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転生侍女は推しを死なせたくない ~気づいたら推しにも騎士にも暗殺者にも愛されていた~  作者: 村沢黒音
第3章 推しを狙う暗殺者

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閑話 泣きたいくらいに切なくて(コレット視点)

コレット視点です。


 獣人は姓を持たない。

 名乗りを上げる時は出身地を口にするのが慣例だ。


 『グルートスのアルバート』 『マウラ村のミゥ』といった具合に。


 そのルールに従えば、コレットの正式名称は「シャーリーンのコレット」になる。


 『シャーリーン』――これは獣人にとって、ある特別な意味を持つ。

 この名乗りを上げる獣人は、故郷も家族も持たない。

 シャーリーンとは獣人の言葉で『孤児』であることを示しているからだ。


 コレットには両親がいなかった。孤児院の院長から話を聞くと、自分の父は兵士であったらしい。レグシールとの戦時中、父が捕虜の女に生ませた子供、それがコレットだった。


 孤児院に子供はたくさんいたが、半獣人はコレットだけだった。それ故にコレットは他の子供たちからいじめられた。人間の体に兎の耳と尻尾が生えた姿。他の獣人と異なる見目。


 子供は正直だ。毛の生えていない肌を「気持ち悪い」と蔑み、のっぺらとした顔を「醜い」と罵った。


(ああ、そうか。私は気持ち悪くて醜い生き物なんだ……)


 毎日、中傷を浴びて育ったコレットは、その言葉が全身に染みついてしまっていた。いつしか自分のことをそう思いこむようになっていた。


 コレットの育った孤児院は特殊なところだった。

 院長にとって、子供たちは『商品』だった。商品としてより高い価値を付けるため、子供たちは幼少の頃より戦闘技術を叩きこまれて育った。兵士養成所と斡旋所を兼ねているような施設だったのだ。


 コレットも他の子供たちと同じように戦闘訓練を受けて育った。彼女の成績は中より上くらいだった。

 しかし、兵士として売りに出される年齢を過ぎても、コレットには買い手が付かなかった。客は皆、コレットの姿を「気持ち悪い」と評した。コレットはますます自分の見た目に自信をなくしていった。


 働かぬものに食らわせるメシはない、それが院長の方針だった。コレットは院長に言いつけられて、ある仕事を請け負うようになった。それは暗殺稼業だった。院長は子供たちを使って、そうした裏事業をも展開していたのだ。


 初めて人を殺した時、コレットは何も負い目を感じなかった。それどころか、全身に痺れるような快感が駆け巡った。醜く役立たずだと思いこんでいた自分が、初めて仕事をこなすことができた。これで一人前になれたのだと、コレットは少しだけ自信を取り戻した。


 院長に命じられ、暗殺稼業を続けること数年。

 ようやくコレットを買い取りたいという客が現れた。


 彼女が連れていかれたのは王城だった。そして、その雇い主からはとんでもない仕事を依頼された。


 ――その容姿を活かして、人間の国にもぐりこみ、第三王子を殺して来い。ただし、事を荒立てないこと。王子を殺す際には、事故死に見えるように偽装すること。


 それがコレットに託された任務だった。


 レグシール国に渡る直前にコレットは散々、脅された。人間の恐ろしさについてだ。彼らは獣人を忌み嫌っている。コレットがもし半獣人だと知られれば、生きたまま皮を剥がれ、肉は焼かれて、家畜の餌にされる。そうなりたくないのなら、半獣人であることは決して知られないように、と。


 コレットは獣耳を隠し、人間を装って、レグシールの王城にメイドとしてもぐりこんだ。


 1年後、ようやくアイルが暮らす西の塔への配置が決まった。それからはずっとアイルを殺す機会を窺っていた。だが、その機会はなかなか訪れなかった。殺すだけなら簡単だ。事故死に見せかける――これが難しかった。

 何せ、アイルは普段ずっと塔に閉じこもって生活している。半獣人故の運動能力の高さで、高所から突き落としてもまず殺すことはできない。


 コレットは魔物を城内に招き入れ、その騒動にまぎれてアイルを殺す計画を思い付いた。そのための準備を少しずつ施すことにした。


 王城での生活は孤児院と同じくらいに暮らしづらいものだった。祖国で聞いた獣人への差別意識は本当のことだった。王城の使用人は誰もが獣人を蔑んでいる。同じ半獣人であるアイルが罵られる度に、自分のことを言われているようでコレットは胸が苦しかった。


 そんな生活を送る中で――コレットは彼女と出会ったのだった。




 + + +



「ねえ、聞いて、コレット! 今日のアイル様はもう本当……! 最高に! 愛らしかったんだから!」


 目を爛々と輝かせながら、少女は語る。

 彼女はコレットと同室の侍女。ルイーゼだった。


 また始まった……とコレットは苦笑いを浮かべた。


「落ち着きなよ、ルイーゼ! 昨日もおんなじこと言ってたよ?」

「昨日も素敵だったけど、今日の愛らしさは更に輪をかけていたの! もう毎日記録更新! アイル様、尊さグラフはずっと右肩上がり! 美しさと愛らしさがとどまることを知らないの!」


 コレットは王城で暮らす間、「素朴で明るい少女」の仮面をかぶり続けていた。今もその仮面をつけて、ほがらかに笑ってみせる。


 その裏で、コレットの胸はざわついていた。


(獣人の国では気持ち悪いって言われて、人間の国では下等種族だと見下されて……。私たちはどっちにも居場所を作れない。そのはずなのに……)


 ルイーゼは心底、アイルのことが好きでたまらないらしい。毎日、アイルへの愛を語られていれば嫌でもわかる。彼女は本当に、心からアイルのことが好きなのだと。

 コレットにとってはそれが不思議でたまらなかった。


 ある日、コレットは思い切ってルイーゼに尋ねてみた。


「ねえ、ルイーゼ。あなた、アイル様のどこが好きなの? やっぱり中身?」

「中身はもちろんだけど、見た目も好きだよ。あの愛らしい耳と尻尾……本当にたまらないよね! もふもふ最高! 半獣人、最高!」

「……気持ち悪くないの?」

「え、何が?」

「だって……人間の体に獣の耳が生えているなんて」

「そこがいいんじゃない! かわいいもの! 私、あの耳としっぽ、大好き」


 笑顔でそんな言葉を返されて、コレットは絶句した。


(何なのよ、この子……)


 半獣人は世界中から嫌われる存在だと思っていた。醜くて、気持ち悪くて、どちらの種族からものけ者にされる。

 コレットにとって、生きるということは苦しいことでしかなくて、仕事をしている時だけは充足感を得ることができる。自分の存在価値を確認することができる。


 そのはずだったのに。

 ルイーゼの笑顔を見ていると、彼女と話していると、ふいに胸が苦しくなる。


(どうして……私、こんなにアイルのことを羨ましい・・・・と思うの……?)


 泣きたくなるくらいに切ない気持ちが湧き起こってくる。


 この感情の正体が何なのか――

 コレットはずっと理解しきれずにいた。


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