17話 襲撃前夜
「さっさと作戦を決めるぞ。どこかのバカが出撃前に死ぬからな」
パスカルはあまりにも辛辣だが、反論はできない。ハミドやアインにミヒロが笑っている。
唯一笑っていないのは、犯人のリディくらいのものか。全く、窒息死とか洒落にならないぞ。
「リディ、俺たちの任務はお前を連合軍に引き渡すことだ。正直言って、危険は犯せない」
だろうと思った。傭兵のパスカルが依頼を危険に晒すわけがない。それも、理由が復讐ならば尚のことだ。
「なら、連合軍は何と?」
「このまま待機。ロクサンヌ郊外の攻略に手間取ってやがる」
望みはないな。そう肩を竦めても仕方なかろう。どの道食料の調達に行かねばならないし、掃討作戦が始まったらここも安全とは言えない。
とは言え、血路を拓くのもまたリスクが大きすぎた。
「それなら、さっき追加依頼が来たぞ。ロクサンヌの連盟軍にゲリラ作戦を仕掛けて、混乱に陥れて欲しいそうだ」
ハミドから依頼書を受け取ったパスカルは渋面を浮かべている。そりゃそうだ。
こちらには非戦闘員も抱えて、戦闘員も少ない。混乱させるのが目的とはいえ、これは中々難しい依頼になるだろう。
「でも、やらなきゃ救援は来れないだろう?」
クソが、と呟く声が聞こえた。リーダーであるパスカルは肩の荷が増えることだろう。
「攻めるならば、アテがあります」
ここぞとばかりにリディが声を上げる。土地勘のあるリディならば、どこを攻めれば相手が嫌がるのかを知っているだろうか。
これにはパスカルも前のめり気味で耳を傾ける。作戦に使えそうな情報は欠片も残さない。そんな姿勢が見て取れた。
さて、次は誰の血が流れるだろうか?
「ここです。ツェーザルはここにいるはずです」
リディが丸をつけたのは、ロクサンヌの中でも一際面積の広い場所。何を隠そう、王宮なのだからデカくて当たり前だ。
そんな所に襲撃を仕掛けようなんて、正気の沙汰とは思えない。民兵が略奪している真っ最中か、アステカ野郎が何かに使っているかの2択なのだ。
「ツェーザル? ツェーザル・マルシャルクか?」
ハミドは別のところへ興味を示した。そう言えば、あのスナイパー野郎がツェーザルと呼ばれていたな。大物だったのか?
「ええ。後は、隣にマテウスって言う人狼もいましたよ。この前戦ったでしょう?」
「じゃあ、やっぱり奴らの部隊が来ているわけか」
パスカルは溜息を吐き、狼のイラスト入りマグネットを地図に貼る。
なぜ狼、と思ったところで心当たりがあった。リディ救出の時に遭遇した連盟兵は、全て人狼だったのだ。
「アステカ連盟加盟国、トラスカラ王国の精鋭部隊だ。第1混成亜人師団ライプシュタンダーテ"トラスカラ"。ツェーザルはそのうちの人狼狙撃兵中隊を率いている」
「最悪の相手だな。パスカルみてえな奴がうじゃうじゃいて、どいつもこいつも射撃の名手。相手にするのが馬鹿らしいぜ」
ハミドはこれでもかと悪態を吐き、ソファーに身を預ける。聞いているだけでも相手にしたくない。
救出作戦の時、俺はそんな奴らと戦っていたのか。死にかけたのって、そいつらのせいじゃないか。
「で、どうして王宮に攻め込む?」
パスカルは睨むようにリディを見る。これだけ危険な場所と化しているのに、わざわざ攻め込むというのか。
「秘宝があります。ツェーザルはそれを狙ってる。奪い返せたならば、向こうにとっては大打撃になるでしょう」
「秘宝? 奴らトレジャーハンターに転職したか?」
そんな軽口を叩いてみるが、パスカルは黙りこくっている。滑っちまったかな。
「秘宝ってなんだ。アステカ野郎がそんなに欲しがるってことは、相当のものだろ。高値で売れるのか、何か兵器としての価値があるのか」
パスカルが詰め寄るが、リディは口を噤んでしまう。それが何か、までは教えられないということだろう。新たな争いの種になりかねないと、そう言いたいのだろうか。
言ってもらえないのが少し寂しく思えるけども、それがリディの判断というなら尊重するしかあるまい。
「パスカル、どの道反撃に出なきゃならないんだろ? 王宮ならガリア占領の象徴みたいなものだ。そこを襲って上手くやれば、アステカのメンツを潰せるだろうよ」
クソが、とでも言わんばかりにパスカルは俺を睨む。お前、本音としては王宮攻撃は避けたかったな? この人数で警備の厳重なところを責めるのも辛いだろうから、その気持ちもわかるけど。
「ハミド、装備を調達してくれ。レイジ、王宮の庭園はバカ広いから狙撃に備えろ。言ったからにはたっぷり働いてもらう」
「そのつもりだ。後ろでビビってるのは性に合わねえ」
それに、ツェーザルとかいう野郎を取り逃したからな。今度こそ俺が仕留めてやる。
「作戦はこれから考える。リディ、場所を教えろ。目を瞑ったまま歩くようは真似はできん」
リディは頷くと、壁に貼り付けてあった王宮の図面にマークをし始める。この地図には描かれていない隠し扉の位置、そして、そこが繋ぐ隠し部屋のことまで事細かに描き始めた。
機密事項なのに書いていいのだろうかと思うが、奪還作戦なのだ。意表を突く必要がある。そのためには必要だろうし、パスカルたちは傭兵だから金で口封じされるのだろうな。
「ここ、地下の宝物庫です。王家の血を引くものにしか扉は開けられないですし、見つけてすらいないでしょうね」
「奪うのはいいが、そのついでにドンパチもやらなきゃならん。ハミド、爆薬を用意しろ。逃げるついでにあちこち爆破するぞ」
「お前は過激派かよ」
「隠れ蓑は必要だろ? 王宮爆破とか普通なら重罪だ。滅多にない機会と思え」
「ははは、鬱憤晴らすにゃ悪くねえ」
ノリノリじゃねーか。こいつらを敵に回さなくてよかった。今は心の中からそう思う。
※
静かな隠れ家に金属の音だけが響く。パスカルはハミドの隠れ家に装備の調達へ行き、留守番の俺はシュティルイェーガーの整備中。その金属音だけが話し相手なんだ。
「レイジ」
心地よい静寂をリディが破る。2つのマグカップを持っていて、片方を俺の手元に置くと、そのまま隣へ座ってきた。
最後の部品を組み込み、俺はマグカップを手に取る。少し肌寒い隠れ家の中、湯気の出るコーヒーはやけに美味く感じた。体の中が焼けそうで、それでいて心地よい熱が広がっていく。
「コーヒー、ありがと」
「私が飲みたかったので」
リディはコーヒーに息を吹きかけて冷ますと、チビチビと啜って顔を顰める。砂糖もミルクもないからブラックで飲むしかなく、リディはブラックに慣れていないようだ。
「無理すんな。紅茶にすりゃあよかっただろ」
「面倒でしたから。紅茶を美味しく淹れるには手間が掛かるんです。苦いだけのコーヒーとは大違い」
「阿呆、コーヒーだって苦味以外もあるさ。多分な」
俺はどっちかと言えば馬鹿舌に近いから、旨味なんてわからない。ただの眠気覚ましだからな。
「……本当、お気楽な人ですね」
「そうじゃなきゃ、スナイパーなんてやってられねえよ」
敵の死をこの目で見つめて、敵の憎しみを一身に受けなければならない。少しくらい気楽で、考えなしな方が楽だろう。
深く考えるようだと、きっと耐えられない。罪の意識や自分の死に押し潰されてしまうから。
「そうやって気楽に私を生き延びさせて、こうして困らせるんですから」
「そこは割り切ってくれ」
「運命、とか言わないんですか?」
こちらを見つめる蒼の双眸に目を合わせ、そっと頭を撫でる。なんとなくこうしたかった。
リディは嫌がるわけでもなく、目を閉じてそっと撫でられていた。狐を撫でて可愛がる、そんな気分だ。狐だけど。
「運命なんて偶然の重なり合い。人の作るもんだ。神様かなんかが作るもんじゃない」
「時代が時代なら、火炙りの刑ですよ」
「既に銃殺刑にされかけてるよ」
肩を竦めてから、空のマガジンに弾薬を込めていく。もう少しリディの顔を見ていたかったが、そうしたら鈍ってしまうかもしれない。
戦いに行く。ツェーザルを仕留めて、鬱憤を晴らす。そんな後付けの目的なんて捨てて、リディと2人でひっそり生きてみたい。そんな弱気な願いがまた来てしまいそうだったから。
目も合わせず、肩だけを合わせて静かに作業を続ける。夜光蝶だけは、そんな俺たちを静かに見下ろしていた。




