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第1話

私は昔から彼の私に対する視線が怖かった。

そのくせ、彼に嫌われたくなくて、いつも好かれようと必死だった。




「えっ、お兄ちゃん遠くの大学行っちゃうの?」

「あぁ」

私にとっては驚愕の事実を聞いて、思わず詰め寄ってしまった私にお兄ちゃんが重々しくうなずいたのを見て、私は不覚にも泣きそうになった。

ただでさえ接点は近所に住んでいて、昔遊んでいた仲だけだというのに、このままでは何の係わり合いもなくなってしまう。きっとお兄ちゃんは大学という今までとは違った広い世界で住み始めたら、4歳年下のいまだ狭い世界に留まっている私のことなんて忘れてしまう。

存在を忘れ去られてしまうことは、嫌われることよりもいやだ。

私は唇をきつくかみ締めた。

そうしないとお兄ちゃんの顔をまともに見ることができない私の目から涙がこぼれ落ちそうだったからだ。

しばらくそうして、地面をにらみつけていたら、ふいに頭にぽんと大きい手が置かれた。

「遠くへ行っても全く会えないわけじゃない。ことあるたびにこっちに帰ってくるし、お前も暇なとき俺の下宿先に遊びに来ればいい」

私は気分を落ち着かせようとゆっくり深く息を吸い

「うん、そうだね」

それからバイバイといってお兄ちゃんから離れた。

たぶん、こっちに帰省したお兄ちゃんには会わないし、私からも会いには行かないだろう。今日、学校帰りに会ったのだって本当に偶然なのだ。


思えば、お兄ちゃんが高校入学するまでは、私は、毎日お兄ちゃんの背中を追いかけていた。いつもお兄ちゃんの視界に入るように、お兄ちゃんにとって私という存在が絶対になるように、記憶にしっかり刻まれることを、祈り、願い、欲しながら、必死に付きまとっていた。たまに、無表情で私のことを見るお兄ちゃんがたまらなく怖かったけど、それでもへこたれず、私は頑張った。

でも、そんな私の努力は無駄だったかもしれないと思ったのは、お兄ちゃんが高校入学した直後、まだ、桜がはかなくきれいに咲き誇っているときだった。

まだ高校に入って間もないのだ、きっと帰るのは一人に違いないから、私が一緒に帰ってあげよう。

そのときの私はなぜか上からの目線でどこか驕っていた。

私にとってお兄ちゃんは唯一なのだ。だから、お兄ちゃんにとっても私は唯一に違いない。

愚かにも過信していたそんな私に、神は罰を与えたのだろうか。

いつも私がお兄ちゃんの通っている学校へ行くと、きまってお兄ちゃんは一人で校舎から出てきていたのに、この日は違った。何人もの友人に囲まれて、私には見せてくれない笑顔で軽口をたたきあいながら帰宅しようとしていたのだ。

私はお兄ちゃんと言おうとして、おの形に口を開いたままその場に何かに足を地面に縫い付けられたかのように動けなかった。思考がごちゃごちゃしていて、まったく形を成してはいなかったけど、これだけはわかった。

私はお兄ちゃんにとってただの近所の子だと。

私には一切向けることのないお兄ちゃんの笑顔が、それを裏付ける決定的な事実となったのだ。


それからの私はとても臆病になり、お兄ちゃんにまとわりつくことで嫌われることをひどく恐れた。今までなら、自分の存在を主張するかのように抱きついたり、お兄ちゃんの家に押しかけたりするところを、今度は初めからお兄ちゃんの周りには自分などいなかったかのように遠くから見守ることしかできなくなった。

そうしたら、不思議なことに前は毎日お兄ちゃんと会っていたのに、今や全く会わなくなり、数ヶ月に一回帰宅途中に偶然出会うぐらいになってしまった。

会えないことに寂しさを感じたが、それ以上に自分の行動を改めただけで会わなくなった事がひどく悲しかった。

結局、独り相撲だったのだ。

それでも、もうこれ以上に嫌われることはないだろう。嫌われるよりましと必死に心に言い聞かせて自分の気持ちを封印した。



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