6話 ローネー監獄襲撃"ドーンブリッツ作戦"
下水道を進む間、パスカルとのブリーフィングを思い出す。ついでに教えてもらった、この紛争の原因とこの世界の事を。俺の知らないことばかりだった。
俺のいる西部大陸"ズィロス"と東部大陸"オリエンラ"は長きにわたり敵対関係が続いており、ここ"ガリア王国"はその最前線たる沿岸に位置し、何度か戦場にもなった国だという。
ガリア陥落は即ち、オリエンラ側の橋頭堡確保を意味し、内陸国にも脅威が及ぶ。それを防ぐ目的でズィロス大陸諸国は軍事連合"サヴォイア連合"を結成。オリエンラ側も対抗して"アステカ連盟"を結成し、長く睨み合っていた。
そしてある時、不況を発端とする暴動がガリアにて発生し、紛争状態に陥った。暴徒はいつしか王政打倒を目指す反政府勢力となり、どこからか手に入れた軍用銃で国軍とあちこちで争っている。
サヴォイア連合としても、この内紛を黙って見ているわけではなかった。連合軍が介入、鎮圧する必要があるか調査する為、パスカルをガリア首都"ロクサンヌ"に潜入させて今に至る。
「で、俺がたまたまアステカ連盟の兵士を仕留めちまったから、介入間違いなしってわけか」
「ああ。あいつらゴキブリみたいに隠れてやがるから助かった。これで調査の手間が省ける。その分の報酬はお前に分けてやるよ」
パスカルはなんでもないように言い放つが、反政府勢力に敵対勢力が紛れているのは相当にマズイのではなかろうか。
俺たちに見えているのはライトで照らす暗闇のように、見えるところばかり見て、見えない部分の方が多いものだ。今歩いている下水道のように。
全く、お天道様の下を歩くのはいつになることやら。
それに、王政と言っても権限を持つのは議会で、王は飾りに過ぎない。君臨すれども統治せず、そんな王の首を切ったところで、不況が解決するわけでもなかろうに。民衆もそこまで馬鹿ではあるまい。
ならば、どうしてこうなったのか。その理由はそのうち分かることだろう。俺たちにできるのは、その欠片を一つ一つ拾い集めること。点と点を線で結ぶのは、もっと上の役目だ。
「何がともあれ、今はリディだ」
俺は頭を振って目的を思い出す。サヴォイア連合がパスカルに与えた任務は2つ。紛争への介入が必要かの調査と、王家の末妹であるリディ・ル=ヴェリエの確保。
どうして目標がリディなのかはパスカルも知らされていないらしいが、俺としてはどうでもいい。リディを自分のエゴで守って、中途半端にしてしまった。どうせなら、最後までエゴを貫き通したいだけだ。
死にゆく俺に手を伸ばし、悲痛に叫んだ姿が忘れられない。そんなわけではないと、自分に言い訳して。アトラスやらクロノスの前に、目の前のことを片付けたい。それだけだ。
「よう、時間通りだな」
無心で歩いていたせいで、そんな一言にびっくりしてしまった。銃を構えなかったのは幸いといえようか。
ハミドは壁にもたれて立っており、俺たちとの合流を待っていたらしい。腕時計を見ると合流時間丁度。ここまでは計画通りに進んでいる。
「司令部はなんて?」
「連盟軍の証拠写真は効いたな。連合軍は直ちにガリアへ攻撃……と行きたいが、リディ救出までは動きを控えるってよ」
「だろうな」
パスカルは分かっていたようで、安心からの溜息を吐く。救出前に連合軍が攻撃すれば、リディが殺される危険があるのだ。敵の手に渡すならば、とやりかねない。
とはいえ、それは同時に戦力的な不利が決定した事を意味する。こちらは3人で、敵側の戦力は数知れず。困難な任務である事に変わりはない。
「で、リディの居場所はわかってるんだよな?」
俺は最大の関心事を口にする。目標の居場所はこの作戦の鍵で、それを見つけたというパスカルの言葉に従って臭い下水道を進んできたのだ。
「ああ。動いていないならば、ローネー監獄で間違い無いだろう。位置は305番独房」
「ならばこの上だな」
ハミドは地図を取り出し、現在地と見比べる。どうやらお手製らしく、地上の図に手書きで地下道の位置が書き加えられていた。
そしてここは目的地の真下。どんな厳重な監獄とはいえ、排水口は必ずある。そして、それを整備するためのマンホールもだ。
「脱獄には備えてるけど、侵入には備えてなかったようだな。好き好んで監獄に入る奴なんていないか」
マンホールを開けるには器具が必要だが、中から押し上げる分には必要ない。マンホールで脱獄するのは困難でも、侵入は容易なのだ。
「おかげで、俺たちの仕事はやりやすくなる」
パスカルはそう言って梯子をよじ登り、マンホールの蓋を開ける。下水道の暗闇よりはマシな、夜明け近くの僅かな灯りが差し込んできた。
パスカルはそんな暗闇をものともせず、昼と変わらぬ機敏な動きで登っていく。
「よし、聞こえるか?」
上にいるパスカルの声が、まるで隣にいるように聞こえる。パスカルから教わった魔法というやつだ。
暗号魔術と呼ばれる、魔法陣を幾つか組み合わせるタイプの魔法で、魔力が少なくても使える上に汎用性の高い便利なタイプだ。
通信用を耳に仕込み、両手には回復用の暗号を書き記している。パスカル曰く、戦闘の必需品なんだとか。
「ああ、耳元で話してるみたいで気持ち悪い」
「すぐに慣れる。早く来い」
「おう。さっさと臭いところから出たいしな」
これ以上は鼻がおかしくなってしまいそうだ。その前にと俺も梯子をよじ登り、もぐらのように地上へ頭を出す。
そこではパスカルがサブマシンガンを構え、周辺を警戒していた。ファルシオンを小型化したようなそれは、PD-42"ダーインスレイヴ"とか言ったか。
「よう、やっと来たか」
「合図を出したの今しがただろ。どっちに行けばいい」
「ここを真っ直ぐ。2階に警備室があるから、外からグレネードを投げ込んでから強襲する」
「隠密にいかねえのか?」
「混乱を作った方がやりやすい」
ハミドものそのそとマンホールから上がってきて、蓋を半開き程度にしておく。完全に閉めたら逃げる時に困る。しっかり考えていると言うわけだ。
「リディまで吹っ飛ばすなよ?」
「お前から買ったグレネードだぞ? そうなったらお前を恨むからな」
そりゃないぜ、とハミドは肩を竦める。そんなことになったら俺もハミドを恨むだろう。ケツにグレネードを詰め込んで、ピンを抜くしかなくなる。
ハミドは何かを察してケツを庇うが、どうなろうが俺の知ったことではない。
「レイジ、スナイパーに警戒しろ。対処できるのはお前しかいない」
「なんだ、期待してるのか?」
「ただの消去法だ。行くぞ」
全く、少しくらいおだてることは出来ないのか。このぶっきらぼう、悪く言えば感じの悪い傭兵は口も悪いらしい。ハミドはまだかと肩を竦めて笑っていた。
それにしても、警備室が近付く程に何かの音が聞こえてくるようになったのは気のせいか。ご機嫌なロックのようで、警備室で鳴らしているのは間違いないだろう。
恐らく、看守の眠気覚ましだ。囚人が牢屋の中でやっているとしたら、なんとも自由な監獄だろうか。
「誕生パーティーの真っ最中か? パスカル、クラッカーを鳴らして祝おうぜ」
「名案だな、ハミド。跳ね返らせるなよ。祝うのは奴らで、俺たちじゃない」
「そんなヘマしねえよ。行くぞ」
俺はポーチからグレネードを取り出し、ピンを引っこ抜く。警備室の窓に鉄格子は嵌め込まれておらず、窓ガラスがあるばかりだ。グレネードを投げつけたら、簡単に割れるだろう。
「グレネードいくぞ!」
パスカルがグレネードを投げ、俺とハミドも遅れて投げ込む。安全レバーが弾き飛ばされた甲高い金属音も、ご機嫌なロックがかき消してしまった。
グレネード、と警告する声も聞こえない。ロックを掛けても居眠りしていたか、寝ぼけ眼で見逃したのか。どっちでもいい。しっかり眠れよ。
「どーん」
ハミドが呟く声を、爆音が掻き消す。やっぱりロックには派手な演出がないとな。ステージから火を噴くとかないか?
「突入!」
パスカルが先陣を切り、裏口に突入。そのまま一気に階段を駆け上がっていく。こういう時は勢いが大事だ。混乱が収まる前に事を終わらせるのだ。
「レイジ、3階に行くぞ! ハミドは2階を抑えろ!」
「任せろ!」
上から降りてきた敵をパスカルが撃つ。敵はつんのめるように転げ落ちてきて、パスカルと俺はそれを躱してさらに階段を上がる。
止まるな、走れ、走れ、走れ。クソ重い装備も無視して、ただ真っ直ぐに。サイトのレンズ越しに世界を見て、邪魔者は撃ち倒せ。
「レイジ、止まって伏せろ!」
パスカルの声に反応できたのは、本当に奇跡だった。階段上の用具室から、敵がショットガンを撃ち込んできたのだ。
頭の上を散弾が通り過ぎ、壁を抉る。もう少しで俺の頭がスイカのように割れるところだった。
その1人のために、俺たちは足止めを余儀なくされる。死んでは目的が果たせない。死ぬのは少なくとも、目の前の敵が死んだ後でなければ。
「クソが、そこをどきやがれ!」
頭を出せば吹っ飛ばされてしまいそうだ。俺もパスカルも銃を持ち上げて乱射するしかない。これではまともに狙えないし、当たっているかもわからない。
「ハミド、そっちはどうなってやがる!?」
「蜂の巣を突いちまった! 警備室からうじゃうじゃ出てくる!」
「クソッタレが。レイジ、カバーしてやるからグレネード放り込め!」
「おう!」
持ってきたグレネードは4つ。最初に使ったから、これと後2つだ。投げ損なってリディを吹っ飛ばさないように気をつけなければならないし、切り札を無駄には出来ない。
「これ、信管作動は4秒だったか!?」
「そうだ!」
「間違ってたら恨むぜ!」
ピンを抜き、投げる前に安全レバーを飛ばし、信管を作動させる。1、2……今だ。
2、でグレネードを投げつけると、用具室に飛び込んですぐ爆発した。逃げる暇もなかっただろう、敵は沈黙し、階段を上り切ると用具室内に死体が見えた。
「始末した!」
「右だ、行け行け行け!」
右へはいかず、真正面の用具室へ飛び込む。その僅かな移動の間に銃弾が飛んできた。廊下の向こうに敵兵がいる。距離は約25メートル程だろうか。
覗いた照準器の赤点と、敵の瞳が重なった気がする。でも残念、その目を撃ち抜くことは叶わなかった。敵が隠れる方が早かった。
「敵がいる、廊下奥!」
「制圧中!」
パスカルが廊下奥を射撃し、敵を角に押さえつける。あそこにも階段があるのだろうか。
俺も敵のいるところにひたすら撃ち込む。当たらなくとも敵を押さえつけるのが目的だ。隙を見て突入し、リディを連れ出す。敵弾に身を晒す覚悟はできていた。
「ハミド、下はどうなってる? 敵が上に来てるぞ!」
「まだやり合ってる、動けねえ!」
「クソが! レイジ、合図でグレネードを投げてやれ! 突入して仕留める!」
グレネード程度の爆薬量で鉄扉は壊せない。それに、撒き散らす破片にも貫通力はないから、中に被害は及ばないはずだ。安心してグレネードを放り込めるだろう。
ピンを引っこ抜き、パスカルへ向けて頷く。パスカルも頷き返し、手を振って合図してきた。
「グレネード行くぞ!」
パスカルの援護射撃を受けながら、俺はグレネードを投げた。石畳の床を金属の塊が跳ねて、遅れて爆風と破片を辺りに撒き散らす。
「行け行け行け!」
「突撃!」
俺とパスカルは前へ踏み出す。銃を乱射しながら、ただ真っ直ぐに。たった1人のために何人殺そうが構わない。正義でも何でもなく、エゴなのだから。