7話 重要な証人
「レイジ、階段の奴は俺がやる。お前はリディを!」
「あいよ!」
「305番だ、間違うな!」
パスカルはそのまま階段の敵を仕留めに向かう。俺は途中で足を止め、扉の番号へ目をやった。ショーウィンドウでも見ているかのように。
鉄扉を叩き、出してくれと騒ぐ囚人たちが多い。それでもいちいち構う暇はない。俺の目的はただ1人、リディだけだ。他の囚人ではない。
「305……305……ここか!」
扉の横に「305」と書かれているのを見つけた。頭は何も考えていない。少しでも早く会いたくて、逸る心が足を動かす。
窓代わりの鉄格子から牢の中を見る。古い城を使っているというだけあってか、中は石造の冷たい独房になっていて、リディの姿はそこになかった。
「クソ、パスカル! ここにはいないぞ!」
「探せ!」
「クソッタレめ!」
鉄扉の鍵を撃って壊し、中に突入するがやはり誰もいない。部屋の隅に隠れている可能性も考えたが、どうやら無駄なようだ。
一度隠れ家に帰って、パスカルの魔法で探すべきか。早くしなければ、そんな焦りが押し寄せてくる。銃声はその焦りを助長し、俺をイラつかせていた。
冷静さなんて頭から追いやられ、呪いでもかけられたように執着している。目的ばかり見て、手段が考えられなくなっていく。
手当たり次第に看守を痛めつけて聞き出そうか。どうせこいつらも反体制派だというのなら、文句はあるまい。
「ねえ、誰かいるの? 隣の人なら、行き先を知ってますよ!」
鉄扉を叩く音と、女の声がする。男の囚人が騒ぐ声の中、その黄色い声はよく聞こえた。そして、リディの行き先を知っているとも。
それに飛び付かないはずはない。俺は空の独房を飛び出し、声の主の前に立つ。鉄扉越しで、その姿はわからないが。
「リディはどこ行った!?」
「教えてあげますから、私をここから出して! あと、隣にいる友達も!」
「わかった、ドアの前から下がれ。撃って壊す!」
銃口を鍵へ向け、2発撃ち込む。それなりに貫通力を持つ小銃弾が同じところに当たり、耐えきれなくなった鍵が壊れた。
忌々しい鉄扉を蹴飛ばすと、少女がいた。声から予想はついていたが、直接見ると少し驚いてしまう。
黒のセミロングヘアーで、少し垂れ目気味の可愛らしい顔つき。薄いオレンジ色の囚人服を押し上げる豊かな双丘と、誰もが振り向きそうな美少女だ。
みんなの憧れの町娘、といった風貌の彼女が、どうしてこんなところに囚われていることか。
「隣の友達もお願い! そうしたら教えてあげますから!」
「レイジ、まだか!?」
パスカルも急かして来る。さっきまでの自分を見ているような気もするが、気のせいだろうか。
「リディはいねえが、行き先を知ってるっていう囚人がいた。連れて逃げる!」
「急いでくれよ、もうワンマガジンで弾が無くなっちまう!」
ハミドの悲痛な叫びも聞こえてきた。奴も俺と同じファルシオンを使っているはずだ。下に行くときにマガジン一つ投げ渡してやろう。そうすれば少しは戦えるだろうし。
「おい、聞こえるか? 鍵を撃つからドアから離れろ!」
友達とやらのいる鉄扉を殴りつけながら叫ぶと、銃声に紛れて足音が聞こえた。ドアの横、弾が当たらないであろう位置。これなら大丈夫だろう。
鍵を狙い、長段に気をつけながら2発撃ち込んで鍵を壊す。この銃そのものが鍵なのではないかとさえ思えてきた。
「早くしやがれ、挟まれそうだ!」
「パスカル、もうメチャクチャだ! 警備室は窓から狙撃されるぞ! レイジ、どこにいやがる!?」
下が相当マズそうだ。制圧ではなく救出が目的だから、そろそろ撤退しなければ。奇襲の効果がそろそろ薄れる頃だし、すり潰される恐れも出てきた。
急がなければ。忌々しい鉄扉を蹴飛ばすと、少女が飛び出してきた。
褐色の肌をして、美しい金髪を肩まで伸ばした少女で、最初の少女へ抱きついていた。相当心配していたのだろう。
「ミヒロ、無事でよかった!」
「アインちゃんもね!」
「おい、感動の再会を邪魔して悪いが逃げるぞ。間男参上だ!」
廊下奥から敵が撃って来る。応射するが、当たっているかよくわからない。敵弾が飛んでくるプレッシャーの中、ゆっくり正確に狙えるわけがなかった。
「パスカル、目標確保! どこから退けばいい!?」
「階段へ来い。援護に行ってやる!」
「わかった。おい、援護してやるから後ろの階段まで走れ!」
少女2人に声をかける。そうするしかないと2人も分かってくれたらしく、お互いに見つめ合ってから頷いた。
「そこからどうすればいいんですか?」
黒髪の少女は少し不安そうだ。突然現れた傭兵に逃げろと言われて、はいそうですかとは言えないのも分かる。そして、助かる道がこれしかないことも分かっているだろう。
「合図したら階段まで行け。仲間がいるから」
「わかりました。お願いします」
「レイジ、こっちは位置についた!」
パスカルも丁度よく来てくれた。退くなら今しかない。ポーチからグレネードを取り出し、忌々しげにピンを引っこ抜く。
いいものをくれてやろう。新鮮なパイナップルだ。
「グレネード行くぞ!」
わざと敵に聞こえるように声を張り上げ、グレネードを放り投げる。勿論敵は下がり、身を守るために物陰に身を隠す。
それが狙いだ。殺せなくてもいい。邪魔さえさせなければ。
「行け行け行け行け!」
「早く来やがれ、挽肉になるぞ!」
少女2人を走らせ、俺も後ろ歩きしながら射撃を続ける。グレネードにも怯まず撃って来る勇敢な敵兵へ、賞賛の弾丸を授与してやろう。勲章だって金属製だ。銃弾とそんなに変わらないだろう。
結構乱射したのに、受け取ってくれたのは1人だけだ。胸に勲章くっ付けてくれたから、仲間からちやほやして貰えるぞ。
なんて思っていたら、俺も胸にもらってしまった。衝撃を胸に感じ、一瞬呼吸ができなくなって倒れてしまう。
いくら弾を防ぐといっても、運動エネルギーまで受け止めるわけではない。肋骨が折れたり、衝撃で心停止に陥ることもある。今日の俺は幸運の女神が護ってくれたらしく、痛みで済んでいた。
でもあまりの痛みと息苦しさで体が思うように動かない。適当にでも撃ちまくるのがやっとの思いだ。
「おい、もたつくな!」
パスカルにフードを掴まれ、そのまま引き摺られていく。その間に胸に手を当てると、書き込んでいた暗号が痛みを和らげ、呼吸を整えてくれた。咳も止まり、足が制御を取り戻していく。
這いつくばるように後退り、物陰に飛び込んでようやく立ち上がる。無様だが、死ななければ儲けものだ。
「すまねえ、助かった」
「ならさっさと動け。ハミドが限界だ!」
「分かった。2人もついてこい!」
少女たちは頷き、俺の背中について来る。階段を降りた先ではハミドがまだ応戦していた。とはいえ弾は少なく、射撃頻度は少なくなっているが。
「ハミド、弾やる!」
弾薬がしっかり30発込められたマガジンを2つ差し出してやると、ハミドはホッとしたような表情を浮かべた。
「助かった。あと5発しかなかったんだ」
「さっさと逃げるってよ。どっち行けばいい?」
「下を通って出たいんだが、どっかにスナイパーがいる。さっき警備室を狙撃してきたから、考えられるのはあの監視塔だ」
転んでもただでは起きない姿勢は見習うべきだろう。さすがは商人だ。そして、その情報は千金に値する。
「じゃあ、そいつさえ始末したら逃げられるな?」
「ああ、他の通路はもう封鎖されてるから、スナイパーを倒して強行突破しねえと出られねえ。やれるか?」
俺はファルシオンから弾を抜き、ストックを畳んでバックパックへ押し込む。代わりに、背中に吊るされて出番待ちをしていたシュティルイェーガーを握りしめた。
「誰に言ってる? ついでにこれもやるよ」
ハミドのマグポーチにもう一つマガジンを押し込んでやる。しばらくファルシオンは使わないから、弾だけあっても意味は無かろう。
「やってこい。上手くいったら取り分増やしてやるよ」
「本当か?」
「パスカル次第」
「けっ、運次第じゃねえか」
「まあまあ。上手く使え」
ハミドはそう言ってスモークグレネードを差し出してきた。餞別代わりとか言わないよな? スナイパーに対抗する上では役に立つから、激励ととる方が良さそうだ。
スコープのキャップを開け、フードを被る。余計な情報をシャットアウトし、意識を切り替える。俺がやるべきなのは殺しで、殺し合いではない。
肉眼にはわからないような遠距離を、寸分違わぬ精密な狙いで撃ち抜き、道を切り拓く。それこそ我が役目、我が誇り。
さあ、戦おう。
「ハミド、俺たちでここを押さえるぞ。レイジ、擦り潰される前に終わらせろよ!」
パスカルが叫んだ時にはもう動いていた。階段を駆け降り、裏口を目指す。外で狙撃地点を探すために。
そう思ったが、階段を降りるうちに冷静になってきた。相手はこの裏口を見ているだろう。だって、警備室の窓と裏口は同じ側面にあるのだ。
監視等から見ているなら、俺たちがここから逃げると予想して狙いを合わせている可能性がある。俺ならきっと、そうするだろう。
ならばどうするか。俺は裏口を前にして立ち止まる。そんな暇は残されていないというのに。