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サキュ俺㉞ 生への執着

 テレジアは火の粉が自身に降りかかることなど気にも留めず、燃え落ちる街を縦横無尽に駆け回る。だが俺たちはテレジアばかりを気にしてもいられない。テレジアの部下がひっきりなしに俺たちに襲いかかり、冷静な判断力を削ぎにくるからだ。俺たちはテレジアの攻撃を紙一重で避けながら、まずは部下たちを倒すことに心血を注ぐ必要があった。


「アレンさん! シエルさん!」

「「おうよ!」」


 アイギスは防御壁シールドで自分の身を守りながら俺たちに魔力石を転送する。

 更なる魔力を得た俺は身体能力強化に全身全霊をかける。もはや力をセーブする必要などない。体力を残したところでここを脱出できなければなんの意味もない。


「テレジア様に勝利を!」

「雑魚がいきがるな!」


 俺は飛びかかってくるエルフの剣士をものの数秒で斬り伏せる。


「あああああ!」


 その瞬間テレジアが俺に銃を乱射しながら突撃してきたのだ。

 だがそれはシエルが許さない。


「兄さん!」


 シエルより放たれた火球がテレジアに直撃する。どうやら、テレジアはもう俺しか見ておらず、周囲に気を配る余裕はないようだった。

 火球に弾き飛ばされ、テレジアは左手に持っていた拳銃を取り落とす。俺はそれを素早く炎の中に蹴り入れた。


「おのれぇ!! 命よりも大事な銃を!!」


 これまで共に戦場を駆けてきたであろう銃を焼かれ怒りを露わにさせるテレジア。彼女は立ち上がり、怒りに満ちた瞳で俺を見つめる。


「なに余所見してんのよ!」


 だがそんな彼女にシエルが斬りかかり、彼女に自由な行動をさせない。

 近接戦闘はテレジアにとっては圧倒的に不利だ。このままなら押し切れる、俺はそう思った。


「テレジア様ぁ!!」


 しかしまたしてもやつの部下が横槍を入れ、テレジアを守ったのだ。それにはシエルも苛立ちを隠し切れなかった。


「ああもう五月蝿い! どいつもこいつもテレジア様テレジア様って、あんたたちおかしいわよ!」

「おかしくなどない! 我々は貴様ら人間のせいでこれまで数えきれぬほどの不当な扱いを受けてきた! 故に我らは必ず貴様ら人間を殺すと誓い合った! 皆、貴様らのような下劣な人間を殺す為なら命すらも惜しまないのだ!」

「おい待て! 不当な扱いってなんだ? なぜそれが人間のせいなんだ?」

「わざわざ貴様らに話して聞かせてやる義理はない!!」


 なりふり構わないテレジアは、銃が一つになっても俺たちへの攻撃を決してやめようとはしない。だがその間にも炎は更に燃え広がり、このままここで戦いを続けていては脱出が不可能になることは明らかだった。流石にこうも戦闘が長引いてしまっては、俺も焦らざるを得ない。


「兄さんたち! これ以上は危険よ! 早くここから避難して!」

「避難したいのは山々だが、このままやつらを放ってはおけないだろ!」

「ここはあたしがあいつらを引きつける。だから、その内に二人は逃げて!」


 もう間に合わないと思ったのか、シエルは俺たちにそんなことを言いやがる。だがシエルには悪いが、俺たちがそんなことを認めるわけがない。俺たちがそんな薄情だと思われているならそれこそ心外だ。故に俺はシエルの言葉を全力で否定する為声を張り上げた。


「くだらないこと言ってんじゃねえ! 俺たちがお前を残して逃げるか!」

「でも! 兄さんたちが死んだら、反撃の芽は潰えてしまうわ! この街はこれまで私がいろんなことに巻き込んできた。この街の最期は私が看取るわ」


 それでも尚シエルはそう言い切る。だがそんなことはアイギスも認めやしない。


「そんなの駄目です! 私たちはもう一心同体です! 最後まで離れ離れになんてなりませんよ!」


 俺はアイギスの言葉に頷く。戯言はもう終いだ。俺たち三人が全力でやつらを倒すんだ。


 一方、テレジアも既に体力は尽きかけているのだろうが、それでも彼女は俺たちに立ち向かい続けていた。彼女を動かすものはもはや執念だけに違いない。


「テレジア様ぁ!?」


 その間にも、彼女の仲間たちは次々と炎に呑まれていく。そんな中彼女は一人抵抗を続けるが、片方の銃を失った彼女と俺たち三人では戦力差は歴然であり、彼女は徐々に勢いをなくしていったのだ。


「ずあっ!」

「きゃあ!?」


 彼女が怯んだ隙に俺は彼女の肩に斬撃を加える。噴出す鮮血。そしてこの瞬間、彼女の集中力が完全に切れたのを、あの少女が見過ごさなかった。


「これで終わりよ!」


 彼女の間合いに完全に入り込んだシエルは、テレジアの首を刎ねようと剣を振るう。次の瞬間にはその首が宙を舞うだろうと、その場にいた誰しもがそう思った。しかし……


「しまっ……!?」


 生への執着か、生き物の本能か、それとも本当にたまたまだったのかは分からないが、はっきりしていたのは、テレジアは残った銃を自身の首の代わりにシエルに差し出したという事実だけであった。


 シエルの剣はテレジアの銃を真っ二つにする。シエルは予想外の手ごたえに一瞬困惑したようだったが、それ以上に銃を差し出した当人であるところのテレジアの方が驚きを隠せないようだった。恐らく彼女は、まさか自分がそのような行動に出るとはつゆほども思っていなかったに違いない。


「馬鹿な!? 仲間が私の為に命を落としていったというのに、私は、一人生き永らえたいとでも思っているのか……!?」


 テレジアは、先刻自身が命よりも大事と豪語したはずの銃を犠牲にしてまで生きようとした自分のことがまだ信じられないのか、自らにそう問いかけた。


 だが、生き物が自分の命を守ろうとすることは自然の摂理だ。どれだけ復讐に身をやつしたとしても、生命の本能を失うことはないのだ。それを彼女は理解していなかった。これはただそれだけのことだ。


 どちらにせよ彼女の二丁拳銃は二つとも完全に破壊された。もはやテレジアが自身を守る術は何もない。彼女の息の根を止めるには今しかない。


「シエル!」


 俺は呆けたままのシエルに喝を入れる。彼女はハッとすると、倒れているテレジアにトドメを刺そうと飛びかかった。しかしその時、またしても予想外のことが起こったのだ。


「……………………」


 シエルの剣はテレジアを貫かなかった。

 彼女は無防備なテレジアにトドメを刺すことなく、剣を中空で止めたままその手を震えさせていたのであった。

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