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調律者 ハンバーガー

「………やはり、おかしい」


 私はある疑問に直面していた。

 今の今まで何故、疑問に思わなかったんだ………


「くっ、巧妙に隠されていたとは!」


 私は自らの不注意に崩れ落ちる。

 今の今まで、私は騙されていたのだ、目先の料理に囚われて、本質を見失っていた。



「美味しいものはーー太る!」



 私は自慢ではないが、どんな戦場でも駆け抜けられる牝鹿のようなしなやかな体つきをしていると思っている。


 無駄な贅肉(胸部含む)など私の体にはあらず! 

 細く、美しく、女を捨てたとはいえ、美貌に陰りはない!


 しかし、今日奴は無情にも告げた。


『へーい、おはよう、ローラちゃん。朝からいいお尻っ』


『き、貴様! 毎回毎回飽きもせず………おい、どうした?』


 毎度のごとく、私の桃のような尻を撫でたシルバがそのまま手を閉じて、開きながら。


『いや、ローラちゃんさぁ………太った?』


『本当に死ぬか、貴様?』


 私の連続突きを歯牙にも掛けないシルバに憤りを感じながらも仕事を終えた私は、与えられた部屋に戻り、姿鏡を見れば、


「………………」


 二の腕がむちっとしていた。

 お腹はぽてっとしていた。

 お尻がぷりっとしていた。

 胸はぺったんこだった。


『ま、まさかな………たまたまだ。そう、真世界に来たせいによる重力の変化で肉がたるんでいるように見えるだけだ、断じて太っているわけでは………』


『なら、体重測ってみる?』


『貴様は当たり前のように部屋に入って来るなッ!』


 シルバを手近にあった金貨の袋で撃墜し、彼の手から転がった魔道具が音を立てて転がる。


「ぐぐぐぐ………」


 そう、私の目の前に鎮座するのはこちらの世界で自らの重さを測る魔道具のようなもの、こちらでは機械と呼ぶようだが。


「少なくともユウヤの所で測った時より………」


 異世界から来訪した際の情報として、診断された時より数値が跳ね上がっているのは嫌でも理解できた。


「おぉ、ローラちゃん。めっちゃ体重増えてんね。10kgは堅いね〜でも俺はむちっとした女の子は大好物だぜ?」


「貴様はッ! さっきからッ!」


「はっはー、止まって見えるぜ」


 私の拳をしっかり見切って避けるシルバの実力に内心畏怖を抱きながらも、現実となって形になったそれは私の心をずたずたに引き裂いた。


「しかし、なるほど。要するに異世界人たちはこっちの食事に耐性がないんだろうな。だから、歯止めが効かない上、質素な味付けしか知らない人達が濃い味を知ってしまえばやめられなくなるのも無理はないか」


「ぐぐぐぐ………お前たちには分からんだろう! 私の世界は食事なんてものは発達していなかったのだからな! 調理法など、焼くか煮る、または素材のまま召し上がれ〜だぞ!?」


 シルバ達が当たり前のように使っている調味料など王族の筆頭料理人しか使えない高級品! 出汁なんて概念はあるどころか、そもそも味がしないものばかり!


「いや、まあね〜ローラちゃんのいた世界が戦争真っ只中で料理が発達しにくい環境下だったとしてもこれはないわ〜」


 シルバの駄目だしと共に私のぷにぷにお腹が触られる。確かな満足を表すかのような贅肉の塊に私は本格的に覚悟を決める。


「私は痩せる! 必ずあの美しい肉体を取り戻す為に! 協力しろ、シルバ! そうすれば貴様の失礼極まりない真似は流してやる!」


「ならまずは食生活を改めたほうがいいぜ。カロリーを抑えめにして、野菜中心に三食食べて、いつもローラちゃんがしてる毎朝のジョギングを続ければすぐに痩せる痩せる」


「な! じゃ、じゃあ、私が今日食べようと思った『背脂ギットリ三郎ラーメン』は!?」


「禁止に決まってるだろう? ダイエット期間禁止なんだから、我慢しろって」


 シルバの言葉は私にとって騎士団から暇を頂くこと、もしくはイザベラ様から見放されたに等しかった。


「ふぅぐ………ふぎぎぎぎぎ………う、っ………わ、わかっだっ」


「そんなに嫌か」


 嫌に決まってるだろう! 毎日テンラを探し続け、すり切れた精神を癒してくれるのは美味い料理だけと言うのに!


「食事制限と運動、これさえしっかりやればすぐに戻るから、それまでの辛抱だぜ? ローラちゃん?」


「………………1日1回くらいなら!」


「諦めろ」


 こうして私の徹底しただいえっと生活は始まったのだった………はぁ




 *




「うぐぐ……美味しい食べ物が私を誘う」


 川岸を全力で駆け抜けながら、邪な野望を脳内から弾き出す生活は3日が過ぎた。


「毎日毎日、新鮮な野菜を食べられるのはいいが………もっと濃い味のものが食べたい」


 シルバの野菜中心の料理はめちゃくちゃ美味い。

 きのこや野菜、海藻とやらを中心にしたワショクとやらは食べたことのない食感が素晴らしい。


「だが私は気付いてしまったんだ………っ! カロリーが高い食べ物は旨さの度合いに繋がっているのだと!」


 例えば背脂たっぷりラーメン。あの濃厚すぎる動物の匂いとしっかりとした麺の相性は抜群だし、とろとろに蕩けたチャーシューを山盛りにして食べるとなお良い。


 または焼きたてでじゅうじゅうと音を立てるピザ。

 皿の上いっぱいに乗せられ、平たく伸ばされた6つに切り分けられた、パン。


 その上には熟したトマトを使った甘酸っぱいソースと細かく刻んだタマネギ、その上からさらにチーズと燻製肉、細切りにしたピーマンが乗せられたものを口に運べば、たちまち虜になってしまう。


 それを深夜に食うと更に背徳感からか私の味覚が目覚め、脳汁が迸るほどの快感を味わえるのだ。


「うう………いかん、腹が減って来た。シルバから、昼飯代を持たされているが、高カロリーのものを食うわけには………」


 しかし、極度の空腹を訴えるお腹は私の指示を受けずに油が滴る肉の塊や生クリームと卵が混ざり合う黄金のパスタに惹かれていく。


「駄目だぁ………今、食べてしまえば制限なく、食べてしまうぅぅ………耐えろ、ローラ。貴様は戦時は草の根を食ってでも戦い続けた女だろうがぁぁ」


 動かない脚を殴りつけ、お野菜いっぱい昼ごはんと書かれた店へと言う事を聞かない脚を引きずっていく。


「よ、よし、何とかたどり着いた。私の勝ちだぁ!」


 ふ、はは! 遂に私はたどり着いたのだ! ここまでくれば安心だ! 腹さえ満たされればもう何も怖くはーー!


「あぁ? テメェは確かーー」


 だが、そんな私に声をかけたのは中性的な人物。

 月の光を形にした銀の髪は襟足が長めで首元が細く見えるせいか華奢な雰囲気を与える。


「ローラだっけか? 友哉さんが言ってた異世界人ってのは」


 だが身体の動かし方で分かる。ゆったりした大きめの上着を羽織ってはいるが、重心や足の運び方から間違いない。


「ここであったのも何かのご縁ってワケか………おい、アンタ、腹減ってんなら飯食わねえか?」


「あ、ああ。構わないぞ」


 紅蓮の両目から感じる圧力。間違いない。

 この男、私に匹敵するーー剣士だ



 *



「ほら、ここも間違ってる。何回言えば分かるんだよ?」


「し、仕方ないだろ! 数学は苦手なんだから!」


「勉強教えてほしいって言ったのはそっちの方だろ? 志望校のレベルを上げるから、苦手を得意にしたいって」


「仕方ないじゃない………一緒の志望校に行きたいんだから」


「なんか言ったか?」


「何でもないわよ!」


「はぁ………尊い」


「さっきから、何をしているんだお前は」


 私の前に現れた男は名前を調律奏と名乗った。

 やはりと言うべきか、『管理者』の1人のようで『調律者』という名があるらしい。


「ばっか、見て分かんねえのか? 見るからに片思いしてる女の子は古い付き合いの男の子と一緒の学校に行きたいが為に必死に努力する……かぁぁ! なんて素晴らしい光景なんだ! 着いて来て良かった!」


 しかし、カナデは席に座るや否やすぐさま窓際の席にいる男女の2人組を見ては気色悪い笑顔を浮かべている。


 しかも、この店に入ったのも奴らを追いかけての事だったとは………この男、本当に管理者なのか?


「んな疑惑に満ちた()を出してんじゃねえよ。そんなに俺が、気になるかァ?」


「何のことだ?」


「ほらまた動揺したな? アンタが幾ら言い繕うと俺の前じゃ、全部無駄な足掻きだ。テメェは正直に対応してりゃあいいんだよ」


「………分かった。素直になろう、それが貴殿の能力か? 嘘を見抜く力か、心を読み取る力と言ったようだが」


「ハッ、んな代物じゃねえよ、コレは。テメェ相手に明かすつもりもねえ。聞くなら別の話題にしな」


 何というか今までの管理者とは違うな。基本的に人を嫌っている? いや、()()()()()()()()()()()()


 どっちにしろ、私の思考は殆ど筒抜けなのだろう。なら、素直にどんどん言うべきだ。


「貴殿は剣士か?」


「そんな大層なもんじゃねえよ。人を殺すのに持ってこいだから、学んだだけだ」


「ーー何だと?」


 人を殺す為に剣を握ったというのか………なんて、悪辣な考えでその才能を生かしてしまうのか。


 管理者というのはこの世界を守る為に立ち上がった者たちじゃないのか!


「ふさげるな! この才能なら、誰かを守る為に剣を持つことだって出来たんじゃないのか!」


 私はテンラによって殺された者達の姿が脳裏を過り、思わず頭に血が上って立ち上がってしまう。


 そんな私を見て、カナデの顔に陰りが差し、私の熱が一瞬引いたのを感じて語り出す。


「自惚れんな、テメェも俺も同じ穴のムジナだろうが。結局綺麗な信念抱えてもどうせ、大切なものは全部落っことしちまうんだからな」


「………同じだと?」


「テメェの話は聞いた。大事なもん、全部失っても立ち直れるその強さ、俺は尊敬に値する。俺には到底無理なこった………」


「まさか貴殿も大事な人を………?」


 カナデの目が鋭くなる。

 まるで憎き相手を呪い殺すように。


「……俺を狙って、俺の家族が巻き添えになった。俺のせいで何の罪もねえ家族が犠牲になった。あの日以来、俺は『幸せ』なんてもんは遠く離れたものになっちまった」


「………………」


「それ以来、俺は善と悪を楽器の調律のようにに整えて均衡を保つ『調律者』になった。テメェはどうだ? テンラを斬り捨てた先に道はあるか? テメェは俺みてぇにはなるな、話は以上だ」


 カナデはそれ以上は口を閉ざした。

 語りたくはないのだろう。


 つまり、彼が人を殺すのに学んだ剣と言うのはきっと犯人をこの手で殺すための………


「お待たせぇ! 当店特製スペシャルバーガーセットだ! 熱い内に食ってくれよな!」


 だがそれ以上の思考は目の前の料理が中断させた。


 まず、皿の上に盛られているのはたっぷりのジャガイモの揚げ物であるフライドポテト。


 どうやら味付けは塩のみであるそれは、揚げたての熱々で、皿の隅に置かれたトマトソースをつけても良さそうだ。


 皿のそばに置かれたのは、ガラスの杯に注がれ、木でも金属でもない不思議なもので出来た筒が刺さった、黒い飲み物だ。


 珈琲では無さそうだな、むしろ冷やされたエールに近いかもしれない。


 そして、フライドポテトと同じ皿にどっしりと置かれているものこそ、メインの料理であるハンバーガーと呼ばれるものらしい。


 表面に香ばしい匂いがする何かの種を散らして軽く焼いた白パンに、肉や野菜、そしてチーズに色々なソースを挟み込んだ料理。


 味わなくても分かる。コレは絶対美味い奴だと。


「あァ? 食わねえのか?」


 しかし………私にはコレは食べてはいけない理由がある。


「シルバから言われてるんだ………高カロリーなものは食べてはいけないと………痩せるまで我慢だと」


「ハッ、そんなことかよ。気にすんじゃねえ、いいか?」


 泣き崩れた私を前にカナデはポテトを摘むと


「いいか? じゃが芋は野菜だ。つまり、低カロリーだ」


「そうなのか!?」


 次に奏はガラスの器を持ち、


「次にこの飲み物。これは炭酸って言って、空気中に泡が抜けていく。だから、ゼロカロリーだ」


「素晴らしいな! じゃあ、まさか!」


 最後に私の顔ほどあるハンバーガーを手にして、


「そう、ハンバーガーも肉を野菜を挟んでいることにより生まれた低カロリーパワァがパンにも浸透し、低カロリーになる」


「なるほど! つまり、これらの料理は!」


「そうーーダイエット料理になり得るんだ」


「そうか! やはりイザベラ様の国だ! 食べても太らない料理があるとは!」 


 ならば何も問題はないな! 

 私は何の躊躇いもなく、目の前の料理を食べようと向かい合うが、


「ん? 食器はどこだ? ナイフやフォークは?」


 食器がないことに気付いた。なんて事だ、楽園は目の前だというのに、私にはまだ……踏み入ってはいけないというのか!


「バーカ、ナイフとフォークなんざいらねえよ。豪快に手掴みで行け、手掴みで」


 カナデは包紙で器用にハンバーガーを持ち、そのままかぶりつく。

 私も真似して、かぶりついて見れば


「はぁ………うっま………」


 私は勘違いしていた。この料理は野菜や肉を均等に食べるものだと。

 だが違った。このハンバーガーとは肉を食べるための料理。


 様々な材料に囲まれ、それでもなお圧倒的な存在感を持つハンバーガーの肉が私の舌を襲う。


 細かく刻み、再び固めて焼いた肉はあっさり噛み千切れるほど柔らかく、噛み締めると肉の旨みが一気にあふれ出す。


 脂を含んだ、シンプルに美味い肉汁。味付けは塩と何かの辛い香辛料くらいであると言うシンプルさが、肉そのものの味を引き出している。


 それをまろやかなチーズと甘酸っぱい後味が包み込み、野菜の僅かな苦味さえもを一体化させて、1つの料理へと変えている!


「さて、お次は……この黒い飲み物を」


 ガラスに注がれたものを口にすると、口の中で何かが爆発したように思えた。

 エールよりも濃いその泡の勢いが後から来る様々な果実の類を重ね合わせた甘さを爽やかなものへと変えている。


「最後にこのじゃがいもの奴を」


 最初にこちらの世界でじゃがいも料理を出された時は驚いたものだ。

 私達の国ではじゃがいもは不作の土地でも作れることから、よく蒸した芋が食卓に並んでいたものだ。


 しかし、味は、雑としか言いようがない。

 何せ、調味料は使えず、泥臭さは抜けてもいないものばかりで腹を膨らませるためだけに口に入れていたようなものだ。


 それに比べて、シルバの芋料理はとても美味かった。ならば今回のも期待をしていいだろう。


 私は黄色く細長いそれを口に運ぶ。

 すると外側のカリッとした食感は熱々でほろほろと口の中で溶け、味付けは基本塩のみ。


「だがたまらない! 病みつきになる味だ!」


 私達の常識ではこんな芋如きに油など使わない。本来、油は書物を読むためや戦場で熱した油をぶっかける以外に使い道を見出せなかったのだから。


 だがこれは違う。この黄色く細長いポテトに雪の様に白い塩を振りかけただけだというのに、


「これはもはや、人類の財宝……歴史に残すべき宝だ」


「んな、大袈裟な」


 カナデはそう言って、最後のカケラを口に放り投げると荷物を持ち、席を立つ。


「もう行くのか?」


「ああ、ちょっとな。代金は払ってやる、じゃあな」


「そうか、またな」


 私は何だか奢られてばかりだなと思いつつ、おかわりを求めて財布を漁るのだった。



 *



「……よ、また来たぜ」


 ローラと別れた奏は今、ある人達が眠る墓石の前にいた。綺麗に花を入れ替えて、墓石を磨きあげると、線香を上げて手を合わせる。


「今日は噂の食いしん坊に飯を奢ってやったよ。姉ちゃんが言ってたように人に優しくを体現してさ」


 そこにいた彼はさっきまでとはうってかわって静かで儚げだった。


「他には最近始めたソシャゲに変なAIが住み着いたこととか、勇未の料理が美味いとか……いつも見たいなありきたりな話ばかりだよ」


 今にも消え入りそうな声で話しかける彼は今日あった事を、辛そうな表情で語っていく。


「今日も俺は『幸せ』だった……本来なら許されないはずなのに……」


 そこまで言って、彼は後片付けを始める。慣れた手つきで柄杓と桶をかたすと、また来る、と言って墓地を後にした。


「目標を補足、これよりルナが断罪する」


 瞬間、大量の光線が光速の領域で飛来し、奏へと天嵐のように降り注ぐ。


「目標沈黙。犯罪者ローラと行動を共にしていた男は断罪が完了しました」


 それは女だった。ただし人間ではない。

 彼女の周りには光の粒子が浮かび上がり、煌く体が女の形をしているだけだった。


「これより情報収集に入ります。対象は殺害していますが問題はーー」


「ーー随分と手荒い歓迎じゃねえか、あ゛あ?」


 女の切れ長の目が開かれる。土煙の中、爛々と輝くの流してきた血で染められたかのような紅の眼。


「貴様、どうやって!」


「どうでもいい、テメェみてえな三下に答える言葉なんざねえよ」


「ーー貴様ァァァァ!」


「ーーもういいよ、テメェはここで死ね」


 瞬間、奏の掌に浮かぶ光芒が一筋の閃光となり、体を貫く。

 だが光が貫いたのは光の粒子となった女体であり、傷はおろか汚れさえない。


「ふん、光そのものみてぇだな。異世界勇者の女ってのはどいつもこいつもテメェみてえな気色悪い奴らばかりなのか?」


「貴様には理解できぬか。我こそは光の上位精霊! ローラのようにイザベラ様の思考を理解できない悪党とは違う!」


「ハッ、テンラの雌犬風情が一丁前に番犬気取りか? 飼い主様のしつけはよほど下手らしい」


「番犬? 言い得て妙だな。私はテンラという絶対的正義に逆らうものへ食らいつく番犬だ! テンラに逆らう悪は全て私が裁く!」


「そりゃ、ご苦労なこって。で? 現在進行形で片手くらい人を殺した犯罪者を目の前にして、感想は?」


「やはり貴様は悪党か! ならば私が正義の番犬として貴様を裁いてやろう!」


 ルナの体が輝きを増す。まさに善の体現者、光の者だと言わんばかりの彼女の姿に、


「ひゃはっ………ヒャハハハハハハハハッ!」


 奏は笑い出す。あまりにも愚かな光の立場に立つ者に。


「悪を齧るのがそんなに大好きか? ヒーロー様よぉ」


(空気が変わった!?)


「なら目の前に立つ俺に齧り付いてみろ! テメェらが望んだ悪党がここにいるぞ! 闇に落ちた断罪されるべき犯罪者がなァ!」


「ーーッく」


「それが出来ねえんなら、テンラの○○○でも咥えていやがれ! 先走り汁だらけの薄い悪の味がするはずだけどなァ!」


「ーー貴様とテンラを一緒にするなァァ!」


 光の上位精霊であるルナの戦闘スタイルは常時光化しての超光速戦闘。

 人間では到底追いきれない速度の領域に目の前の男はついてこれないのを確認。


(正義は必ず、勝つ!)


 鋭い衝突音がした。そう、衝突した音がしたのだ。

 即ち、光化した一撃をーー


「満足したか? 三下精霊? いや、雌犬精霊だっけか?」


 奏は止めていたのだ。いつの間にか手にしていた懐中電灯から伸びる光の剣で。


「ふん! 運が良かったようだな。だから試してやろう! 貴様がいつ死ぬかをな!」


 奏の瞬きの間に、ルナの攻撃が迫る。

 しかし、奏は必ずそれを防ぐ。背後だろうと足元だろうと、頭上からだろうと手にした光剣でだ。


「おい、手品は全部見せ終わったのかぁ? 俺がまだ優しいうちにどっか行け」


「ふん! なら見せてやろう! 我が最強の一撃を!」


 奏の直線上に現れたルナが掲げた拳が輝き、目を焼くほどの光を放ち始める。

 煌きが乱舞し、光が虹色に変わった直後、ルナの体が世界から消えた。


「これこそ奥義『虹閃』、この奥義を受けて立っていたやつなどーー」


 音が追いついた世界で言葉とともに倒れた音がした。


「キラキラ光るのが好きならイルミネーションのバイトでもしたら、どうだ? 光しか能がねえテメェでも受け入れてもらえるだろうよ」


 剣を上段に振り下ろした奏の背後で、ルナが倒れていた。


「ば、馬鹿な私の動きを見切ったとでも、だが、光そのものである私を斬ることなど………」


「ハッ、俺はハナからテメェを目でなんか追ってねえよ。俺が感じていたのはテメェが走る予兆の空気の波だ」


「波………だと?」


「『波動調律(ウェイブチューニング)』。光や音、振動に脳波や電波、ありとあらゆる波を操る事が出来るのが俺の力だ。テメェが光になろうが、俺は光そのものを操れるから実体化できるし、反射速度は脳波を操れば上げられる。それに幾ら速かろうが、空気を揺らさずには動けねえからな」


「だから攻撃が読まれていたのか………」


 奏は血を流しながらも逃げようとするルナの背中を足で踏みつぶす。実体を強制的に顕現させられたルナの首に光の剣が添えられる。


「さてと、テメェらは上からの依頼で全員ぶっ殺すように言われてる。マコトだけは凍結封印したらしいが、俺を彼奴と一緒にしない方がいいぜ?」


「くっ、犯罪者め! 貴様はそうやって何人の命を犠牲にしてきた! 答えろ!」


「数えきれねえよ、これで満足か?」


「なら、何故人を殺す! 自らの快楽の為か!?」


「ーー俺が『不幸』になる為だよ」


「ーーは?」


 ルナの口から思わず、理解できないと言葉を漏らした。


「人殺しはいけないこと。んなもんは良く分かってる。人殺しが幸せな人生を送れる筈がないってのもなぁ………だから、俺はテメェを殺すんだ」


「ーー待っ」


 光剣が軌跡を残して振るわれる。

 同時に光の粒子へと消えていったのを確認して、奏は


「ーー俺は『幸せ』になっちゃいけねえから」


 吐き出すような言葉と共に任務完了の返信をした。



 *



 携帯が震え、シルバは内容を確認し、計画を練る。

 これで奴の仲間の半数は削れたことになるのと、そろそろ自らが動き出すための準備を開始する為にだ。


「了解っと。さてとローラちゃん? 何かいい分は?」


「だ、だってカナデがハンバーガーは痩せるって!」


「痩せるわけないでしょうが、とにかくローラちゃんは今日からお茶漬けだけな」


「そ、そんな〜!!」


 そんな事をローラは知らない。いや、知らなくていい。

 イザベラからの最後の依頼に彼女は関わっていないのだから。

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