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守護者 海鮮丼

前作の主人公登場

「全く、あの男………!」


 過ぎゆく人々が私を見て、避けていく。


 何故なら、私の全身から立ち上る怒りによるものだろう。


 その原因は私を引き取った男にあった。


『ローラちゃんでいいのかな?』


『ああそうだ。そういうお前はシルバでいいのか?』


 私を迎えにきたその男は私の頭から足元までじっくり観察すると


『ほいさ』


 わ、私の胸を触ってきたのだ! 今まで誰にも触らせてた事などなかったというのに!


『き、貴様ァァ! 何をするんだ!? 何故、母国語通じなかった? みたいな顔をしてるんだ!? そこに座れ! 叩き切ってやる!』


『へいへい、そんなキレなくても。減るもんじゃないしねっ!』


『ーー叩き切る!』


 私は愛剣を呼び出し、切っ先をシルバに向けて撃つ。長年の訓練により、音を置き去りにした一撃はシルバの体を貫い………


『ふむふむ、白いパンツか』


『うわァァァァ! お前、いつの間に!?』


 たかに思えたが、私の手には奴を貫いた感触はなく、当の本人は私の股下から覗く下着を観察していたのだ!


『ちなみに俺としては真っ赤な下着も似合うと思うんだよね。着て見る気は?』


『あるか!! もういい! 貴様の底は知れた! 貴様の世話にはならん!』


 と吐き捨てて、私は彼から逃げ出してきたのだ。


 あんな男があのユウヤの仲間だとするなら、ユウヤの目は狂っているとしか思えん。


「しかし、怒りのままに歩いてきたが………ここは何処だ?」


 多少怒りが収まり、冷静になった私が見渡せば見ず知らずの世界が広がっていて、地形を把握しているわけでもないのに感情に身を委ねた自分を殴りたくなる。


「くっ、川があることしか分からん。連絡を取ろうにも世界が違うなら魔法の法則も違うだろう。参ったな、手詰まりか」


 幸い、金貨は山ほどある。あまり金を使わない質だったこともあって、貯蓄はある………が、この世界で真っ当に貨幣が使えるのか別問題だろう。


「………どうしたものか」


 河川敷にて途方に暮れた私は舞い散る花弁を目で追いながら、土手に座り込む。


「あ、いたいた」


 だが天は私を見捨てなかったらしい。

 私に声をかけてきた男がいた。


 太陽の光を形にした金髪の優し気な緑の目をした青年はこちらを安心させるような笑顔で、手を差し伸べて


「ローラさんですね? 友哉さんから連絡を受けて貴方を探していました。『守護者』鴉間真です」


 彼の仲間である事を伝えたのだった。



 *




「貴殿もユウヤの仲間なのか?」


「仲間………でいいのかな? 俺はあの人に世話になっただけだからな。今回だってたまたまこっちの世界に帰ってきていたから、頼まれただけですしね」


「こっちの世界?」


 マコトと名乗った青年は私を連れて行ってくれるらしく、先頭を歩く彼の後ろをついていく。


「ああ、俺は元々異世界と真世界の住人のハーフなんです。今は身寄りがある異世界に身を寄せてますけどね」


「そうか。しかし、貴殿の話ぶりだと割と気軽に世界を行き来できるように聞こえるが………」


 イザベラ様が言っていた、世界の渡航などは本来神たちのような概念的存在でなければできない事を。


 普通の人間が世界を越えるには魂となった存在の上で魂が磨耗しないほどの強靭さが必要なのだと。


「ちょっと説明は長くなりますが、簡単に言えば俺は自分の神様と同化したんです。それによって得た力で世界の『境界』を超えて移動しているんですよ」


「それはつまり、貴殿も………いえ、貴方様も神様という認識でよろしいのですか?」


「いえいえ、お気になさらず。俺はただの混じり物なだけですから。普通にマコトとして接してもらえればいいですよ」


 むぅ、さっきのシルバと違って、なんて真面そうな男なんだ。


 それに……強い。

 今、私の前を歩いているが背後から不意を撃っても勝てる未来が見えん。


 まだ若いのに、中々の練度と言うべきか。


「おっ、連絡来ましたよ。ローラさん」


 私がこの世界で暗躍する組織について考えている最中にどうやらユウヤから連絡が来たようだ。


「『シルバに関してはしばき倒しておくから、再び合流して欲しい』だそうです」


「………なぁ、養って貰う立場だからあまりいいたくはないが、もう少しどうにかならないのか?」


 今更か弱い乙女だ、なんだと言うつもりはないが、少し配慮が足りないと言うか、奴の態度は目に余る。


「俺が言える立場じゃないですからね……シルバさんとはあまり面識ないですし、ただ女ったらしのクソ野郎という話だけは………」


「やはり、今ここで奴は殺した方がいいんじゃないか?」


 どうやらマコトは新参者らしいが、上に立つ者として後輩からの信頼を得られないのは厳しいものがあると私は思うのだが。


「そんな物騒な話は今は置いておきましょう。どうです? そろそろ昼飯ですし、何か食べましょう。御馳走しますよ」


「む、悪いな。では………」


 何にするか。

 先程のユウヤの出したものはとても美味かった。


 だがあれが基準だとは限らないだろう。


 となれば………


「まだ私は来たばかりだからな。この世界ならではの料理を食べさせて貰おう」


「この世界ならではの………ですか」


 やはり、少し難しいか?

 なるべく出来ない体験をしておこうと思っただけなのだが……仕方ない、安易に芋でも。


「なら、海鮮系にするか。安全性を考えれば妥当だろうし」


「………カイセン?」




 *




「こ、ここにするのか?」


「やっぱり、やめときます?」


 マコトに連れられてやって来た店にはあ、悪魔がいた。


 血を吸ったような赤いうねうねとした足は歴戦の兵士たちを海に引き摺り込み、吸い付いたら離さない吸盤によって何人もの仲間が犠牲になった。


 カイセンというのは、奴を喰らうことだとは思わなかった………まさかあの悪魔の魚だとは!


「い、いや! 頼んだのは私だ! 何事も挑戦だ! 食べてやろうじゃないか! たのもー!!」


 ここで退いては団長の名前が廃る。テンラを倒すためにもこんなところで負けてなどいられるか!


「あ、やば。止まって、ローラさん! ストップ!」


 私は開いてる入り口に向かって突き進み………


「ふごっ!?」


 透明な壁に顔を強かに打ち付けた。


「こ、これは魔術師の仕業………!」


「違いますよ。これは自動ドアって言って、立っていれば開くんです。ほら、立って立って」


 痛む鼻を抑えて、大人しく立っていればうぃーん、という気が抜けるような音とともに壁が横に避けていくではないか。


「す、凄いぞ! この扉はどうなっているんだ! 奴隷か!? 奴隷が左右からこの透明な壁を引っ張っているのか!」


「頼むから落ち着いて下さい、ローラさん! すいません、すいません。彼女、まだ日本に慣れていなくて」


「あ、コラ! マコト! 離せ! 私はこれを見抜かなくてはならないんだ! これがテンラを倒すことに繋がるかもしれないんだぞ!」


「ひとまず席に座りますよ! 後で説明してあげますから!」


 私を引きずるようにして、椅子に座らせた私に店で働いている人間が、氷入りの水が入った透き通ったガラスの杯を置く。


「おい、待て。私は水など頼んではいないぞ」


 私はそれを見咎めて、不機嫌そうに言えば店員は困惑した顔になる。


 喉は渇いているのは確かだし、まずは水を頼むのも考えたが、押し売りみたいな真似を許していたらどんな被害をこうむるか分からない。


 そもそも私の国では澄んだ水なんてありはしない。あったとしてもこんな冷えたものなど金貨数枚はいるほどだ。


 そんなものを押し売りされてはたまったもんではない。


「あぁ……お気になさらず。ローラさん、それはタダですよ。無料で渡されるお代わりし放題の水ですから」


「………なんだと? この水がか!?」


 だがマコトが指摘した通り、辺りを見渡せば皆が自由にその水を飲んでいるではないか。


 何という事だ、真世界。これがイザベラ様が生まれた神の国の力だと言うのか!


「注文は海鮮丼2つで、1つはスプーンつけて下さい」


「む? おい、貴殿は今、何を頼んだんだ?」


「まぁ来てからのお楽しみってことで。それまでは水を飲みながらゆっくり談話でも」


 彼が躊躇いもなしに水を飲むので、私もつられて口にする。口当たりは冷たく、乾いた砂が水分を吸収するように体の中に浸透していくようだ。


 一気に飲み干し、マコトにおかわりを入れてもらう間に彼に聞きたいことがある事を思い出した。


「そうかでは、貴殿の戦い方を教えてほしい」


「……俺のですか? なぜ?」


「正直に言えば貴殿は私より強い。そして、感じるんだ。貴殿から漂う……闇魔の力がな」


 私は今は陽光の中に消えている剣をなぞるようにして、彼の力の源を追求する。


「私にはテンラの他にも注目すべき相手がいる。それが私が対峙していた女魔王サバトだ。奴は50を超える炎弾に私の太陽の剣で漸く凌げるほどの威力を兼ね備えた『魔砲王』と呼ばれていたほどだ」


「50……50かぁ」


 マコトが腕組みをしながら、難しい顔をしている。それも当然だろう。

 何しろそんな攻撃を真っ向から凌げるものなど私以外にはいないのだから。


「だからこそ奴と同じ匂いを感じる貴殿に問いたい。もしかしたら、戦い方が一緒かもしれないからな」


「えっと、因みにサバトって奴は近接戦も出来るんですよね?」


「ああ、奴は近接戦も強い。何せ、炎を剣の形にして戦うんだ。だが代わりに炎弾は消える。じゃなきゃ、私は負けていたさ」


「そうか………並列展開出来ないのか」


 何を言っているのだ、マコトは。魔法の並列展開なんて魔導を極めたものにしか出来ない特別な技術だ。


 いくら魔王といえどそう簡単には使えないだろう。


「奴の恐ろしさはとくとわかったろう? その上で貴殿にーー」


「お待たせ致しました〜海鮮丼でございます」


 会話の途中で店員が料理を持ってきたので、会話を中断する。


「とりあえず来たようですし、食べましょうか」


「………そうだな」


 目の前に置かれた美しい木で出来た器には雪のような純白の小さな粒に赤い宝石のように光る丸いもの、それと薄く切られた淡い桃色が載せられている。


「タコはダメそうだったんで、抜いてもらいました。単純な海鮮親子丼ですね」


「そうかあの悪魔は入っていないんだな………」


 だがやはり躊躇いはある。

 私達の国ではそもそも海の幸などを生で食べる風習はないのだ。


 海の幸を陸路を通じて持ってくれば途中で腐ってしまう上に、中に潜んでいる寄生虫に頭をやられてしまうものも数知れず。


 魚を食うことは、私達にとっての自殺行為。馬鹿な男たちによる度胸試しと言っても過言ではない。


 だが……イザベラ様が生まれた国だ。

 もしかしたら、神の御加護か何かで安全に食べられるようになっているかもしれない。


 むしろここで食べなくては、私はイザベラ様の故郷の料理を信じられない。

 つまりイザベラ様を信じていないという証明になってしまうのでは!?


「ぐっ、ままよ!」


 私は海鮮丼を一気にかき込む。

 その瞬間、私の口内で何かがはじけた。


 それは旨味だ。どうやらあの赤い粒々が中に閉じ込めていたらしいねっとりとしたものが私の舌に絡みつき、離さない。


 また、薄く切られた魚の身も濃厚で本当に私が知っている魚とは思えないほど脂が載っていて、肉だと言われた方がまだ納得できる。


 口の中が幸せで、もっともっととかきこんでいくがふと、置いてある小皿に目をつけた。


 黒い液体と緑の小山が置かれたそれをマコトは緑を黒い液体に溶かし、丼にかけている。


 私は試しに緑の小山を味見してみることにした。

 見た目から見て、つまみの何かだろうと思って。


「ん゛に゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」


「うわっ! 何ご………ああ、山葵をそのまま食べたんですか」


 か、辛い! 舌が焼ける! みじゅ! 水が欲しい!


「山葵はこの醤油に溶かすんです。魚の味が引き締まるのでほどほどにしないと、今みたいな目になるんで気をつけてください」


 私は水を飲み干しながら、騙したなとばかりに目を向ければ申し訳なさげにマコトは使い方を教えてくれた。


 私は言われた通りにとかし、丼にかけて再び木匙をとり、口に運べば


「んんっ、美味しい………!」


 僅かな辛味と甘さが魚の味をまとめて更に引き立てていくではないか。これは食べる手が止まらない。


 しかし、そんな幸福な時間も終わりを迎え、私の目の前には綺麗に食べられた器だけが残った。


 食べ足りない………が、いかんせんこの世界で使える貨幣を私は持っていない。


 こんなことなら金貨を替えてもらうべきだったか?


「すいませーん。お代わりを。あと、お代は先に支払って置きます」


「いいのか!?」


「えぇ。俺も一仕事終えたら、元の世界に帰りますから。お金持ってても意味ないんで」


 しかし、マコトはそんな恨めしげに器を見つめる私を気遣ってか新しい丼をご馳走してくれた。


「シルバさんも向かってるそうなんで、今度は仲良くしてくださいね。じゃあ俺はこの辺で」


「ああ、世話になったな。感謝する」


 私は手を振り、店から出て行く彼を尻目にまた出された宝石箱のような料理に舌鼓を打つのだった。




 *




「さて……出てこいよ。俺に用があるんだろ?」


 ローラと別れたマコトは再び、河川敷に戻ってきていた。


 その理由は至極明快で、それが彼に託された友哉からの依頼だからだ。


「ほうほう。妾の存在に気づくとは中々やるようじゃのう」


 夕焼けにより伸びた影が浮かび上がり、女の形になっていくではないか。


 背丈は小さく、童女と言っても過言ではないが言葉は何処か古臭く、立ち振る舞いも年期を感じる。


 紅蓮の炎を思わせるツインテールを靡かせながら、彼女の周りを囲む炎で相手の嗜虐的な笑みが強調されていく。


「貴方が魔砲王か?」


「いかにも! 妾こそ最凶最悪の魔王! 魔砲王サバト! そして妾が認めた勇者テンラの正妻なのじゃ!」


「それで? サバト様はこんな俺に何用で?」


 既に炎熱空間がサバトの周りに生み出されていく中、マコトは涼しい顔をして、サバトから話を聞き出す。


「貴様はテンラと同じ異世界から来た勇者らしいな。妾からテンラの有り難き言葉を伝えてやろう……『お前がいた世界を寄越すっしょ。ぶっちゃけ、お前が世界を治めるより、俺の方が上手くやれるからな』どうじゃ? 返答は?」


「否に決まってるだろう? 何様だ、テンラの野郎は」


 テンラのふざけた言葉にマコトの目の色が変わる。が、それより早く炎熱の弾丸がマコトを直撃した。


「ならばここで死ぬがよいのじゃ。テンラに逆らう奴は皆殺しじゃ。無論、貴様の世界もな! テンラは神になれる男じゃ! だってこの妾が見定めたのだからな!」


「ーー1つ訂正な」


「む、生きておったからしぶとい奴じゃ」


 煙が晴れた先、マコトは手にした黒と白の拳銃をサバトに突きつけ、翠と赭の両眼が倒すべき相手を認識する。


「俺は、いや俺たち『管理者』を愚鈍な勇者なんかと一緒にしないで欲しい。それだけだ」


「ふん、たかだか人間が傲慢な事を! これを見ても同じことが言えるか!!」


 サバトは鼻を鳴らし、彼女の周囲に野球ボールほどの炎の玉が数十個浮かび上がる。


「…………」


「ふふん、圧倒的な実力に怖気づいたようだな。これこそが魔王! 魔砲王サバトだ! 無数の炎砲の前に灰塵と帰せ!」


「無数、魔王、魔砲王………か」


 マコトはそれを黙って見ながら、拳銃をくるくる回し、サバトの宣言を前にして不敵に笑う。


「ーー何がおかしい!」


「いや別に? ただ、奇遇だなと思って。俺も『無数』で氷の『魔弾』を創り出す『魔王』なんだよ。友哉さんが俺に任せた理由がようやく分かった」


 同時にサバトの背筋を冷水を流し込まれたような悪寒が襲う。


(な、なんじゃ? この感覚は? これはまるでテンラに負けた時のーー)


「詰まるところ、これはどちらが魔王を名乗るかに相応しい勝負ってわけだ」


 瞬間、顕現するは氷の大地。

 銀雪が舞う闇夜の雪原。


「なんじゃーー!?」


「相手になるよ。俺の名前は鴉間真。俺の世界や真世界の『守護者』としてお前を倒すーー魔弾の王だ」


 そして、生み出されていく数百を超える氷の武器達が魔弾の王の背後に展開されていく。


「安心しろ、殺しはしない。ただちょっと全てが終わるまで氷の棺で眠ってもらうだけだ」


 最早、風前の灯とばかりに揺らめく炎熱がマコトを前にしたサバトの心を表しているようでマコトは二丁拳銃を構えて


「ーー夜が明けるまで」


 完全に掌握した闇夜の双翼と無数に迫る氷の魔弾が、サバトの視界を埋め尽くした。

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