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レイド・オン・マーセナリーズ  作者: Pvt.リンクス
第1章 憤怒の目覚め
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5話 カフルーク商人

 外は暗くなっていた。街灯も消え、民兵たちが銃に取り付けているライトが辺りを照らすばかりだ。

 そんな中で俺とパスカルは路地裏を這い回る。ネズミにでもなった気分を味わいつつ、敵の巡回を掻い潜って向かうのは、パスカルの馴染みだという商人の隠れ家だ。


「隠れ家ってそんなにホイホイあるもんなのか?」


 俺は疑問をパスカルへ投げかける。パスカルの隠れ家があって、その商人の隠れ家があって、他にもあるのだろうか。急拵えにしては物が良すぎる。


「出来そうなところはいくつか。ガリアは昔から最前線になることが多くてな。防空壕とかシェルターになるよう設計された地下室も多くて、忘れ去られたのもいくつかある」

「その一つがパスカルの隠れ家ってわけな」

「そういう事だ。あとは色々引っ掻き集めて、急拵えながら快適な拠点にしたわけだ」


 布団はボロいが、ないよりはマシだ。暖房もあるし、医薬品もあればポットもある。生活に関しては困りそうにない隠れ家だった。

 そんなパスカルの隠れ家は地下鉄駅内の通路だった。天井が崩落して、ちょうどいい大きさになっていたらしい。勝手に崩落したというより、パスカルが爆破して作ったような気もしなくはない。


「っと、ここだな」


 パスカルは路地裏のマンホールを持ち上げる。商人の隠れ家は下水道の中にあるという。鼻が折れ曲がったりしないのだろうか。

 とはいえこれは都合がいい。下水道は市内に張り巡らされているから、出口の一つがダメでも他にいくつも出口がある。なるほど、こっそり商品を運び込むには困らないわけか。


「臭えな。鼻が壊れそうだ」

「我慢しろ。人狼の俺はもっとキツい」

「災難だな」


 パスカルが人狼というのは初めて知った。そういう割には耳などの見た目は人間だし、人狼の血は薄そうだ。


 パスカルと共に下水道を降り、ライトの光で辺りを照らす。整備用通路にはネズミが這い回り、蜘蛛が巣を作っている。うん、好き好んで入る場所ではないな。


「先に行く。ライトが逆に眩しい」

「人狼って夜目も効くのな。羨ましいぜ」


 俺には暗闇を見通すような目はない。闇の中は本能が危険を訴えるし、パスカルみたいに見えている奴に対しては無力だ。大人しく科学に頼って、少しばかりの安心感を得ることに躊躇いはない。


 しばらく歩くと、幾つかの鉄格子の扉があった。パスカルは右から数え、3つ目の扉に手をかける。


「ここだ」


 鉄格子の扉は施錠されているらしいが、パスカルは取り出した鍵であっさり解錠してしまう。客にだけは鍵を渡しているのだろう。一見お断りというわけか。

 天井には急拵えの監視カメラもあり、来客が何者かをしっかり見ている。ダミーの可能性も否めないが、本物ならしっかりした防備だと言えよう。


 こんなものを作るくらいだ。髭を蓄えた厳つい男が頭に浮かぶ。パスカルは馴れているようだし、そもそもこのぶっきらぼうというか無神経な男が怯むとは思えない。では、俺はどうだろうか?

 落ち着こう。パスカルがいるんだから大丈夫だと自分に言い聞かせ、深呼吸する。その行動は誤りだと気付いたのは、下水道の強烈な刺激臭が鼻を突き刺したからだ。


「おい、何してるんだ?」

「マジで臭え」

「我慢しろ。奴のアジトなら換気してあるから」


 そりゃそうだ。こんな臭い中で過ごせるのはドブネズミくらいのものだ。人間ならすぐにでも逃げ出すだろう。


 パスカルがドアを開けると、陽気な音楽が鳴り響いていた。白熱電球が照らす室内はオフィスのような感じで、デスクの前では男が背もたれを倒し、顔に雑誌を乗せていびきをかいている。


「起きろハミド、仕事の時間だ」

「んぁ?」


 パスカルが声を掛けると、男は起き上がって雑誌を落としてしまう。セクシーなグラビア雑誌のようだ。男なんていつの世界と変わらないと実感させられる。俺にも読ませろ。


 雑誌から商人の男へ目をやって分かったのは、イメージとは全然違うということだ。朝黒い肌に黒い目、ワカメでも引っ掛けたような癖っ毛を伸ばしており、両頬には月と剣の刺青がある。雰囲気も強面というより、気の良い兄ちゃんと言ったところか。

 服は白でダボっとした感じの服で、ズボンは青い。どこかの民族衣装のようだが、推測でしかない。


「なんだ、その苔むしたみたいな服の奴? 新しい客か?」

「そういうあんたは泳いできたか? 頭にワカメ引っ掛けてるぞ」


 軽口には軽口で。そう思って言い返すと、男は額に手を当てて笑い出した。どうやらお後がよろしいようで。本気でキレられたらどうしようかと思ったが、綱渡りは成功のようだ。


「言ってくれるじゃねえか。パスカル、どうしてコメンテーターなんて連れて来た?」

「リディの手がかりだったから。とはいえ文無し魔力なし記憶なしの三点拍子だがな」

「武力なしじゃねえのか?」

「銃は持ってたし、狙撃もこなしてた」

「なるほどな。ギリギリ合格点か」


 商人の男は雑誌を棚に戻すと、赤い布を頭に巻いてワカメ頭を包み込む。何かの模様が描かれているが、それが何を意味するのかは知らない。ただの模様かもしれない。

 それにしても爽やかな風貌だ。髭は剃り落とし、精悍な顔つきをした若い見た目で、流し目なんてすれば大抵の女は落ちてしまうかも知れない。パスカルと違って愛想は良さそうだ。


「俺はハミド。ハミド・イブラヒム。流れのカフルーク商人で、パスカルの相棒だ。よろしくな」

「レイジだ。カンザキ・レイジ。それ以外はわからねえがよろしく」


 ハミドは俺の手を握った後、ストーブの上に乗せていたポットに手をやる。お茶を入れていたらしく、慣れた手付きでマグカップにそれを注ぎ、テーブルへ並べた。

 そのいい香りが鼻を癒してくれる。あの悪臭に泣いていた鼻が歓喜の声をあげているのがよくわかった。


 ここからは商談というわけか。パスカルはどっかりと椅子に座って腕を組むが、俺にそんな度胸はない。静かに座り、姿勢を正していた。


「で、欲しいのは?」

「銃とプレートキャリア、あとは適当な服だな。この服は目立ちすぎるだろ?」

「いいけど、銃はあるんじゃないのか?」

「弾薬の規格が合わない。こんなのあるか?」


 パスカルはデスクに2つの弾薬を並べる。どちらも俺の銃に入っていた弾で、薬莢の底にそれぞれ5.56×45mmと7.62×51mmの刻印が入っていた。


「どっちもねえな。銃は用意するけど、金はどうする?」

「こいつの報酬から天引きすればいい。ハミド、お前にも手伝ってもらう」

「マジかよ」


 パスカルは淡々と話を進めていく。俺の装備に関わる話なのに、俺は蚊帳の外だ。金を出すのはパスカルだし、当然と言えば当然なのだが。


「とりあえずレイジの武器だろ? 使うならこの辺かな」


 ハミドが出して来たのはアサルトライフル。無骨なフォルムで、戦う事以外を削ぎ落としたようだ。

 更にはカスタムパーツまでも出してくる。伸縮式ストックにフォアグリップ、光学照準器となんでもありだ。


「レイジ、お前は何を求める? 取り回しの良さか、精度か」

「取り回しを頼む。精度はスナイパーライフルがあるし、クソ狭い市街地なら取り回し一択だろ」

「合理的だな。じゃあ銃身を短いやつに変えて、コンパクトな感じだな。組んでやるから、そっちでアーマーを選べ」


 ハミドはそういうと銃本体とカスタムパーツを作業机に並べ、工具を手にした。こういう時に話しかけるのはよくないと、自分の中の何かが言う。

 記憶の欠片だろうか。そうだったらいいのに。今はどこかに行った故郷の記憶も、思い出せるだろうか。


 血塗れで穴の空いたシャツを脱ぎ捨て、コンバットシャツに袖を通す。その上にズシリと重みのあるプレートキャリアを着て、黒のロングコートを纏う。

 最後に首にスナイパーヴェールを巻いて、鏡の前に立つ。


 フードを被ってみれば、感情も何もが切り離されるような気がした。残るのは理性だけで、的確な判断と磨き上げた技量でただ冷酷に敵を葬る。そんな存在になれたようだ。


「お、随分様になってるじゃねえか」


 ハミドはそういいながら銃を差し出してくる。漆黒のアサルトライフルは最初より短くなり、グリップやストックは俺の体格にピッタリと合っている。

 試しに構えをとってみると、装備や体に干渉することなくスムーズに射撃態勢に移れた。いい銃だ。


「気に入ったよ」

「だろ? 俺にかかればこの程度朝飯前よ」


 試しに銃を眺めてみると、左側面に『R-42 Falsion』と刻印されていた。この銃の銘であろうか。


「ファルシオンの短銃身(カービン)カスタム、なかなかやる奴がいなくてな。久しぶりにこれを作れて楽しかったぜ」

「ありがたいよ。スナイパーライフルは?」

「在庫を探してる。パスカルに感謝しとけよ」


 パスカルに目をやると、堂々とソファーに寝転がって足を組んでいた。気心知れた友の前だからか、その姿に遠慮というものはない。


「気にすんな。その分働かせるし、死んだら横流しして金にする」

「じゃ、死んでくれと言ったらどうだ?」

「スナイパーってのは貴重だからな。金でもなかなか手に入らん」


 パスカルはそう言って身を起こすと、こちらに顔を向けた。目は眠そうというよりも、睨みつけるように細められ、真っ直ぐに俺を射抜いていた。

 その精度はスナイパーライフルにも匹敵するだろう。次の瞬間には殺されるのではないか、そう危機を覚えるほどに剣呑で、鋭い眼だ。


「下手くそかもよ」

「時計塔の奴に命中させて、まぐれだと?」


 おや、どうやら痛み分けらしい。外す気で撃った訳ではないが、命中していたとわかればまた気分が違う。こう、ホッとしたような気分に包まれた。


「死体があったのか?」

「いや、ない。だが血痕はあった。相当の大出血だろうさ」

「そっか。で、本当にまぐれだったなら?」

「死体が1つ増えるだけさ」


 パスカルはなんともないように言い放つが、その一言で俺の時間が止まった。

 増える死体は俺だろうか。足手まといだからと殺されるか、撃ち損じて反撃され、脳漿をぶちまける事になるのか。

 それかハミドかパスカルだろうか。その時は死体が1つじゃ済まない。両方死ぬか、片方死んだ後に俺が殺されるかで結局死体は2つになる。


 だから、最悪の事態を考えてしまう。その死体が、リディだという事態を。俺が今、最も許容できないであろう結末が脳裏をよぎる。


「お前が考えてるような事にしない。その為にブリーフィングと行くぞ」


 そんな俺の思考を断ち切るように、パスカルが言い放つ。彼は地図の前に立ち、ペンで丸や線を書き加えていた。

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