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レイド・オン・マーセナリーズ  作者: Pvt.リンクス
第1章 憤怒の目覚め
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13話 エスケイプ・フロム・ロクサンヌ

 視界が暗く、意識がおぼつかない。血液を失いすぎたか。リディの姿が、見えなくなってしまうではないか。


 回復することも忘れ、右手を伸ばす。柔らかな頬に指先が触れ、冷えた俺の指先が熱を感じる。冷え性だったっけな。それとも、失血のせいかな。

 また会えた。それだけで、報われたような気がしてしまう。


「バカ、このおバカ!」


 リディの罵倒と、あの時に聞いた歌声が聴こえる。リディの声か。

 暖かな光が俺の左腕を包み、たちまち霞んでいた視界がはっきりとしてくる。痛みは消え去り、指先の感覚が戻ってきた。動く。壊れたはずの左腕が元に戻ったのか。


「死んだと思ったのに! それも私の目の前で! それが、どうして今になって……」


 怒りが、悲しみが押し寄せてくる。それでいい。感情があるならば大丈夫。それが激情ならば尚のこといい。彼女はまだ生きていられる。

 問答も言い訳も後でいい。ここから逃げられたならば、いくらでもその怒りを受け止めよう。やり場のない恨みも何もを、俺が受け止めてやる。


 だから、全てを俺にぶつけろ。それが僅かにでも生きる理由になるならば。


 それが、俺が死に損なう理由になるのだから。


「俺が、そうしたかったからだ」


 一言だけ、本心からの言葉をリディへ返す。その頃には吹っ飛ばされていた敵も起き上がり、揺れる頭を押さえていた。

 その足元近くに俺のファルシオンが落ちている。奴が体勢を立て直す前の今しか、反撃のチャンスはないだろう。


「クソ、マテウス! 手を……」

「——!」


 きっと、それは野獣とかモンスターの叫びだったのだろう。牙を剥いて飛びかかる俺に、敵は一瞬呆気に取られていた。

 なりふり構わぬ体当たり。奴の体を持ち上げて振り回し、壁に頭を打ちつけ、地面へ叩きつける。今のは相当痛いはずだ。肺の空気も抜けて、すぐには動けまい。


 ファルシオンへ飛び付き、寝転がった姿勢のまま撃ちまくる。姿勢とか狙いとか、もう言っている場合ではない。

 奴を殺せればそれでいい。たまに混じる曳光弾を頼りに、逃げる奴の背中を銃弾が追う。音を超えた殺意の塊は、残念ながら奴を捉えきれなかった。


「うわっ!」


 代わりに悲鳴が聞こえた。パスカルとやり合っていた金髪の人狼に流れ弾が当たったらしい。肩を押さえて怯んだ瞬間、のし掛かられていたパスカルが反撃に出る。

 人狼を蹴飛ばし、猛然と飛びかかってナイフを突き立てる。相手は臆することなく転がって躱し、逃走し始めた。


「マテウス、そのまま引け!」

「分かったよ、ツェーザル!」

「逃すなハミド、奴を殺せ!」


 俺だけでなく、パスカルとハミドも射撃を始めた。こいつらを逃すまいとしているのがわかる。どうしてだかは知らないが、こいつらを逃すのはまずいというのはわかる。

 逃したら後悔する。殺せ、今のうちに。あの狙撃を受けたからこそ、俺は知っている。こいつらは普通の兵士じゃない。もっと、他の何かにも思えるのだ。


 だが、相手は速い。黒髪のはそうでもないが、金髪の人狼が早すぎる。途中から黒神の敵を抱えていたが、まるで飛び跳ねるように俊敏な動きで弾幕を躱しているのだ。


「リロード!」


 マガジンを投げ捨て、新しいものを銃へ叩き込む。その間に敵2人は建物の影へ逃げ込んでしまった。パスカルとハミドもとうとう当てられなかったらしい。

 

「クソ、仕留めるチャンスだったのに!」


 ハミドは悔しそうに石を蹴飛ばし、跳ね返っていて頭に当たっていた。パスカルは何も言わず、あの2人の逃げた方向を睨む。

 何か因縁でもあるのか。今はどうでもいい。そんなことより、リディだ。なんとしても彼女を連れ出さなければ。


「リディ、怪我はないか?」


 リディの元へ駆け寄り、膝をつく。彼女はそんな俺から目を逸らした。見たくもない。そう言われたかのようで、差し出した手を僅かに引いてしまう。

 胸を撃ち抜かれたような気がした。よくある恋心のようにではなく、ぽっかりと空洞が出来たような気分。自分の手には何も残っていない、そんな気分だ。


 しばしの沈黙が当たりを包む。ひっきりなしに銃声や断末魔が響いているはずなのに、やけに静かに聞こえた。ここに俺とリディだけ、そう思えるほどに。


「どうして、私だけなんですか……?」

「俺の力不足だ」


 そう言うしかない。タンプル塔の敵をもっと早くに始末できていたのならば、リディの家族も救出できたかもしれないのだ。力不足以外のなんだと言えようか。


「ついて行って、何になるんですか……?」

「俺もわからないが、止まってるよりはいいと思う」


 自分が何者かも知らなくて、どうしてここにいるのかも知らない。生きている理由さえ、他の誰かに依存しなければいけない弱い存在なのだ。

 リディを救いたいなんて手段でしかない。目的は、俺が生きている理由付けなのだ。


「すまんが、問答してる余裕はなくてな」


 俺はリディの手を握る。待つ時間はないし、悩む時間は後でいくらでも作れる。それも全て、生きていればこそだから。


「レイジ、さっさと離脱するぞ。敵が押し寄せてくる」


 パスカルが俺の肩を掴む。その間にもハミドが射撃して、押し寄せる敵を押さえつけてくれている。

 あまり時間はなさそうだ。俺にやれることは、彼女を連れて逃げることだけ。意志も何もを無視して

俺のエゴのために。


「わかった。リディ、俺の背中について来い」

「……本当に、勝手な人です」


 リディは俺のベルトを掴む。来てくれるならば、俺は全力で守ろう。俺の命に代えてでも連れて帰る。それが、俺が自分に課した使命。彼女にとってはいい迷惑だろう。

 そんな俺に彼女はついてきてくれる。俺を盾に、槍にして。ならばそれに応えよう。


「来い!」


 パスカルが前衛となり、射撃しながら進む。側面はハミドが守ってくれる。その隙間から俺が撃つ。周りの雑多な装備の敵が倒れ、飛んできた弾がプレートキャリアにめり込む。

 肺の空気が抜ける。肋骨にヒビでも入っただろうか、痛みが俺を襲ってきた。


 よろけた。それでも踏みとどまり、倒れることだけは防ぐ。いきなり倒れようものなら、リディが不安になるだろう。俺は城壁、俺は盾。その背後を守るため、いくらでも傷つき、なおも立っていなければならない。


「おいレイジ、遅れるなこの野郎!」

「言いたい放題だな!」


 パスカルの罵倒もいい起爆剤だ。なんだこの野郎と、対抗意識が湧き上がってくる。


「レイジ、怪我が!」

「後でいい。切り抜けるぞ!」


 リディの心配も受け取らない。そんなものは後ででもいい。今この時を切り抜けるために必要なものだけを残し、他を削ぎ落とす。

 弾幕が豪雨のように降り注ぎ、敵が味方か、人が倒れる。敵の人狼連中はリディがいると見るや、下手に手を出せないのか遠巻きに牽制しかしてこなくなった。


「ハミド、グレネード撃て!」

「釣りはとっとけ、オマケだ!」


 ポン、と間抜けな音がした。白煙を引いて飛んで行ったそれは銃弾よりもノロマで、ボールを投げたような山なりの弾道を描く。

 それが銃弾よりも恐ろしいと、民兵上がりの連中は知っているのだろうか。人狼連中も気付いて逃げようとしているが、間に合うわけがないだろう。


 腹の底へ響くような轟音と、引っ叩かれたような衝撃波を感じる。ハミドが放った榴弾が地面に落ち、炸裂したのだ。

 爆風が破片を撒き散らし、悲鳴を上げる間もなく人間が吹き飛んでいく。咄嗟に伏せた人狼は助かったらしいが、俺とパスカルに撃たれる。結局末路は変わらなかったな。


「ハミド、そのまま援護しろ! 路地裏に入って隠れ家へ行く!」

「あいよ、こんなところで死にたくねえしな!」

「レイジ、着いてこい!」

「あいよ!」


 ハミドの後ろを通り、パスカルは路地裏に入っていく。俺もリディを連れてそこへ飛び込んだ。狭い入り口だ。飛んでくる弾も少ない。


 そして、そこには血の痕があった。場所も何も見覚えがある。頭痛のような感覚とともに、あの時の光景が蘇った。

 そうだ、ここじゃないか。リディと出会ったあの場所だ。ここで男が殺されて、俺は咄嗟に民兵を殺した。なんの因果か因縁か、またここに足を踏み入れるとは。


「……ここ、でしたね」


 リディも覚えていたらしい。あんな出会い方をすれば、忘れるはずもなかろう。


「ああ、確かに」

「あの時のレイジは、傷ついた獣みたいでした。鋭い目なのに、どこか怯えたようで」

「そんなにか?」


 俺にとっては、リディの方こそ傷ついた獣に見えた。何も縋るものがなく、怯えたような姿がひどく哀れに見えたのを覚えている。

 リディの視点だと、俺の方こそ傷ついた獣だったのか。


「あそこだ、行け!」


 敵が俺たちを追ってくる。傭兵の格好をしているが、アステカ連盟軍の人狼連中だろう。鼻が効く上にしつこい奴らだ。屁でもこいてやろうか。


 こんな遮蔽もない、狭い一本道での戦闘は死ぬのが前提とも言える。隠れ場所も逃げ場もないから、まず間違いなく弾に当たる。

 それでも恐れずに突っ込んでくるのは、蛮勇か命知らずか、彼らが優秀な兵士かのどれかだ。恐らくは後者だろう。


「ハミド、レイジに加勢しろ! 前は俺が!」

「持ち堪えろよ!」


 前衛を務めていたハミドが下がる。前からパスカル、リディ、ハミド、俺という順になってリディを守る。

 立ち止まっている暇はなく、俺とハミドは走りながら振り向いて射撃するような形だ。精度には劣るが、このクソ狭い道なら外さないだろう。


「帰れ駄犬どもが!」

「銃弾のお届けだこの野郎!」

 

 外さないと思っていたのに、意外と当たらないものだ。走っている振動、銃のブレやその他諸々の要素が相手を生き長らえさせる。

 それが俺を殺す事になるだろう。その緊張が絶えることはない。やっと1人倒して安堵しても、後続は味方の死体を踏み越えて進んでくる。優秀な兵士じゃないか。


「奴を殺せ! リディだけ生きていればいい!」

「踏み越えていけ! 止まるな!」


 クソ、敵の弾が近くに当たった。地面を跳ねた弾丸が足を掠り、痛みが走る。ナイフで切り裂かれたように痛く、それでも傷は浅い。滲み出るような出血しかない。

 放っておくか。そう思った次の瞬間、胸部に衝撃が走った。貰っちまったか。


 足から力が抜ける。息が吸えないし、姿勢維持なんてできていない。次の瞬間には青空を見上げていた。あの青空を別つ、黒い塔が見えた気がする。


「レイジがやられたぞ!」

「レイジ!」


 視界が暗くなっていく。足はもう動かない。あと動くのは、この腕だけか。これもじきに動かなくなる。銃は撃てないだろう。


「1人やったぞ!」

「進め!」


 敵が来る。奴らは俺にトドメを刺すだろう。パスカルたちは行ってしまうはずだ。傭兵だから、わざわざ見ず知らずの俺のために死にに来ることはない。

 だから、俺は最後の力でグレネードを取り出した。腰のポーチに入れていたから、少し手を動かせば取り出せたのだ。よくやった、俺。


 ピンを抜いた。でも投げる力はない。手の力が緩み、バネに弾かれて安全レバーが外れた。金属音が響いたのを聞いて、それを知った。もう首も動かせない。あとは、奴らを巻き添えにできれば上出来か。


「このクソ野郎が!」


 そんな俺の手を誰かが蹴飛ばした。グレネードも一緒にだ。もう針の穴程度の視界の中、黒い塊が吹っ飛んでいったからわかった。

 何やら敵も騒いでいるし、本当にそうなのだろう。そして、視界は遮られる。俺に覆い被さるハミドによって。


 爆音が響く。寝ている人も飛び起きるような音なのに、俺の意識は沈んでいった。目眩にも似た感覚の中で、スイッチを切ったかのように意識は消えた。

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