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第六話 真実との邂逅、少年の闘い 島外クルーズ―島の西の岩場

 少女は目の前の事態に本当に、心から恐怖を感じ、震えていた。

 媚びを売るのもしなを作るのも嫌いだった。媚びを売り気を引いたり、甘えて見せたりの駆け引きはしたくなかった。少女はそれらを煩わしいと思い、父親の影響もあり、シンプルな力ずくで今まで押し通してきた。

 だがそれは、所詮相手が人間だから押し通せたことだった。

 それは奇怪な咆哮を上げ、少年と少女に迫っていた。

 玉虫色のそれは、巨大な眼球でこちらを見た。その玉虫色の組織は、牙に、爪に、針に、その体を変形させる。怪物はテ・ケ・リ・リ!と咆哮した。

 少女の震えは、奇怪な怪物に対してだけではなかった。

 少女を背に少年が怪物に立ちはだかり、その少年のあまりの変貌に、少女は震えていた。

「絶対に守る」

 小さな少年だったはずの彼の相貌は、獰猛な猫科の猛獣のように変貌していた。


 昨日は揺れたね?いえ、新婚さんが多かったんです。そんな馬鹿な小話を思い出しながら、アレルは目を覚ました。時計をみるともうクリスマス・イブのパーティーは終わっている時間だった。

 イノスとヒオを探して船内を見回り、デッキに二人を見つけたが、声をかけるのは止めた。二人は楽しそうに話している。

「いいなあ、あいつ」アレルは呟いた。

 当然アレルも、ヒオを美しいと思っている。だが、ヒオの凶暴さや、凄まじい獰猛さには敵わなかった。イノスは……分からないだろうな。ヒオは。アレルは首をぶんぶん振った。想像するのも恐ろしい。頭を冷やそうと来た方を振り返ると、若い女性とぶつかった。

「きゃ、すいません」

 そう女性は謝って面をアレルに向けた。

「あなたは―!」

 いつかの海岸で、泣きながらアレルとぶつかった女性だった。

「はいな?」と女性は応えた。アレルのことなど、微塵も覚えていないのだろう。

 あの時彼女は泣きながら私の王子様―。と走り去っていった。

 少し幼いが、整った、いや、そんなことはどうでもいい。

 アレルの心臓の鼓動は高まった。

「お嬢さん、失礼ですがこのクルーズに連れのかたは?」と訊いた。

 するとああ―と彼女は

「私の王子様―あなたとは燃えるような恋でした」と語りだした。

「あれは私の初恋でした。雨の大学の中庭で、あなたと私は出会ったの」そういって目を伏せた。アレルが初恋は悲恋なものですと言ったが、彼女は何も聞いていない。

「あなたは南洋の楽園の星のようだと、この私にささやいた」

 そういって身をのりだし、はらはらと泣いた。

「悠久の時を君に捧げると、あなたは言ったのに、ああ」

 デッキの人々の視線が集まる。

 危ない!とイノスの声が遠くからしたがアレルはぽわぽわと、彼女の独白に夢中だった。

「お嬢さん。お一人なら」

 鈍い音がした。ヒオの飛び蹴りがアレルに直撃した音だ。

「私というものがありながら!」とヒオが構えたが、危ないとはヒオのことではなかった。

 デッキから身をのりだし、はらはらと語る女性を、イノスは引き戻そうとするが、彼女は夢中で王子様との悲恋を語る。高い波にぐらり、と船が揺れた。

 女性を庇ってイノスは落ちた。暗い夜の海面は深い。

 アレルがようやく正気に戻ったとき、ヒオがデッキから海に飛び込んだ。

 

 夜の海はイノスの体温と体力を奪っていった。イノスはこのまま死ぬと覚悟した。

 父さんやいつも優しいお祖母ちゃんや、アレルやカノアさんや、メメトーやたくさんの猫たちと。走馬灯の最後にヒオが現れて、イノスの腕を引き、島の方まで泳いでいった。

 クリスマス・イブからクリスマスに日付は変わろうとしていた。


 僕は西陽の差す広場に倒れていた。僕が寒くて震えていると、にゃーにゃーとたくさんの猫たちがやって来て、僕にすり寄り、暖めてくれた。

 メメトーが呼んでくれたらしい。メメトーは顔を拭いたあと、にゃん、と鳴いた。

 そこで目が覚めた。気がついた?とヒオが僕を覗きこんだ。今までで一番優しい起こし方だった。

 ここは?と僕は聞いた。周りは岩場で、よくわからないが、街とは遠いのはわかった。

 光の森は見えないわね。とヒオは言った。かなり流されたみたいね。

 僕は岩場や崖をみて、島の北西かな?と言った。

 この崖の反対側に行けば光の森は見えるはずだ。だが足場が悪く、渡れそうにない。

 あの、と僕が言うのをヒオは止めて、やはり鍛えてはあるのね、と僕を見て言った。

 気がつけば僕は上半身裸だった。

 僕が黙っていると、彼女は僕に向けた視線を周囲の岩場の方に向けた。

 島の北西の岩場。先住民の集落は不可侵であり、開発は進んでいない。昔の遺跡も残っているが、調査はいまはされていない。島の西側から、スキューバダイビングで遺跡が楽しめるくらいだ。

 どうしてヒオが、と僕が言うと、彼女は押し黙った。

 僕らは二人で、ポリネシアの暗い夜を見ていた。

 しばらくして「救助は来るかしら?」と彼女は言った。

 まだ夜の海は暗く、この時間では通る船も少ない。僕らは見つけられないだろう。

 少し南に行きましょう、と僕は言った。スキューバダイビングの船が朝には停まるはずだ。月明かりを頼りに、ヒオに手を貸して僕らは岩場を降りた。


「それ」は遺跡の床の割れ目の奥で、二百年振りに目覚めた。長い間「仮死」のまま眠っていたのだ。玉虫色の組織から、眼球が現れた。腕がいくつも生え、遺跡の壁の裂け目を動いていく。もう心や意識など失くなっていた。それが人間だったころの―。


 僕らは海岸沿いを歩いた。岩場に遮られることもあったが、僕らは乗り越えて進んだ。

 島の北西のここは、あまり開発は進んでおりません。遺跡郡に対して調査団は来ましたが、調査はすでに総て完了しています。今は観光も盛んです。整備が進まず、陸路では足場が悪いですが、船で緩衝区から来て、スキューバダイビングでの海中からの遺跡探索が楽しめますよ。

 アレルならそういうだろう。だが、月明かりだけで岩場をいくのは、細心の注意がいた。僕は注意してくださいね、と言った。潰れた遺跡の壁に手をあて、こんな時なのに彼女は、故郷ではこんなこと楽しめなかったわと言った。

 足下に気をつけて、と僕は注意して、故郷?と聞き返した。ヒオはずいぶん注意するのね、それは役職上言っているの、小さな騎士さん?と返した。

 役職上だけではありませんよ。と言うと彼女は、

 私のことはいいのよ。と、

 これは家出なんだもの。と言った。

 その時。岩盤を突き破り、太い、人にはあり得ないほどの太く、とてつもない長さの腕が現れた。

「ヒオ!」突然の事態に僕は叫ぶが、腕は彼女を奥にさらっていった。

「ヒオ!」と僕は叫んで、突き破られた壁から、彼女を追って走った。


「私を狙うとはいい度胸だ!」と構えた少女は、「それ」 の異様に、開かれた眼球に、テ・ケ・リ・リ!という咆哮に、すぐに腰を落とした。恐怖に震えて後ずさる。

 媚びを売るのもしなを作るのも嫌いだった。媚びを売り気を引いたり、甘えて見せたりの駆け引きはしたくなかった。少女はそれらを煩わしいと思い、父親の影響もあり、シンプルな力ずくで今まで押し通してきた。

 だがそれは、所詮相手が人間だから押し通せたことだった。

 遺跡の壁の奥、湿った空気の部屋の半ば崩れた奥に怪物はいた。玉虫色に光る中心から、牙が、爪が、針がこちらに向けられていた。テ・ケ・リ・リ!と怪物は咆哮する。

 巨大な鉤爪が少女に振り下ろされる。少女が思わず目を閉じ、震えたとき。

 飛び出してきた少年が鉤爪を受け止め、鉤爪が生えた触腕を弾き返した。

「見つけた!」と少年は叫んだ。長く走ったのだろうが、息ひとつ上がっていなかった。

 その相貌は寝惚けた少年でなく、獰猛な猫科の猛獣のようだった。

「絶対に守る」

 少年はそういって、少女を背に、玉虫色の怪物を睨み付けた。


 テ・ケ・リ・リ!テ・ケ・リ・リ!と怪物は咆哮を上げた。いくつかの細い触腕の先に、太い針を生やし、僕たちに突き入れてくる。僕の脇腹をかすめるが、針を生やした付け根を狙い、僕は針を叩きおった。

 テ・ケ・リ・リ!テ・ケ・リ・リ!と咆哮が響く。

 怪物の中心に亀裂が入り巨大な口を形成する。牙が生えた口が開いた。

 こいつ、どうなってる?いや、危ない!

 怪物が口を開け突進する。悲鳴を上げたヒオの手を引いて、その牙の突進をかわした。

 ヒオは震えている。怪物の巨大な眼球と睨みあう。

 怪物はまたテ・ケ・リ・リ!と叫び、ヒオがまた悲鳴を上げた。

 怪物の力任せの突進に、僕は打ち落とした針を広いあげ、怪物に深々と突きいれた。

 怪物は絶叫し後ずさる。そして僕は耳を疑った。

 ママ―と怪物は小さく言ったのだ。

 そして遺跡の裂け目から床の地下に落ちていった。


 僕は泣いているヒオを立ち上がらせた。怪我はしていないようだ―良かった。

 遺跡を地上に出る。岩場に座る。朝には、スキューバの船が僕らを見つけてくれるだろう。

 しばらくしてヒオは、

「怖かった―」と呟いた。泣き止んだようだが、まだ体は震えていた。

 彼女が怯え、震えることがあるとは僕は思えなかった。想像できなかった。だけど。彼女は今実際に震えていた。僕は立ち上がり、

「僕はお客様に、一辺の傷も入れさせません。例え相手が何であれ」

 僕の役職は守護騎士。絶対に守ります。そう海に叫んだ。

 ヒオは面を上げ、少ししたあと、立ち上がろうとして僕に右手を差し出した。

 僕が手を取った瞬間、僕は海に叩き込まれた。

「また引っ掛かった」少女は笑った。もう泣いてはいないようだ。

 僕が海からぷはっ、と顔を出すと、彼女は立ち上がり手を差しのべた。

 もう引っ掛かりませんよ、と言うと彼女は、少しむくれて

「じゃあ止めようかしら」と僕をぐいと陸に引き上げた。

 やがて朝を迎え、朝陽が海岸を照らし出した。僕らは島の西側に見えた船に向かって、二人で手を振った。

 イリー・リビンのクリスマスの朝が始まろうとしていた。


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