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レイド・オン・マーセナリーズ  作者: Pvt.リンクス
第1章 憤怒の目覚め
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4話 記憶なき兵士

 暗闇の中に俺はいた。あの白の世界ではなく、ただ闇の中。痛みは既になく、自分が生きている感覚もしない。

 リディは捕まった。誰に捕まったのかもわからない。俺はこの世界へ放り出されて、何も知らぬまま、何もできぬままに死んでいく。


——それを、許容しようというの?


 否。そう声をあげようにも、潰えた命に出来ることなどなかろう。大人しくこの世界を離れ、見守るのが関の山。

 何も思い出せず、何もわからない。それで納得できるわけがない。出来てたまるか。


——ならば起きて。貴方はまだ死んでいないわ


 誰かが、呼んでいる……?


「血圧下がってるよ! ミレディ、出血を止めて!」

「やってる! 回復魔法はまだか?」

「やってるけど、出血が多すぎて間に合わないよ!」


 誰かが騒いでいる。うるさいな、気分よく寝ているのに。そして、刺すような痛みが胸を襲い、俺は目を見開く。

 2人の女性が俺を見下ろしていた。白い肌に長いブロンドの髪と鋭く伸びた耳。もう1人は朝黒い肌で、鈍く輝く銀の髪をしていて、こちらも耳が鋭い。


 顔や白衣に返り血を浴びつつ、ハサミのような器具を俺に向けている。体は動かず、胸がどうなっているのかもわからない。

 ただ、焼けつくように痛い。それでも声が出せず、ただ痛みに襲われ、熱に身を焼かれる以外にできることはない。指先が冷たく、思考が止まり始めた。


——レイジ……レイジ!


 あの時の声が蘇る。被弾し、死にゆく俺に手を伸ばしながら叫んでいたリディの顔が。絶望を浮かべたあの顔を、もう一度笑わせられたのならば、どれだけいいのだろうか。

 それだけの力も時間も、俺にはもうないというのに。


——貴方が死んだら困るの。ダメ、生きて


 ルネーの優しい声が耳に響く。2人の医者が手を伸ばす胸に、もう一つの感触が増えた。ただ優しく手を添えるだけ。それだけの感触。

 それなのに、急速に痛みが消えていく。熱が引いて、僅かに指先に熱が戻りつつあった。まるで、魔法のように。


「バイタル安定、いけるぞ!」

「ミレディも治癒魔法お願い、一気に行くよ!」


——少し休んで。また、立ち上がれるから


 視界が白く染まって行く。背中からそっと抱きしめられるような優しい感触が伝わり、心地がいい。

 まだ死にたくない。そう思ったのは、いつぶりだろう。


「目が覚めたか?」


 その声はリディでもルネーでもなく、男の声。黒いマントに身を包んだ男が傍の椅子に座り、俺を見下ろしていた。寝覚めとしては最悪だ。


「ああ、ここは地獄か?」

「大層な寝言だな。この世が地獄っていうなら話は早いが」

「そこについては同感だよ」


 身を起こし、辺りを見回してみる。どこかの地下室だろうか。薄暗く、通路のような空間が続いている。俺が寝かされているマットレスも、廃品置き場から拾ってきたかのようなボロだ。

 壁には地図やメモを貼り付けたボードが設置され、作業机もある。隠れ家の類だろうか。


 そんなことよりも、なぜこの男は俺と会話が成立しているのだろうか。そして、俺はどうしてあの傷から助かったのか。


「色々聞きたいって顔をしてるが、順を追って教えてやる。その前に、俺の質問に答えろ。お前が2日も眠り続けた分、遅れを取り戻さなきゃならん」


 男は鷹のように鋭い目つきをしている。それでいて瞳は深淵を覗いているかのように、底の見えない黒一色だ。

 髪も黒く、癖っ毛なのか少し跳ねている。タンカラーの戦闘服に黒いマントを羽織っているせいか、なんとなく死神に見えてしまった。


「何が知りたい?」

「リディの事だ」


 心臓が跳ねた。そう錯覚してしまう。何か顔に出ていたのだろうか、男は目を細めて俺を睨む。何か知っている、そう確信した目だ。


「お前はどうしてリディといた? 民兵にしては装備が整いすぎているし、かと言って連盟兵でもなさそうだ。それがどうして、リディを連れていた?」


 ゆっくり語りかけられているはずなのに、捲し立てられているかのような気分になる。何故か、そう言われても信じてもらえるのか怪しい理由しか持ち合わせていない。

 ルネーから託されたものに、リディが関係あるのかどうかもわからない。それなのに、ただ生きていて欲しくて戦っていたのだ。


「たまたまだ。民兵に追いかけられていたから助けて、そのまま逃がそうと思ってた」


 男は俺を睨む。怪しんでいるのだろうが、俺は目を逸らす事なくその目を見据える。やるならやってやる。掛け布団の下で拳を握り締め、奴の動きを待ち構える。

 その予想に反し、彼は鼻で笑って目つきを緩めた。そのまま立ち上がると、壁際のテーブルに向かっていく。ポットがあるから、コーヒーか何かでも淹れるつもりだろう。


「嘘は言ってなさそうだな。お人好しな奴だ」

「なんとでも言え。自分が誰で、どこの所属かも知らねえんだ。そのくらい戦う理由が欲しかったのさ」

「知らない?」


 男は怪訝な表情を浮かべて振り向く。マグカップに角砂糖を5つも入れたのは見なかったことにしよう。


「嘘はよせ。自分の所属すらわからねえ兵士がいるか」

「それがいるんだな。記憶喪失ってやつかも」

「その割には落ち着いてるな」

「記憶がねえって慌てる余裕がなかったのもので」


 いきなり銃弾が飛び、血飛沫が舞い散る戦場にいたのだ。記憶なんて後回しでいい。生き残ること、リディを守ることに必死だったのだから。

 それがようやく落ち着ける状況になって、悩む暇が出来てきたくらいだ。記憶がないことへ不思議と焦りはない。ああ、そうかと諦めたように、目の前のことを受け入れていたのだから。


「タフな野郎だ。名前は?」

「レイジだ。カンザキ・レイジ。あんたは?」

「パスカル・エマニュエル。連合軍契約の傭兵」


 連合軍が何か、それは知らない。大切なのは、こいつがリディを助けにきたということで、そのリディはどこかで囚われの身と言うことだ。


 パスカルの差し出す手を取り、身を起こす。着ているオリーブドラブのシャツには穴が空いており、滲んだ血が固まっていた。その下の肌に傷はなく、被弾などしていないかのようだ。

 なんだか頭がスッキリしたような感じもする。ゆっくりと寝た後のようで、身が軽い。頭の中もスッキリなくなっているわけだが。


「連合軍が何なのか知らないけど、結局俺を助けた理由は? リディに繋がる情報は何もなかったぞ」

「なら、リディの体組織はないか? 髪の毛とか体液とか、皮膚の断片でもいい。それで探せる」

「んなもんそうそうあるか……」


 そう言って自分の手を見る。そう言えば、リディを撫でたり傷の手当てをしたり、そう言った類のものが付着する可能性は十分にある。

 手を見てもグローブはない。角ばった自分の手があるばかりだった。


「グローブはどこだ? リディの傷を手当てしたり、頭を撫でたからなんか付いてるかも」

「そこにある。調べておくからお前は休め。相当に体力を消耗しているはずだ。医者にも安静にさせろと言われてる」


 パスカルは隅にまとめてあった俺の装備を漁り始める。俺はそれを眺めながらそっと身を横たえ、天井に目を移す。

 リディはまだ生きているだろうか。寝転ぶ俺の脳裏に浮かぶのはそのことばかりだ。酷い目に遭わされてはいないか、怖い思いをしていないだろうか。


 出会ってほんの数時間、そんな刹那の間を共にしただけなのに、気になって仕方ない。そうだ、彼女に助けられている。

 被弾して撃たれかけた時、逃げ込んだ先で聴かせてくれた歌、巻いてくれた包帯。その一つ一つが、身一つでここへ放り出され、傷つき荒れた身も心も救ってくれていたのだ。

 記憶がないと混乱し、パニックに陥るところをリディの存在で支えてきた。どうやら、俺は知らずに貰ってばかりいたらしい。


「パスカル、これからリディの救出に行くのか?」

「生きてればな。お前のグローブに毛と血が付いてた。これで生きてるかと、どこにいるかは炙りだせる」

「……連れて行け。俺もリディを助け出したい」


 顔をパスカルへ向けると、鋭い目が俺を見据えていた。睨むと言うより、俺の真意を探るように。深い深淵に飲み込まれそうな気分だ。

 やがてパスカルは鼻を鳴らし、グローブへ目を戻した。興味の対象が移ったようだ。


「まあいい、お前を助けた分を返してもらいたいからな。治療費に今からかかる装備代、しっかり働いて返せ。足引っ張ったら殺す」


 どうやらチャンスをくれるらしい。ルネーから頼まれたことはその途中にでも解決しよう。

 アトラスがどこで、クロノスが何者かを知る前に、俺はこの世界のことを知らなければならないし、食い扶持を確保する必要もある。


 そしてそれ以上に、支えが欲しかった。今の俺には戦う理由も、生きている理由さえもリディなしに見つけられないのだ。


「わかった。いつ出る?」

「明日には。丁度買い物に行くところだったし、着替えて準備しろ。安静はキャンセルだ」

「キャンセル料が高くつきそうだ」


 パスカルはそう言って黒いマントを投げてきた。俺の格好は緑を基調とした迷彩服で、悪目立ちしてしまうだろう。パスカルが着ているのと同じ、これの方が目立ちにくい。


「グローブはいいのか?」

「サンプルは採取できた。今から探す」

「その落書きでか?」

「ああ、そうさ」


 無数の円形と何かの文字が床に描かれている。何かの図式だろうか。パスカルが何をしようとしているのかもわからないし、その中心に俺のグローブが置いてある理由も理解が出来ない。

 何かの儀式にも見えるそれの前にパスカルは跪くと、そっと手を乗せる。その口は閉じられたまま、手の甲が青白く光り始めた。血管に沿うような網目模様を描き、指先から線へと光が伝っていく。


 俺はそんな光景に目を奪われていた。幻想的にも思えるそれは魔法と呼ぶにふさわしい。それ以外に言葉が見つけられなかったというのも確かだ。


「場所を……監獄か? 座標……」


 パスカルはうわごとのように呟きつつ、さらに意識を深く落としていく。やがて光が薄れるにつれて、パスカルの意識は戻ってきた。

 その目を開いたパスカルはよろけることもなく立ち上がり、首を回し始めた。ゴリゴリとかなりの音が響いている。


「位置は特定できた。あとは準備して、作戦を詰めるだけだな」

「2人でやるのか?」

「いや、もう1人巻き込む。その後でブリーフィングだ」


 パスカルはそう言って俺のグローブを投げてよこす。指の隙間に付着していた長い髪の毛、リディの髪に顔を近づけても、あの時の香りはしない。

 せめてもう一度、言葉を交わしたい。


 そういえば、パスカルは俺と会話できているのはどうしてだろう。俺と同じ言葉を知っているのだろうか。


「なあパスカル、リディとは話が通じなかったんだが、お前は俺の言葉がわかるのか?」

「分かる、というか分かるようにさせた。お前は魔力なしだったから、治療も言語理解も苦労したんだぞ」


 魔力なしとはどういうことか。自分のことだというのにわからない、なんとなく気持ち悪い気分になる。


「どういう事だ」

「普通は体の中にパスっていう小さい石がある。大きさに比例して魔力も強まるんだが、お前は珍しくそれがなくてな。だから、パスの代わりに魔晶石を左手に埋め込んだ」


 左手を見てみると、中心くらいに何かが透けて見えた。僅かに光るそれが魔晶石とやらだろうか。


「魔力の強さは使える魔術の強弱だけでなく、受ける影響の大きさも左右する。お前は魔術が使えない代わりに、魔術の影響も受けない特殊な体質ってわけだ」

「で、それで不便だから後天的に移植したわけか」

「そういう事だ。治癒魔法を使わなきゃ助からない深手だったしな。言語理解もかけられねえし」


 そう言えば、リディが俺の傷に触れて何かを歌っていた。あれは魔法で、俺が魔力なしだから効かなかったのだろうか。それならリディが驚いた顔をする理由も理解出来るのだが。


「俺にも魔法が使えるか?」

「簡単な暗号魔術ならな。後で教えてやるから、まずは装備の調達に行くぞ」


 パスカルはそう言って顎をしゃくる。その先にはしっかりとロックされたドアと、監視カメラのモニターがあった。中々にしっかりした出入り口ではないか。

 本当に急拵えの隠れ家なのだろうか、少し疑問に思いながらも、俺はオリーブドラブ色のブーツに足を突っ込んで紐を締め上げていた。

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