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レイド・オン・マーセナリーズ  作者: Pvt.リンクス
第1章 憤怒の目覚め
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11話 アナザー・スナイパー

「ん、何か聞こえなかった?」


 マテウスは耳をピクピクと動かす。歓声や雑音の中におかしな音を捉えたのだ。

 人間であるツェーザルにはよく分からなかったが、マテウスは聞き違えないと信じている。人狼の方が耳が良くて、細かな音まで聞き分けられるのだから。


「どこからだ?」

「タンプル塔。爆発音と、鐘の音かな?」

「タルガーを行かせてたな?」

「うん。タルガー、聞こえる?」


 マテウスはタルガーへ連絡を試みるが、いつまで待っても返事は来ない。何度呼び掛けようと、タルガーが反応することはなかった。

 これはおかしい。ツェーザルはタンプル塔へライフルを向ける。


 歪な形をした機械的な漆黒のライフル、R-20"ナハトイェーガー"は、漆黒の人影をスコープに捉えた。

 退屈な処刑を、何度も見てきた人の死を眺めているよりもいいものを見た。ツェーザルにとって価値があるのはリディと謎のスナイパーで、今殺されていく王族には何の興味もなかった。


「あいつか」

「そうだね、でも処刑が始まっちゃうよ? あっちに構ってる余裕あるかな」


 ツェーザルが舌打ちしたのも、マテウスは聞き漏らさない。スナイパーとの対決に意識が向き始めていると、ツェーザル自身が気付いていないのだろう。

 それでこそツェーザルだとマテウスは笑う。きっと、彼はどっちもやるだろう。リディもスナイパーも、スコープに捉えてしまうはずだ。


「心躍る戦いにしてね。僕はまだ楽しみたいからさ」

「約束してやるよ、楽しいパーティーにしてやる。時空の向こうとこっちで、奴には2回撃たれてる。3回目は、俺が決めるさ」



 敵の頭突きが鼻っ柱に当たり、痛みが走る。鼻血が出ただろうか。やられてばかりは癪だな。

 仕返しに膝を股間に打ち込んでやる。プロテクターのおまけ付きだ。相手が体をくの字に折り、苦悶の声を漏らす。


 ざまあみろ、鼻の分だ。人狼だろうがそこは痛かろう。


「この野郎!」


 早い。離れたはずが一瞬で距離を詰めてきた。その手にはナイフが握られており、俺の喉を狙っているのがよく分かる。喉を切り裂きたいくらい頭にきたのだろう。

 まあ、そんな易々とやられてやるほど俺の命は安くないけど。


 肘を使ってナイフの軌道を逸らせ、今度は俺が頭突きを鼻っ柱へお見舞いしてやる。犬は鼻が弱点というが、人狼もそうなのだろうか。

 痛みのあまり仰け反ってるし、効いてはいるようだ。今度は俺が左手でナイフを抜き、逆手に持って振り下ろす。


 防がれた。敵の腕が俺の腕をブロックし、そのまま鍔迫り合いのような状態に陥る。それでいい。どうして利き手の右を開けたと思ってるんだ。


「死ね、この駄犬が!」


 右手で拳銃を抜き、腹に押し付けて2回発砲。抵抗が弱まった敵を蹴飛ばして、頭へさらに1発撃ち込んでやる。

 最後の1発はかなりデカい銃声がした。俺のではない。銃声の不協和音は、また1人の命が消えたことを意味していた。


「レイジ、まだかこのクソ野郎が!」

「今塔を押さえた!」

「急げ、王太子までやられたから、後はリディと第1王女だぞ!」


 クソ、時間がない。とりあえず階段にトラップ型の暗号を仕掛け、ガンケースを下ろす。

 散々衝撃は加わったが、中のシュティルイェーガーは無傷だ。銃身も曲がったりしていないだろう。


 柱の影にしゃがみ、スコープのキャップを外す。刑場は既に無数の血が流れていて、周りは民衆が取り囲んでいた。

 パスカルたちはその人混みを押しのけ、なんとか進んでいる。まるで大海原で溺れているようだ。

 こんなに大多数がリディの死を望むと言うなら、俺はそいつらの死を望んでもいいだろうか。


「第1王女、ノエラ・ル=ヴェリエについては獄中で病死した! 続いては第2王女、リディ・ル=ヴェリエの死刑を執行する!」


 とうとうだ。ボロを着せられたリディが刑場に引き出される。その目は暗く、死相が見てとれた。

 嗚呼、諦めた奴の目だ。家族が殺され、自身もこれから死ぬ。俺が目の前で死んだように見えたことも、もしかしたら拍車をかけたのかも知れない。いや、これは自惚れか。


「射撃指揮官、執行せよ!」


 銃殺隊が列を組み、リディの前へと並んでいく。その中で一番偉そうな奴。あいつを狙撃すれば、きっと混乱するだろう。進行役の奴を撃っても、銃殺隊を直ぐには止められないしな。


 それで、いいのだろうか。


 死なせてやるのも優しさだと、誰かが囁く。絶望して、全てを諦めている目をした彼女が生きたいと思っているのだろうか。

 依頼だから、守りたいから。そんな他の誰かの意思で、彼女の意思を無視しているのではなかろうか。

 

「クソ、今更何を」


 そうだ、これは俺のエゴであって、独り善がりな思いでしかない。ならばいいじゃないか。貫き通して、後でリディの恨み節を受け止めればいい。

 そして、その心まで救おう。それが出来るのが、何よりも最良なのだから。


 意味なんて、いつも誰かの後付けなのだ。意味も理由も、後から好きなだけ考えられる。

 でも、行動できるのは今しかない。リディを死なせた理由やら言い訳を考えるのはゴメンだ。リディが死にたいと言うなら、その理由も意味も彼女が考えればいい。


「構え!」


 リディへ銃口が向く。派手な軍装をした連中が銃を構え、指揮官はサーベルを高々と掲げている。

 俺はその頭を捉えた。十字の中心にその頭があり、指先はゆっくりとトリガーの遊びを引き絞る。そこに感情が入る余地はない。穏やかな心で、悟りを開いた仏のように、俺は落ち着いていた。

 

 振り下ろすがいい。それは、お前の処刑の合図だ。


 ——撃て!


 銃声は響かない。銃身そのものがサプレッサーとしての役割を果たすシュティルイェーガー(静かな狩人)だからこその、独特な銃声。

 なのに、もう1つの銃声が響き渡った。歓声を覆い隠し、俺の銃声に合わせるように。


 遅かったか、そんな考えが過ぎる。だがリディは死んでいないし、銃殺隊から煙も上がっていない。

 射撃指揮官だけが、痙攣したかのように震え、頭を爆ぜさせてその場に倒れ込んだ。左右から同時に撃たれたのだろう。左右のどちらにも倒れず、真っ直ぐ崩れ落ちた。


「突っ込めパスカル!」

 

 銃殺隊は突然の攻撃に戸惑い、構えを崩した。俺は素早くボルトハンドルを引いて次弾を装填し、手頃な銃殺隊員を射殺する。自分が銃殺される側になるとは、思ってもなかったか?


 観衆は悲鳴を上げ、波が引くように広場を逃げ出していく。そりゃそうだ。正体不明の狙撃手が現れて、次は自分が撃たれるかもしれないのだから。

 目的の混乱は起こした。あとはそれに乗じるだけだ。

 

「これから広場に突入する。撃つなよ!」

「リディを頼む!」


 そして、俺はジュリー塔へと銃口を向ける。俺とほぼ同時に撃ったスナイパーがまだいる。標的の位置、倒れ方、血の飛び散り方からして、狙えるのはあそこだけだ。

 塔の頂上をスコープが切り抜く。広がった世界の中には2人の男がいた。


 あちこち跳ねた短い金髪に緑の瞳、耳は髪と同じ色の犬耳の男が指で拳銃を作り、笑いながら撃つ素振りを見せる。

 もう1人は、漆黒のスナイパーだった。黒髪の青年がスコープ越しに俺を見据えている。


 ぞわり、と寒気に似た感覚がする。あの時、リディの目の前で俺を狙撃した奴だ。間違いない。

 それだけではない。それより前に奴と撃ち合った。俺の知らない俺がそう呼びかける。あいつはヤバい、早く殺せ。さもなければ後悔すると本能が叫ぶ。


 俺の知らない俺が、トリガーを引けと叫ぶ。十字は奴を捉えている。あとは俺がトリガーを引けば、全てが片付くだろう。

 引かなければ、俺が死ぬ。震えるのは視界か、俺の手か。


 トリガーを引くと同時に、亀のように首を引っ込める。僅かに下がった頭頂部を銃弾が掠め、防弾繊維のフードと俺の頭蓋骨を掠っていった。

 奴をやったかなんてわからない。おまけに、少なくとも相方の方に俺の居場所が知られた。移動しなければなるまい。


 柱の影でスナイパーライフルをケースに仕舞う。時間は惜しいが、何かの拍子に銃身が歪んでは堪らない。


「レイジ! どこにいる!?」


 パスカルの声がする。奴め、リディの確保はまだか?


「塔を降りる所だ。ジュリー塔にスナイパーがいやがる」

「こっちは敵が出てきて大混乱だ! 反革命派に国衛軍、傭兵みたいな見た目の正規軍とバトルロワイヤルだぞ!」

「おい、リディは無事だろうな?」

「確保出来ていない、取り合いだ!」


 最悪だ。こうなれば俺が争いの渦中に躍り出て、リディを掻っ攫うしかない。お姫様を救う騎士ではなく、傭兵ですまないが。

 柱にザイルをかけ、ハーネスにカラビナで繋ぐ。ご丁寧に階段で降りる時間はない。


「レイジ、ロケット弾がそっちに行ったぞ!」

「ふざけんな!」


 装備の確認もまともに出来ないまま、ザイルを頼りに塔を飛び降りる。その直後にロケット弾が柱の隙間から飛び込んで、柱のひとつに命中した。

 爆風が俺にまで届く。流星群のように瓦礫が降り注ぎ、ブレーキをかけても、一瞬の減速ののち加速に転じた。ザイルをかけた柱をやられたらしい。


「クソが!」


 体が浮くような感覚がする。自由落下が始まってしまったらしい。降り注ぐ瓦礫のひとつとなって修道院の屋根に降り注ぎ、背中から叩きつけられた。

 三角屋根を転がると、俺がいた場所に大きな瓦礫が落ちてきた。屋根をブチ抜く質量と速度を持つそれは、銃弾以上の脅威になる。喰らわなくてよかった。


 でも、危機は次から次へとやってくる。屋根の傾斜がキツいせいか、俺の体は止まらない。砕けて転がる瓦礫と共に、俺は転がって屋根から降り注ぐ。


「嘘だろオイ!?」


 しかし止まるわけにはいかなかった。止まったなら、降り注ぐ瓦礫に頭をカチ割られたことだろう。転落の方がまだ助かる可能性を秘めていた。

 まあ、建物2階くらいの高さから瓦礫と共に転がり落ちて、無傷とはいかないだろうけど。


 この浮遊感に身を任せるしかない。痛みがこの体を襲うまで。

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