55.黒騎士のデレ
私はよほど疲れていたらしい。
ぐっすりと眠ってしまった。起きた時には頭がすっきりと冴えわたっていた。
身を起こしてから、私は驚愕した。
「あ、アイル様……!?」
お、推しが……近い!
アイル様は寝ている私のすぐそばに腰かけていた。
しかも、何だか手が温かい!
自分の手に視線を落として、私は衝撃のあまりもう一度、眠りについてしまうところだった。
アイル様が私の手を握っている……! え、私、握手券とか持ってないのに。こんなサービス、本当にいいんですか!?
私と目が合うと、アイル様の碧眼がホッとしたように垂れ下がる。
「えっと……もしかして、ずっとそばにいらしたのですか……?」
「すまない。けど、君の身に何かあったらと不安で、離れられなかった」
と、すがるように手をきゅっと握られる。
うう、心臓もわしづかみ……!
推しと触れあってるなんて。呼吸も胸も苦しいよ……。
アイル様がじっと私のことを見つめている。そして、安心したように呟いた。
「無事でよかった……。本当に……よかった……」
「アイル様……」
「あの時、守れなくてすまなかった……。僕がもう少ししっかりしていたら、君をこんな危険な目にあわせることはなかったのに……」
「そ、そんな。アイル様のせいじゃありません! 元はと言えば、私が調子に乗りすぎたのがいけないと言いますか……」
いつもは凛としている顔を、泣きそうなほどに歪めている。
私のことをよっぽど心配してくれたんだろう。
申し訳ないという気持ちと、嬉しいという気持ちが混ざり合う。
こんな侍女1人の無事をこれだけ喜んでくれるなんて。アイル様はどこまで心優しいのだろう。と、私は感動した。
ちょっとだけ勇気を出して、私はアイル様の手を握り返した。
「ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。でも、私は大丈夫です。アイル様が助けてくれましたから」
「君が魔人族に連れていかれてから……生きた心地がしなかった。何か起きる前に救い出すことができて、本当によかった」
と、アイル様が私のことを見つめている。
無事ですよ、ということを伝えたくて、私はほほ笑んだ。すると、アイル様もようやく口元をほころばせて、とろけるようなほほ笑みを返してくれる。
その時だ。
部屋の扉ががちゃりと開いた。
「起きていたか」
中に入って来たのは、レオンだった。
ベッドのそばまでやって来て、アイルに告げる。
「アイル様。少しだけ、彼女と2人で話したいのですが」
「何を話すんだ? 僕も付き添う」
レオンが私に視線をやって、目配せしてくる。
何か伝えたいことがあるらしい。
この堅物男……もうちょっとだけ空気を読んでくれたらいいのに。
そう思いながら、私は言った。
「あの、アイル様……すみません。私もレオン様とお話したいことが」
「そうか……」
アイルは寂しげな表情で頷く。
うう、そんな顔をされると心が痛い……私だって、できることなら永遠にアイル様の手を握っていたいよ。
名残惜しげに体温が離れていく。
そして、アイルは何度も私とレオンの方を振り返りながら、部屋を後にした。
2人きりになると、
「思ったよりは、元気そうだな」
「ま、一応はね」
レオンはベッド横の椅子に、どさりと腰かけた。
そして、冷静な声音で続ける。
「それで、魔人族の件だが」
「え、いきなり本題に入る?」
と、私は呆気にとられる。
「もう少しくらい、私の心配してくれてもいいんじゃないの?」
「はあ? 俺がお前の何を案じる? 今後の作戦を実行するにあたって、お前がいなくなったら困るというのはあるが」
「この冷徹男……レグシール国の魔人兵め……」
ひどい……アイル様はあんなに心配してくれたというのに。
この落差よ。
レオンにとっての私は、あくまで目的を同じするだけの協力者ってだけなんだろうな。私は最近、レオンに親近感が湧いて来たっていうのに。さみしい。
恨みがましい私の視線に構わず、レオンは滔々と話し始める。
「勇者と共に魔人族に尋問を行った。魔人族側もスフェラが世界滅亡をたくらんでいることを知っているようだな。だが、俺以外のメンバーは魔人族の狂言だとして信じていない。特にエレノアがな」
「エレノアたんは、スフェラの聖女様だもんね……それは仕方ないよ」
「今、勇者一行に真実を……俺たちが女神を滅することを目的にしていると話すのは、得策ではないだろう。下手をすれば、勇者メンバーが分裂するかもしれない」
「攻略ノートにも書いてあったね。あなたがループしてる時、勇者一行に真実を話したことがあったけど、信じてくれる人とくれない人にわかれちゃったって。それで勇者一行が分裂して、大変な目に遭ったんだっけ」
「ああ。特にエレノアを説得するのはかなり厳しいと思っておいた方がいい」
そこでレオンは言葉を切って、考えこむ表情になった。
これからどうしたらいいのか苦悩しているのだろう。
私は思い付いたことを口にする。
「思ったんだけど。スフェラの暴走を止めたいっていうのは、魔人族と目的が一致してるんだよね。なら、どうにかして協力できないのかな?」
「何を言っている!?」
と、レオンは険しい表情を浮かべた。その双眸には怒りの感情が燃え盛っている。
「お前があいつらにどんな目に遭わされたか忘れたのか!? そんな相手と協力だと!? 俺が先ほど奴らと対峙した時、斬り刻んでやりたいという衝動を抑えるのに、どれだけ苦労したか……!」
そこで私と顔を合せる。
私がよっぽど不思議そうな顔をしていたのだろう。
レオンはハッとして、
「何だ、その目は」
「えっと……レオン、もしかして、めちゃくちゃ怒ってる? それって私のため?」
「なっ……」
今度は一気に赤くなった。
「都合のいい解釈をするな! なぜ、俺がお前のために怒ったりなど……!」
目を尖らせながら怒っているけど、赤面してるから照れているようにも見える。
おー。レオンの照れ顔。すっごいレアだ。
心のスクショに保存しよう。
「あ、デレた。萌え、萌え~」
「その舌、かっきるぞ!」
「うん。これはなかなか過激なデレだね」
「お前という女は……!」
レオンは怒りを通り越して、呆れたといった様子で椅子に座り直した。
そして、深いため息をついている。
何、その「もう付き合いきれん……」みたいな反応は。
「それで、話を戻すけど。私は魔人族と条件次第では協力できると思う」
「却下だ。奴らは信用ならない」
「待って。私の話を聞いて? たぶんなんだけどね、ヘルマンさんは味方キャラだと思うんだよ」
「なぜそう思う」
「私のオタクとしての勘が言ってるの。ちゃんと根拠もあるよ。だって、ヘルマンさんはね」
私は拳を握って、断言した。
「ものすごく、キャラデザが優秀なんだよ!!」
レオンは言葉の意味を呑みこめないという顔をしている。
奇妙な沈黙が流れた。
「はあ……?」
「美形で敬語キャラで、落ち着いてて、頭がよさそう。で、始めは敵として出てくる。こんなの女性プレイヤーが放っておかないでしょうが!」
「意味がわからん。容姿のよさと善良さに因果関係があるとでも?」
「二次元の世界ではある程度、相関があるんだよ……悲しいことに。特にシーカーシリーズの場合、味方には美形キャラしかいないから」
「世知辛い世界だな……」
「シーカーシリーズは女性ファンも多いからね。そういうもんなの」
現に、今のパーティーには見事に美男美女しかいないからね……。
と、それはともかくとして、
「それに、さっきヘルマンさんと話していて、1つ気になったことがあったの。あ、そうだ。私からヘルマンさんに話してみてもいい?」
「正気か!?」
レオンは顔色を変えた。
「お前、あんな目に遭わされて……怖くはないのか?」
「そりゃめちゃくちゃ怖かったよ。しばらくトラウマもんだよ。でも、今なら大丈夫って思うかな。だって、あなたがそばについててくれるでしょ?」
目を合わせて、にこり。
笑いかけると、レオンは嫌そうな顔をする。
そして、
「……お前が死んだら、俺が困るからな」
少しだけ目の下を赤くして、視線を逸らした。
あ、これは本当に萌え。
レオンのツンデレ、なかなかいけますじゃん。
私はレオンに付き添ってもらって、牢屋へと向かった。
牢の中ではヘルマンとエリックが座りこんでいる。
エリックはふてくされていて、腕を組んでいる。一方、ヘルマンは達観しきった様子で壁に寄りかかっていた。
「あなたに聞きたいことがあるの」
私が声をかけると、ヘルマンさんは静かに顔を上げた。
透明な双眸と表情だ。何を考えているのか推し量ることもできない。冷徹で、残酷な視線が私を射抜いていた。
さっきのことを思い出して、恐怖が喉元までせり上がってくる。
それを察したようにレオンが私の肩に手を置く。
あ、意外と優しい……。レオンってやっぱりツンデレの素質あるのかも。
その温かさに勇気をもらって、私は切り出した。
「ヘルマンさん。あなたには、誰か助けたい人がいるんじゃないですか?」