代行者 ラーメン
「今日の昼飯は何を食べるか」
今日はバーは休日で給料日。
シルバから貰った万札で私の懐はとても暖かだ。
「やはり、今日こそはラーメンを食べるしかないだろう! 結局、ダイエット後は食べられなかったしな!」
天気の良い道をスキップしながら、歩いて行く私。気づけばこの世界にもだいぶ慣れてきた。
柔らかな空気、澄んだ青空。
この世界に来るまでは縁が全くなかった世界だ。
「テンラ、奴は今何処にいる」
だからこそ思う。
もう帰れなくなってしまった世界と区切りをつける為に私はあの男を殺さなくては。
ユウヤ達から情報は入って来ていない。
どうやら、テンラの方が何枚も上手らしいが、
「それは、間違いなく嘘だろうな」
結局、私が対峙したのはあの夢の死霊術師だけだ。
だが、あれは夢と割り切るにしては現実味が過ぎたし、起きたら星羅が居なくなっていたことから星羅は管理者の1人だと思っていいだろう。
「それに、私の愛剣にも何らかの意味があるのか?」
シルバが漏らした、私の愛剣を狙っているということはこの剣には何かしらの手がかりがあるのかもしれない。
とはいえ彼らは意図的に私に情報を隠している。
私に手を出させないためか、若しくは自分達の世界は自分達で守るという意志の現れか。
これでは思うように調査など行えるはずがない。
「……悩んでいてもしかたない。先に飯を食べよう。腹が減っては気も散るからな」
ともかく何かしらの考えがあるのだろう。
最悪はシルバに直接訴えてみるか。
「しかし、今日はどんなラーメンにするか………って、ん?」
私は脳内地図を広げている先に、そいつはいた。川岸の土手で何かを拾っている。
「いやー! 春はいいよね! つくしや野草がただで食べられる! 今月仕送りカットされたから、もっと取らなきゃ!」
「何だあいつは」
気になった私が土手を降りて行くと、その栗色の髪をした青年はこちらを見て、
「あぁ! 君は!」
(何だ、私を知ってる? 管理者の1人か? いや、テンラの仲間か?)
「君も野草をとりに来たんだな! 悪いけど、僕の野草は渡さないぞ! 君に渡したら、僕の明日からのご飯は塩だけになるんだから!」
思わず、私はずっこけた。
何だこいつは? 馬鹿か? 馬鹿なのか?
大体野草は皆のものでお前だけのものではないだろう。
「はぁ、貴様のような馬鹿がテンラの知り合いな訳ないか。悪い、邪魔したな少年」
なんて事はないただの馬鹿だった。
無駄な時間を過ごしてしまったじゃないか。
「テンラ………? あぁ!? もしかして、スピーカー!?」
「誰が音響の器具だ! 私の名前はローラだって、どうして私の名前を知っている!?」
思わず、突っ込んでしまったが、同時に剣を呼び出し、奴の喉先へ突きつける。
さて、どっちだ? 管理者か? それともテンラの一味か!?
「ぼ、僕は『代行者』風桐礼央! 女神アマツ様の眷属で、このレイピアを作った人の眷属だって!」
その名前を聞いて、私は真っ先に思った事が1つあった。
「……お前のような馬鹿が、管理者で大丈夫か?」
「余計なお世話だよう!」
*
「昼ごはんゴチになります!」
「構わない。私も散々奢られたクチだ。好きなものを頼め」
結局、管理者であるというならば聞きたい事もあり、彼を私のお気に入りのラーメン屋に連れて来た。
「じゃあ、僕はこの大盛りチャーシューメンに餃子とチャーハン大盛りで!」
「本当に容赦ないな」
しかし、管理者もこれで8人目。無論、こいつも只者ではないのだろう。
丁度いい、少し誘導してみるか。
「しかし、やけに私も管理者と会うものだ。もしや、管理者達は私を見張ってるのか?」
「そんな訳ないよ、僕達だって暇じゃないし、数もそんなに多いわけじゃないしね」
「そうなのか? てっきり、お前のように優れた奴が百名くらいはいるものかと」
「嬉しいなぁ、そんなに褒めてくれるなんて。皆んなして、馬鹿馬鹿言うからさ、僕が馬鹿だったら、他の9人は何なんだよってね」
他の9人………なるほど管理者は合わせて10人な訳か。
今まで会って来たのが先導者、守護者、観測者、調律者、理解者、研究者、代行者、そして執行者。
「そうかそうか。私も管理者と全員会うまであと少しって訳だな。こうなったら達成してみるか」
「僕には難しいと思うよ? 真と星羅はもういないし、藍や真宵ちゃんは何処にいるか分からないしね」
藍に、マヨイか。確かにここ最近の中では聞いた事が無い名前だな。
帰ったら、シルバかセツナに聞いてみよう。
「何か問題があるのか? まさか殺戮者とか犯罪者だからか?」
「ううん、藍は『契約者』だし、真宵ちゃんは『探索者』だよ。ただ2人は結構神出鬼没だから会えない可能性の方が………」
そこまで言って、ハッとした趣でこちらを見てくるので私もにっこり笑って、
「情報提供ありがとう、レオ」
「………あぁ!! やっちゃったじゃないか! 皆んなして、そうやって僕を肩車に乗せるんだ! 騙すなんて酷いやい!」
「肩車じゃなくて、口車だろう?」
というか、何で異世界の私の方がこの世界の言語をちゃんと覚えているんだ。むしろ、お前は覚えておくべきではないのか?
「後これは純粋な質問なんだが」
「アマツ様の作った太陽剣がどうかした?」
私は机の下に愛剣を顕現させる。だがレオはそれを見なくとも、それが太陽剣である事を看破する。
その辺りはさすが、眷属と言っていいだろう。
「元々はイザベラ様が与えてくれた物なのだが、どういった経緯で作られ、イザベラ様の手に渡ったか、知っているか?」
そう、この剣は私が騎士団長就任した際、女神イザベラ様に祈りを捧げた次の日に、私の枕元に置かれていたものだ。
「確か……アマツ様はずっと前から他の神からこんな武器を世界に置きたいって言う依頼に応えてた筈だよ? そんな感じでイザベラ様に渡ったんじゃない?」
「そうかもな。しかし、私はこの武器の意味を知りたいんだ。イザベラ様がそういったものを与えてくれた話など私以外には世界では誰も、一度もないんだ」
それが私の頭から離れない。
この太陽剣『エリオス・アウローラ』は主に炎と爆発を司る剣だとされている。
だが私に与えたのは何故だ?
何故、炎の属性を持たせた剣にしたんだ?
「そこにイザベラ様は何かを私に託したんじゃないか? それが知りたいんだ」
「……うん、分かったよ。なるべく頑張るけど、失敗しても殴らないでね?」
「……頼んでおいて普通は殴らないだろ」
ともかく、レオは机の下の渡した剣に触れると微かに彼の腕が光りだす。これこそが彼の持つ『代行者』としての能力なのだろう。
「あー! そういう事!? なるほどなるほど!」
「何だ!? 何が分かったんだ!?」
「はいよ、ラーメンお待ち!」
手応えがあったような反応に私が詰め寄った直後、机の上に2つの丼が置かれる。
「気になる答えは食べ終わった後で! じゃ、いっただきまーす!」
何だか出鼻を挫かれたような感じだが、腹が減っていたのもまた事実。まずは食べてからだ。
フォークで麺を持ち上げると蒸気が広がり、良い香りが辺りに満ちる。
「ふーふー……ずずずーーーッ」
麺を勢いよく啜る。パスタと違い、もっちりとした縮れた麺はその縮れた部分にスープが溜まっていて、麺を啜るたびにスープの味が口一杯に広がっていく
音を立てて食べるのは宜しくないとばかり思っていたが、この料理だけは音を鳴らして啜ったほうがいいと聞いた時は、驚いたものだ。
「美味い」
シルバが良く使う醤油の味、それと肉で取った出汁のスープが汗ばんでに冷えてくる体にはとても温かく、気持ちが落ち着いてくる味だ。
麺は数回噛んで飲み込むのがいいと言われたが、本当にその通りだ。つるりとした食感は飲み込む時に美味しさを感じさせてくれる。
(煮卵に良く判らない茶色帯も美味い)
茶色に煮られた卵にはしっかりと味が付いていて、中にはとろりとした黄身があり、肉などが入ってなくても十分に食べ応えがある。
それに茶色いのは硬いと言うか、歯応えがしっかりしている。それでいて、甘く不思議な味がする。少し物足りないと思う量だが、これくらいの量が丁度いいのだろう。
「ぷはーっ! 御馳走様でした! それじゃっ!」
「待てコラ。貴殿の話はまだ聞き終わっていないぞ?」
食い終わった瞬間に立ち上がったレオを座らせ、私は水を飲みながら、話の続きを待つ。
「単にこの剣は君用に作られたってことだけだよ」
「知ってるか、レオ? さっきから嘘をつく時、お前の鼻の穴が広がっている事に」
「え!? マジ!?」
「嘘だ。だがお前も私に嘘をついていたな」
図星だとばかりに体を震わすレオに私はため息をつくと、レオは硬く閉ざした口をゆっくりと開いていく。
「この剣………どうやら君を封じる剣みたいなんだ」
「私を、封じる?」
「正確に言うなら、君の余剰魔力、性質を剣を介して安全に使う為の一種の制御みたいなものだよ。君の場合、炎の剣と認識してるけど、僕が使ってもきっと炎なんて出やしない」
「待て待て待て! 私は炎の魔力だなんて身につけた覚えはない! そもそも私は騎士団長で、騎士として………」
だがレオはいまいち納得がいかなそうで、私に対してある言葉を投げかけた。
「因みになんだけど、ローラさんって騎士団長になる前は何してたの?」
その言葉に、私はーー
「何をって………」
ーーその場から逃げ出してしまった。
*
「あの感じだと友哉さんが言ってた通りかなぁ」
レオは逃げたローラを追いかけるわけでもなく、ただのんびりと歩いていた。
「ーー君もそう思うでしょ?」
人気のなさそうな路地裏をだ。
「テン、ら、………テンラ? テン、ら、てんら」
振り返った先には女がいた。
いや、女だという存在すら投げ捨てたただの雌がいた。
体には服など着ておらず、魅惑の体つきはあらゆる男を誘うだろう。レオも勿論、例外ではないどころか特攻なのだが、
「君はーーイザベラだね」
それが堕ちた神だと言うのなら、話は別だ。
美しかった肌はくすみ、自由を奪われた事を表す様に首には犬の首輪がつけられている。
英知に溢れた瞳は視点も合わず、口からはだらしなく舌が出っ放しだ。
そこまで誇りを落とされた彼女に欲情するよりも、
「神喰において、君を食べる。もう、君が苦しまない様に」
彼が抱くのは神を蔑めたテンラへの怒りだ。
「テンラ、てん、てんら、らぁぁぁぁぁぁ!」
イザベラの叫びに答えて、彼女を形成する祈りが権能に変わる。
生まれるのはイザベラにとっての絶対領域、彼女が作り出す挑戦の決闘空間。
「えーっと、イザベラ様を形成する祈りは確か『新たな挑戦の成功』だっけ? 僕みたいな人が考えそうな祈りだよ」
新しく始めた事が成功しないという辛い現実から逃れ、自らが絶対的に報われる世界に行きたいのはレオだってそうだ。
テンラだってきっとそうだったのだろう。
「だから、彼女は彼を召喚し、ローラに力を貸して欲しいと願いを託したんだ」
けれど、彼はそれを反故にし、自分だけが得をする世界に変えようとした。
その結果、世界を崩壊させ、女神クロエから友哉に対し、依頼が来たのだ。
「神喰、発動」
レオの体が光に包まれ、迫りくる世界の改変に対抗する。彼の力の前には神はただの人間と変わりはしない。
「さようなら、人の歩みを愛した女神よ。貴方の最後の依頼はーー僕達が叶えて見せる」
大地を蹴り、レオの輝く拳がイザベラの胸部を撃ち抜き、核を握り潰す。
核を潰された彼女の体に崩壊の兆しが生まれだし、ただの願望として消え始めていきーー
『彼女に伝えて欲しいの、アマツの眷属』
最後の最後で本来の彼女に戻った女神イザベラは寵愛を授けた眷族へ向けて
『貴方は貴方らしく生きなさい』
僅かな願いを込めて、愛を謳う。
「必ず、伝えます。挑戦の女神よ。貴方と再び愛見える事を楽しみにしています」
それを受けたレオはただ、ただ頭を下げて平伏して
『ありがとう』
消えゆく彼女を見送ったのだった。
*
階段を雑に降りてくる音にシルバは彼女が帰還した事を知り、とびっきりの欲まみれの笑顔で出迎える。
「おっかえり〜ローラちゅわ〜ん………ってどしたの? 浮かない顔して」
「………シルバ、教えてくれ」
「おっけー! じゃあまずは俺が好きな体位はねぇ」
「ーーイザベラ様は私に何をしたんだ?」
瞬間、シルバの目から笑みが消えた。
そして、そのまま煙草を取り出す。
「ーー本気で知りたいのか?」
「ーーっく!」
同時に放たれるのは全身を刺される様な鋭い殺気。ローラは本能に従って距離を取るが、
「俺からは逃げらんないよ」
既に眼前には紫煙を揺らす彼の姿があった。
「なら逃げない。教えろ、シルバ。私にも知る権利があるはずだ!」
「おしえませ〜ん」
「ぐっ! こんな時にまで貴様のふざけた真似に付き合ってーー!」
「ーーそれがイザベラ様からの依頼だとしてもか?」
胸倉を掴み上げた私から逃れたシルバがそう告げる。薄暗い明かりに照らされた煙が惑わす様に揺れている。
「イザベラ様はお前に知られたくなかったんだ。それなのにお前は知りたいと本気で思うのか? 彼女の考え全てを台無しにしても?」
再び、シルバの位置が移動する。
初めて見たシルバの能力。移動系の能力に見えるが、実態が分からない分、恐怖が勝る。
「わかったなら、いつもみたいに美味しいものを食べてのんびりしとけ。イザベラ様もそれを望んでる」
「だが、私は、私は………」
「そもそもお前は管理者でも何でもない。だから、明かす理由もない。お馬鹿なレオから色々聞いたんだろうけど、あまいよ、ローラちゃん」
その態度からシルバは全てを知っているのだろう。だが、彼は語る気は無いのだ。
私とイザベラ様に関係していようと、彼の口が開く事はない。
「先に釘を刺すけど、俺は女の子には優しくするよ? 甘く切なく愛しくね。けど、女が上位だとは思っちゃいない」
その声は私の耳元に、冷たい金属の感触と同時に囁かれる。
「女の子で良かったね」
侮辱まじりのその言葉に私は肘打ちを彼の腹部に叩き込み、拘束を逃れて走り出す。
振り返った先にシルバは健在で痛みさえ感じてはいないが、追いかけても来なかった。
「あ、あァァァァァァァァァァァァァァ!!」
私は何処にもぶつけられない怒りを抱えて夜の中へ走り出した。
惨めにあがく、私を星の欠片はせせ笑いながら。