第二話 少女の気まぐれ 観光協会―街の酒場
「観光案内を依頼したいの」
彼女は、イノス君とアレレ君を指名するわ。と微笑んだ。
気がつけば彼女の後方に、アレルが縮こまって彼女の荷物を持っている。
「アレル!あの二人は、マディソン母娘は―」
「代理の職員が、無事に済ませた。問題はない。それよりも、それよりも、それよりも……」
アレルがぶつぶつと呟くのは似合わないな。それよりも?
「代金は、その分厚い請求書の肩代わりでいいかしら。ちょうどこの島の誇る至宝や文化財を、緩衝区のビルディングで展示していたらしくてね?」
ひぃっ!と、アレルは身を屈める。
「あなたたちの給料では、次の次のミレニアムまでかかるわね。さあ?」
アレルはガタガタと、支払いだけではない、何かとても恐ろしいモノに震えていた。
赤を含む茶髪。サイドテールにまとめ、化粧気は大してないのに美しい。
だが、彼女のサングラスの下にある、燃える様な三白眼が美少女という評価を台無しにしていた。
「名前を言ってなかったわね。私はヒオベリカ・オルコウジ」
「オルコウジ?日本語?ですか?」
「父が日系人なの。あなたは?」
アレルはまだ縮こまって震えていた。僕は真っ直ぐに、彼女に向き直って、
「イノス・シルバです。よい旅を、約束します」
小切手でいいかしら?彼女は、オルコウジさんは途方もない額の小切手を切って、カノアさんに手渡した。
「どうせ、父が脱税で得た金よ」
そう気安くいうが、僕らではミレニアムが2、3回きても稼げない額だ。
まだ震えているアレルが僕をつついて、
「俺たちの次の仕事は彼女の案内だが、なあ。これから!彼女が!この島を!出るまで!彼女の気が済むまで!彼女の下僕としてっ!一切の落ち度なくっ!従わねばならんらしい!」
「従わなければ―。どうなるの?」
「それは」
「考えないほうがいいですわ」小切手を書き終えた彼女は微笑んでいるが、目は笑っていないようで、
「よい旅を、期待していますわ。イノス・シルバ君?」
サングラスの下は、三白眼が燃えているのだろう。
観光協会を出ると、ポリネシアの夕陽はもうとっぷりと沈み、島の中央を走る三日月の丘の向こうへいこうとしていた。
「オルコウジさん。急な話で、僕らは何も知らされておりません。宿泊先や、今後の予定を教えてください」アレルが尋ねる。
「何も決めていないわ。宿泊先も、今夜の食事も」
「それは―」僕とアレルは横目を合わせた。
「あなたたちは普段、どこで食べてるの?」
「え?」僕が戸惑い、
「この島はポリネシアとはいえ、白人との混血が進んでおり、観光地としての整備も進んでいます」アレルは応える。
「ここからは遠くなりますが南岸のビーチには、フレンチから中華、寿司まで」
「そうじゃないわ。観光地としてでなく、あなたたちの食べ物が食べたいの」
「失礼しました。ならば―」
酒場ですが、洒落ていて、旨いパスタを出す店があります。そちらで夕食としましょう。
島の東部は行政や都市機能の中心で、その洒落た店は観光客でなく、仕事帰りの人々で適度に混んでいた。アレルは近辺のホテルに電話していていなかった。この店は常連の労働者ばかりで、観光客を狙う悪党もいないだろう。
彼女は僕を引き留め、相席を命じ、パスタが来るまでしばらく僕を見ていた。
「骨格は固い、太いものがある、筋肉も鍛えてある……」
「え?」
「一見小さいが、体がでかくなれば、並外れたりょ力を手にいれる……」
そういや、いくつ?
「あ、あの?」
「邪魔するぞい」
すえた臭いの老人が、真っ直ぐにカウンター席を陣取った。バーテンダーは露骨に顔をしかめた。僕もアレルのミスと不注意、僕らの不運に顔をしかめる。
老人は一番安い酒を頼み、ちびりちびりとやりだした。
オルコウジさんに、なんなの、あの人?と聞かれた。ひそひそと返す。
「あの人は酒場にきては一番安い酒で粘って、騒ぎを起こす酔客と殴り合う、鼻つまみもので」あまり関わらないべき人です。
ふーん。と彼女は老人を眺め、
「身体、ただの喧嘩屋でなく、適切に鍛えてある。筋肉量は減っていない。加齢はしても、多分腹筋は割れていて……ポリネシアンの、頑強な骨格は衰えてない」
「あの?」
「人種で言えば、ポリネシアンはもっとも屈強で、頑強で―」
彼女は席を立ち、
「なあ、おっさん」と声をかけた。
「えー!」
「なんじゃい」
すえた臭いの老人は、声をかけてきた少女を眺め、次に僕を見止めた。
「ほう、あの子か」
「……?…??」
「喧嘩、買ってるんだろ?」
私の連れと戦わないか?
「えー!」僕はまた驚いた。
表に出ようか―。
老人はそういうが、僕が戸惑うとオルコウジさんは、
「お前が来ないなら、私がやるぞ?私が傷ついてもいいのか?」
小さな騎士さん?と呼び、さらに僕を戸惑わせる。
「どちらでもこい。二人がかりでも構わん」
「ポリネシアンの屈強さ、見せてもらう」
「強いのならば、わしは加減などしらんぞ」
「女は屈強、女は烈強、女は最強なり」
「加減などいらんと」
「介護は要らないのね」
老人を倒す訳にはいかない。オルコウジさんはもう止まらない。
ならば。
ギャラリーが集まり、オルコウジさんから動いた―。チャンスは一度!
オルコウジさんの上段蹴りから、老人を庇い、僕は予想外の威力に崩れ落ちる。
かっはっはっ!と笑う笑い声と、オルコウジさんのことを思いながら、僕は倒れた。
島の救急車のサイレンが聞こえてきた―。