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第七話 イリー・リビンのクリスマス 島の西の海上―リゾートビーチ―丘の頂―旅館バジリカ

「きへいたい?きへいたいてなに?」

「お馬さんに乗ってね、鎧兜に身を包んで。ここから遠く海を越えていくと、大きなとても大きな島に、石造りの街があるの。まだ私が小さなころ、街のお祭りでね。お馬さんに乗って、騎士さんたちがきらびやかな衣装を着て」

 後に聖デボラと呼ばれる少女は、子供たちに遠い海の果ての故郷のことを話していた。

「ふーん」と子供たちは応えた。白人の子や、ポリネシアンの子やらが少女を見上げる。

 少女は、いや聖デボラは二十代半ばを迎えようとしていた。子供らと遊びながら、聖デボラはこの島の言葉を覚えた。彼女は健やかにこの島で年齢を重ねていた。

「おうまさん?てなに?」子供らが訊く。

「臆病な動物だけど、人を背に乗せて走るの。私たちが駆けるより、とても早いのよ。この海の果ての、大きな大きな島にいるの」

「ふーん」と子供たちは応えた。

「彼らはね、騎士と呼ばれる彼らは、お馬さんに乗ってきらびやかな衣装で、剣を振るい、人々や愛する人のために」

 愛する人々や物のために、彼らは戦うの。と彼女は言った。

「ふーん」と子供たちはよく分からないようでいた。

 聖デボラは遠い故郷での、アーサー王の話や騎士たちの物語を話した。

 次の日から島で騎兵隊ごっこが始まった。


「荷物は仕方ないから後でバジリカに送れ、てヒオが」と僕は電話で言った。

「うむ。荷物を捨て去りたいこともある。ここは捨て去るための場所でもある」

「あの、アレル?どうした?」と訊く。アレルは様子がおかしい。

「もしもし?」

「観光パンフの文言を、信じる時が来たようだ」朗々とパンフの文言を暗唱しだした。高らかに宣伝用の文書を叫びだした。

「ひとつの悲恋を終えたとき、この島で彼女は」

「どうしたの?アレル」アレルは最近変だ。

「うむ。お前もしっかりな」

 僕がよく理解できないでいると、

「今日はクリスマスだぜ?」とアレルは電話を切った。


 僕らを見つけて拾い上げた船は、しばらく海上に留まった。

 船の右舷では、アレルとは違うツアーガイドの少年が、島の西側、半分岩に潰れた遺跡についてガイドしていた。

 僕は昨夜を思い出していた。あの怪物は、たしかにママと英語で言った。あれがなんなのか。

 玉虫色の不定形な怪物が、口を開いた時を思い出す。あれは人間の口腔でなかったか?

 僕は船員の制服を借りている。風邪など引いている場合ではない。

「いい波ね、イノス」

 ヒオがかける声に僕は振り返る。僕は彼女に目を見開いた。

 ちょうどいい衣装がなかったのだろうか。彼女は少し大きい男性物の船員服を着ていた。

 僕の反応に、彼女の瞳はみるみると三白眼になり、

「海に落とした方が良かったかしら」と恐いことを言った。

「もういいの?」と僕が言うと、ヒオはええ、と応えて

「この後はどうするのかしら?」と僕に訊いた。

 この船はしばらく海を西にクルーズして、リゾートビーチに戻るそうだよ。ビーチに着くのは昼だけど。

「財布、置いてきてしまったね」と僕は言った。

 彼女は仕方ないわ、と応えて、

「でも今日はクリスマスだもの」楽しみましょう、と彼女は言った。


 雲一つない南太平洋の海原を、船は進んでいく。海鳥が鳴き、日は高い。

 デッキでは家族連れや老夫婦が海を見ていた。ヒオは華やかに笑っていた。もういいようだ。安心した。彼女は心から旅を楽しんでいた。

 観光客の一人が、ねえ、あれはなに?と海面を指差した。海面に影が映る。

 マンタかな?と思いヒオを呼ぶと、イルカの群れが船の左舷を跳ねていった。

 観光客たちは歓声を上げた。


 これはね、ショゴスよ。

 数日前。イノスたちが旅館を出て数時間後。旅館バジリカに現れた女は、そういってナイフを抜いた。

 ファーザーと呼ばれたイノスの父親は、恐怖のなか女の抜いたナイフを見た。

 それはナイフとは言えない代物だった。鞘はナイフだが、刀身は鉛や粗雑な鋼を練り固めたような板だった。刀身の中心に切り傷の様な亀裂が走り、眼球がこちらを見て。

 そこで女はナイフを鞘に納めた。イノスの父親は、胸を抑え息をついた。トラウマが蘇りそうになっていた。

 女は、

「彼は大量の情報を対価に我々に協力を頼んだ。我々は彼の話を聞いたあと、彼のもたらした情報と引き換えに、密かにこの島を調べあげていた」

「彼が独学で調べていたテーマは焼野の開発のその後や、ニューヨーク地下の食屍鬼のことなど」

「私は観光客として島を見ていきます。宿はここにするわ。ただ」

 部屋には絶対に入らないように、と女は言った。女は、

「イリー・リビンとは墓場を意味するそうね。私は一人ずつ、あなた方『墓守』に会っていきます」

 良い旅になるといいわ、と女はナイフを頑丈そうな金属のケースに納めた。


 船はクルーズを終えて、島の南西の端、リゾートビーチのマリーナに停泊した。

 事情を話してから手続きを済ませる間、ヒオは僕について立っていた。美貌に何人も振り向く。新婚さんの夫の方が振り向いて、奥さんに尻を蹴られていた。

 ヒオはビーチを眺めて変なものね、と言った。サンタがビーチに立つなんて。

 この時期はよく言われるよと返す。

「この島はいつでもいつまでも夏のままだよ」と僕が言うと、

「暑いのに大変ね」と、

「やはり本物のサンタはいないのね」とヒオは笑った。失礼だと思ったが僕も笑った。

 マリーナを降りたあと、協会に連絡して、旅館まで車を手配しましょうか?と言うとヒオは、少し歩かない?と言った。財布はないし、何も買えないけど。

「クリスマスは楽しいものよ」と笑った。

 散策することにした。リゾートホテルの一階には、土産品が並んでいる。南国の花飾りや島の写真。民芸品や小物を見て回る。彼女は楽しそうにしていた。彼女は民芸品を手にとった。白馬に乗った、西洋の騎士の置物だった。これは―?と置物を見せるヒオに、アデライン号の人たちの残したものだよ、と僕は応えた。

「島になんとか定着したアデライン号の人たちが、故郷を思い返して、お祭りをたまにしてたんだよ。僕たち観光業者は最初は先住民に対する自警団だったみたいだけど、自警団の必要がなくなっても、お祭りは島に残ったの」と僕は、

「僕たちは希望者は学校に行きながら、この島を守るための訓練を受けるの。僕はお祖母ちゃんに勧められたんだけど」

 この島を守る、剣と盾として。

「守護騎士ていう、役職に付いたの」そう言って照れ腐る僕の頭を、ヒオがかき回した。

 髪をかき回したあと、こんなちっこいのに騎士なんて、とヒオは言った。

「ちっこいのに、騎士を名乗るなんて、格好つけて、この~」と僕にヘッドロックをして、ぐりぐりと締めて笑っていた。

 それからしばらくして、僕らは帰路についた。

 夕陽が沈む瞬間、丘の頂の広場のベンチの上に立ち、北の森を見る。二度目だが、輝く光の森はどんなイルミネーションよりも美しかった。

 アレルには少し申し訳ないが、今は言葉はいらない。輝く森を眺めるヒオは美しかった。

 イリー・リビンのクリスマスは、ヒオにとっても、僕にとっても、素晴らしいものになったようだった。


 旅館バジリカに僕らは着いた。お、おうと父さんがこちらを認めた。様子が変に思った僕に、お客様が来ているから、と父さんは言った。

「お客様?お客様来たの?」と驚いていると、黒髪の、東洋系の女性が階段を降りてきた。

「息子さんかしら?」とその女性は僕を見て、僕に歩みより、僕に顔を寄せた。

「ふにゃ?ふにゃにゃ?」という僕に顔を寄せ、まじまじと僕の瞳の奥を見る。そして彼女は僕を離し、

「しばらく泊まるの。よろしくね?」と言った。お名前を教えていただけますか?と僕が言うと、女性は決めてなかったわと言った。

「アンでもベスでもなんでもいいけど」と少し考えて、

「サトウでいいわ」と僕に応えた。

 女性が階段を上がるのを眺めて、僕はヒオと父さんの方へ振り向いた。

 黒い艶やかな髪と黒い深い瞳を思い出して、僕がふにゃふにゃとしていると、ヒオが僕を押し倒し、僕をぼかぼかと殴り始めた。


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