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観測者 パンケーキ

前作1部ラスボス登場

「ーー疲れたぁ!」


 真世界に来てから3日が経った。


 テンラの情報はまだ入らないらしい。

 入ったのはサバトとキトゥンが彷徨いていると言うことだ。


 私としても探しに行きたいのは山々だが、探しにいけない理由がある。


「まさか、酒場で働くことがこんなに難しいとは………」


 そう、お仕事だ。

 現在私はシルバの経営している酒場で働いている。


 正確にはダーツアンドビリヤードバーらしいが、私がシルバとやった際にはボロ負けしたので店の名前は正確に覚えてやらない事にした。


 シルバは普段はふざけているし、女を見れば仕事中でも口説くなど屑としか言いようはないが、経営自体は真面目な上、


『今日はリクエストのエビフライだぜ〜伊勢海老を丸ごと揚げてみました』


 料理が上手い。

 もう一度言おう、料理が上手いのだ。


 また酒場であることもあって、酒の種類も中々に豊富でもある。


 特に私はあのカシスオレンジとやらが好きだ。


 私達がいつも飲んでいた鼻を突き刺すような安酒の腐りかけのような刺激臭はなく、代わりに爽やかな果実の香りが口内を吹き抜ける。


 自然のままの酸味と甘味はすりつぶされた果肉によるものでざらつくような舌の感触を少し堪能した後、飲み込むと、ほんの少しの喉が焼ける感覚が、酒精の存在を思い出させた。


 つまみもまた最高で保存食のハムとチーズが一緒にクラッカーとやらに乗ったものとのカシスオレンジの相性は抜群だった。


 一つを手に取って齧ると乾いた音がして、クラッカーが破片と欠片に分断され、穀物の香ばしさを追う形で、生ハムの塩気と、クリームチーズのまろやかさが舌の上を支配する。


 結局、私は酒とつまみの繰り返しのせいで翌日まで頭痛を引きずったのは言うまでもない。


 そんなシルバだが、この店は奴の物だと言うこともあって割と突然休みになることが多い。


『ちょっと、女の子と遊んでくるね〜』


 シルバは昨日、そんな事を言って私を休みにした。その為、私は午前中に店の掃除を終わらせて、店を出てきたのだ。


「さて、今日は何を食べようか」


 この数日で味を占めた私の体が獣のように唸りを上げている。

 なるべくなら、甘いものが食べたい。


 なぜなら、私達の国では甘いものは滅多に出回らない嗜好品だからだ。

 安い黒砂糖でさえ、平民は口にできず、新鮮な果糖は戦場の最前線までは届かない。


 私もこの年になってから、数えるほどしか口にしておらず、出来たらユウヤのようなフレンチトーストのようなものを食べたいものだ。


「しかし、私では店の料理が分からん。誰かいないだろうか」


 イザベラ様の生まれた世界ならばどの料理も美味い事には間違いない。だが、何が美味いのかは見当がつかない。


「むっ! 何だアレは!」


 途方にくれた私は暫く辺りを探索していると、人々がまるで蛇のように一列に並んでいる光景を見つけた。


 どうやら並んでいるのは着飾った女性ばかり。

 もしや、舞踏会か何かだろうか?


「違いますよ、アレはパンケーキの列です」


「そうか………ってうわっ!? 誰だ貴殿は!?」


 思わず呟いた言葉を拾ったのは雨を思わせる深青の長い髪を三つ編みにした見たことがない、おさげ一本に纏めた女性だった。


 服をきっちり着て、色気を華美に出さず、あくまで貞淑に清楚な空気を出すその女性はこちらに人差し指を立てると、


「初めまして、私は空野星羅っていいます。貴方のお名前は?」


「ろ、ローラだ。驚いた、私は気配には敏感なんだがまるで気がつかなかった」


「よく言われるんですよ。もしかして、ローラさんもパンケーキの列に並ぶんですか?」


「いや、パンケーキが何かは知らないからどうしようかと。私はただ甘いものが食べたいのだが」


「でしたら凄くおすすめですよ! 甘くてふわふわなケーキに様々なソースをかけていただく。とっても最高なんですから!」


 私が望んでいた説明をしてくれる。

 何ていい人なんだ。知らない人にこうまで優しく出来るなどそうはいないぞ。


 私が人の善性はどんな世界でも変わらないと頷いているとセイラは申し訳なさげに話を切り出した。


「よろしかったら、私と一緒に並んで来れませんか? 実は特別なパンケーキを食べたいんですが、ひとりは無理で………」


「構わないぞ。むしろ、こっちから頼みたいほどだ」


「ほ、本当ですか! やった! じゃあ並びましょう!」


 彼女はとても喜んでいる。

 誘われたのは私の方だと言うのに私の方がなんだか嬉しくなるじゃないか。


 そして、私は新たな仲間であるセイラと一緒に長い長い列へと並ぶ。


「失礼ですが、ローラさんは外国の方ですか? こんな国に何をしに?  あ、気を悪くされたらすいません」


「む、構わないぞ。ただ待つのは苦痛だからな。そうだな…まあ、そんなものだ」


 ユウヤからはあまり正体をバラすなと念を押されているが、多少はバラしてもいいだろう。勿論、虚実を織り交ぜてだ。


「私は遠い国からある男を追いかけてきたんだ。奴のせいで私は大事な人を奪われ、国にも帰れなくなった………」


「そう、なんですね…」


 セイラは辛かったのか、顔を背けて肩を震わせる。

 なんて健気な子だ、本当にテンラと同じ世界の住人か?


「それで、今は大事な人の知り合いの知り合いの酒場に身を寄せていてな。もし良かったら、来るといい」


 私は懐から名刺を差し出す。

 オールレンジと書かれて赤と黒の名刺だ。


「わぁ、ありがとうございます! 是非行かせていただきますね」


 セイラは名刺をポケットにしまう。

 いかにも平和な国で育った女の子という感じだ。


 幾たびの戦争に晒され、女を捨てた私には彼女のコロコロ変わる感情は何処か眩しい。


「む、もうすぐか。楽しみだな」


「はい! とっても楽しみです!」


 セイラとともにまだかまだかとそわそわしていれば、突如、先頭である自分たちの前に1人の女が割り込んできた。


「あーこっちこっち! もう〜おそいじゃなーい」


「ああ、ごめんって。お礼に今日は楽しませてやるからさ」


 先に来た女はそのまま男を自分の元に呼び、あろう事かそのまま居座り出した。


 長い長い列に並ぶことなく、待っていた他の皆んなを気にせずに、だ。


「おい、お前たち。並ぶなら、後ろに行け。規則違反だろう」


「はぁ? 何ですか、急に喋りかけてきて。キモいんですけど」


「あ? 何か文句でもあんのか? 外国人、日本語喋れよ」


 ほ、ほぉ………そう来るか? 前言撤回だ、やはりテンラのような屑もいるらしい。


「よほど頭が残念なようだな。この国に来たばかりの私より、国出身の貴様らが規則を守れないとは。その小汚い小便色の髪に知能を座れたか?」


「ーー上等だ、テメェ。どうなってもいいんだよなぁ!?」


「きゃーっ! アダム、かっこいいー!!」


 男が横柄な態度で私に食ってかかる。

 絵に書いたようなチンピラだな。それを見て喜ぶ女もどうかと思うが。


 まぁいい、少しくらい実力差というものを教えてーー


「ごめんなさい! 彼女はまだ日本に来たばかりで、常識がないんです! だから許してあげて下さい!」


 だが、そんな私との間に星羅が割り込み、頭を下げた。


「おい、星羅。こんな奴らに頭なんて下げなくても………」


「いいから黙ってろ!」


 一瞬滲み出した殺意に私は思わず二の足を踏む。その間にも低能そうな男は彼女の頭を掴むと地面に押しつけた。


「謝る態度が違うんじゃねえかなぁ? 日本人には由緒正しい、れいぎさほーがあるだろ?」


「………………」


 星羅はそのまま地面に膝をつくと、自らの額を地面につけるほどに頭を下げる。


「ま、ことに………ッ、申し訳、ありませんでした」


「わかりゃあいいんだよ、わかりゃあな! だいたいよぉ、テメェらみてえなダッセぇジャリどもよりオレたちが食べログした方がココの評判的にも良くねぇ?」


「そうよっ!あんたらみたいなアタマの悪そうな奴よりもアダムの方が百倍カッコイイんだからぁっ」


「………………貴様らぁ!」


「ローラァ!」


 思わず殴りかかろうとした私を星羅の声が止めた。


 男たちは星羅のその謝罪を四角い箱で撮った後は満足そうに店に入っていく。


「あんな奴らに何で頭なんて下げたんだ! 下げる意味なんてないだろ!」


「………こんなところで暴れたら、責任は誰が取るんですか? 貴方にとって、ここは異国なんでしょう?」


 星羅は服に着いた泥汚れを叩くと、私に対して先程と変わらない笑顔で嗜めてくる。


「責任は貴方を助けてくれている人達にかかるんですよ? 今度からは気をつけてくださいね」


 しかし、その目は決して笑ってはおらず、まるで昏き夜を表しているかのようで。


「ーーすまなかった」


 私はその圧に謝るしかなかったのだ。




 *




「お待たせ致しました〜『ハッピーサンシャイントリプルパンケーキ』でーす!」


「わぁ、来ましたよ〜早く食べましょう〜」


「あ、ああ」


 パンケーキが来るまで目が笑っていない彼女と喋るのは大分きついものがあった………これで漸く解放される。


 私達各々の前に出された、分厚い三枚重ねのパンケーキ。焼く片手間に作られたのだろうしろいふわふわと、飾り切られた果物、そして葉っぱが添えられている。


「ふおぉ……すごい。美味しそう……!」


 目にも美しい皿を前に、私は甘い匂いを肺いっぱいに吸い込んで、期待と感嘆に目を輝かせた。


「おいおい、何であっちが先に来てんだァ!? こっちの方が先だったろ!」


「ちょっとおかしくな~い?アタシらも食べる予定なのに、どうしてそんなコーコーセーだけが特別扱いなワケ~?」


 だが、不快な口調と共に先程の男女から罵詈雑言が飛ぶ。

 何で、あいつらはこう、空気を悪く出来るんだ。


「申し訳ございません、お客様。彼方のパンケーキは予約制のものでして………」


「グダグダとうるせーんだよバカ面!俺達ゃお客様だぞコラァ!」


「アタシらも食べてみたいんですけど~?」


「ですけど~といわれましても……」


「グダグダ言ってんじゃねぇよコルァ!俺達も同じものを食べてやるってんだよボケがっ!」


「………チッ」


「星羅?」


 何か舌打ちのような音が聞こえたが、まさか私のために謝ってくれる優しい女の子がまさか、そんな。


 星羅は食べようとしていたパンケーキを持つと、頭の悪いクレームばかりつける男女の前においた。


「良かったらどうぞ。先程の詫びだと思っていただければ」


「なんだ、舐めた女にしては気が効くじゃねえか! イブには負けるがな!」


「やーん、照れるぅ」


「………………」


 星羅は和かな笑顔のまま、こちらへ返ってくる。

 瞳孔まで開いたその色は下水に汚染されたように澱んでいた。


「た、食べるか?」


「良いです。ローラさんがお食べになって下さい」


「い、良いんだな………? じゃあ、遠慮なく頂くぞ」


 じっと見てくる星羅の目から逃れるように手に持ったナイフでパンケーキを大きく切り分け、口に頬張る。


「……すっごいふわふわ!おいしい!」


 たっぷり空気を含んだスポンジ状の生地が、卵とバターの風味を口中に振り撒きながら優しく歯を押し返してくる。


 蜂蜜が滲みこんで色が変わった箇所を食べると、きめ細かい気泡に詰まっていた蜜がじゅわりと溢れだし、口が蕩け落ちるような甘さがペッタリと舌に張り付いた。


 生地の温かさで溶けたバターの塩気が時折やってきて、飽きることなく両手を動かしてしまう。


「ふぅゥゥゥゥ」


 星羅は後から頼んだカエルの卵のようなものとミルクティーの混ざった飲み物を飲みながら、四角い箱を眺めている。


「な、なあ? 少しくらいはどうだ?」


「いいですって。私はまた食べればいいんですから」


 星羅にもこの美味しさを分け合って欲しいのだが、彼女は断固として拒否するので、私は黙々とナイフを動かす。


「ちょっとどきなよ、邪魔!」


「………あっ」


「何だ、その汚え人形! オマエいくつだよ?なに?キャラ作り? バカみてぇ。ぶっちゃけキモいんだよ!」


 しかし、また先程の男女が歩いていた暗い色の服を着た女の子にぶつかり、彼女の持っていた人形を踏んづけた。


 更には彼女に心もない事をぶつけていく。


「………ぐっ、またあいつらは!」


「………いいから、黙って食べてろ」


「星羅? さっきからなんだか………苛ついているのか?」


「早くしないと、もう不味いですからね」


 星羅に急かされるように太陽のように切られた色とりどりの果物を、純白のホイップと共にパンケーキの上に乗せると、それはいつかの絵本で見たような、憧れの姿のパンケーキ。


 ベリーの甘酸っぱさ、バナナのもったりとした甘さ、オレンジの爽やかさ、クリームの口当たりの良い柔らかさが、パンケーキの素朴な味を彩る。


 私が口の中で幸せの蹂躙を終えたのを確認した星羅は伝票を持ってすぐさま立ち上がる。


「おっ、と、すまない」


 私も慌てて立ち上がると椅子の足に足をかけてしまって店員さんにぶつかってしまう。


 だが私はちゃんと謝れるからな、あの男女とは大違いだ。


「………ウ、ァァ」


「おい? どうかしたのか?」


 しかし、様子がおかしい。

 私が肩を掴んで店員を振り向かせると、そこには土気色の肌と鼻が曲がるような異臭がした。


「ウォァァァァ!!」


「な、ぞ、ゾンビだと!?」


 強靭な力で私の肩を掴んだ腕を私は背中に背負うようにして、へし折ると投げ飛ばし、地面に叩きつけて首を踏み砕く。


「きゃああああァァァァァァァァ!!」


「星羅!!」


 気づけば私の周りはゾンビが取り囲んでいた。その垣根の向こうで星羅の悲鳴が聞こえる。


「く、来るな!」


「やめてよ!」


「た、助けてくれええ!」


 ぐっ、だが私の周りにはまだ生きている人がいる。

 この人たちを残して行く事は、私自身が許せない!


「星羅! もう少し、頑張ってくれ! 今行く!」


 私は剣を呼び出し、出口迄の道をこじ開ける。

 もう私の目の前で人を死なせない為に。



 *



「………や、やめろテメェ!」


「………やめろと言って辞める馬鹿がいるかよ」


 女は男を群がるゾンビの山に突き飛ばし、目の前で始まる捕食シーンを『観測』しながら、彼女はテーブルの上に残っていたパンケーキを口にする。


「うーん、やっぱり美味しいですね。せっかくこっちに帰ってきたんだから、ここぞとばかりに食べなくては」


 周りを蠢く死者達を気にせず、パンケーキを食べ続ける彼女へ死者の腕が伸びるが、その手には何も収まらず、すり抜ける。


「インスタ映え映えばっか言う奴は勿体無いとしか言えませんよね〜本当、貴方もそう思いません? 死霊術師さん?」


「………いつから?」


「最初からだ、バーカ。テメェがローラをつけてんのは分かってたからな。逆におびき寄せてもらったぜ」


 女は死者達が別れた道を通り、こちらへ歩いてくるのは男女に絡まれていた女の子だ。


 片目には眼帯をしており、ゴシックロリータな服装に似つかわしいほどに生気のない肌には生々しい傷だらけだ。


「星羅と言ったわね? 貴方も、『管理者』の1人?」


「現在進行形でテスト中なんだわ。テメェをぶっ殺せば晴れて、私は『観測者』てして認められることになってんの」


「………可哀想」


「ーーあ゛あ?」


 星羅の顳顬に青筋が浮かぶ。

 安い同情など彼女が最も嫌いな言葉だからだ。


 そんな星羅の怒りに気づかず、彼女は自分に酔っているかのように話を進めて行く。


「私はミュウ。転生者。貴方のような人物の虐めを苦に自殺したの」


「へー、その話長くなるならぶっ殺していい?」


 星羅の掌から不可視の力が働くが、術師を前にして死者の壁に阻まれ、星羅は苛つきを更に上げる。


「私は死にたくなかった。だから誓った。いつかこの世界に帰って苛めっ子をもれなく皆殺しにするって」


「ハハッ、で? そんな腑抜けた信念で私がテメェに絆されるとでも?」


「ーー貴方も一緒なんでしょう?」


 狂気を宿した星羅の目が僅かに見開いた。

 術師はそんな彼女の心を支配するように甘く、囁く。


「私には分かる。貴方も辛かったんだよね? だから成仏出来ずに彷徨っているんでしょう?」


 彼女は星羅のことを救う為に。

 悪逆に落ちた彼女を救われた自分が、助け出してあげる為に。


「テンラならきっと貴方を受け入れてくれるはず。ミュウもそうだったから」


 ミュウが手を差し出す。自傷だらけのその体を彼は受け入れて、愛玩奴隷として必要としてくれたのだ。


 星羅はそんな彼女の救いの手を取ってーー


「あああああああ、うっぜぇなああああああ!! 私を分かろうとするなっ!」


 念動力でミュウの腕を枯れ木のように潰した。


「え、きゃあああああああああ!?」


「お前も他人の可哀想な境遇を聞いて、優越感に酔いしれたい口かあっ!?」


 死者達が主が傷つけられたのをきっかけに敵へと襲い掛かるが、星羅の体は霞のようで掴めるはずもなく、凶手も届かない。


「それとも普通の生き方をしてこなかったから、頭がおかしいって安心したいのかぁ!?」


「ちがっ、そんなつもりじゃ………」


 豹変した星羅を前に、ミュウは様々な死体を差し向けるが、星羅の念動力や透過を前になす術もない。


「やっすい同情なんざいらねえんだよっ!! 私を理解できる奴なんて、私の半身ただ1人だっ!」


 それは別の道を歩んだもうひとりの自分。

 殺したくなるほど優しく、潰したくなるほど眩しい存在。


「残念。貴方は虐めた人にも人権があるなんて幻想に囚われない人だと思っていたのに」


「幻想に囚われてんのはどっちだ、クソが。私は観測者だ、他者の破滅を眺め、楽しむ者! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 同時に星羅の周りの死者達もミュウを守っていた命の壁も全部なくなり、店さえも消し飛び、何もない虚空の彼方へ誘われる。


「『現実歪曲』現実をねじ曲げ、理想を具現化させる。テメェはローラをつけていた時点で私の幻覚の中なんだよ」


「じゃあ………ローラも店の中の人達も?」


「私に絡んできた男女以外は、ぜーんぶ、に・せ・も・の」


 右の人差し指を振りながら、星羅は左手で指を鳴らす。


 同時に空間が裂け、飛び出してきた黒く痛々しい手がミュウの右腕を掴んだ。


「何、これ!?」


「テメェへの怨念にちょちょいと私の理想を付け加えましたぁ」


「そんな、いやっ、私は何も間違ったことなんてーー!」


 空間が裂け、次第にミュウの足元にも不気味な泡が吹き出し、泥に沈んでいくように闇の手がミュウの体を引き摺り込んでいく。


「間違ってはねえんじゃね? ただ罪悪感にテメェは負けたんだよ。罪悪感がなかったら、こんな幻覚は生まれなかったからな」


「やだ、助けて、テンラ! 私は死にたくない! まだ死にたくなんてーー!」


 星羅の子宮が彼女の泣き顔で疼く。

 これ以上にないほどに彼女は歓喜し、興奮していた。


「私が観測者になろうとしたのは悪党なら私の衝動でぶっ壊しても文句は言われねえからなのと」


 そして、自らが犯した罪に負けた彼女と共に現実へと回帰した星羅は夢を見ている店の中を精神崩壊を起こしたミュウを連れて歩き出す。


「ーー彼奴が嫌がる事がしたかったからだ」


 なんて、誰にも言えない乙女の秘密を抱えながら。

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