黒と緋と碧 ~緋の話~ 3話
3話
それから
花畑を荒らされて、どのくらいたっただろう。みんな、元気かな。
あれから、たくさんの太陽と月が登り降りた。集合場所は決まっていない。ある程度まで近づけばお互いの存在がわかるし、きっとみんな、次の花畑の候補地を目指しているはず。
そんな、なんの確証もない希望にすがり、延々と過ごしていた頃。
突然、ロキ以外の5人が同じ場所に集まった。
そこは、あの時踏み荒らされた花畑の隅の大きな大きな巨木の虚の中。
キラたちが管理していた頃の面影は一切無く、荒れ果てた荒野の中に、葉が数枚残っているだけの朽ちかけた巨木がそびえるばかり。
それでも、みんな考えることは同じだったようで、お互いの無事を喜び、同時に、ここにいないロキの事を想って悲しんだ。
あの時、あのままロキは捕まっちゃったのかな…。今までも、ガイジュウに捕まっちゃう子は少しいたけど、ロキみたいな強い子が捕まったことなんて無かったのに…。
今までも、花畑はガイジュウに踏み荒らされ、小さな生き物たちも捕まってしまった事もあった。
それでも場所を移動し、一から花畑を作り、仲間の誕生を待ち、ずっとずっと繰り返してきた。 それは、限りなく永遠に続かねばならない事であった。荒らされ、全てを破壊されようとも、また根を生やし、花を咲かすのだ。
それがこの、花と小さな生き物たちの役目であり運命だった。
だが…
「キラ…どうしよう…?種は一応みんな一つづつ持ったけど、ここに集まるまでに全滅しちゃってる…」
緋い花はとても弱く、適切な環境下でなければ、すぐに水となって溶けてしまうのだ。
「種を作ろうにもロキがいないし…」
この小さな生き物たちの役目は花を守ること。緊急時であれば6人で種を作ることも可能だが、肝心の6人目が揃っていない。
「もう長いこと花が咲いてないよ…これって…美味しくないよ…」
いつも元気なコクでさえ、弱気な発言。
空気が重たくなる。
「………ろき……たすけよ…」
初めての声がした。いつも寝ているトトの声。トトですら、この状況では寝ていられないのだ。
「助けたいのはやまやまだが…みんなここに帰ってきたってことは…みんな同じ状況だ…。どうやって…」
いつもトトの世話をしてるウイが、トトの意見に反対する。反対というより、不可能、の方が正しいかもしれない。
「ひとつだけ…あるよ」
そこで声をあげたのはキラ。流石はリーダー的存在と言えるだろうか。
「前にも荒らされて、何人か捕まって、花の種が無くなっちゃったことがあったんだって、前のおまとめ様から聞いた。」
おまとめ様とは、現在のキラと同じ銀髪銀眼のリーダー的存在である。
「その時は、残ったみんながおまとめ様の中で仮眠して、その間におまとめ様が栄養豊富なところに行って、捕まっちゃった子ちの分起こしたんだって。」
「起こしたって…それじゃあロキは!?」
悲痛なウイの声。そう。起こす、とは、前の子を諦め、新しく生まれさせると言う事。
当然、前の子は消え去る。
「ぼくだってイヤだよ!黒はロキでなきゃ!!」
キラも目に涙をためながら叫ぶ。
でも、それに反対する声が1つだけあった。
「オレは……ロキを見捨てても花を優先するべきだと思う。」
いつもと違う真剣な声は、ウイやシクでなく、コクの声だった。
「…黒は、栄養豊富なところに行けば、起こせるんだろう?それなら、早く栄養豊富なところを探すべきだ!みんなだって…ロキのこと、わかってるんだろ…」
みんなの顔が曇る。
この小さな生き物たちは、不思議な力で繋がっていて、誰かが死ねば全員わかるし、誰かが起きれば全員わかる。
「でもまだ…小さいけど、ロキがわかるよ!それを…見捨てるなんて…!」
「そうよ…ロキは珍しく先見だって出来るのに…」
「おいら…ろき……す、すき…」
「私だって、ロキを失いたくはないぞ」
キラ、シク、トト、ウイは全員反対したが、それでもコクはうんとは言わない。
「オレたちの役目はなんだ?」
役目。それはキラたちが生まれた時に言われる事だ。
「花を守ること…」
「役目をしっかり果たすことよ。」
「ねる…こと……」
「みんなで仲良く花畑を守ること。」
みんな、今にも泣きそうな顔で、それでもしっかり役目を口にする。
「花よりも仲間を優先しろなんて言われてない。むしろ仲間より花をって言われているだろ?」
そう、言われているのだ。仲間より花をと。仲間は、花さえあればいくらでも生まれるから。
それでも、ここ1000万年位、誰も欠けることなく過ごしてきた6人には、たった100年前に捕まった仲間を見捨てることを、軽くうんとは言えなかった。
「おまとめ様の中で仮眠するのは賛成だ。だが、やることは栄養豊富なところで黒を起こして、花を復活させることだ。」
「……わかった…そうしよう…」
キラがそう言った瞬間、イヤぁ!と、シクが泣き崩れた。
それはそうだ。ここにいる全員、そんな選択を望んでる訳じゃない。
「キラが決めたことだ…仕方ない…」
全員の顔をもう一度見渡し、必死な笑顔でキラは全てを受け入れた。
「ぼくに任せてゆっくり寝て。またね。」
花畑のあったチキュウと呼ばれた星から、緑が無くなる100と23年前の話であった。