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先導者 フレンチトースト

どうも皆様お久しぶりの方はお久しぶり、初めましての方は初めまして、篠宮ソラです。


この物語はただ、女騎士が美味しい物を食べるだけのお話です。小難しい伏線もないので、頭を軽くしてお読みください。

「あーあ、やっちゃった」


 男は自分の周りを囲む女達を愛しい手つきで触りながら、手にした紐を引っ張る。


 その先に繋がれていたのはこの世のものとは思えないほどの美貌を持った女だ。髪は絹のように柔らかく、海を思わせる藍色の瞳は吸い込まれそうなほどに。


「へっ、へっ………!」


「まあ、神様はこんなだし、やっちまったもんはしょうがないかな」


 だが女は首に繋がれた犬を思わせる首輪に繋がれ、猿のように発情した顔で主である男にすり寄る。


 その体は一糸纏わず、芸術的なほどな曲線を描くほど。なのに無様にも餌を欲しがる卑しい雌犬のように舌を出し、彼のモノを欲しがっているのだ。


「何が………やってしまった………だ! そんな戯言を聞きにきたつもりじゃない!」


「やめとくっしょ、ローラ。君じゃ俺には敵わないんだからさ」


 そんな男に立ち塞がるのはただ一人。桜色の花びらを思わす、髪を顎の下で切り揃え、厳格な性格を表すような金の瞳が怒りを孕んだ目で男を射抜く。


 白磁のような肌には無数の傷が今なお、熱を持ち、手にしている自分の愛武器を支えにして、ようやく立っているのだ。


「それにさ、もう世界は終わるんだし、ここらで水に流す方が良くな〜い?」


「ーーふざけるなぁ!! 貴様が奪った、民の命、同じ飯を食った仲間、そしてーー我が信仰した神を全て返せ! じゃなきゃ、ここで死ねえ!」


 女は走る。最早手足がちぎれても構わない程に。自分の痛みなど、軽いものだ。


(貴様が奪ったもの達の痛みに比べれば!!)


 手にした細剣が光る。神から授かったその武器と、自分が持つ能力で最後に世界の怒りを一太刀食らわせる為に。


「ざーんねーん、時間切れっしょ」


 だが時は無情にも過ぎ、足場をなくした彼女は何もない世界へと落ちていく。


 同時に神が信仰を失った世界は滅びを迎え、女は涙を流し、意識を手放した。




 *




「痴漢だぁ!! 捕まえろー!」


 男は走る。監視カメラからはソフトハットで顔を隠し、スキニータイプのパンツを履いた脚部の力で改札を飛び越える。


「うっへ〜相手側もそれで興奮してたんだから、いいじゃんか」


 彼は風で靡く紅髪と黒いジャケットを整える。ホワイトカットソーには汗さえ滲んではいない。彫りの深いダンディな雰囲気の顔には焦りさえ見当たらない。


 路地裏に入り込んだ彼はそのまま警察と駅員を撒き、表が落ち着いたところでジャケットを裏返し、リバーシブルタイプの茶色に変えた。


「後は眼鏡をかけて、帽子をぬげばオールオッケー! さてとミアハちゃんのとこに行かなきゃなぁ〜!」


 男はそのままスキップしながら、路地裏を抜けようと足を進めて、


「ーー何だこれ?」


 その男、『執行者』シルバ・バレットは傷だらけの女がゴミ捨て場に頭から突っ込んでいるのを見つけた。



 *



 いい匂いがする………


 そうか、もう朝か………


 いかんな、団長たる私が寝坊するわけには………


「ーーい」


 ああ、分かっている。今すぐ起きるから………


「ーーきろ」


 あまり、耳元でーー


「おい、起きろ!」


「はわっ!?」


 あまりの声量に私はベットから転げ落ちてしまった。痛む頭を支えながら、靄がかかる頭を振って意識を明確化させていく。


「起きたか? 飯は食えるか? 後、テメェの名前は?」


「私、私は………ローラ………!」


 そこまで言って、私は自分の記憶が一気に脳内を駆けていくのがわかった。


「ここは!? ユグドラシル王国は!? 奴は! テンラは!?」


「落ち着け、落ち着け! 見た限り、アンタ騎士か? 何でそんな奴がゴミ箱に頭を突っ込んでんだよ」


 何かの香ばしい匂いがするミルキーベージュ色の髪の男に諭され、私はひとまず深く呼吸をし、熱くなる思考を冷ましていく。


「申し遅れた、私はユグドラシル王国 ワルキューレ姫騎士団団長 ローラ。『太陽の乙女』と名乗った方が分かりやすいかもしれないな」


 しかし、ここはどこだ? 見た限りは酒場に見えるが、それにしては見たことない魔法道具ばかりだ。


 天井に取り付けられた、火とは違う、恐らくは魔法の光を放つ球が煌々と辺りを照らしているので非常に明るい。


 並べられた白いテーブルや椅子は良く手入れがされており、艶やかな光沢を放っている。


 そのテーブルの上に並べられているのは、かなり高価であると予想される、整った形の透き通ったガラス瓶や陶磁器の小さな水差し。


 明らかな高級店でも無い限りありえぬ内装だが、それにしては働いてるのはそれなりに鍛えてるであろう男とよく似たもう一人の生命を感じない女だけだ。


 どうやらこの店はこの2人で切り盛りしているようだ。


「俺は………ユウヤ。友哉・律野だ。友哉が本名だが、呼びづらいならユウヤでいい。で、カウンター席の向こう側で仕込みをしてるのがアイリスだ」


「アイリスです。よろしく」


「そうか、すまないがユウヤ。助けて貰ったばかりで悪いがここはユグドラシル王国の近くか? どうやら酒場のようだが」


「酒場じゃなくて喫茶店な。軽食や飲み物を楽しむ場所だ」


「なるほど簡易的な料理屋ということか………となるとアースガルズか、またはヨトゥンへイムか、まさかヘルヘイム帝国ではあるまい」


 これだけの豪華な調度品を目の前の男女が用意できるわけがない。となれば何処かの国の貴族の逢引として使われているのか、後ろ盾があるに違いない。


 どうやら剣は奪われているようだが、治療を施してくれた以上は敵対する気はないのだろう。


「すまないが、私はすぐにここをたたなくてはならない。店主、世話になった。剣を返してくれ、代わりに治療費はここに置いていく」


 店主に銀貨の袋を押しつけ、ドアの近くに立てかけてあった剣を手に取る。細工はされていないようだ、これならすぐにでもーー


「おい、待てよ。テンラの野郎を探しに行くのにも、殺すのにも焦りすぎだ、女神イザベラの眷属ローラ」


「ーー何だと?」


 扉に伸びた手がゆっくりと剣に触れる。


 何故こいつは、私が信仰していた女神の真名を知っている?


 神の真名を知っているのは加護を受けた私と、あいつしかいないはず………つまり、


「なるほど、貴様はーーテンラの仲間か!」


 そこからは私の思考は加速する。数々の邪悪なる使徒を捌いてきた断罪の剣に斬れないものなどない。


「ったく、面倒臭え」


 見てみろ、相手の動きはこちら側に反応出来てなどいない。高々、料理屋の店主を仲間にしたのが間違いだったのだ。


「地獄の底で我が世界の怒りを思い知れぇ!」


 剣先が私の怒りを乗せて、奴の首を寸断しようとーー


「何を熱くなっていやがんだーー絡繰」


 した私の伸びた腕から先が空気に縫い付けられたかのように動かない。切っ先が肌をなぞるだけでその下の肉にすら届いていない。


 何とかしてこの拘束を逃れようともがくが、それより早く臓腑を潰されたような衝撃が私を襲った。


「………アイリス、やり過ぎだ」


「ですが我が主人(マイ・ロード)、この方は我が主人に手を出しました。私としてはとても見過ごせないものかと」


「自動人形のテメェの力は三千キロぐらいあんだから気をつけろって何度も言ったと思うんだけどなぁ!?」


 そんな漫談じみた声が私が最後に聞いた言葉だった。




 *




「………ぐっ」


「ったく、漸く目ぇ、覚めたみてえだな」


 再び意識を取り戻した私が見たのはこちらを覗き込む邪悪なる使徒の仲間。その腑抜けた面を歪ませようとしたが、体が椅子に縛りつけられているようだった。


「悪りぃが、テメェは開放することはねえから。また喧嘩売られんのもアレだしな」


「そこは面倒で、よろしいのでは?」


「注釈ありがとう、アイリス。暫くお前の飯は廃棄油な」


 そんな、我が主人! と言うアイリスを無視して、私の前に動かしてきた机にと椅子にユウヤは座る。


「くっ、殺すなら殺せ!」


「すごいですよ、我が主人。コッテコテの女騎士です。ここは山賊並みに頭が悪い我が主人の下半身の剣の出番かと」


「ひとまず愛紗は後でしばく。そして主人からのオーダーだ、お前もう喋るな」


「はい、お口チャックですね」


 と、同時に吠えた私を前にして、何故か漫才を繰り広げる2人。


 ………実はこいつらはそこまで悪い奴ではないのか?


「………貴様ら、何者だ?」


「しがない人形師だよ、女騎士さん。それとテメェらみたいな異世界からの来訪者の管理を行ってる者だ」


 すっかり毒気が抜けた私が問いを投げれば意外にもすんなりと答えてくれたユウヤ。


「女神イザベラから聞いてんだろ? 彼女が何て伝えてるか知らねえけど」


「イザベラ様は………自分達が生まれた世界だと。てっきり神たちが住まう天界のような場所を想像していたのだが………」


 この世界がそのイザベラさまの生まれた世界『真世界』と呼ばれる世界なのか? にしては魔力すらない貧相な世界にしか見えないが。


「まぁ認識はそれでいいや。おいおい学んでいくといい。聞きてえのはお前の事だ。ここに書いてることに間違いはねえか?」


 ユウヤが差し出した上質な白い髪には私の世界の言語で私がイザベラ様の加護、即ち眷属である事やイザベラ様の友、アマツ様が創り上げた私の愛剣『アウローラ・エリオス』の名が記されていた。


「これは神達が自分の眷属を自慢………ゴホッ、もとい証明するためのもんでな。ここを見ろ女神イザベラの証があるはずだ」


 確かに………これは我がユグドラシル王国で祀られていた大樹の絵が書類の左下に記されている。


 まだ疑う余地はあるが………まだ健在だったイザベラ様の魔力を感じる以上、話を聞く意味は出来たようだ。


「間違いがないならいい。次に今回この世界に来た理由を聞かせろ。ーーありのままだ、偽ればその時点でお前をこの世界から追い出す」


 瞬間、全身の毛穴が開くような恐怖が私の体を襲う。それの発生源が目の前の男であることもあり、私の背中を嫌な汗が流れる。


「わ、分からないんだ。私はテンラからイザベラ様を助けようとしてーー気が付いたらここに」


 嘘なんてない真実だ。私は確かに、テンラに刃をむけたはずが足場が崩れ、気付いたらここにいた。それだけだ。


「なるほど、オーケー、だいたいわかったよ………クソッタレな事実と最悪の事態だけはな」


 更に増した圧に私の呼吸が早くなる。先程からそうだ、本能が訴えている。私の実力ではこの男には勝てないと。


「ここからは残酷な真実だーー聞く気は?」


 ユウヤは腕を組み、こちらを真っ直ぐ見つめて来る。私は何だか居心地が悪くなり、目を逸らすが、直ぐに真っ直ぐ見つめ返す。


「ーーそれがテンラに繋がるなら」


 逃げたところでイザベラ様が勝手に救われる訳ではないのだ。イザベラ様は今なお、清純な身をテンラに怪我されているのだから。


「なら、心して聞け」


 ユウヤはそして、私に告げた。




「お前のいた世界はーー崩壊した」





「崩壊………だと?」


「文字通りだ、世界は存在しないことになった。それも全てテンラの手によってな」


 世界が崩壊? ならばあの時見た最後の光景は、世界が滅びる前の………そんな筈がない!


「イザベラ様はまだ健在だ! ならば世界が滅びるなど!」


 イザベラ様はおっしゃっていた。自分が治める世界は自分が死ぬか、または信仰心がなくなった場合に崩壊すると。


 イザベラ様は『正々堂々と戦う』という願いが具現化し、神となった存在だ。それに私が見た時にはイザベラ様はまだご健在だった!


「神がこの世界の願いが具現化した存在であること。神が異世界の管理をしている事については分かってるみてえだな。なら、もう分かってんだろ?」


 ユウヤの口がゆっくり動いていく。耳を塞ぎたくても動けない私を嘲笑うかのように。


「イザベラは神の座を放棄して、ただの"雌"になった。そんな獣みてえな奴に願いが集まる訳がねえだろ?」


「訂正しろっ! イザベラ様は自ら望んだ訳じゃない! テンラの奴に言わされてーー!」


「んなもんはどうでもいいんだよ。言おうが言わまいが、イザベラは神である事を放棄した。結果、世界は破滅を迎えた。それが揺るがない事実だ」


「嘘だ………嘘だ! 全部虚構だ! ならば、私の部下も、守るべき民も、救うべき世界も、全部全部が………うわぁァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」


 私はただ子供のように喚き散らした。

 ひっくり返った皿に水が戻らないように。

 失ったものの重さに潰されたように。


 もう、救われないと認めたくないがために。


 私はただひたすらに泣き続けた、泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いてーー


 ぐぅ、という音が私の腹部から鳴った。



 *



「………ふざけるな! 何で私だけが生き残ってしまったんだ! しかも、何故私の体は生きようとする! もう助ける相手も何もいないと言うのに!」


 なのに私の腹部は食べ物を訴える。

 死ぬな、生きろとばかりに。


「悲しくなっても腹は減る。誰かが死んでも世界は回る。だからこそお前は生きなくちゃならねえ」


 そう言うと彼は湯気が立ち昇る黒い液体を注いだカップと皿に盛られた黄金色の何かを置いた。


「ーー何のためにだ」


 私のか細い声が、静かに響き、


「ーー忘れないためにだ。風化して歴史の影に消えないために、お前は声高々に言い続けるんだよ」


 ユウヤの優しい声に私の体を縛っていたものが解けていく。


「ーー自分のいた世界は終わっていない。自分が生きてる限り、世界はまだ存在していると!」


 ………そうだ、私は何を自棄になっていたのだろう。


 私が救った国は無くなった。

 私が背中を預けた仲間は亡くなった。

 私が尽くした世界は失くなった。


 けれど、私がまだいる。私はまだ生きているのだ。


 テンラに負けた訳ではない。

 私が生きている限り、私の世界はあいつに負けていないのだと。


 ならば生きなくてはならない。

 私が死んだら、それこそ自分の世界の負けを認めたことになるのだから。


「ーーいただくぞ、ユウヤ」


「召し上がれ」


 白い湯気を立てる出来立ての淡いタンポポのような色のものをナイフで切り分ければ、それはどうやら上質なパンのようだった。


 その上にかけられた黄金色のハチミツの甘い香りが食欲をそそる。


「ーーこれはっ!」


 一口齧ると、そのパンはフワリと容易く歯で噛み切れる。


 口の中でミルクと卵の優しい味わいと、ハチミツの何処かホッとするような甘さが広がる。


 ナイフなどいらないのではないだろうかと、フォークで器用に切りながら私は思ったが、今はそれよりも早く口に入れたかった。


「この液体は………」


 少し落ち着いたところで黒く濁った液体を口にする。香りはいい。どうやらユウヤや店から漂う香ばしい匂いはこれのようだった。


 なるほどこれは期待できそうだと、私はその黒い液体を口に運び、


「ん゛み゛ゃァァァァァァ!」


「発情期の雌猫がいますよ、我が主人」


「………そんなに苦いか、この珈琲?」


 にがっ、苦いっ! 何だこれは! 毒でも盛られたのか!? くっ! ちょっと信用し始めた途端にこれだ! やはりこの男は、奴らの仲間か!


「奏と一緒で子供舌って事か。じゃあちょっと待て」


 訝しげな目の私からカップを受け取ると、何やら牛乳をかき混ぜ始める。時間が経つに連れて、泡立ったそれをコーヒーと呼ばれた液体に乗せると、上から蜂蜜を垂らしていく。


「これならどうだ? ウィンナーコーヒーでもいいが、あいにく在庫がねえからな」


 カップを受け取り、今度はおそるおそる口をつけるとミルクと蜂蜜が合わさった柔らかな甘さが私を落ち着かせた。


 僅かに苦味もあるが、先程に比べれば気にはならない。むしろそれさえも落ち着く味わいになっている。


 私はパンを口に運び、休憩にはコーヒーを飲む。そんな動作を繰り返していけばあっという間に全部なくなってしまった。


「ーー美味かった、ユウヤ」


「そりゃ結構。ちょっとは落ち着いたみてえだな」


「ああ、すまないが世話になった」


 私は代金を金貨袋から払おうとするが、ユウヤは先程押し付けた銀貨袋から2枚取り出して、私に投げ返す。


「これで十分だ。それは一応取っとけ。後、迎えをよこすから暫くお前はそこで滞在しろ。テンラの件はこっちで調べてやる」


「いいのか? こんなに尽くして貰って………」


「それが仕事だ。入り口で待ってろ、すぐにシルバの野郎が来る」


 そうだ、まずは私はこの世界で生きていかなくてはならない。テンラを倒すにしても万全の状態を整えなくては、な。


 私はそう考えて、扉を開けて新たな世界に踏み出していったのだった。




 *




「………さて、アイリス。仕込みをしてくれ」


「今日は何色にしますか?」


「赤だ、もうじきいらっしゃるからな」


 ローラがシルバに連れられて、出て行った直後、すぐに扉のベルが鳴る。


「何だよ、ボロい店だなー」


 そう、招かれざる客がだ。


「いらっしゃい、今日は何をーー?」


「アンタがユウヤか? うちの雌犬から聞いた『先導者』とかを名乗る阿保は」


 その女は女性にしては筋肉質で、肌は艶やかな褐色に謎の紋様が生きているかのように鼓動している。


 何より、命を刈り取るために研がれた爪、食い散らかすための牙、怨嗟の声を聞き漏らさないように生えた獣の耳がただの人間ではないことを表していた。


「獣人さんが何用で? 猫に珈琲は毒なんでお引き取りくだせえ」


「私は猫じゃねえ! キトゥンだ! 覚えとけ!」


「子猫じゃん………どうせ俺を殺す気で来たんだろう?」


「その通りだ! さっさとーー!」


「アイリス、準備は?」


「いつでも」


 友哉はエプロンを脱いでアイリスに放り投げた。奥から出てきたアイリスはそれを受け取り、主人に対して礼をする。


「いってらっしゃいませ、我が主人」


 瞬間、彼らの姿がアイリスの目の前から消えた。




 *




「ここは何処だテメェ!?」


「さっきの店の地下だよ、子猫ちゃん」


 キトゥンが連れてこられたのは店の地下に存在する、かつて武器庫として使用されていた地下空間。


 誰かが手を加えたのか、空間の広さは東京ドームの四分の三という大きさだ。天井もドームのように緩やかなカーブを描いており、電気もちゃんと通っている。


 この地下空間を利用すれば様々なイベントが開けるくらい申し分ない場所だった。


「本気で戦うのは久々でな、加減が分からねえ以上、店を壊しちまう可能性もあるし、助けを呼ばれても面倒だ」


「………正気か、テメェ? アタシに勝てるとでも?」


 まるで自分が強いとばかりの友哉の態度にキトゥンの全身の毛が怒りによって立ち上がる。それを冷ややかな目で眺めながら


「ーー何で雑魚ってのは自分から死にたがるんだろうなぁ」


「!?」


 友哉の背後にいきなり現れた2メートルはあろうかと言う巨体に無骨なシルエットをした人形に彼は乗り込んでいく。


「人形師だからひ弱? 馬鹿が、自分が弱いって分かってんなら強いものを作るのは当然の事だろう?」


 彼が乗り込んだと同時にその赤い人形は刀身が全長3.5m、総重量200kgの鋼の塊を手に持ち、立ち上がる。


「魔導四騎士『赤騎士』 テメェを殺す騎士の名前だ」


 その名前に獣の本能が唸りを上げる。


 ーー今すぐに自分が死ぬと分かってしまったから。


「アアアアッッッッッ!!」


 駆け出したキトゥンだが、肌にチリッとした痛みを感じた気がした。

 自分が見ている世界が『赤』に染められていくような気がした。


 否、どちらも気のせいではなかった。



「か、はっ………………!」



 キトゥンの喉から、空気が抜けていく風船のような音がした。


 両手で顔を押さえ、痛みと苦しみのあまりそのまま爪でガリガリと皮膚を抉りとりながら地面へ落ちたキトゥンの喉から、叫びにならない叫びが漏れていく。


 呼吸が出来ない。正しく酸素を取り込むことが出来ない。口の中の水分が一瞬で蒸発してしまっている。


 比較的水分の多い眼球も、完全に蒸発し一部が眼窩からどろりと零れ出しているのが分かる。


 顔を押さえている両手の皮膚にも驚嘆に値するほどの痛みがある。指先から妙な匂いがした。爪が焦げている匂いだった。


『熱』だった。一瞬でこの地下空間が灼熱の炎に包まれ蒸し釜状態になっているんじゃないかとさえ思えた。


「赤騎士の力はーー擬似的な太陽の創造。本物の太陽と比べると、表面温度も中心温度もコロナ温度も輝度も微々たるもんだが、人間に対して使用するなら十分すぎるほどの殺傷力だ」


 友哉はそんな言葉をキトゥンにかけるがーー


「何だ、もう死んでんじゃねえか」


 ーーそこにはただの猫の干物が転がっていた。

次回は明日のこの時間でお会いしましょう

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