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プロローグ 夢の少女

 ——チリン、チリン


 鈴のような音が耳に響く。ただ白く、自分の体の実体すらもない。そんな清浄な世界に意識だけが存在している。

 自分が何者なのか、それすらも分からない。思い出そうとするたびに、頭の中を黒い砂嵐のようなノイズが駆け巡って思考を邪魔する。

 方向感覚も時間感覚もなく、ただ何もない空間に存在しているだけだ。これは、死の世界なのだろうか。


 ——チリン、チリン 

 

 鈴の音が少しずつ迫ってくる。それは足音だ。地面すらもない白の世界で、どこからか現れた白が歩み寄ってくるのが見えた。

 対する自分は歩く足もなく、逃げることは不可能。でも、逃げる必要はないと何故か理解していた。


 歩み寄ってくる白をありのまま受け入れればいいと、安らぎにも似た感情に満たされている。


 その肌は純白で、着ているワンピースも、膝まで届きそう長い髪も、全てが白い。

 唯一、その瞳だけは透き通るような薄い青色だ。そんな純白の少女が無邪気な笑みを浮かべて歩み寄ってくる。何もない地面を踏みしめて。


「やっと、会えたね」


 彼女は両手を伸ばし、包み込んでくる。体はないのに、不思議と彼女の華奢な掌に包まれるような感触がする。

 彼女に触れられると共に、暖かいような安らぎを感じた。彼女が何者なのかを知らないというのに。どうして、こんなにも無防備に身を任せてしまうのだろうか。


「覚えていないかしら?私は、この世界を見守る者。あなたをいつでも見ているの」


 無邪気な少女の笑み。可愛らしく、美しいとさえ思える。触れられるだけでも、この心が蕩かされそうだ。

 警戒も何もが意味を成さず、彼女を無条件に受け入れてしまう。頭はぼんやりとしていて、思考が止まっている。ただ、与えられたものを受け取る以外に何もできない。

 そもそも、考える脳味噌すらないのかもしれない。体がないから、この意識しか存在しない。


「あなたになら守れる。私が見込んだんだもん。間違いないわ」


 何を言っているんだ。そもそも、何を守れというのだ。体もなく、意識だけの存在だというのに、何が出来るのだろう。

 何も出来はしない。自分が何者かも知らず、ここがどこかもわからない。概念だけの存在に、何も守れない。


 ——守ることこそ、我らが誇り

 

 懐かしい声がする。男の声で、そっと俺に語りかける。俺は何を守って来たのかも思い出せないのに、それだけはやけに懐かしく聞こえた。


「大丈夫。あなたには守れる。本と、彼女を守ってあげて」


 そっと彼女の口付けが落とされる。そこから熱が広がり、少しずつ体が形作られていく。

 この意識を核として、光が集まって体になっていく。視界には自分の角ばった手が見えて、それを伸ばすと少女へ触れた。指先に伝わる感触が、確かに彼女が存在することを教えてくれるようだ。


 彼女の瞳に映る漆黒の髪と、深淵のように深く黒い瞳。決意を宿したような目が、彼女の瞳を通して俺を見ている。


「記憶にマスキングはしたけど、生きる程に思い出せる。自分の意志も、生き様も、故郷のことも」


 両手に頬を包み込まれ、額が合わせられる。額に熱を感じることはないが、代わりに胸が熱を帯び、鼓動が強くなっていく。

 お前は生きている、そう告げられたように。冷たい手に血が通い、足にも感覚が戻って来た。俺の体はここにある。


「でも、最後の鍵は私が持っているわ。だから、私の元まで辿り着いて。私はアトラスで待つわ」


 光が霧散していく。それと共に体が光の粒になって消えていき、意識も薄れていく。この空間ではないどこかへ行くのだろう。

 もう少しだけ、時間が欲しい。彼女の姿が消えていく。まだ、訊いていないことがあるのに。


「君は、誰なんだ?」


 初めて声を出せた。意識ではなく、しかと自分の声帯を通じて示した思い。

 彼女はそれを嬉しそうに微笑みながら見ている。それでいい、そう言うかのように。


「私はルネー。この世界を見守る者で、あなたを守る者よ」


 最後に、彼女は答えてくれた。無邪気な笑みが暗闇に消えていき、体と共に意識も消えていった。


——アトラスまで辿り着いて、どうかクロノスを殺して。

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