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執行者 焼きおにぎり

「ここに奴らはいるんだな? ルミネ?」


「はい、天羅様。サバトはこの拠点の奥深くに眠っているそうです。藍という者から聞いたので間違いはないかと」


 虫木が眠る、丑三つ時に天羅とルミネは寄り添いながら、路地裏にある地下へと続く入り口を前にして立ち止まっていた。


「よーし、奴らに俺の力を見せる時じゃね? マジ余裕な俺っちの力、見せてやるっしょ!」


(努力のかけらも見られない奴が何言ってるんすかね)


 それが地獄へ続く階段だとは知らずに、テンラはルミネの肩を抱き寄せながら、余裕ありげに進んでいく。


 その肩を抱いているのが、既に愛した女ではない事、罠だと気づかずに足を踏み入れてることから、彼の命はもう、決まったようなものだった。


「所でテンラ様。何故ローラを執拗に求めるのですか?」


 アイは彼の腕に抱かれながら、そう甘えるような声で聞けば、テンラは顎先に指先をつけて考える。


「うん? そうだね。じゃあ、とびっきり面白い話をしてあげようか」


 そして、テンラは語り出す。


 彼が世界崩壊を成し遂げた旅路を。




 *




 ローラは毎日、全裸で街中を男を誘うように踊っていた。


 浅ましい男たちの性欲をぶつけられ、白い肌を更に白く染め上げて。


 雨の日も、雪の日も、躍り狂っていた。


 輝かしい太陽のような騎士団長はそこにはおらず、夜の世界に生きる娼婦のような女がそこにいた。


 人々は落胆した。


 女神イザベラの加護を受けた彼女ならば必ずやテンラを倒し、新たな国を率いる存在になると。


 最早人々から希望は消え、中には魔王の配下に下る者達もいた。


 それでもローラは止めもせず、ただひたすらに踊っていた。


 テンラが魔王を嫁にし、新たな統合国家になってもそれは続いた。


 そして、3年の月日が流れてーー


「うーん、イザベラから世界の管理を譲らせたけど、上手くいかないからやめるわ!」


 ーー世界崩壊が始まった。




 *




「王宮に乗り込んだ私が仲間達の犠牲の果てに見たのは奴隷となったイザベラ様の姿だった」


「人間以外だから神様やら亜人が引っかかったと、そりゃイザベラのミスじゃん」


「否定はしないよ。そしてテンラは言った。彼女を殺したくなければ言う事を聞けと。彼女の死が世界崩壊に繋がる事を知っていた私は剣を捨てた」


『なんて、酷い話なのです』


「あれれ? マヨイちゃん、もしかして泣いてるのー?」


『普通、泣くのが当然なのです! これだから人道がない人達は!』


 地下迷宮最深部にて、私の話をマヨイは迷宮の操作場所で涙ぐみながら聴き、シルバはただ茶化しながらも目は割と真剣に聞いていた。


「奴は最初から約束を守る気なんてなかったんだ。『私が裸踊りと民の性処理を3年すれば、国を立て直す』そんな約束をだ」


「へいへい、ローラちゃん。目論見が砂糖並みに甘いよん。基本的に悪党が約束なんてものを守る訳がないんだから」


『シルバ!』


「いいんだ、マヨイ。私もそれにもっと早く気づきたかったよ………イザベラ様が私にとって命の次に大事だから、考えが及ばなかったのもあるがな」


『ローラ………』


「その後は私単独でテンラに迫るも、世界が崩壊してこちらに来た、そんなつまらない話だ」


 私の話が終わり、沈黙が流れ………ず、火花が弾ける音と共に香ばしい匂いが漂ってくる。


「なあ、シルバ。お前さっきから炭火で何を焼いてるんだ? 私の話の途中でやりだしたが、何をしてる?」


『ローラ、シルバはこう………アホなのです。サイコパスなので、諦めてくださいです』


「まっ、いい勉強になったと言う事で。それより、どう? 最後の腹ごしらえしとく?」


 シルバは七輪のようなものを置き、何かを焼いていた。三角形の形をした物体だ。


 彼はうちわを左手に、ハケと菜箸を右手に持ち、その物体を転がしながら、何かを塗っていた。


 そして、それが塗られた三角形の物体が七輪の上に置かれると、チリチリという音と共に、香ばしい匂いが周囲に充満する。


「おにぎりという奴か?」


「正確には焼きおにぎりだな。名前の通り、醤油でおにぎりを焼きました」


 差し出された熱熱の茶色のおにぎりを前にして、私の口の中に涎が溢れる。


 焼きおにぎりを手にとり、その熱を手で回しながらも一気にかぶりついた。


「………!」


 カリッとした食感の後に来るのは醤油の豊潤な旨み。パリパリの焦げた部分を歯で噛み締めると香ばしさが口全体に広がる。


「………なくなってしまった」


 黙々と食べ進めていると、いつの間にかなくなっていたので新しいものをシルバから頂く。


 香ばしさの表面と内部のほかほかとした米本来の甘さと混じり合い、濃い味でありながらも食べる手が止まらない。


『シルバ! 私にも寄越すのです!』


「はいよ」


 シルバが床に皿を置くと、そのまま光に包まれて何処かへ消えていく焼きおにぎり。


「自分を守れるのは所詮自分だけだ。誰かを守るなんて二の次でいい。まずは己の身を守ることだけ考えるのが当然の心理なんだよ」


「………もしかして、慰めているのか?」


「いや? 単なる忠告。ローラちゃんって割と軽く、自分の命かけそうだからさ」


 シルバの帽子の下の顔は相変わらず胡散臭いが、言葉だけには真心を感じた。


 顔だけはいい男だ、こうやって様々な女を落としているのだろうと容易に予測ができる。


『シルバ〜お客様がたどりつきましたよ〜』


「あいよ、ローラちゃんはどうする?」


「許されるなら………全てを見届けたい」


「りょーかい」


 唯一の入り口から、2人の男女が姿を表す。その背後には多種多様な魔物。


 首が3つに分かれたドラゴンや巨大なハサミと針を持つサソリ、または巨体を揺らしながら石像が大地を踏み鳴らす。


「やあ、出迎えご苦労。おや? ちいーっす! 君達が管理者かな? 俺の名前は城ヶ崎天羅、君達の世界を管理するためにやって来た勇者だぜ。おおっと、これはこれは、主人を守れなかった眷族じゃないか」


「テンラァァ!」


 それなりに顔立ちの整った男が、趣味が悪そうな輝く白銀の鎧をつけて、高笑いしている。

 私はそれを前に我慢できず、剣を抜いて走り出す。


「血気盛んだなぁ。でも君の相手はこの魔獣達がしよう、カモン!」


 迫りくる魔獣達は私に牙を剥き、肉を喰らおうと唸り声を上げるが、


『どうやら私の作り出した魔獣達を配下にしたようです。ひとまず消しますね』


「ローラちゃんもちょい待ち」


「「!?」」


 眼前に迫っていた魔獣は溶けるように姿を消し、私はいつの間にかシルバの隣に戻っていた。


「すっげえ、これは驚いたっしょ。魔獣を消したのはこの迷宮の支配者さんかな? 眷族を戻したのは君のようだが」


「男に指差される趣味はねーから、さっさと魔獣か罠にハマって死ね」


「まっ、そんな余裕があるのも今のうちってね。来るなら、今のうちだよ、ローラ?」


「俺の前で口説くのやめてもらえますぅ? そっちこそ、寝返るなら今のうちだぜ?」


「はい、そうですね」


「……ルミネ?」


 テンラは隣で佇んでいたルミネの肩に手を回そうとするが、それを跳ね除けられ、ルミネはこちら側に歩いてくる。


 それと同時に彼女の姿が、青い数字に囲まれて、私の隣に立った時にはアイの姿へと変わっていた。


「やーきつかったっす! あいつ普通に体を求めて来るんすから、びびったっすよ!」


「化けていたのか! はっ、まさか…ルミネはっ!?」


「とっくに土の下っす」


「き、貴様らァァ!」


 突きつけられた事実にテンラが激昂し、聖剣を呼び出した時に、小さな音がした。


 とっても小さな音がした。


 とくん、とくんと命の音を終わらせる死の音が。


「は、え?」


「男の長話とか聞く気ないんで」


 距離があった。ナイフを投げてもテンラの心臓に突き刺さるにはあまりにも遠すぎた。


 だが、シルバが投げたナイフはダーツの矢のように彼のBULL(心臓)に突き刺さった。寸分の狂いもなく。


 ()()()()()()()()()()()()()()()


「そういや、ローラちゃんには言ってなかったな」


 大量の血が流れ出し、出来上がった血溜まりにテンラの肉体は崩れ落ちる。


「『執行者』たる俺、シルバの能力は『射程距離(オールレンジ)』何度も死にかけた結果、死から距離を取られるようになっちまったクソみたいな力さ」


 射程距離。名前と起きた現象から推測できるのは、自分と相手に関する距離を操る力。

 私を戻したのもその力というわけか。


「相変わらずかっこいいっすね! 流石っす! シルバ!」


「出来たらルミネを演じたまま褒めて欲しかったなー」


 あっと言う間だった。


 私を苦しめて来た相手がいとも簡単に死んだ。


 圧倒的な力を使った訳じゃない。

 単純に奴より早く、正確に必殺の一撃を与えただけだ。


 それが場数を踏んだことのないテンラの先を行った。


「さて、帰るか〜ローラちゃんにマヨイちゃんはこの後空いてる? お洒落なイタリア店見つけたから一緒に行かない?」


 シルバは面倒な仕事を片付けたとばかりに、私とマヨイを誘うが、とてもそんな気にはなれなくて。


「俺は!?」


「藍は大人しく帰れ。男にご馳走するメシなんかあるわけねえ」


 私は彼らの掛け合いを見ながら、終わった因縁を何とか消化しようと前を向き、気づいた。


『………シルバ、貴方らしくないですよ。前方、構えてください。来ます』


「知ってるよ、もう」


 私の目の前に血気盛んな修羅がいた。剣を抜くより、奴の聖剣の方が速い。

 私は観念したように目を閉じたが、


「へいへい、ローラちゃーん。敵は最後の最後まで目を逸らしちゃ駄目じゃんか」


 いつまで待っても攻撃が来る気配は無く、むしろ力強い腕が私を抱いていた。


「し、シルバ!? そうか、距離を操ったのか」


「状況把握できたなら下がってな。不死身のタネは分からんけども、何回も殺せば死ぬだろ。久しぶりに楽しめそうだ、邪魔するなよ?」


 帽子を投げ渡し、真っ赤に燃える髪の下では楽しくて仕方ないとばかりに笑っていた。

 いつも浮かべている胡散臭い笑顔とは違う、本来の笑顔で。


「全く、ずるい奴らだ。俺は世界に求められ、救おうとした勇者だというのに」


 対するテンラは不機嫌そうに顔を歪ませながらも、心臓部からナイフを抜き、シルバに投げ返す。


「知らねーよ、そんな事。世界を滅ぼした時点で勇者なんてもんは返上だろ?」


 シルバは指先でそれを挟みながらも、駆け出した。

 対するテンラも前のめりに聖剣を奮おうと、


「!」


「はい、2回目」


 踏み出した足の甲を貫くように宙からナイフが飛来、反射的に足を引く事で交わしたが、肉薄したシルバは落ちて来たナイフを掴み、そのまま喉笛を掻っ切る。


 間違いなく致命傷、だというのに無茶苦茶に振るわれた聖剣がシルバの頭上を掠め、不可視の斬撃が私達まで伝わる。


(何という威力!)


 愛剣で受け止めた私でさえ、暫く手が震えるほどの衝撃。ただの人間であるシルバなど受けてはただでは済まない。


「大振りだなぁ」


 だというのに、シルバの顔から笑みが消えない。間近に迫る死の恐怖を楽しんでるようにすら見える。


 聖剣を持つ腕を左腕で極めると、袖口から飛び出したナイフが米神ごと脳味噌を貫く。


「あり?」


 はずが、擦り抜けた。


「悪いね、復活後3秒間は無敵時間だ」


「何じゃそりゃ!」


 振るわれたテンラの一撃を自分と距離を遠ざけることで、避けたシルバは右でナイフを逆手に持ち、左に拳銃を握る。


「君の一撃には威力がない。そんなんじゃあ、俺の残機は減らせない。命が一個しかない君には大きなハンデ…!」


 話に付き合う義理はないとばかりに空気を切り裂く、弾丸が聖剣によって叩き切られる。

 それは当然だと予測していたのか、拳銃を回しながら、シルバふざけた口調で


「どってことないヨー。達磨状態で拘束でもすればいいんだヨー。むしろ、ハンデはお前の方じゃないかな?」


 指を鳴らすと彼の背後の床が競り上がり、氷によって肉体の時間を止められたカプセルが現れる。

 それを見て、テンラは眉を潜めた。


「サバトちゃんがどーなってもいいのかナ? なんて酷い勇者さんだ」


 悪党じみた発言をクズな笑顔で曰うシルバに、テンラは鼻で笑うと、


「ーー問題ない、もう用済みだからね」


 聖剣から解き放たれた光がシルバごとカプセルを狙う。


「うへえ、躊躇いなし?」


 横っ飛びで交わしたシルバは氷ごと砕けたサバトを見ながらそうぼやく。だが、既にテンラはシルバへ向けて剣を振り下ろしていた。


「受け止められるなら、受け止めてみろ!」


「やなこった、ほいっと」


 シルバは迫る剣を前にして、側面を爪先で蹴り飛ばし、刃の軌道を変えるが、体勢が悪い。胴体がガラ空きだ。


「隙だらけだ!」


 すかさずテンラの光に包まれた拳が撃たれるが、シルバはすぐさま拳銃を投げて左手に持ち直し、額へ着弾させる。


 そのまま死により意識が消えたことによる制動を失った拳を避け、蹴り飛ばした足を戻しながら、無敵時間経過直後を狙って、拳の方へ足を引っ掛け、


「よーいしょっと」


 意識を取り戻した直後に顎へ膝蹴りを叩き込み、再び意識をブラックアウトさせ、絡めた足に力を入れて腕の骨を砕く。


「そのまま寝てな」


 最後に右手に戻した拳銃で、再び脳漿をぶちまけた。


 流れるような殺し方を見習うわけではないが、それでもその経験に裏づけされた凶悪さが滲み出ている。


「強い…それも恐ろしく」


『シルバは伝説の殺し屋『死神』と呼ばれた男の息子であり、本人も殺し屋殺しのサイコパス、怪物に対する『銀の弾丸』と呼ばれているのです』


「殺しに関する練度ならあいつが一番っす! 真、奏、礼央が見たら残虐さに卒倒するっすね!」


「そうなのか」


 これが管理者のリーダー。

 これが真世界を治める者たち。


 あのテンラですら遊ばれている。


「しつこい男だ…!」


「ありゃりゃ、こんだけ殺したのに、何回殺せば死ぬのかにゃ?」


 しかし、テンラの奴は決して倒れない。恐らくだが、不死身のタネはーー


「シルバ! 奴はイザベラ様を殺して神の座を奪った男だ! 恐らくイザベラ様と同じ権能があるはず!」


「にゃるほど、つまりさっきから言ってる残機ってのは権能ってわけネ?」


 いずれの負傷もすぐに復活されて、本当の意味での手応えには届いていないが――


「無限ってわけじゃないでショ。そこんとこどうかな?」


 ーーそれにも限度がある。私はそう推測した。


「その通りさ。俺の新たに神になり、祈りを得て得た権能は『ゲームストックの増大』アイテムや命のストックを増やすことが出来る。アイテムは持ち込みが不可だったから、装備品しか持ち込めていないが、君達には充分だろう」


「そんで? その数は?」


 欠伸をするほど退屈な素振りを見せる、シルバに見せつけるようにテンラは手の甲に刻まれた数字を空中に表す。


「残りーー994だ」


『……クソゲーですね』


 マヨイがそう漏らすのも納得いく話だ。いくら私達でもその数を相手にするのは避けたい。


「仕方ないっすね! 手を貸すっすよ! シルバ!」


「あ、ああ! 私も!」


 だがこちらには数がいる。シルバに手を出すなと言われてはいるが、こうなってしまっては手を出すのも納得してくれるだろう。


「いらねえいらねえ。そんな事したら相手の思う壺だろうが。人間『以外』には奴隷作成が効いちまうんだろう?」


「そうだったな…!」


「おや、バレたか」


 しかし、シルバはそれを拒否し、その後の理由となる言葉を聞いたアイはうんうんと理解したように頷き、


「マヨイちゃん! 撤収っす!」


『藍回収しますね』


 突如床に空いた穴に吸い込まれて行った。


 残された戦力は私しかいない、ならば私がやるしかないだろう!


「行くぞ、シルバ! 終わったら、宴会だ!」


「よーし、終わったら好きなもの作っちゃうから、気張れよ、ローラちゃん!」


 大丈夫、奴の力自体は大したことはない。

 私でも殺せる実力だ、これでシルバへの負担は半分。


 構えた私に対し、テンラが掌を向けるが何もやらせやしない!


「行くぞ、我が剣!」


 私は踏み込み、奴に斬りかかる。油断していた彼は私の斬撃を受けて、血飛沫を上げた。


 ()()()()()()()()()()()()()()()敵であるシルバのだ。


「……やっぱり、ローラちゃんも人間じゃないのね」


 思考が真っ白に染まっていく最中、シルバの声だけがやけに遠く聞こえた。

彼は前作主人公の親友『死神』ジル・バレットの転生前の息子にあたり、ミアハの兄である

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