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第七話 審判 ~前半~

修正しました。前半と後半に分けます。

「では、檻房へ――地下最下層まで参ります」

「わっ⁉」

 ゆっくりと部屋自体が下降し始める。ガラスの天窓から覗く夜空が遠ざかっていくのを、半ば愕然と眺めた。

「エレベーターあったんだ……」

 思わずぼやくと、虎猫は何食わぬ顔で明後日の方を向いた。

 猫の楼閣にエレベーターがあるのも驚きだが、あの長い階段をのぼった苦労はなんだったのだろう。女王専用なのかもしれないが、来客用に入り口付近に設置してくれてもバチは当たらないと密かに思った。

天窓の外に広がる星空が少しずつ遠ざかってゆく。冴え冴えと輝く半月は白く、星たちはいつもより近く煌々と瞬いていた。

「あの、女王様。もし須藤さんが……迷い込んだ人間が解放するに相応しくないと判断された場合、どうなるんですか?」

 女王はひげをそよがせ、サファイアのように鮮やかな瞳をついと私に向ける。

「通例に従い、死刑の判決を下すことになります。あなたがた人間の世界でいうところの〝獣刑〟ですね」

「じゅうけい?」

「獣に心臓を喰わせる処刑法です。その者の告白に嘘偽りがないか。我らが眷属に厄災をもたらすことがないか。それらをその者の身柄と天秤にかけ、釈放か処刑か、どちらかの審判を下すことになるでしょう」

 物騒な言葉をさらりと返され、血の気が引いた。

「しょ、処刑⁉ それは困ります!」

「ええ、私も不要な流血や禍根は避けたいところです。ですがあなたがた人間は猫を慈しみ、家族に迎え入れる者がいる一方、身勝手な愛玩を強いる者や、迷信や鬱屈から虐待を加え、むごたらしく殺す者が後を絶たない」

 返す言葉に詰まった私に、猫の女王はどこか感情の読めない顔で続ける。

「あなたがたの世界で猫を殺してもさほど重い罪に問われることはないのでしょうが、ここでは余程の例外を除いて処刑となります。それはご承知ください」

 全身からどっと汗が吹き出す。

 猫たちの世界とはそういう意味なのかと、空汽さんの言葉の意味を今更のように思い知る。この世界ではきっと、私たちの法律や倫理など何の役にも立たないのだ。

「しかし名代とはいえ、黄昏堂の館長がわざわざお迎えにいらしたのです。その人間がここに来たのは浅からぬ因果があるのでしょう。この楼閣を統治する者として、私はそれを見極めたいと思います」

 否定も肯定もできず、だらだらと汗を流して黙り込む。

 言えない。空汽さんは助けに行く気がなかったから、代わりに私が来たなんて。

 狭いエレベーター内に気まずい沈黙が漂う。

大丈夫なのだろうか。須藤さんは動物虐待をするようなタイプには見えなかったが、人は見かけに寄らないともいう。

 なにより先ほど彼のタブレットに入っていた電子書籍の表紙……ポーの『黒猫』を思い出す。あの短編小説は確か、猫を殺した男が猫に復讐される話だ。須藤さんは何故、そんな話を読んでいたのか。偶然なのか、あるいは――万が一、須藤さんに処刑の判決が降りるようなことがあったら。どうすればいいのだろう。

いっそ隙を見て逃げてしまおうかと、思いあまった。

「逃げられませんよ。この世界において、女王の審判は絶対です」

 しかし私を見透かしたように、少年のようにあどけない、ハスキーな声が響く。とっさに顔を上げれば虎猫が、炯々と光る黄緑色の双眸で私を見据えていた。

「この楼閣には私やスフィンクスの他にも、数多くの同胞たちがいます。中には人間を一口で飲み込む者や、何より速く地を駆ける者、空を飛べる者もおります。人間の足で逃切れるなど、ゆめゆめおかしな出来心を起こされませんよう」

 牽制する虎猫に、女王は何も言わなかった。露骨な牽制にぐうの音も出ない。

 そもそも医務室で寝ていた須藤さんが何故、一体いつの間に、猫たちの世界に迷い込んでしまったのか。故意なのか偶然か、女王がいうように何か因縁があるのか。

 頭を抱えたその時、ふとエプロンの右ポケットの中で一瞬、何かが白く光った。

懐中電灯は左のポケットに入れてある。何だろうとポケットに手を伸ばしかけると、ちょうどエレベーターが止まった。

「着きました。では、扉をお開けします」

 扉がわずかに開かれた瞬間、むっと濃厚な獣の臭いが鼻をついた。

「殺せ!」「いいぞ、やっちまえ! 喉笛を引き裂いてやれ!」

 扉の向こうで複数の怒号と、けたたましい獣の鳴き声が飛び交っていた。

 扉が開くなり、白猫は脱兎の如く隙間から飛び出した。りん、と首の鈴が鳴る。

 集まった獣たちの中に、小さな後ろ姿はあっという間に紛れ込み、見えなくなってしまった。獣臭い熱気が、エレベーターの中まで舞い込んでくる。

 暗い部屋で爛爛と光るたくさんの双眸が、一斉にこちらを向く。数えきれないほど大勢の猫たちが、部屋を埋め尽くしていた。

 よく見ると猫だけでなく、虎やライオン、ヒョウもいる。

 二本足で立つものや衣服を身にまとった者、更には背中に翼の生えた猫や双頭のライオン、首のない虎など「幻獣」という言葉を体現した異形のものたちまで。

「何事ですか」

 決して大きくはないが威厳に満ちた声が、喧騒を裂いて響き渡った。

 とたんに、室内が水を打ったように静まり返る。異様な光景にたじろぐ私を横目に、女王は毅然と胸を張り泰然とした足取りでエレベーターから飛びおりた。

 まるでモーゼが海を割った奇跡のように、女王の前の人垣ならぬ猫垣が真っ二つに割れてゆく。

「じょ、女王様……」

「どうしてこんな所に」「おい、まずいぞ」

 群れの中からぼそぼそと声が上がる。

 猫たちに囲まれた道を通り、奥へと進む女王から離れないよう、後をついてゆく。

 格子の檻の向こうには一匹の猫と、炎のように煌々とゆらめく赤い光がある。火の玉のようなそれは、猫の尻尾の先で赤々と燃え盛っていた。

 炎に照らされ、猫の後ろで見覚えのある男の人の顔が浮かびあがる。

「須藤さん!」

「確か……司書の」須藤さんがのろのろと顔を上げ、私を見た。

彼の前に立ちはだかる猫も、こちらを振り返る。思わず息を呑んだ。

火の玉に照らされた猫の体躯は、あまりに異様った。赤い猫――スフィンクスが言っていた通り、その体は真っ赤だ。赤毛という範疇を超えて、まるで血をべたりと塗ったように赤い。更に尻尾の先には火の玉のようなものが燃えている。

「その者の審判は済んでおりません。勝手な私刑は断じて許しませんよ」

 女王にぴしゃりと言われ、鼻にしわを寄せて低く呻いた。

「あなた様は甘い。人間が俺たちにもたらすのは十中八九が災いですよ。それをわざわざ、女王のご慈悲を施す必要があるんですかねェ?」

 地の底から響くように低く、どこか嘲るような声で赤い猫が異議を唱える。

 女王の背後でそれを聞いた虎猫が、全身の毛を逆立たせた。

「無礼なッ、化け猫風情が控えよ!」

「あァ⁉ 太鼓持ちこそ黙りやがれ!」

 両者とも頭を低くし、唸り声を上げ威嚇する。そうやって睨み合う姿を見ると不思議なことに、姿形は多少逸脱していても、確かに彼らは広義の「猫」だと感じた。

「双方、控えなさい。これからその人間に真偽を(ただ)さねばなりません。審判が終わるまで、この者に対する一切の手出しをバステトの名において禁じます」

 淡々とした声は穏やかなのに、有無を言わせぬ気迫がある。不満そうな表情を隠そうともせず、赤い猫は須藤さんから離れ、格子をすり抜け牢を出た。

「さて。私はこの楼閣の夜を統べる主、名をバステトと申します」

「……バステト?」「あなたの名は?」

 須藤さんが不思議そうに女王を見返す。

「須藤……一樹だけど」

「スドウイツキですね。これより審判を始めます。一切の嘘偽りを排して答えなさい」

「は? 審判って……?」

 困惑と救いを求める視線が私に向けられた。

 クロを見て過呼吸を起こしたくらいだ。こんな猫だらけの場所で、いつ須藤さんがパニック状態に陥っても不思議ではない。

「ええとですね。ここは蒼猫楼といって、猫たちの世界なんです。人間はここじゃ余所者というか。迷い込んだとはいえ、無断で入ってしまった須藤さんはここの住民にとって侵入者なので」

 空汽さんから聞いていた予備知識をフル動員し、彼のおかれた立場をなんとか説明する。自分で言っておきながら、我ながら正気を疑いたくなるセリフだった。

「須藤さんを解放してもいいかどうか裁判をして、判断をするそうです」

彼にとって肝心の疑問はおそらく何も解決されていないと思うが、須藤さんは「はあ」と相槌を打つ。冷静さを取り戻すのが妙に早いのが少し気になった。現実感が沸かないのだろうか、危険な目に遭っているのにあまり怯えている様子がない。困惑の中に、わずかに投げやりな表情が滲んでいるように見える。

「では、聞かせてもらいます。何故、この楼閣に迷い込んだのですか?」

 須藤さんは少し乱暴に頭を掻きむしると、ぽつぽつと話し始めた。

「信じてもらえないかもしれないけど。猫を追いかけて、気付いたらここにいたんだ」

「えっ? 須藤さんが猫を追いかけてきたんですか?」

 一瞬、聞き間違えたのかと思った。彼は猫が苦手ではないのだろうか。

 クロやバステト像を見たとき、猫に怯えているように見えたのに。

 そんな彼が猫に「追いかけられた」ならともかく、猫を「追いかけた」というのは解せない。須藤さんの顔を窺うが、嘘をついているようには見えない。

 女王はそれに関しては特に何も言わず、次の質問に移った。

「そうですか。あなたの人生の中で猫に恩を売った、逆に恨みを買った心当たりは?」

「……心当たりは、ある」

 ここは猫たちの心証を良くするために、猫に恩を売ったエピソードの一つでもほしいところだった。けれど、須藤さんの表情は暗い。

嫌な予感がした。真っ赤な猫が嘲笑うように、口を三日月の形に歪ませる。

「二ヶ月前、バイクで猫を轢いた」

 最悪の回答に、目の前がざっと暗くなった。

 そっと女王を窺うが、怜悧(れいり)な横顔は全く表情を変えない。

 対照的に、檻の周りをぐるりと囲む猫たちの目は鋭かった。獲物を前にした獣のように、暗がりの中で爛爛と光っている。私も須藤さんも女王という抑止力に守られ、かろうじて彼らからの危害を免れているだけにすぎないのだ。

 額や背中に、嫌な汗がにじんでくる。

「その猫はどうしました?」

「どうしたって、埋めたけど……」

 思いがけない質問だったのか、須藤さんがのろのろと顔を上げる。

「あなたは殺生を目的として猫を殺めたのですか?」

「違う。突然、猫が車道に飛び出してきたんだ。急ブレーキをかければ後続車とぶつかるし、ハンドルを切れば対向車に衝突するから避けられなかったんだ!」

 消え入りそうだった声が、次第に熱を帯びてゆく。

 自分を詰るように、くしゃりと顔を歪めた。

「でも事故が怖くて、自分を優先して生き物を殺したことに違いはない。猫は即死で、堤防道路の土手に埋めて、俺は少しだけ安心した。野良猫だったから。飼い猫じゃないから、誰も自分を咎めない。そんなことすら思った……」

 息を切らしながら、須藤さんは告白を続けた。真っ青な顔で、胸の内を吐き出す姿を、女王は静かな表情でじっと見つめている。

「殺してしまった猫の姿が頭から消えない。轢いた時の感触も、悲鳴も、ひしゃげて血だらけになった体も、忘れようとしても頭から消えない。眠ると必ず夢を見た。猫が轢かれる夢を、何度も」

 クロやバステト像を見て動揺していたのも、不眠症になったのも、それが理由なのだろうか。猫を車で轢いてしまい、その制裁のためここに連れてこられたというなら。

もしそうなら死んだ猫にも須藤さんにとっても、あまりに救いのない話だった。

「だから俺が猫に殺されても仕方ないと言われたら。猫を殺した人間が猫に殺されるのは……因果応報みたいなものだと、そういうことだと思う。黒猫を殺した男が、最後には黒猫に罪を暴かれ、破滅をもたらされたように」

 ポーの『黒猫』のことを言っているのだと分かって、何とも言えない気分になる。

 懺悔が終わったのか、須藤さんは口を閉じてうつむいた。

 すると虎猫が弾かれたように、私を振り返る。

冷たい石造りの地下牢の中で、重苦しい沈黙がさざ波のよう広がってゆく。

 女王は相変わらず、感情の読めない顔をしていた。

 集まった猫たちは半ば興が醒めたのか、先ほどの異様な熱気は息を潜めている。

 退屈そうに床で爪を研いだり、後ろ脚で体を掻いたり、成行きを傍観していたりと、様々だ。クロは私の隣で座ったまま、じっと須藤さんを見据えていた。

「わかりました」

 凛とした、しかし平淡で感情の読めない女王の声が響く。一体どんな判決が下るのか、全く予測がつかなかった。

女王が虎猫と目配せする。虎猫が首を縦に振ると、彼女も静かに頷いた。

「ボイオティアの大山猫(リンクス)の瞳をもってしても、この者の証言に嘘偽りは見つからないようですね」

 その言葉で不意に、目の前の虎猫の正体に思い至った。リンクスとは「オオヤマネコ」の英名。以前、図鑑で読んだことがある。古来、闇の中でも周囲がよく見えるオオヤマネコの水晶のような瞳には、全てを見透かす力が宿ると信じられていたと。

「ええ。この人間は嘘をついておりません」

 固唾を飲み、次に来る言葉を待つ。

須藤さんにとって、かなり分の悪い審判だ。猫たちの世界にどんな法が敷かれているのかわからないが、少なくとも無罪放免はないだろう。

 女王が口を開くのが怖い半面、判決を待つ時間が息苦しく、不安を煽られる。

「では最後の質問です。あなたは今までに、猫を飼ったことは?」

 須藤さんが力なく首を横に振る。

 猫を轢いてしまった罪悪感。本当にそれだけの理由で、彼はここまで思い詰めているのだろうか。優しいとか感受性が強すぎるとか、性格上の問題もあるかもしれない。

 けれど、どこか核心がぼやけているような気がしてならなかった。

「うーむ」虎猫が小さく唸る。

「どうしました、リンクス」

 女王に尋ねられ、更に不可解そうに首をひねった。

「いえ。その者、嘘はついておりません。ですが、何かを……」

「そう、彼は嘘などついていない」

 虎猫の答えを遮るように扉を開く音と、耳に馴染みのある声が背後から聞こえた。コツコツと石畳を叩く靴音が、地下牢に反響する。

 そうして見覚えのある黒いスーツ姿の人影が、部屋の奥の扉から姿を現した。

「ただし、記憶の一部が欠落している」

「……空汽さん? どうして」

 知ったことではいと言ったはずの上司が、エレベーターの前に立っていた。

いつもと同じ黒いスーツを身にまとい、生気も愛想もない白い顔は普段通りの仏頂面をしている。けれど館長の顔を見た瞬間、不覚にも私は泣きそうになった。

「ご無沙汰しております、バステト様」

 空汽さんが女王に深々と頭を下げる。手土産でも持ってきたのか、右手には白い紙袋を提げていた。

 その隣には、小柄な雌のライオンが座っていた。

わずかに赤みのかかった金色の毛並みが、夜の女王の青い体毛とは対照的で、まるで太陽のようだ。威風堂々とした佇まいと相まって、薄暗い地下室の中、ライオンだけが燦燦と光り輝いているように見える。

 女王が驚いたようにライオンを見上げた。

「お姉様」

「相変わらず悠長な審判をやっているようだねぇ、バステト。お前がもたもたしているから、黄昏堂から知恵者(ジェフティ)が来たよ」

 ライオンがそう言いながら、鋭く吊り上がった黄金色の瞳で須藤さんを一瞥した。

 なだらかに澄んだ中低音の美しい声だったが、穏やかに話す女王とは対照的に高圧的で、どこか相手を挑発するような棘があった。

 他の猫たちと違い、このライオンは女王に敬語を使わない。

「たかだか人間の一匹、面倒なら殺せばいい。それだけの話じゃないか」

「軽々しい殺戮は種族間に深い軋轢と禍根を残すと、何度言えばご理解いただけますか? 今は夜、統治者は私です。お姉様といえど口出しはご無用」

 不穏な挑発に、女王は冷ややかな声を返した。

 静謐(せいひつ)な青い瞳と、獰猛に輝く金色の瞳が真正面から睨み合う。

 お姉様ということは、このライオンは空汽さんが言っていた「昼の主」だろうか。あまり仲が良さそうな姉妹には見えない。

「ならば、せいぜい夜が開ける前に判決を出すんだねぇ。処遇が決まらないようなら、夜明けとともにこの人間は私が喰ってやろう」

 ライオンの瞳が鋭く吊り上がる。夜が明ける前……確かにスフィンクスの忠告は正しかった。昼の主は、バステト女王よりはるかに手厳しそうだ。

「言われずともわかっております」

「バステト様。その審判の前に一つ、はっきりさせておきたいことがあるのですが」

 そう言って、空汽さんは鉄格子に歩み寄った。

 片手に提げた紙袋の中から、何かを取り出す。それは白い猫のぬいぐるみだった。

「ご家族の方から聞いたが、君はとある家族を失ったショックにより、幼少期の記憶が一部欠落しているそうだね」

 格子の隙間から、須藤さんにぬいぐるみを手渡す。

 首には赤色のリボンと、小さなベルのモチーフがついていた。

「なんですか、このぬいぐるみ」

反射的にぬいぐるみを受け取るも、須藤さんは困り顔で空汽さんを見返す。

「折角の機会だ、ここで思い出すといい。出口の見えない自問自答にも疲れただろう」

「……どういう意味ですか?」

「君が自責の念に囚われることを彼女は望まないだろう。隠れていないで、そろそろ出て来たらどうかね?」

 りん、と鈴の音が背後でかすかに響く。女王の部屋にいた白猫が、群れの中からするりと姿を現した。格子の隙間を抜け、するりと牢の中に入り込む。

 にゃあ、と消え入りそうな声で鳴いて、白猫はじっと須藤さんを見上げた。

「お前……」

 須藤さんが呟いたその時、突然まばゆい光が閃く。それは地下牢の薄暗さにすっかり慣れていた目に突き刺さり、私はとっさに目を閉じた。

「相良君。ポケットに入っている本をくれないか」

 妙に冷静な館長の声に、そっと薄目を開いた。

「え? あ、はい……」

 まぶしさに目をしかめながら、腰のポケットを見下ろす。ポケットの中から発せられていた。中には蒼猫楼に来る前に拾った、題名のない灰色の本が入っている。作業用エプロンのポケットに入れたまま、すっかり忘れていた。

 ポケットをさぐり、本を取り出す。一体どういう仕組みなのか、小さな本は暗がりの中で煌々と金色の光を放っていた。

「空汽さん。本って、これの……」

 空汽さんに手渡そうとすると、本はひとりでに私の手を離れ、風もないのにふわりと宙に舞い上がった。


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