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サキュ俺㉟ 輝ける明日へ

第1部最終回です!

「なんで、こんな時に……」


 そう呟くシエルの元に俺は急ぎかけよる。

 ふと視線を地面に座り込んでいるテレジアに向けると、彼女は必死に頭を庇い、シエルの攻撃から身を守ろうとしていた。そして彼女は、死の恐怖のあまりその目の端に涙すらも浮かべていたのであった。


 そんな彼女を見て、俺はなぜシエルが躊躇いを見せたのかを理解した。


「シエル」

「に、兄さん、あたし……」

「大丈夫だ。そんな顔しなくていい」


 泣きそうなシエルの頭を撫で、彼女を後ろに下げる。

 シエルの脳裏には、きっとあの日見たエルフたちの姿が過ったのだろう。猫を可愛がる二人のエルフ。それは俺たちが初めて見た、人間と同じように豊かな感情を見せるエルフであった。


 目の前のテレジアは死を意識し、初めて俺たち人間と同じような感情を露わにした。恐怖のあまり涙を浮かべた彼女は、今や単なる少女でしかなくなっていた。

 敵兵ではないエルフを同じく生きた存在として認識したシエルに、今のテレジアを殺すことはそう容易いことではなかったのかもしれない。


「テレジア……」

「……」


 俺は倒れているテレジアと相対する。

 放心状態のテレジア。彼女は虚ろな目で俺を見つめながらも、なんとか言葉を紡ぐ。


「……これ以上生き恥を晒すくらいなら、この場で私を殺してくれ」

「駄目だ」

「なぜだ……? この体たらくでは、皆に合わせる顔がない。そんな私に、生きる価値などない。だから、早くこの私を……」

「駄目だと言っている。既に勝負は決した。戦が終わった以上、俺たちがお前を殺す理由はない」


 俺の言葉にアイギスも頷く。だがテレジアは納得がいかないのか、声を荒げて反論する。


「馬鹿な? 私はお前たちの仲間を大勢殺したんだぞ! なのに、どうしてそんな相手を殺さないんだ!?」

「俺たちがエルフを殺すのは、これが戦争だからだ。武器を持ち、俺たちを殺そうとしてくる相手だけを俺たちは殺すんだ。だが既にお前は武器を持っていない。そして戦いはもう終わった。俺たちがお前を殺す理由は、もうないんだ」


 そして俺は「だろ? シエル」と立ちすくむ彼女に同意を求める。するとシエルは、


「え、ええ、そうね……」


 と、なんとか絞り出すようにそう答えたのだ。


「アイギス」

「はい」


 アイギスがテレジアの両手足を拘束する。俺はそんな彼女を抱きかかえた。


「な、何をする?」

「いいから黙ってろ。みんな行くぞ! シエルも、しっかりついてこいよ!」

「わ、分かったわ!」


 俺たちは燃え盛る炎の中を走る。今しがた俺たちがいたところは、すぐに完全に炎に呑まれた。あれ以上あそこにいては俺たちは間違いなく全滅していたことだろう。まさに間一髪のタイミングであった。

 俺たちはアイギスの防御膜をもちいながらなんとか炎を回避する。そしてついに、俺たちは燃え落ちる街から脱出することに成功したのだった。



 炎上するサレルナ。このまま燃え続ければ、数時間と経たない内にこの街は原型を留めないほどに燃え尽きてしまうことだろう。


 街の外では生き残った仲間たちが揃ってサレルナの最後の勇姿を見つめている。その多くが涙を流している。そしてそれは、俺の隣にいる少女も同じであった。


「サヨナラ、みんな……」


 シエルが呟く。そして頬から一筋の雫が地面に落ちた。すると、それと時を同じくして、地面にポツリポツリと水跡がつき始めたのだ。


「雨か?」

「そのようですね。このタイミングだなんて、まるでこの戦いを見ていたかのようです。神様が、亡くなったみなさんを弔おうしてくれているのかもしれませんね」

「そうかもしれないな……」


 次第に雨はその激しさを増していく。街の消火も、そう長くはかからないかもしれないと俺は思った。


 その後、仲間たちや駆けつけた近隣の街の住人たちにより、生き残ったエルフたちが捕虜として捕らえられた。俺たちが彼女らを丁重に扱うようにと指示を出していたこともあり、彼女らが暴行されるような事態は起きずに済んだ。


「私を助けたこと、後悔するぞ……」


 テレジアはあまり感情の見えない表情でそう俺たちに言う。


「そうかよ。俺はシエルのように優しくはないからな。もしまた襲ってきたら、その時は容赦なく殺してやるよ」

「そうか……」


 手負いのテレジアは足を引きずりながら連れていかれる。その途中、彼女はずっと俺たちの方を見つめていたが、彼女から以前のような殺意はもう感じられなかったのだった。


 こうして、甚大なる被害を出しながらも、サレルナでの戦いは俺たちの勝利に終わった。


「兄さんたち、本当にありがとう」


 シエルは涙を流し、俺たち二人に深々と頭を下げる。


「シエルさんの頑張りがあってこそですよ」

「アイギス……」


 アイギスはシエルを讃える。すると、シエルはこれまででは考えられないような行動に出た。


「ん……」

「うわっ」


 なんと、シエルはアイギスを抱きしめていた。アイギスは一瞬驚いたようだったが、すぐにシエルは抱きしめ返し、共に喜びを分かち合ったのだった。



 サレルナを失ったシエルたちは、その後リインフォースに移り、俺たちのパーティに合流した。またサレルナの市民は近隣の街とリインフォースにそれぞれ移住する運びとなった。


 一気に大所帯となった俺のパーティ。俺たちは今、前と同じく俺の自宅で作戦会議をしているのだが、残念ながら、十人を超える人数を収納できるほどこの家は広くない。次からは町役場の会議室を貸してもらおうと、俺は固く決意した。


「賑やかになりましたね」


 アイギスが笑顔で俺にそう言う。一応他にも男がいる為、今の彼女はベールを目深に被ってはいたが。


「そうだな。ちょっと喧しくもあるが……」

「アレンさんは相変わらず大人数は苦手なんですね」

「俺は根暗だからな」

「そんなことはないですよ。本当に根暗な方は、ここまで凄いことはできません」


 相変わらず優しいアイギス。すると、そんなアイギスの隣にシエルがいきなり座った。前まであれだけ壁があったのに、今や二人は非常に仲が良い。


「アイギスの言う通りよ。兄さんはもう少し自分を誇った方がいいわ」


 アイギスに便乗してそんなことを言ってくるシエル。俺に意見するなんて10年早いという言葉を飲み込み、俺は素直に、「善処します」とだけ答えておいた。


 サレルナでの戦いの後、俺たちはリインフォースの街の住人たちからまたしても盛大に祝福を受けた。被害を出したとはいえ、前回以上の損害を魔王軍に与えられたことを、皆は素直に喜んでくれていた。


 この結果のおかげか、近隣の街から俺たちパーティに加入したいと申し出てくれる人も増えた。その中には腕の良い魔術師もいたので、近いうちに彼らも俺たちのパーティに加えるつもりであった。


 自分で言うのはこそばゆいが、今や俺たちはアゼリア王国に住まう人間たちの一番の希望になりつつあったのだ。


「兄さん、次はどこを攻める予定なの?」

「まだ未定だ。今が一番大事な時期だからな。慎重に考えていきたい。できることなら、この前のような玉砕覚悟の作戦は控えたいからな」

「大丈夫です。アレンさんならきっと素晴らしいアイデアが閃くはずです」

「他人任せにしてないでお前らも考えろ」

「「はーい」」


 何を息ぴったりに返事をしているのやら。まあ、仲が良いならそれに越したことはないのだが。


 まあとにかく、ナタリアの戦力を大幅に削いだ俺たちは現在、間違いなく波に乗っている。無論、油断など言語道断だが、この波に乗らない手はないだろう。王国奪還に向け、俺たちは歩みを緩めることはない。


「よし! 作戦会議始めるぞ! 司会進行はシエル、お前に任せた!」

「いい加減みんなの前で喋るのに慣れてよ!」

「慣れないものは慣れない! あと書記はアイギス、お前に任せた!」

「了解です!」

「あんたは少しぐらい文句言った方がいいわよ」


 呆れ顔のシエルがやかましいことを言う。


「まあ、これがアレンさんなので」

「どういう意味じゃい?」

「なんでもないですよぉ」


 笑みを浮かべるアイギスたち。俺はやれやれと肩をすくめながらも、そんな皆の笑顔をこれからも眺めていたいと思った。その為にも、俺は決して立ち止まることはない。それだけは、俺は容易く断言できたのであった。

ここまでお付き合いくださいましてありがとうございました!

また再開した暁には、どうぞよろしくお願いします!

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