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転生侍女は推しを死なせたくない ~気づいたら推しにも騎士にも暗殺者にも愛されていた~  作者: 村沢黒音
第3章 推しを狙う暗殺者

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閑話 白騎士のデートプラン


「ついにこの時が来た」


 男は万感の念をこめて、ため息を吐いた。


 レグシール国の王城、1室にて。

 彼は拳を握りしめていた。

 その眼差しに強き意思を宿して。遠い未来を見据えるがごとく、一直線にテラスの方を見やり。

 

 男は決意を固める。


「明日、俺はルイーゼちゃんをデートに誘う!」


 と――。


 イグニス・ロードは、煌めく夜空に宣言するのだった。




 プランは完璧だ。


 その日のためにイグニスは様々な戦略を練っていた。


 まず、ルイーゼの情報については地道な聞きこみ作業(情報源は主にコレット)により、熟知している。

 彼女の性格、好み、行動パターン。それらを分析し、もっとも断られづらいだろう誘い文句を導き出した。


 次の日の昼下がり、いつもの調子でイグニスはルイーゼに話しかけた。会話の途中でさりげなく話題を切り出す。


「ルイーゼちゃん、次の休みに俺と街に行かない?」

「え? 何をしにですか?」

「実は街で話題になっているカフェがあってさ。そこのお菓子が絶品なんだって。行ってみたいんだけど、ほら、男1人でカフェって入りづらいじゃん?」

「カフェ……美味しいお菓子!」


 ルイーゼの目がすぐさま輝き出す。


 よし! 食いついた!


 イグニスは内心でガッツポーズをとった。

 彼女がお菓子作りにはまっていることは調査済みだ。そのためカフェの話題を出せば、乗って来るのではないかと思ったのだ。


「いいですね! ぜひ行きたいです」


 ルイーゼが笑顔で告げた言葉に、イグニスは内心で歓喜に沸いた。


(よし! よし! 作戦通り!)


 そうしてとんとん拍子で話が進み、次に休みが被る日に出かけることになった。

 それから数日間、イグニスは夢見心地で職務に励み、レオンに「気味が悪い」と何度も切り捨てられるのだった。




 ……が。

 世の中はそんなに甘くなかった。




「イグニス様! こっちですよ!」


 ルイーゼの明るい声が街中で飛ぶ。


 今日の彼女はいつもの給仕姿ではない。上はクリーム色のニットに、下はマキシ丈のブラウンスカート。シンプルな装いだが、彼女の見た目は元より整っているため、それが自然な魅力に昇華されている。


 普段はきちんと結い上げている金髪も、今日はゆるやかにウェーブを描いて背中側でたゆたっている。その上、眩しいばかりの笑顔だ。


 初めてのデート。初めて見る私服姿。楽しそうに笑顔を浮かべる少女。

 これで舞い上がらない男がいないわけがない。


 だが、対するイグニスは、浮かない表情を浮かべているのだった。


「あ……ああ」

「もう、どうしたんですか。イグニス様。いつもの軽いノリは? また彼女にフラれたんですか?」


 ルイーゼはイグニスの顔を見て、屈託のない笑顔を見せる。


 と、その横手から――


「……これが城下町の風景か」


 もう1人、別の声が上がった。


 こちらは小柄な人影だ。旅装用のコートに身を包んでいる。フードで頭をすっぽりと覆っていて、顔を隠すようにしていた。


 目立たぬように地味な装いをしているのだろうが、その人影は立ち姿だけで人目を引いてしまう。どこか高貴で凛々しい雰囲気をかもし出しているからだ。


 ルイーゼはそちらに視線をやって、イグニスに向けた笑顔より何倍も甘い面持ちになった。


「アイル様は街に行くのは初めてなんですよね。でも、よかったですね。国王様が外出を許可してくださって」

「ああ……それもイグニスのおかげだ。お前が付き添ってくれるのなら大丈夫だろうと、父上も認めてくれた」


 フードの下から、凛とした眼差しがイグニスに向けられる。それにイグニスは笑顔を返して、内心ではがっくりと肩を落としていた。


(こういうことじゃないんだよな~~~~~!!)


 これは想定外の事態だ。


 ルイーゼが喜ぶだろうと思って、街で話題になっているカフェを調べたのに!


 ルイーゼは「お菓子が美味しいカフェ」すなわち「アイル様を連れていけば喜んでもらえるはず!」と変換したらしい。イグニスが気付いた時には、アイルの外出許可が下りて、自分が護衛騎士として付き添うという話に発展していた。


(確かに、2人きりで行こう、と念を押さなかったけれど!!)


 イグニスは拗ねた目つきで2人を見やった。

 早くもルイーゼとアイルの間では楽しそうに会話がくり広げられていて、自分が入る余地がない。


「アイル様、あれが市場ですよ」

「ずいぶんと活気があるんだな」

「見に行ってみましょう」

「ああ」


 ルイーゼの視線はアイル一直線だ。

 いつもは無愛想なアイルも今日は楽し気で、柔らかな微笑をルイーゼに返している。見知らぬ人からすれば可愛らしいカップルに見えなくもない雰囲気だ。


 2人の後ろをイグニスはとぼとぼと歩いていた。これでは本当にただの護衛役になってしまう。


 せっかくのルイーゼとのデート。これで一気に距離を縮める計画だったのに……! どうしたらこの状況を打破できるのか、とイグニスが頭を悩ませていた、その時だった。


「おっと、」

「あ……」


 人通りの多い目抜き通り。前から来た通行人がルイーゼに接触しそうになる。イグニスは目ざとく気付いて、ルイーゼの肩に手を回して、引き寄せた。

 ルイーゼは何が起こったのかわからないようで、目をぱちぱちとさせている。それからゆっくりとイグニスに視線を移した。


「ありがとうございます。イグニス様」

「いやいや。人が多いから気を付けて」


 と、イグニスはさり気なくルイーゼをかばって、人通りの多い中央沿いに立った。


 鋭いほどの視線が突き刺さる。アイルが戸惑った様子でイグニスを見やっていた。


(あー……そうか。アイルちゃんは誰かと外を歩いたことがないのか)


 彼が城の外に出るのはこれが初めてだ。こんなに人通りが多い道は初めてだし、女性と連れ立って歩いた経験もない。


(なるほど……)


 イグニスは内心で頷いた。


 今の時点で、ルイーゼの心はアイルに向かっていて、自分は勝ち目がない。

 それは認めよう。

 だが、アイルにはない武器を自分だって持っている。


 それは『経験値』の差だ。女性の扱い方、エスコート力。それは現時点ではイグニスの方が優位に立っている。そのことを理解して、イグニスはほくそ笑んだ。


(いくらアイルちゃんが相手とはいえ、今回ばかりは譲れないからな)


 ここは全力でいかせてもらう……!




 その後、イグニスは全力でルイーゼをエスコートした。




 人通りが多い道ではルイーゼをかばい、カフェではスマートに扉を開け、奥の席をルイーゼに譲り、椅子を引き、会計時はルイーゼに意識させる前に支払いを終える。更にはこの日のために仕入れて来たお菓子作りやカフェの話題で、ルイーゼとの会話も盛り上がった。


 その度にアイルは戸惑った様子で、イグニスとルイーゼを見やっている。


(ふ……勝った)


 しかし、そう思う反面、イグニスの胸は少しだけ痛んだ。


 フードの隙間から、アイルの憂いを帯びた眼差しがちらっと見えたのだ。どうやらアイルも自分の劣っている部分に気付いたらしい。フードで隠れて見えないが、きっと彼の猫耳はぺちゃんこになってしょんぼり状態になっていることだろう。


 アイルは生まれてからずっと城の中に軟禁されていた。外に出るのはこれが初めてなのだ。こういう時にどうやって振る舞ったらいいか、わからなくて当たり前だ。

 イグニスはだんだんと決まりの悪さを覚えるようになった。


(何か……良心が痛むというか)


 そんなことを考えながら、大通りを歩いていた時だった。


「わあ、綺麗……」


 と、ルイーゼが声を漏らす。道の端の露店だ。髪飾りの1つに熱い視線を送っている。クリスタルによる花形の細工がされているバレッタだ。


「う……でも、けっこういいお値段」


 値札に視線を移して、ルイーゼは面差しを曇らせた。吹っ切るように顔を背けて、歩き出してしまう。残念そうな表情をもちろんイグニスは見逃さなかった。


(よし。ここは1つ……)


 しかし、そこでイグニスはもう1つの視線に気付いた。アイルがじっとその髪飾りに視線を注いでいる。


 イグニスはルイーゼを見やった。そして、自分の主君の姿を顧みた。


 気が付いたら、その言葉は口をついて出ていた。


「アイル様。彼女に贈り物をしたいなら今ですよ」

「しかし……」


 と、アイルは難しそうな表情で眉を寄せる。


「……何と言って、渡せばいい」


 イグニスは小さく笑ってしまった。

 剣を持てば勇猛果敢な少年だが、女性の扱いは本当に初心だ。そんな主君がやたらとかわいらしく思えた。


「それならば、この私めに妙案があります」


 それは今日のために考えておいた、デートプランの1つ。

 しかし、ためらいはなかった。イグニスはそれを進んでアイルに差しだした。




 +



「……ルイーゼ」

「アイル様、どうかしましたか?」

「これを受けとってほしい」


 王城までの帰り道。門の前でアイルがルイーゼを呼び止めた。

 イグニスはその様子を少し離れたところから見ていた。


 ルイーゼは不思議そうな表情で包みを受けとる。中を確認して、あっ、と驚きの顔に変わった。


「え、これって……」

「日頃の感謝の気持ちだ。君はいつも僕にお菓子を焼いてくれるから……」


 イグニス側からではアイルの表情はフードに隠れて、伺うことができない。だけど、その声色から、そうとう照れているのだろうということはわかった。


 ルイーゼはぱっと笑顔に変わった。その頬に朱色が差して、嬉しそうに顔を輝かせている。


「ありがとうございます、アイル様……!」


 アイルも笑みを返し、2人の間にはほのぼのとした空気が流れる。それを遠目から見やりながら、イグニスは呟いた。


「今回だけですよ。次は俺も容赦しませんからね。アイル様」


 白騎士は挑戦的な笑みを浮かべて、自らの主君の姿を見守るのだった。


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