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レイド・オン・マーセナリーズ  作者: Pvt.リンクス
第1章 憤怒の目覚め
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9話 狂乱の中へ

 パスカルの隠れ家に戻っても、一息吐く暇はなかった。空になったマガジンへ弾を詰め、銃のクリーニングをして次に備える。

 パスカルはハミドの背中に刺さった破片を引っこ抜き、暗号で治療を施している。俺が狙撃している間、ハミドは相当敵の攻撃を惹きつけたらしく、所々に傷が残っていた。


「で、ご褒美はアレかい?」

「……アレか?」


 パスカルが指さす先には、急拵えのカーテンが設けられている。その向こうから響く水音と、2人の少女の鼻歌。照明が浮かび上がらせるシルエットに、俺を含めた男3人はごくりと喉を鳴らす。


 ずっと監獄で臭いから、と2人の少女がシャワーを浴びているのだ。黒髪の方がミヒロで、金髪の方がアインだったか。

 うん、反則レベルにデカイ。服の上からでもわかっていたが、アレは大量破壊兵器として規制されるべき代物だろう。


「アインちゃん、タオル取って」

「はい。ちゃんと拭いてね」

「わかってるよ。アインちゃんこそ、髪ちゃんと乾かしてね」


 2人が体を拭くのもシルエットでよくわかる。俺たちはそれに目が釘付けになっていて、他のことなど考えられない。パスカルなんて、興味なさそうに見えて食いつくように見ている。


「揺れたな」

「……ああ」


 あのハミドが騒ぐことなく静かに感想を告げ、パスカルも相槌を打つ。それだけの魅力が目の前にあるのだ。実像が見えないせいで想像が掻き立てられていく。

 このままでは色々危ない。そう察した俺は目を背け、ボードに貼られた地図に目をやる。決して目はカーテンを向いたりはしていない。はずだ。


「……とりあえずブリーフィングだ。お前ら、よそ見厳禁」

「そういうパスカルこそ、俺の方見てるふりしてどこ見てる」


 うるせえ、とばかりに睨まれた。クソが。チラ見しようにも楽園は俺の背中にある。振り向いたらバレるじゃないか。


「肝心のリディだが、ミヒロによればここ。市民広場近くのジュリー塔に移送されたらしい。処刑待ちの塔、って呼ばれてるくらいだから、そんなに時間の猶予はないだろう」


 それはマズイ。いつになるかは分からないが、反体制派と連盟軍はリディを殺す気だ。恐らく、他の王族共々見せしめにするつもりだろう。

 まさかとは思うが、連合軍集結を知って処刑を早めたのではなかろうか。取り返されて旗頭にされるくらいなら、そう思わないでもなさそうだ。


「下手したら明日にでも、な。そこでプランを2つ用意する」

「それなら、プランは1つでいいと思うぜ」


 ハミドに対し、どういう事だとパスカルが目を向ける。こいつがそういうからには何か理由があるのだろう。それも、とびきりマズいやつが。


「商品運んできた部下がチラシを持っててな。明日の正午に王族を処刑するって」

「おい、後何時間だ」


 最悪だ。チラシを見てみると、国民議会とやらが王族の処刑を決定したとある。明日の昼に市民広場で銃殺刑とまで書いてやがる。


「クソ、リディの処刑までは26時間ってところか。ジュリー塔に突入するか、処刑自体を阻止して掻っ攫うか。どっちがいいかね」

「塔に突入しても、退路を絶たれたら地獄だぜ? ローネー監獄の二の舞はもう嫌だね」


 ハミドはしこたま撃たれたせいか、もう中に突入したくないらしい。そうでなくとも、パスカルが貼り出したジュリー塔の図面を見る限り攻めにくいのは間違いない。

 螺旋階段を登り、その天辺に牢がある。続く道はその階段だけで、入れても出られなくなる可能性が高かった。


「つまり、処刑のために出されたところへ突入ってところだな」

「そうだ。お姫様を攫う王子になるってわけだ」


 パスカルも中々冗談を言うじゃないか。少し認識を改めねばなるまい。ただの堅物というわけではないらしい。

 そんなことを考える間に、パスカルが地図を貼り替える。それは市民広場の地図で、広場奥に「刑場予想位置」とパスカルが書き込んでいく。


「この地は何リットルもの血を吸ってきている。中世の頃から刑場になっていて、近世以降に銃殺刑をするならこの位置だ」


 なるほど、執行場所がわかるわけだ。後ろにある謎の壁も、弾を受け止めるためにあるというわけか。そんなところに市民広場と名付けるなど、何とも悪趣味な。


「レイジ、お前は単独で行動しろ。ジュリー塔の対角にある鐘楼、タンプル塔ならば射線が通るはずだ。スナイパーや警備兵を排除してくれ。俺とハミドが下から突入する」

「本領発揮ってわけな。俺が塔に閉じ込められる可能性は?」

「その時はロープで降りてこい」

「マジかよ」


 何ともまた無茶を言うのか。これでは捨て駒と言われているような気もする。

 それでもいい。俺はリディを救い出す。そのためならどんな危険でも請け負ってやろうじゃないか。自分で選んだ道を歩くのは自分なのだから。


 準備して休息して、それですぐに出撃になる。疲労で思考が低下したり、天候の変化で弾道が変化することもあるだろう。

 そんな緊張の中、俺は狙撃を成功させなければならない。仲間を守るため、何よりもリディのために。


 ルネーの頼みも忘れるわけにはいかないが、リディを助け出さねば考える余裕もない。


「少し休んでおけ。0800時に出撃、ロクサンヌ市街地到着は1100時予定。いいか、市民広場到着から展開まではそんなに時間がない。邪魔する奴は排除しろ」

「どうせ皆殺しだろ?」


 そう言うと、パスカルは鼻を鳴らした。少しだけ口角を釣り上げているようにも見える。気に入ったとでもいいたいのだろうか。全く獰猛な狼だ。


「少し寝る」


 俺はボロのマットレスに寝転がり、体を休める。ハミドの店にあった余り物で、特別価格で譲ってくれたのだ。

 正直寝心地は微妙だが、タイルの床に直接寝るよりは絶対にいい。目覚まし時計もセットしたし、しばらく休もう。起きたら飯でも食って備えよう。


 ブーツを脱ぎ、コートも放り投げて眠れるのがこんなに幸せとは。瞼が重く、意識は底なし沼に沈んでいく。

 川底に沈んだ泥のように、浮き上がることができない。実体をなくしたかのように、マットレスへ溶けて吸い込まれていく。体に溜まった疲労やだるさが、マットレスに吸われていくようだ。


「その、レイジさん……起きてます?」


 ふと、可愛らしい声が俺を呼ぶ。ミヒロとアインが俺の顔を覗き込んでいたのだ。


「どうした?」

「お礼、まだしっかりと言ってなかったので」

「ああ、そんなことか」


 寝転がりながら話すのも失礼だろうと、起き上がって2人に向き合う。

 

 アインはあまり口数の少ないタイプで、今も眠そうに目を細めている。それでも、ミヒロと並んで甲乙つけ難いほど可愛らしい。褐色肌と、ミヒロの美白がいいアクセントだ。


「そんなことって……あんな銃撃戦の中、助けてくれたじゃないですか」

「うん、知らない人のために弾幕に飛び込む人、そうそういないよ?」


 2人から褒められては、どこかむず痒い気がする。でも、俺は2人のためにやった訳ではない。リディのことを知っていたからであって、パスカルが俺を助けたのと似たようなものだ。

 それを馬鹿正直に言うのも憚られると、答えに詰まってしまう。そんな俺を見て、アインとミヒロはクスリと笑っていた。


「誠実な人なんですから」

「どうした急に」


 なんでミヒロはそう思ったのだろう。アインもコクコクと頷いている。わからないのは俺だけか。


「嘘、つけないんだね」

「苦手なだけさ。嘘言ってロクな目に遭わねえし」

「そんな感じ、しないけどね」


 いい子いい子、とアインに頭を撫でられて悪い気はしない。これがパスカルとかハミドなら、即座に殴り合いが始まるだろう。


「ご飯作って待ってますから、生きて帰ってきてくださいね。アインちゃんとカフェやってたから、自信あるんですよ」


 ミヒロの飯がどんなものかはわからないが、楽しみにしておこう。ひとつだけ、俺の生きる理由が増えた。そんな小さなかけらでも、何もかもを失った俺には十分過ぎた。



「レイジ、こっちは59号線を進行中。十字路手前だ」


 パスカルの姿はそこにあった。ハミドと2人で市民広場手前1キロ地点にまで到達。俺は屋根の上に陣取り、進む彼らを援護している。

 たっぷり寝たおかげか頭が冴えている。ビーフシチューの缶詰は空になって尚、その香りを辺りへ放っている。


 パスカルたちの姿を捉え、進行方向を見る。そこには土嚢を積んだバリケードがあり、兵士2人が寄りかかってタバコを吹かしていた。丁度、パスカルたちに背を向けている。

 前に見た民兵よりは装備がいい。それでも、その所作も何もが素人丸出し。民兵を正規兵にでもしたのだろうか。新兵の方がまだマシだ。


「見えた。その先にバリケード。土嚢を積んだ簡易的なものだ。歩哨2名、お前たちに背中を向けてる」

「片方は俺が」

「そっちから見て左を頼む。俺は手前を」


 パスカルに片方を託し、俺は自分の獲物に狙いを合わせる。

 この十字が見えるのは俺の目だけで、奴には見えていない。自分の頭に十字架を立てられているなど、誰が分かるものか。気付く前にあの世送りにしてくれよう。


「撃て」


 パスカルの合図でトリガーを引く。静かに撃鉄を落とすと、あまりにも強烈な反動が肩を襲う。照準が跳ね上がる中で、赤い飛沫がやけにはっきり見えた。

 照準を元の位置に戻しても、敵の姿はもうなかった。近くの壁に赤い花が咲いて、2人分の肉体がそこに横たわっている。


「進路はクリア。仕留めた」

「レイジ、そのままタンプル塔へ行け。俺とハミドも広場に侵入する」


 市民広場は既に観衆が集まり、さながら城壁のようになっていた。あの囲みを突破して、リディを奪わなければならない。

 ここまで歓声が聞こえてくる。いたいけな少女を殺すことが、そんなに楽しいのか? ならば、俺はお前たちを殺して楽しませてもらっても文句あるまい。


 まさにその時だ。波が押し寄せるかのように、市民の歓声が大きくなった。何やら偉そうな奴が現れ、演説を始めたのだ。

 正午まではまだ少しある。まさかとは思うが、早めたのだろうか。まるで、俺たちがくると悟っていたかのように。


「パスカル、刑場になんか出てきやがった。もう始めるのかも」

「クソ、計画を早めるぞ。ハミド、急げ! 強行突破するしかねえ!」

「俺はタンプル塔へ移動する。そっちは自力で頼んだ!」


 ライフルを背に吊るし、屋根から屋根へと飛び移って移動する。タンプル塔までの直線距離は500メートル程度だが、道が入り組んでいるせいで実際の移動距離は長くなる。

 屋根の上なら直線で動けるが、高さが違ったりして上手くいかないことも多い。丁度、目の前の屋根のように。


「下りるしかねえな、急がないと」


 歓声はさらに大きくなり、民衆は熱狂状態にあった。バカめ。連盟軍まで引き入れて、やりたかったのが国に混乱を起こすことだと言うのか?


「レイジ、こっちは交戦してる! 民兵共が封鎖してやがった!」


 パスカルの叫び声が耳元で響き、銃声は遠くから聞こえてくる。銃撃戦の音は声に紛れ、民衆までは届いていない。まるでお祭りの花火程度だ。


「援護は?」

「いや、お前は行け! 俺たちが間に合わないなら、混乱を起こして処刑を中止させるんだ。行け!」

「死ぬなよ。後々助けてもらうからな」


 俺は屋根から飛び降り、ダストボックスを踏み台にして道へ足をつける。

 ここからは俺1人。そして、足を止めれば死ぬのはリディになるだろう。止まることは許されない。そして、遮るものは全て撃ち倒さなければならない。


 ファルシオンを手に、俺は走り出す。タンプル塔の向こうにある、天まで聳え立つ巨大な塔には目もくれず、それよりも低いタンプル塔だけを目指して。

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