表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レイド・オン・マーセナリーズ  作者: Pvt.リンクス
第1章 憤怒の目覚め
17/18

16話 招き人

 クロノスを殺して。そう言っていたルネーの言葉が蘇る。

 未だにクロノスが何者かを知らない。ルネーの言葉しか覚えておらず、激動の中でクロノスもアトラスも、未だに正体を知らずにいる。


「時空の神クロノスが攫ってきた人、って言うところですね。違う世界から連れてこられて、言葉も通じないし魔法も効かない。何なら、この世界のことを何も知らないらしいです」

「神様が連れてきた、なんて荒唐無稽すぎないか?」

「言い伝えですから」


 そうだ、これはただの言い伝え。俺はただの記憶喪失で、ルネーは錯乱したせいで幻覚を見ていたと言う可能性も否定できない。

 でも、符合する点が多いのも確かだ。たまたまだと言い切ることもできようが、銃や他の持ち物もなかなかに気になる。

 液晶画面のデバイス(電池切れ)や、この世界のものではない通貨も持っていた。あからさま過ぎるだろう。これだけのヒントが残されていて、まだ俺は言い訳を積み重ねるのか。

 

 誰への言い訳か、自分でもわからないけれど。


「リディがどう思っても、俺は俺だよ。自称傭兵のカンザキ・レイジ。それだけだ」


 そっとリディを抱き寄せ、頭を撫でる。リディはもう片方の腕を枕にすると、抵抗せずに擦り寄ってきた。

 何となく落ち着く。お気に入りの抱き枕に包まれて寝ているみたいな気分だ。


 戦いの激情が思い出せない。聖職者のような、穏やかな気分だけが残る。

 目の前で揺れ動く狐耳に顔を擽られ、俺はただ微笑んでいた。自分が何者かなんてどうだっていい。大切なのは、今を生きる俺が何者かってだけだ。


「思い出したいと思わないんですか? 自分の事、家族のことだって、忘れたままなんでしょう?」


 きっと、そういうものが俺にはあったのだろう。

 でも、今はどうでもいいんだ。俺は生き残る事が、今が重要であって、過去なんて後回しでも構わない。


 今はリディの望みを叶えること。それだけを考えていたい。


「ああ、思わないや。思い出さなくたって、俺はまだ生きている。それに、戦う理由もちゃんとあるしな」


 後は、走り続けるだけだ。理由を見失わないように。

 辿り着く目標がどこにあるのか、それすらわからない長い旅路がある。それだけ、俺は生きながらえることになるだろう。リディと共に。


「おかしな人です」

「お互いにな」


 リディは笑う。それでいい。笑ってくれるようになれば上出来だ。後は、1人でも笑えるようになってくれればそれでいい。

 きっと、彼女が笑う未来に俺はいない。そんな気がしていたから。


 今は、俺の腕の中で丸くなるリディのために戦おう。

 この身が動かなくなるその時までに、彼女の復讐とルネーの頼みを果たせたらいいな。


 きっと、壊れるまでにまだ猶予はあるだろうから。



「おい、起きろ」


 そんな声が俺の意識を呼び覚ます。野郎の声でお目覚めとは、最悪の寝覚めだ。これで2度目だったかな。


「随分いい身分になったな。隠れ家で女と添い寝か?」


 自分の状態を見ると、リディと向かい合わせに添い寝している状態だった。右腕は枕として使われていて、胴にしっかりとしがみつかれている。

 これは、リディが起きるまで俺も起き上がれないやつだな。


「不可抗力だ」

「うるせえ。さっさと起きて飯を食え」


 何やらいい匂いがする。キッチンでミヒロとアインが何かを料理しているのが見えた。匂いからして、卵だろうか。

 そういえば腹が減った。そう言えば、昨夜から何も食べていないではないか。これでは怪我の治療どころではない。


「リディ、起きてくれ」

「……あと5分」

「昔の俺みたいなこと言うなよ、腹減ったよ」

「……抱き枕が動かないでください」


 この細腕のどこにそんな力があるんだ。そう思いたくなる強さでベッドに押さえつけられてしまう。絶対起きているだろう?

 だって、目を瞑りながらも顔は笑っている。楽しそうだな、この悪戯狐め。


「じゃ、お前の分は俺たちが食っておく」

「おいふざけんな」


 腹が鳴り響く。それでもリディは目覚めない。この終わりなき兵糧攻めは地獄だが、抱きつかれるのは天国。どうすればいいのだろうか。


「なら、私もレイジの分を食べますね」

「やっぱ起きてたな!?」


 リディは俺を手放したかと思うと、俺を踏み台にしてスタートダッシュを決めた。狙っているのはトーストと目玉焼き。きっと、俺の分は無くなるだろう。

 クソ、出遅れた。ベッドから転がり落ちて、這いつくばるようにキッチンへと向かうが、残っているのは絶望だけだった。


「遅いですよ」


 俺の分にと残してあったパンは、リディの口に咥えられていた。自分の分とで2枚重ねと来た。なんと食い意地の張った狐なのだろう。

 

「そりゃないよ!」

「レイジにはこっちをあげますから」


 リディは自分の目玉焼きを俺の皿へと移して差し出す。タンパク質を取れということだろうか。俺の体は寝起きで、炭水化物もくれと喚いているが仕方ない。

 目玉焼きを口へ放り込み、程よく半熟の黄身を味わう。白身と絡みつくトロトロの黄身は最高だ。ミヒロの腕がいいのだろう。この焼き加減ができるのは中々の腕ということか。


「目玉焼き美味いな」

「アインちゃんとカフェやってましたからね。自信はあるんですよ」

「目玉焼きは焼き加減が命。私は焦がしちゃう」


 アインは料理が苦手なのだろうか? そんな考えを見抜いたように、アインは膨れていた。不満がありありと出ている。


「私はお菓子専門」

「アインちゃんのプリンは絶品ですよ、お店の人気メニューですから!」


 得意げにしているミヒロと、うんうんと頷くアイン。確かに2人のプリンは揺れていた。目が行ってしまったが、気付かれていないだろうか。

 答えはすぐに出た。リディの鉄拳が俺の後頭部を襲い、アインとミヒロはキョトンとしている。つまり、気付いていなかったわけか。


「レイジ、さっさとご飯食べて下さい」

「待て、無理に押し込むなって……!」


 リディの食べかけトーストを口に押し込まれ、呼吸が出来なくなってしまう。

 可愛らしい女の子の食べかけで、嬉しいと思うことだろう。だが、今は地獄でしかない。呼吸が出来ず、窒息しかけているのだから。


 被弾で死ぬならまだわかるが、パンを口に詰め込んで窒息死とは間抜けが過ぎる。遠のく意識の中、リディの慌てた顔だけがやけに記憶に残っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ