない。煙の中でしゃがみ、スナイパーライフルを構える。煙に閉ざされた視界の向こうに、監視塔の僅かな輪郭が浮かび上がる。

 それは蜃気楼のようで、幻覚かと思ってしまう。それでも確かに存在し、そこにスナイパーがいる。その姿を俺はただ待ち続けていた。


 ここには俺とあいつだけ。邪魔するものは他になし。煙が晴れた瞬間、勝負は終わるだろう。奴がここを見ていたなら、俺は死ぬ。そうでなければ、奴が死ぬ。


「俺は死ねないんでな。お前が死ね」


 煙を吸い込んでしまったせいで咳が止まらない。目も涙が溢れ、視界が霞んできた。

 それでもスコープから目は離さない。咳で視界が揺れても、塔を丸い世界の中に捉えている。


 スモークグレネードは既に煙を吐き切って、ただの空き缶と化していた。撒き散らされた煙は風に散り、少しずつ薄れていく。

 視界が晴れて、一筋の光が刺すその瞬間を俺は待ち侘びる。左肘を立てた膝に乗せ、銃身を安定させながら。もう煙は気にならない。呼吸も整い、心拍も落ち着いた。スコープの揺れは最小限。いいコンディションだ。


 後は、俺の右手が奴を殺す。スコープが見せる虚像の中で、やっと目が合った。その黒い瞳は、黒い十字が覆い隠している。


「撃て、レイジ!」


 パスカルの声がする。同時に俺はトリガーを引いた。反動が肩を襲い、ストックに押しつけていた頬骨を突き上げられ、鈍痛がする。

 殺しの痛みはそれだけだ。この体は、やけに殺しに慣れている。ただ静かに、潰える命を見つめることに慣れすぎているのだ。


 銃声はサプレッサーがかき消した。音速を超えた弾丸は爆音を轟かせ、空間を切り裂く。弾丸が銃口を飛び出してから1秒もせず、スコープの中に赤い花が咲いた。

 頭蓋に飛び込んだ弾丸が中身をかき回したのだ。横転し、砕け、体内をぐちゃぐちゃに掻き回して反対から飛び出したのだろう。スナイパーは力なく崩れ落ち、監視塔にトマトをぶつけたような痕を残した。


「ヒット、スナイパーダウン」


 俺は静かにコールし、ボルトハンドルを引く。手動で次弾を装填し、周辺を警戒するが敵の姿はない。脱出するなら今だ、そう考えるのは俺だけではなかろう。


 勝利の歓喜も、高揚感もない。殺した苦悩も、罪悪感も俺にはない。

 ただ、空虚だけが残っていた。まるで、そこの見えない穴を覗いているかのように。


「撤退だ! ハミド、援護するから下がれ!」

「レイジ、そっちに行く! マンホールへ!」


 パスカルたちの声と足音が撤退の合図を告げる。俺はただ冷静に、了解と一言で答えた。



 レイジたちがローネー監獄に展開する4時間前、リディは取調室にいた。


 後ろ手に手錠で拘束され、椅子に座らせられている。それでも目つきは鋭く、肉食獣であることを忘れさせない。この後に及んで命乞いをするような臆病さを、彼女は持ち合わせていないのだ。


 その目の前にはグレーの軍服を纏った青年がいる。黒髪の彼も目つきは鋭いが、今は幼子に話しかけるように穏やかに緩め、紅茶を淹れていた。


「マテウス、右手だけ拘束を解いてやれ。これじゃ紅茶も飲めないだろう」

「ツェーザルってば、また紳士ぶるのやめたら?」


 ブロンドの髪を短く切りそろえた青年、マテウスは渋々ながらに右手の手錠を外すと、代わりに背もたれの骨組みに手錠をかけ、左手を繋ぐ。

 マテウスの耳は人間と違い、リディのような獣の耳だ。彼は人狼で、頭頂部ではなく側頭部に耳がある珍しいタイプのようだ。


「トラスカラ王国は武力だけじゃなく、茶も中々だ。味わってみないか?」


 黒髪の青年、ツェーザルはリディにティーカップを差し出し、自身も紅茶で喉を潤す。リディは迷う事もせずにミルクを注ぐと、優雅に啜ってみせた。


「いいお茶ですね。オリエンラの品は入らないから新鮮です」

「毒が入ってるとは思わないのか?」

「そんなまどろっこしいことしないで、刑場に引っ張り出すでしょう?」


 まるで他人事のように言い放つリディを前に、ツェーザルは一瞬言葉を失う。そして、カップを置いて笑い声を漏らした。

 これ以上に愉快なことはない。自らの末路を知って泣き叫ぶ事も命乞いもせず、侵略者たるツェーザルに軽口を叩くその度胸が気に入った。まさに王族の器というやつだと思えたのだ。


「だから言っているのさ。我々の知りたいことを教えてくれれば、君たちを家族ともども亡命させられる。俺はそれだけの権限を持っているんだ」

「知りませんよ。私が生まれ育ったのはここです。今更それを捨てろと?」


 話は終わりだ、とばかりに紅茶を啜る。そんなリディに、ツェーザルは深く溜息を吐く。こいつの尋問は骨が折れるだろう。


「だから僕に任せてって言ってるじゃん。泣き叫んでお漏らししながら教えてくれると思うよ?」

「黙れマテウス。お前は遊びたいだけだろう」


 あ、バレた? とばかりにマテウスは笑う。拷問を楽しむきらいがある副官の扱いに、ツェーザルも中々苦慮しているのだ。使い道はあるが、その凶暴性が爆発すると何よりも危ない。


「で、いつ殺すんです?」

「まだ先だろう。君の家族が先かな」


 ツェーザルはリディが唇を噛むのを見逃さない。かなり効いているらしい。手元のメモには、家族を交渉材料にと書いておく。

 ガリアの反体制派、国民議会とやらを名乗る彼らにも王族の処刑を先延ばしにするよう伝える必要がありそうだ。


 そして、ツェーザルには何よりも聞き出したかった情報がある。それは軍人としてではなく、個人的な質問だ。


「で、君といたスナイパーは何者なんだい?」

「知りませんよ。言葉もわからないのに私を連れ回して、あなたの部下に撃たれましたから」

「……ああ、俺が撃った」


 リディは目を見開く。目の前のツェーザルは目を細め、人でありながら狼のような鋭い目をしていた。

 そう言えば、戦っている彼もこんな目をしていただろうか。これが、戦う男の眼だと言うのか。


「死んだんでしょう、どうして訊くんですか?」

「……ああ。ただ、俺に手傷を負わせた奴の正体が知りたかったのさ」


 ツェーザルは席を立ち、マテウスの耳に顔を寄せる。ここからはリディに聞かせる話ではない。


「マテウス、リディをジュリー塔へ移送させろ。家族に合わせてやれ」

「処刑待ちの塔に?」

「そうだが、刑は先延ばしに。協力したら、病死したとでも伝えて本国に移送する」

「甘いんだから。で、あのスナイパーは本当に死んだの?」


 マテウスが少し目線を下すと、ツェーザルがこれでもかと拳を握りしめているのが見えた。

 嗚呼、やり損なったな。マテウスは言われずともその結論に至り、やれやれと首を振る。


「まあ、生きてるならリディを取り返しに来るんじゃない? いい餌があるんだし、ゆっくり待とうよ」

「そのつもりだ。次は頭を」

「焦らない焦らない。待て、と言われてじっと待つのが犬だよ」


 ツェーザルの目は闘志を宿し、マテウスは無邪気に笑みを浮かべる。やり損ねたライバルとの再戦を、今から心待ちにしているのだから。


 最早、獲物にしておくには惜しい腕だった。あと数センチずれていれば、ツェーザルの心臓は撃ち抜かれていたはずだ。

 お互いに致命傷を負わせあって、まだ生きている。ならば次の戦いで、どちらが上かはっきりさせたい。それこそが誇りであり、名誉なのだから。


「……死ぬなら最初から助けないでください。レイジのバカ」


 たった1人、リディは2人に聞こえないように呟いた。リディは血の海に沈み、トドメの一撃を受けて死んでいくレイジの姿が忘れられないでいた。

 夜が来るたびにあの姿が浮かび上がる。死の間際まで、差し出してくれた優しい手を忘れられない。


 撫でてくれたあの手は、もうない。優しい歌を口ずさむ人は、もういない。リディは血の代わりに、涙を流していた。

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