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レイド・オン・マーセナリーズ  作者: Pvt.リンクス
第1章 憤怒の目覚め
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2話 迷走

 魔法、そんな単語が頭に浮かぶ。そうでなければ曳光弾だろうか。ええい、どっちでもいい。

 腹筋に力を入れて痛みを堪える。思い切り腹を殴られたような感覚がして、呼吸するのも苦しいが血は出ていない。撃たれはしたが、アーマーが止めてくれたようだ。


 視界の先では光が民兵を吹き飛ばし、表通りまで転がっていくのが見えた。アレではタダで済むまい。しかし派手にやり過ぎだ。他の奴も寄ってくるだろう。


「クソ、やってくれたな……」


 漸く痛みも引いて、呼吸が整い始めた。それを今際の時と勘違いしたのだろうか、駆け寄ってきた少女が泣きそうな顔で肩を揺すってくる。

 正直痛いし、視界が揺れて目が回る。だから、大丈夫だという意を込めて頭を撫でた。シルクのような柔らかくきめ細やかな髪、ふわりとした耳、その触り心地が思わずクセになってしまう。


「——!」


 彼女は何やら怒り始めた。頬が僅か膨らませ、耳と尻尾を立てて何かを言っているがわからない。それに、怖いというよりは可愛いという感情が先に来てしまう。

 思わず笑みが溢れた。そんな状況ではないし、自分の素性も戦う理由さえも思い出せない。それでも、この少女の見せる顔を見ていたかった。この顔を笑わせたい、そうとさえ思っている。


「行かなきゃな。ずっとここにはいられないし」


 少女に通じていないのはわかる。これは自分への戒めだ。停滞など許されない。常に変化の中にあり、その中で生きていくのが俺だ。

 今の状況も受け入れ、進むしかない。


 そんな俺の尻を叩くように、表通りの方から怒鳴り声といくつもの足音がする。もう少し少女を撫でていたかったが仕方ない。


「ほうらおいでなすった。こっちだ、早く!」


 少女の肩を叩き、身振りで移動を伝える。頷いたのは了解と見ていいだろう。言語は通じずとも、ジェスチャーとは案外通じるものだ。


「行け!」


 少女を進ませ、俺は表通りから入ってくる民兵へ銃撃する。浮かぶダットサイトの赤点が飛び散る血飛沫を覆い隠し、俺の罪悪感を抑えてくれた。

 躊躇なくトリガーを引かせるために、迷わずに殺せるようにと銃が配慮してるのだとすれば、こいつは相当のサイコパスだな。


 幸いなことに入り口は狭く、相手の練度は低い。2人程ダウンさせたところで、相手は隠れて撃ってくるようになった。

 これでいい。ダメ押しに手榴弾を投げつけて怯ませ、少女を追う。目的は殲滅ではなく逃走なのだ。


「っぶね!」


 敵に見せた背中の方から、何発も弾丸が飛んでくる。銃声のたびに身をすくめても、足は止めない。


 少女の背中を追いかけ、ただひたすらに。足を止めればすぐにでも死ぬ。それでも装備が重く、太腿が悲鳴を上げて速度を緩めようとする。

 呼吸は乱れ、頭にまで酸素が回らない。背中に衝撃が加わり、つんのめるように転んでしまう。


 仕方ない。転がって仰向けの姿勢を取り、追ってくる民兵へ銃撃を加える。一直線の路地裏だ、外してやられました、なんて物笑いのタネになるだろうさ。


 先頭の男が頭に被弾して倒れた。後続も胸部に被弾して倒れ、まだ生きてはいるが動けなくなる。肺に穴が開き、呼吸困難に陥ってるのだろう。

 次の瞬間には俺に弾が当たった。アサルトライフルを構えていた左腕が抉られ、防弾チョッキを貫通した弾が腹に穴を開けた。

 熱さと痛みが思考を停止させ、漏れ出す血液が命の危機を伝える。左腕に上手く力が入らず、銃が上手く構えられない。


「っ……! 行け、早く!」


 少女は俺を振り返り、逃げるのを躊躇していた。何してる、殺されるぞ。早く逃げてくれ。俺のことは置いて行っていいから。


 ——守ることこそ、我らが誇り


 誰かが囁く。俺の声か、誰かの声か。分からないままでいい。分からなくていい。


 視界が赤く染まる中、痛みは消え去った。漏れ出す血もそのままに、もはや左手は添えるだけで力は入っていない。

 この命が潰えるまでにどれほどの時間があろうか。咳き込み、鉄錆の味がする液体を吐き出して尚、俺は立っている。


 ならば、まだ戦える。


 敵はまだやってくる。犠牲も気にせず突っ込んで来るとは、少女に懸賞金でもかけられているのだろうか。どうだとしても、全て斃すだけだ。

 穏やかな心で、恨みも殺意もない。ただの作業、ただの処理。そんな気分でトリガーを引き、敵を撃ち倒す。


 敵がまるで踊るように体をくねらせ、地面へ倒れた。追い討ちに1発撃ち込み、次の敵を照準、射撃。数秒の出来事で先頭の2人は役立たずの肉塊に変わり果てた。

 少女から引き離されては守れない。ポーチから手榴弾を取り出し、敵へ投げつけてから少女を追う。


 金属が石に当たり、小気味の良い音を響かせる。しかしその後に来るのは爆風と無数の破片。

 片手で握れる大きさのそれは、逃げ損ねた敵の命を刈り取り、吹き飛んできた破片は俺の防弾チョッキに突き刺さる。


 銃弾が飛んできても足を止めない。止まったら終わりだ。時折振り向いて応射し、また逃げるの繰り返し。

 それでも練度の低い敵は怯み、追跡が遅れる。その頃にようやく少女の背中を見つけ、俺はそれを後ろから追いかけていた。



 どれほど逃げ回ったのか、もう覚えていない。無我夢中で走って追っ手を振り切り、気付けば民家に隠れていた。

 家主は死んだか逃げたのだろう。パンを乗せた皿が置かれたままで、マグカップの紅茶もすっかり冷たくなっていた。


 時間が止まったような空間で、少女は俺の傷口に触れて歌っている。何の意味があるのかはわからないが、歌は荒れた心の痛みを少しずつ和らげてくれる。

 包帯は少女に使ってしまい、冷静になったせいか痛みも戻って来た。止血帯で無理矢理出血を止めているものの、抉れた傷口は鈍く痛み続けている。彼女の歌は、鎮痛剤としては少し弱いかもしれない。


「良い歌だ、歌手になれるな」


 微笑みながら彼女を撫でるが、何やら驚いたような顔をするばかりだ。どうして、そんな顔をしても、俺にはその理由がわからない。

 だから、お返しに俺も歌う。雰囲気に合わせて穏やかな曲調のやつを、敵に見つからない程度に口ずさむ。


 少女は耳をこちらに向け、聞いてくれていた。言葉はわからずとも、音楽は変わらない。痛みを紛らわすのにもちょうどよかった。


 微睡むように目を細め、息を吐く。張り詰めていた緊張の糸が切れ、落ち着きを取り戻した。

 それは今際の時にも見えただろう。少女は明らかに焦った様子で俺の肩を揺すり、声を掛けてくる。本当に心配性な、可愛い狐だ。


「大丈夫だ、まだ死なないよ」


 そう言って撫でてやると、少女は安心したような表情を見せた。確かに意思は伝わった。それが何とも嬉しい。

 大丈夫と見るや、少女はどこかへ行ってしまう。死なないなら看取る手間もないし、他のことをしているのが有意義だ。寂しいけど仕方ない。

 追いかけようにも、もう足が言うことを聞かない。咳き込むと、唾液に血が混じって飛び散った。腹に被弾しているし、仕方ないか。


 役立たずになった防弾チョッキを脱ぎ捨て、傷口を手で押さえているしかやれることはない。器具も何もなしに、こんな圧迫止血は気休めにしかならない。 

 静かに意識を手放し、体を横たえる。大丈夫と言っておきながら、お休みの時が来たか。全く、無様なものだ。


 そう思って意識を手放し、重力に任せて身を横たえる。戦って最後に与えられたのは、フローリングの冷たい枕か。悪くない最期だろうな。


 そう思っていたのに、俺はもう一度光を見た。天使の階段が目の前にある。それを目で追うと、俯くようにして船を漕ぐ少女がいた。彼女の髪が垂れ下がり、目の前にあったのか。

 頭はフローリングにしては柔らかい物の上にある。体を動かすのが億劫で、寝転んだまま少女の顔を見つめていた。目元は鋭いのに、どこか可愛らしさを残している。


 この娘を守るために死ぬなら、悪くないかも。そうとさえ思えてしまう程で、自分の命の安さに苦笑してしまう。それか、俺が安いのではなくて彼女の命が高いのかもしれない。

 少しくらいご褒美を、と彼女の頬を右手で包み込む。柔らかく、餅のような感触。それでいてすべすべの肌とは、完璧ではないか。


 この柔らかい枕が彼女の膝と気付いたのも今しがただ。良い香りがする。人肌の暖かみなんていつぶりだろうか。凍りついていた心が溶けて、熱を帯びていく。

 俺は人だ、そう思い出すには暖かすぎた。痛みは既になく、穏やかな気持ちで休めた気がする。


 止血帯の代わりに包帯の巻かれた左腕が見える。

 寝ている間にやってくれたのか。腹の方もやってくれたらしい。言葉も通じないのに、本当にいい娘だ。


 少女も薄らと目を開け、俺の顔を見る。どこか安心したように表情を緩めて。俺が生きていて、良かったとでも思ったのだろうか。

 身を起こそうとして、彼女に止められた。「まだ寝てなきゃ」とでも言っているのだろうか。心配されるというのも、悪くない気分だ。


「……なまえ、は?」


 辿々しいが、確かに分かる言葉。間違い無く、俺の知る言葉だ。類似する言語があるのだろうか。

 そんなことよりも、ようやく意思が伝わったことが嬉しい。はしゃぎそうな気持ちを抑えて、口を開く。自分の名前くらい、自らの口で伝えなければ。


「レイジ。カンザキ・レイジ」

「レイジ……わたし、リディ」

「リディ、リディね……いい名前だ」


 リディは微笑む。やはり笑顔がよく似合う娘だ。俺も釣られて笑ってしまうではないか。こんなに短い会話なのに、どうしてこうも心暖まる気持ちがするのだろうか。

 戦場の真っ只中ではあるが、こんな穏やかな時間も悪くない。ずっと続いて欲しいと思える程に、安らかな気持ちになれている。今はこの穏やかな時間に身を置いていよう。


 リディは歌い出す。また違った子守唄と、頭を撫でる優しい手つきが心を落ち着け、穏やかな眠りへと誘う。

 天使のお迎えに、俺は意識を手放して身を任せる。きっと、幸せというものを教えてくれるのだろうから。

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