50.本物いたんですか…
「魔人族が滅びる未来って……どういうこと……?」
私は魔人族の男と向かい合った。
こちらに向けられた怪しげな赤色の眼光。まるで私の胸中を探るように、すっと細められる。
「あなたはその未来を予言していないのですか? 邪神スフェラの手によって、この世界は滅びます」
真面目な顔で告げられた内容に、私は目を剥いた。
邪神って……! 人間世界では『スフェラ』は女神として崇められているのに、魔人族からすれば邪神なのか!
いや、まあ、やってることは確かに邪悪だから、その通りなんだけどね。
って、ちょっと待って。なぜ私やレオンしか知らないはずの未来を、この人は知ってるの……?
私はごくりと唾を飲み、黙りこんだ。ヘルマンがどこまで知っていて、何をしようとしているのかわからない以上、迂闊なことは言えない。
しかし、私の演技力はお粗末だったらしく、
「ほう……あなたはどうやら、その未来をすでに予知していたようですね。『世界が滅びる』と聞いても、動揺の様子が見られません」
うう、しまった……!
今のは確かにもう少し驚いたふりをするべきだった。
今さら歯噛みしても遅い。私にできるのはこれ以上、余計な情報を与えないようになるべく顔色を変えないようにすることだけだ。それがすごく難しいんだけどね……。(どうも私は心の声が顔に出やすい性質らしい。)
私が無反応を通そうとしていると、ヘルマンは更に言いつのった。
「我々、魔人族の国にも予言師が存在します。まあ、あなたほど正確に未来を見通しているわけではありませんが……でも、彼が言うには遠くない未来、世界滅亡の危機が迫っているとのことです」
い、いるんだ! 本物の予言師!
それを聞くと、偽物予言師としては大変、肩身が狭いです……。
というか、ヘルマンさん、何か私の評価が高くないですか……? 私の予言はガチなやつじゃなくて、チートプレイしてるだけなんだけど。
必死に脳みそを回転させて、どう切り返すべきか考えた。
まだこちらから情報を渡すわけにはいかない。まずは相手が知っていることは何かを探らないと。
「それで……あなたたちは私に何を望んでいるの……?」
「あなたが知っている『予言』のすべてです。我々の国の予言師の力は弱く、内容も曖昧なものでして」
私はヘルマンの表情を注意深く伺いながら、1つでも多くの情報を得ようとした。
でも、それがかなり難しい。ヘルマンさんはかなりクールな人らしく、表情がぴくりとも動かない。
「1つ聞かせて。あなたたちが今まで勇者ユークを付け狙っていた理由は、その予言が原因だったの……?」
「もちろんです。邪神を復活させるわけにはいきませんので」
うう、何だか頭の中が混乱してきた……。
今までは勇者が正義、魔人族が悪だと思いこんでいたけれど。
確かにすべての真実を知った今では、女神はただの邪神だとわかるし、それを復活させようとしていた勇者一行は世界滅亡を引き起こす邪神徒だ。
というか、『フェアリーシーカー』のストーリーってこういう内容だったのね。
もしかしたら、ゲーム本編でもこのように魔人族の意図を知って、お互いに協力して、邪神を倒すという展開になっていたんじゃないだろうか。
しかし、今の段階でヘルマンのことを信用しきれるかと言われれば、微妙なラインだ。
この人は冷静すぎると言うか、ずっと顔色が変わらないので底が知れない。その上、魔人族だ。
私の記憶に刻まれている魔人族は、横暴で残虐な姿ばかりだ。
3年前の女神復活祭の事件を思い出した。あの時に現れた魔人族は、いかにも人間を見下してますという感じで、いけ好かない態度だった。
「もう1つだけ、聞いてもいい……?」
「何でしょうか」
「あなたたち魔人族は、私たち人間や他の種族のことをどう思っているの? つまり、女神……じゃなかった、邪神スフェラを倒した後に、あなたたちは私たちと共存の未来を望んでいると考えていいの?」
「なるほど」
と、ヘルマンはゆっくりと頷く。
「はっきりと申しあげましょう。それは今の段階では『難しい』と言わざるを得ません」
「それはどうして……?」
「現在、魔人族の多くは皇帝陛下の意思の元、『選民思想』に染まり切っています。『魔人族こそが地上におけるもっとも優れた種族であり、多種族を束ねる使命を持っている』という考え方です」
なるほど。
私が知っている魔人族のいけ好かない態度は、その思想に基づいてるものなのね。
魔人族からすれば、他の種族は自分たちより劣る存在というわけか……。
そして、私は今のヘルマンさんの言い方に引っかかりを覚えた。
「今……『魔人族の多くは』って言ったよね。じゃあ、あなたは……? あなたはもしかして、ちがう考えを持っているの?」
その時、ヘルマンさんの赤い瞳が少しだけ、迷うように揺らめいた。
「私も。……そして、かつての『彼』も。そのように考えたことはありませんでした」
何だか気になる言い方だ。
でも、彼の口調は神妙で、繊細で。
『彼って誰?』と踏みこむことをためらうような響きがこめられていた。
ヘルマンさんが顔を上げると、そこには先ほど見せたためらいは一切なくなっていて、また元の無機質な瞳だ。私は彼が一瞬だけ見せた切なそうな表情が気にかかった。
さて、どうしよう。
今、私は決めないといけない。これからどう動いたらいいのか。
そして、あまり迷っている時間はない。
ここは魔人族ばかりのアジト。ヘルマンさんはともかく、他の魔人族は選民思想に染まり切っているだろうし、彼らから見れば私は下等種族の女だ。つまり、ヘルマンさんを味方に付けなければ、かなり危険な状況。
うーん……これは選択の余地なし。
短い時間の間で、これ以上ないくらいに頭を回転させて、私は決めた。というよりも、そうするしかなかった。
私はヘルマンさんに向かって頷いた。
そして、きっぱりと言い放った。
「そちらの事情はわかりました。私が知っている限りの情報をお伝えします。私もあなたと同じように、世界滅亡の未来を変えたいと思っている。というよりも、『あの人』の未来を絶対にハッピーエンドにすること、それが私の目的なの。
つまり、私はね。とにかく推しに最高に幸せになってほしいの!!」
――レオンがこの場にいたら、頭を抱えそうな言い回しをしてしまった。




