41.勇者様エンカウント!
アイル・レグシールの冒険は、1人の少年と出会ったことから始まる――。
彼が軟禁されている塔を抜け出して逃亡している最中。アイルは勇者ユークと出会う。
ユークの目的は世界中に散らばる妖精を集め、女神スフェラを復活させることだ。
アイルは勇者の旅の目的を知り、彼の手助けをするべく同行することになる。
ユークは新しい仲間ができたことを喜び、笑顔で手を差し出す。
「アイルが一緒に戦ってくれるなんて、すごくたのもしくて、嬉しいよ。これからよろしくな」
しかし、アイルはしかめ面で顔を逸らす。
勇者の差しだした手を握り返すことはせずに、不機嫌そうに答えるのだ。
「……僕は馴れ馴れしいのは嫌いだ。女神を復活させるための手伝いはするが、お前たちと慣れ合うつもりはない」
その言葉に、ユークたちは苦笑いを浮かべる。
こうして、レグシール王国第三王子アイル・レグシールは、勇者一行に加わることになるのだった。
『フェアリーシーカー 第3章 疎まれ者の王子』より
+ + +
来た。
とうとうこの日が来てしまった。
私たちの前には、眩い笑顔を浮かべる少年の姿がある。
金髪に碧眼。明るい表情、強い意志をこめた双眸。そこに立っているだけで、何か光り輝くオーラが放たれているかのような……神々しくて、圧倒される雰囲気を秘めている。
これが勇者オーラ……!
あまりの眩しさに、私は思わず目を細めてしまった。
少年は人好きのする笑顔で、片手を差し出した。
「アイルが一緒に戦ってくれるなんて、すごくたのもしくて、嬉しいよ。これからよろしくな」
ユーク・レスター。
私の目の前にいるのは紛れもない勇者様。
ゲームの主人公!!
そう。
私たちはとうとう勇者様とのエンカウントを果たしたのだ。
そして、勇者の対面に立っているのが、私の麗しき推しだ。ゲーム画面ではいつも不機嫌そうな表情を浮かべた猫耳少年。近寄りがたく、孤立気味の王子様。
しかし、今は――
「アイル・レグシールだ。よろしく頼む」
凛とした双眸はゲームのままに。
だけど、口の端を少しだけゆるめて。
ネット上では「ツンデレ王子」との異名で呼ばれていた私の推しキャラは。
ユークの差しだした掌をあっさりと握り返すのだった。
更に、アイルの自己紹介に続いて。
「レオン・ディーダです。アイル様の護衛を務めております」
「で、俺がイグニス・ロード。俺もアイル様の護衛で来ました。よろしく~」
「コレットです。メイドです。ルイーゼとルイーゼの作るお菓子が大好きです!」
「あ、ルイーゼ・キャディです。アイル様のそば仕えをしています」
「何か多くないか――ッ!?」
次々と名乗りを上げる人物に、メインヒロインのゼナが困惑の声を上げた。
そうなんです。
アイル様が勇者パーティーに加わる、記念すべき場面。
私たち、全員で乗りこんでしまいました!!
+ + +
ここで、ちょっぴり話のおさらいをしておこうと思う。
ここはRPGゲーム『フェアリーシーカー』の世界。
日本にいた頃の私は、このゲームの大ファンだった。
ある日、事故に遭った私は、『フェアリーシーカー』の登場人物の1人に転生した。
その名もルイーゼ・キャディ。私の推しキャラであるアイル・レグシール様に仕えるメイドだ。それから私の奮闘の日々が始まった。
『フェアリーシーカー』の物語の途中で、アイルが命を落とすことを私は知っていた。
大切な推しが、アイル様が死ぬなんて、堪えられない……!
そこで私は黒騎士レオン・ディーダと手を組んで、この物語を「誰も死なない」ハッピーエンドに変えることを決意したのだった。
あれから3年の月日が経った。
先日、アイル様が17歳となった。そして、『フェアリーシーカー』の物語が動き始めたのだ。
ゲーム本編では、アイルは半獣人のため、獣人への差別が残るレグシール国ではずっと迫害されて生きて来たという設定になっている。彼は17歳になった日、軟禁されていた塔から逃亡し、勇者一行と出会うことになる。
だけど、私がいろいろと動き回ったせいで、その物語の導入部分から思いっきり変わってしまっていた。
まず、今のアイル様。
だいぶ丸くなりました。
というのも、14歳の時に城に攻めこんで来た魔人族をアイルが追い払い、国王の命を救ったおかげで、彼は正式にこの国の第三王子として認められることになった。あれから半獣人を取り巻く環境はゆっくりと変わっていった。
アイルの軟禁はなくなり、城内や街を自由に歩けるようになった。
それに伴って、アイルと関わりを持つようになった人たちが少しずつ彼に好意を持つようになる。噂は国中に広まり、アイルの名は多くの人々に知れ渡るようになった。
凛々しい立ち姿。猫耳が愛らしい。剣技に優れ、勇敢である。今まで存在を隠され、軟禁状態であったというかわいそうな境遇。それなのに鬱屈することはなく、まっすぐで義理堅い性格。
アイル様の数々の素敵な面を知ることで、ファンとなる人が1人、また1人と国内に増えていく。やがて、アイル様は多くの国民から支持されるようになっていた。
私の胸は感動でいっぱいになった。この気持ち……! 推しの布教活動が成功したような感じだ!
今のアイル様は、ゲームで忌み嫌われていた立場とは正反対だ。
そんな環境の変化のために、アイルの雰囲気はすっかりと丸くなり、他者への態度も柔らかくなっていた。それはユークとの台詞のやりとりからもわかってもらえることと思う。
そして、アイルとユークの邂逅場面も、ゲームとは異なったものになっていた。
今ではすっかり有名になってしまったアイルは、たまに素性を隠して街中を散歩することが趣味になっている。その際にユークと出会った、という流れになっていた。
アイルとユークたちは街中に紛れこんでいた魔人族を倒すために共闘。アイルは勇者たちの旅の事情を知る。彼らの手助けをするために、アイルはユークに旅の同行を申し出る。
アイルは自室に書置きを残して、誰にも知らせずに城を去る――。
と、本来ならこのような展開になっていたことだろう。
だけど、その展開を先読みしていたのが、この私、ルイーゼ・キャディ!
と、黒騎士レオン・ディーダ!
「今日だ」
「うん、わかってる! とうとうこの日が来たのね……」
その日の朝、私とレオンは作戦会議を開いていた。
私たち――『フェアリーシーカーの結末をハッピーエンドに改変しようの会(私・命名)』会員2名。
ずっとこの日を待っていました。
運命の日。つまり、アイルとユークが出会って、フェアリーシーカーの物語が始まるこの日を!
なぜその日付が正確にわかるかといえば、レオンのおかげだ。この人の経歴は、ちょっと変わっている。どころか、とんでもなく重い運命を背負っている。
レオンは魔導具を使って過去に戻ることで、何度もループをくり返し、この物語の結末をバッドエンドから回避しようとしていたのだ。私はその事実を知り、そしてレオンもまた、私が転生者であるという事実を知っている。
お互いに秘密を明かし合った後、私とレオンは協力体制を築くことにしたのだ。
私たちの目的は、女神スフェラの計略を打ち砕き、仲間たち全員が生き残るハッピーエンドを構築すること。
そのために3年間の時をかけて、緻密な計画を立てていた。
アイルが勇者たちと旅立つ日。私たちも勇者一行に加わって、旅に同行する必要がある。本来のストーリーなら、城を去ったアイルを連れ戻すために国王からの命を受けてレオンが追いかけ、後から勇者パーティーと合流することになるのだが、それだと私が付いていくことができない。
そのため、私とレオンは強行手段に出ることにした。アイルの後をつけて勇者たちと合流したのだ。「アイル様のことが心配でついてきちゃいました、てへっ」という忠実な臣下を演じる作戦である。
そんなこんなで、私たちは成り行きで勇者パーティーに紛れこもうとしていたのだが……。
「ルイーゼちゃん、レオン。2人そろってどこに行こうとしてるのかな」
「もう、ルイーゼってばー! 私のこと、置いてかないでよ!」
なぜかイグニスとコレットに気付かれて、2人もついてきてしまった。
と、いうわけで。
――第三王子アイル・レグシールが なかまに くわわった!
――黒騎士レオン・ディーダが なかまに くわわった!
――白騎士イグニス・ロードが なかまに くわわった!
――メイドのコレットが なかまに くわわった!
――メイドのルイーゼ・キャディが なかまに くわわった!
アイルの勇者パーティー加入イベントは、お供4人付きという謎イベントに進化を遂げたのだった。




