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理解者 イタリアン

「相変わらず、閑古鳥が鳴いているが……ようやくまともなご飯にありつける」


「来て早々失礼だが、同情するよ。シルバから聞いたぜ? 随分と質素な食事だったらしいな」


 見事体重が私の来た当初に戻り、だるんだるんだった肉たちもすっかり消えて、私は元の肉体を取り戻した。


 ただし、シルバからは口が酸っぱくなるほど、耳が痛くなるほどに食べ過ぎには注意しろと言われたのだ。


 その為、私はユウヤの喫茶店を訪れ、美味しい料理を所望したのだった。


「お水をどうぞ」


「ああ……見ない顔だな? 新入りか?」


 サービスである水を渡してきたのは最初に来た時にはいなかった人物。


 分厚いガラスの四角の黒眼鏡で豊かな墨のように黒い髪を三つ編みにし、私と同じくらい貧…無駄な脂肪がない美しい胸をした女性だ。


「はい、私は真白純恋って言うの。仲良くしてくださいね」


 ひざ下は長いスカートな上に、分厚いガラスから何だか壁を感じるし、野暮ったく地味な容姿ということもあって、パッとしない印象を受ける。


「そういや以前はアイリスがいたからな。今日は彼奴がいない代わりにバイトに入って貰ってんだ。純恋、こいつが以前言ってた、あれ」


「ああ、この方があの。でしたら、姿を偽る必要もないわね」


「は? 偽る? 姿を?」


 すると、彼女は眼鏡を外し、現れた透き通る青い目と共に指を軽く動かせば爽やかな風が優しく彼女の髪をほどき、胸元に手を入れた先からはサラシが取り出され、彼女本来の双丘が強調するかのように揺れた。


「改めまして、こんにちは、ローラさん。妖怪連合代表大天狗の娘及び管理者が1人、『理解者』真白純恋でーす!」


「お前も管理者なのか!?」


「はい、そうですよ〜よろしくね〜」


 先程までの地味な感じとは違って、優美さと奥ゆかしさを感じさせるのは彼女の纏う雰囲気が変わったからなのか。


「何故その姿でずっといないんだ?」


「私、人を見た目で判断する人が嫌いなんです。それにこう見えて妖怪のハーフということもあって、普段は人目を避ける為に地味な格好をしているの〜」


 確かに、それだけの美しさならば下衆な心持ちをしたような男ばかりよって来るかもしれないな。


「なるほど上部に騙されない人物としか友好的にならないという訳か」


「そうなんです。私は人との対話を持ってして、相手に寄り添い、『理解者』になりたいんだもの。見た目だけで寄ってくる人は私は嫌いです」


 ぷいっと首を横に向ける彼女は同姓から見ても可愛らしい。


「しかし、さっきから出てくる妖怪とはなんだ? 魔物の一種か?」


「まあ、そう思ってくだされば結構です。私の役目は人間社会と妖怪連合の仲を取り持つ事。人間たちによる開拓で居場所を奪われないように、妖怪達が人間に手を出さないように見張っているんですよ〜」


「その一環として彼女は普段はカウンセラーをやってるんだが、たまにこうやってバイトをしてもらってる。頻度は少ないがな」


「人に寄り添うことが好きなので」


 イザベラ様の世界は凄いな。

 魔物の一種が、人間社会に紛れ込んで平和に暮らす事が出来るなど。


 私達の世界では意見を聞く事すらせずに、斬り捨てるからな。

 魔族と人間など相入れる訳がない。


「さて、そろそろ昼飯の時間か。マシロ、ローラ、何食うよ?」


「でしたら、私はイタリアンを下さいな」


「いたりあん?」


「京都つか関西か………場所によって、ナポリタンって言う名前の呼び名が違うんだよ。つか、ナポリタンでいいの? パスタならカルボナーラでもペペロンチーノでも作るが?」


「ん〜違うんですよ。こう、高級店で食べるものではなくて、安っぽいけどどこか懐かしい……そんな味を私はお願いしたいの」


「それを俺に言うか、お前は。悪いが俺が作るとなると、どうしてもプロ顔負けになるぞ? シルバに料理を叩き込んだ俺が言うんだ。何なら、マシロが………」


 友哉は言葉の途中で私を見た。途端にいい考えが思いついたとばかりに私を台所側に手招きする。


「ローラ、お前も作れ。今は男も女も料理ができる時代。料理のひとつくらい覚えておかなきゃ、損するぜ?」


「ば、馬鹿か! 貴様は! 私に料理が出来るわけないだろう! 私は剣を振り続けてきた女だぞ! 今更、料理なんて!?」


「剣ばっかりじゃなくて、新しい事にも目を向けてみろ。そしたら何かみつかるかもしれないぜ?」


「む、確かに…新しい事に挑戦する事はいい事だが…!」


 第一、店の営業の役割にもまだ慣れていないんだぞ!酒場の店員はあんなに大変だったのかと、今更になって感心しているところだ!


「でもローラさんがパスタを作れるようになったら、シルバさんは喜ぶと思いますよ? 誰だって好きな女の子から、料理を作って貰ったら嬉しいはずだもの〜」


 瞬間、時が止まった。

 ユウヤはうわぁ…と言いたげな顔をしているし、マシロはあれ、何か間違えた?とばかりに小首を傾げている。


「ーーは? あ、あいつが私を好き!? あんなに毎回私の尻を触るような奴がか!?」


「なんかすまん、本当にうちの奴らがすまん。シルバはしばくし、マシロは後で言っとくから」


「え? でもローラさんの心の中では結構、好感度高めーー」


「断じて違う! 彼奴はあれだ! 単に毎日美味い料理と酒を作ってくれるし、話は面白いし、ダーツやビリヤードも上手いだけの伊達男じゃないか!」


「うんうん、マイナスな所がないね〜よっぽど好きなんだね、彼のこと」


「だから違ァァうゥゥ! くっ、こんな恥しめを味合わせるならいっそ、私を殺せぇ!」


「……よーし、材料は用意するからさっさと作るぞ〜ローラが哀れで仕方ないからな〜」


 だから、私は別に彼奴の事なんざ、好きでもなんでもない!



 *



 結局、うやむやにされたまま、私は猫の絵柄が描かれた可愛らしいエプロンをつけて、料理場に突っ立っていた。


「んじゃ、説明しながらやって行くぞ。まずはパスタを茹でる。大体、8分くらいでいい」


「少し、長めなんですね」


「うどんや蕎麦とは違うからな。次に茹でてる間に他の準備をするぞ」


 そしてユウヤは私の前にまな板とその上に置いた小さめの腸詰を差し出し、


「刃物の危険さはよくわかってるとは思うが、剣を振るうように振るなよ? 頼むから」


「そんなことはわかっている! そもそも私の剣は突剣だ! 主に突きを重点的にーー!」


「ひとまず切っていきましょうよ。私も手伝いますから。後ろから支えましょうか? 1人で出来るかな?」


「貴殿は母親か! 見てろ、騎士団長、舐めるなァァ!」


 私は包丁を渡され、つかを両手で持ち、そのまま振り下ろす!


「「何してくれてんのぉぉぉぉ!?」」


「えー切れたんだからいいだろう?」


 腸詰は半分に切れているんだ。

 何も文句はないだろう?


「だめだこいつ、完璧に料理を舐めてやがる」


「私も洋食は苦手だけど、ここまで酷くはないかな〜」


「何故、そんな出来の悪い子供を暖かく見守る目をしてるんだ、お前ら」


 その後、私は包丁を撮られてパスタの湯加減を確認する役目と2人の料理を見て覚えるという仕事を任された。


「ウインナーは斜めに切って、玉ねぎは繊維に沿って薄切り。ピーマンはできれば輪っかが残るように切っていきたいところだけど適当でもいいや」


「縦半分に切って種取り除いて薄切りでいいかな?」


「それでオッケーだな。まぁご家庭料理だし」


 慣れた手つきで物事を進めて行くユウヤ、その域に達するまでどれだけの経験を積んだと言うのだ。


 私の手ではあれほど器用な真似はできまい。

 私が剣を振るった時間だけ、彼奴は鍋を振るったのだろう。


 同じだけ鍛えてきたはずの技術で彼奴はそうやって店に来た人達を笑顔にしてきた。

 だが私の剣は誰も守れず、全ての人から笑顔を奪った。


「なーんて、気に病んじゃ駄目だよ?」


「は!? な、何のことだ?」


「貴方の剣は誰も守れなかった訳じゃない筈よ? 貴方の剣は確かに守ってきた人の思いでできている。そして、それを握る貴方も」


 まるで私の心を読んでいるかのような内容に、私はーー


「貴方が感じる悔しさも、怨みも辛さも、そして貴方が人を助けた強さも優しさもぜーんぶ、貴方だけのものよ? だから誰かと比較する必要なんてなくて、貴方なりのやり方で前に進めばいいの」


 ーー気づけば涙を流していた。


「泣いていいのよ、私がぜーんぶ受け止めてあげるから」


 私の目から涙が止まらない。感情の赴くままに溢れ出したそれはスミレの胸元に吸い込まれていく。


 暫くの間、私はそうやって泣き続けていた。



 *



「……取り乱した。すまない」


「いいんだよ、泣けるってことはそれだけ余裕が出来たって事だ。来た当初の荒んだ目に比べれば、涙目の方がマシだからな」


 ユウヤは笑いながら鍋を温めてバターを溶かしておく。これがソースの元になるらしく、切ったウインナーを入れて、じっくり火を通す。


「……あり? 火が弱いな。悪いローラ、鍋持ってくれ」


「あ、ああ、わかっーーわあっ!?」


 ガスの調子を確かめに行くためにユウヤと私が鍋を変わった瞬間、鍋から溢れるほどの勢いで炎が昇りだす。


 慌てたスミレがすぐに火を消した事で炎上する事はなかった。


「あー久しぶりにやったな」


「何だ、今の原因わかんの?」


「昔から、感情が昂ぶると炎の制御が出来なくてだな。太陽の剣を持っている影響なのか、定かではないが、時折やるんだ」


 イザベラ様にも気を付けろと言われていたな。貴方のそれは国を滅ぼすかもしれないんだから、気をつけなさいって。


「まあいいや、火がつくなら次は肉汁で軽く膨らんできたら玉ねぎ入れて、少ししんなりしたらピーマンだな」


「これだけでも美味そうだな」


「ただのバター炒めだけどな。そしたら塩胡椒してケチャップと顆粒コンソメを入れて、酒をさっとふりかける。これで結構味が馴染む」


「こうやって作るんです?」


「酒に関しては俺のオリジナルだけどよ。煮詰まっちゃうから少し緩くしてやりたいんだ。でも酒もスパゲティも穀物の旨みがあるから馴染みやすくなると思うぜ?」


「確かに煮詰まっちゃいますもんね。元々濃い味のケチャップが煮詰まると思うとゾッとします」


「で、酒入れて一回沸騰したら一度火を止めて馴染ませておく。っていってもだいたいこのあたりでスパゲティが茹で上がるから、それをそのまんまフライパンに入れてさっと和えて完成だ。あとは粉チーズをたっぷり振りかけて食ってくれ」


 そこからまるで魔法のように手際良く、片付けると全体的に赤いが野菜の緑、チーズの黄色などの艶やかな色が混じるパスタが自分の前に置かれた。


「よし、完成。熱いうちに食おうぜ?」


「いただきます」


「いただきます……こ、これ! この味です、この味です!」


 スミレに合わせて口に運ぶとまず感じたのはトマトの甘さ。お世辞にも今までのものに比べれば子供っぽい味付けといえるが……


「何だか、懐かしい味がするな」


 私には語れるような幼少期がない。

 けれどこのパスタは何故か郷愁を思い出させるような美味さがあった。


「懐かしい……小さい頃駄々を捏ねて、父様に人間の麓まで食べに行った事を思い出します」


 色合いもいい、ピーマンの緑が映えて。チーズともよく合う。少ししか入ってないウインナーがまた宝物のようで私はらしくもなく、探してしまう。


「少ししか入っていないから特別感ありますよね。私も子供の頃は一生懸命探したな〜」


「少ししか入ってなくて悪かったな。っていうか、それがいいんだろうが」


「まぁそうですが。ゴロゴロ入ってたら逆に興醒めかもしれないです」


 ケチャップだけの味なのにとても満足感があって。口の周りをベトベトさせながら私はそれを頬張っていく。


「ある意味家庭の味だよな。何分、ケチャップって子供大好きだもんな」


「奏君もオムライスとか、ナポリタン大好きですよね。彼、子供舌ですから」


「彼奴は亡くなった姉ちゃんが作ったから大好きなだけだろうしな。それより、ローラ? 美味か?」


「ああ、とても美味かった」


 苦味も酸味も、甘さも全てを内包した料理が今の私の気持ちを表してあるかのようで。


 懐かしめるような、もう帰る場所もないけれど、私はそれを一生引きずって歩いていく事に決めたんだ。


 例え、テンラを倒してもそれは変わらない。

 私は新しい世界で歩いていくのだから。



 *



「ーーここか」


 その女は夜に紛れた格好で、森の深くへ進んでいく。


「『サバトは預かった。返して欲しければ1人で来い』ふん、本当に1人で来る馬鹿がいるはずもないだろう」


 女はある盗賊の団長だった。

 今では廃業しているとはいえ、自分達もやっていた事だ、対策の立てようなど幾らでもある。


 自分の他にも双子錬金術師の片割れがいれば物量戦に入ってもサバトを抱えて、脱出するのは容易いと、


「ーーこんばんは」


 ーーその時までは本気で思っていた。


「お前か、私をここに呼んだのは」


 目の前にいるのは薄紅色の和服に身を包んだ、声色からして女。簪で髪を結い上げたその女は天狗の仮面を顔につけて、下駄を鳴らしている。


「はい。サバトはまだ無事です。それではまずはお話をしましょう。真君も言っていましたが、対話っていうのは特に重要でーー」


「生憎、主様の方針でな、脅迫してくるような奴に話す内容はない。サバトと太陽剣を渡してもらうぞ?」


 女が投げたのは黒塗りのナイフ。闇夜に紛れたそのナイフは寸分狂わず、女の胸元に吸い込まれていき、


「でーすーかーら、お話をしましょう? 私は貴方を理解して差し上げたいんです。何故貴方がこんな事になってしまったか、それを教えて下さい」


 瞬間、彼女の姿が目の前から消え、同じ声が自らの背後から聞こえてきた。


「ふん、少しは出来るようだな。だが盗賊団首領カスミが何も対策をしていなかったとでも?」


「対策ですか? それに何故ローラちゃんの太陽剣を狙うんです? 教えて下さい」


(教えるわけあるか、それよりも既に錬金術師により、ありったけのゴーレムが貴様を囲んでいることなど気づいてはないようだが)


「ふむふむ、ゴーレム作成の錬金術師さんがいるんですね。良かった〜こっちも保険をかけていて、正解でした」


「なっーー!?」


「私は『理解者』ですよ? 他人を理解するのは当たり前のこと。本来なら対話を持ってして、理解したいんですが、貴方は話してくださらないようですから」


(読心術士………! ぬかった! このままではテンラの位置も! 太陽剣の意味も!)


「勿論、テンラ君はそこにいるんですね。太陽剣は………なるほど、中々に面白い事実です。では聞こえますか? この声が」


 自らの考え全てが見抜かれたカスミが焦りを浮かべる中で、スミレが耳を傾けるが、聞こえるのは虫の声だけだ。


「どうやら貴方のお仲間さんは私の仲間に捕まったようですね、可哀想に、よりによって彼女に捕まるなんて」


「何を、言って? というか、お前は何だ、何をした! 何をさっきから!」


 自らの心は読まれ、目に見えない速度で動き、更にはそれが真実だとするならば何という耳の良さ。


 その返答にスミレは懐から取り出すは、青に近い紫の花が描かれた瑞々しい美しさを誇る扇子。


「良くぞ聞いてくださいました。お初にお目にかかりますは自然から生まれた妖怪、それを纏める連合代表の天狗娘」


 バッと開かれた扇子を口元に持っていき、天狗の仮面を外した下は明るく、魅力的て僅かに赤い笑顔があった。


「性は真白、名は純恋。人呼んで『理解者』真白純恋でございます。以後、お見知り置きを」


「何が妖怪だ、何が理解者だ! テメェなんざアタシは理解できねえよ!」


 飛び出したナイフが正確無慈悲に急所へ飛ぶが、スミレは開いた扇子で、ただ煽ぐ。


「ーーはっ?」


 それだけで、ナイフは見当違いの方に吹き飛び、カスミの体を襲うのは彼女を吹き飛ばすほどの突風で。


「天狗には神通力がありまして、本来なら六神通あるのですが人間とのハーフである私には3つしか使えません」


「何つー速さだ!?」


 風に煽られ、森の木に当たりながら吹き飛ぶ彼女にスミレは下駄などという足場が悪い状態で並走しているのだ。


「1つはこの神足通。思うままに天地をかける神足で」


(いくら早くても、不意を打って仕舞えば!)


 カスミの手から飛び出した風魔法が近づいたスミレの眼前に飛んでいくが、彼女はわかっていたように枝を掴み、空中で前転するようにかわす。


「2つ目はこの他心通。相手の心の声が聞こえます」


(そうだ、こいつは考えたら駄目だ!)


「3つ目は天耳通。遠くの音が良く聞こえます。罠を仕掛けていようと無駄ですよ? 起動音で分かっちゃいますから」


 カスミが動かしていた指先を止める。事前に仕掛けていた罠を動かそうとしていたからだ。


(ひとまず逃げるしかない!)


 自分との力の差を感じたカスミは手元の罠を全て起動させ、逃走に入る。

 ただでさえ、場所は相手が有利なのだ。戦うよりは逃げる方がまだ可能性がある。


 風魔法を使って必死になって逃げる彼女がチラッと後ろを向けば罠に足を取られて、まだ彼女は追って来なかった。


 カスミも元はといえば、盗賊なのだ。

 万が一に備えて逃走ルートは確保している。


「ん〜随分と遠くに行っちゃったな〜仕方ない、ひさびさにやりますか!」


 対するスミレは追いかけるわけでもなく、扇子を広げて、横なぎに構える。


「風華一太刀」


 小さく紡がれたその言葉と共に目には見えない刃が横薙ぎに一閃するが、森の木をすり抜けるような風となって目標に接近。


「抜刀」


 そしてその風がカスミに当たった直後、彼女の片足が太刀のような斬撃で切断される。


「ぎゃあァァ痛いィィィィィ!」


「天狗の羽団扇と呼ばれるほど、私たちは風の扱いに長けています。貴方が素直にお話ししてくれればこんな事にはならなかったのに」


 バランスを崩し、枝から地面に叩きつけられたカスミを天狗の娘は、悲しそうに見つめ、側に降りてくる。


「た、頼む。殺さないでくれ…!」


 カスミは恐慌のまま、純恋の前で命乞いをする。


「殺しはしないよ? それではお話をしましょう!」


(た、助かった。こいつが殺しを好むような奴じゃなくて)


「そ、そうだな。だがまずは治療をさせてくれ」


 純恋はそれを満面の笑顔で受け取ると、彼女の前で足を崩し、楽な体勢になる。


 内心、安堵したカスミだったが、流れ出る血を止めないと、遅かれ早かれ死ぬ事に気づき、純恋に訴えた。


「治療はしないよ?ーー貴方の事が理解できるまで」


 同時にそれが取り返しのつかない過ちだと気付いた。


「ま、待て! 治さないと私は死ぬんだぞ! 理解する前に死んだらどうする!」


「え〜だけど貴方の人となりを理解しなくちゃ、治しても襲い掛かる可能性はあるでしょう? 貴方だって急に知らない人からお金を貸してと言われて貸しますか?」


 最もらしい事を言ってはいるが、破綻している。


 つまり、この女は目の前で人が困っていようと相手を『理解』出来なきゃ見殺しにするんだ。


「じゃあ、お話をしましょう! まず、私の名前はーー」


 カスミはその話が死刑台への階段を登る、自分の足音に聞こえたのだった。

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