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サキュ俺㉘ 温かな記憶

「アイギス!? お前いつの間に!?」


 まさかこんなに早く彼女がここにつく訳がないと思い込んでいた俺は、あまりに早いアイギスの登場に思わず声が裏返ってしまった。一方当の本人も、まずいものを見てしまったと思っているのか、俺に対して何度も頭を下げて「すみません!」と釈明を繰り返した。


「ほ、本当にすみません! 盗み見するつもりではなかったのですが、お二人の声が聞こえたのでつい……あ、すみません、お邪魔ですよね!? 私はあっちで待たせていただきますので、どうぞ営みを続けてください!」


 焦り過ぎているのか、俺の話は一切聞かずに勝手に展開を進めようとするアイギス。どうやら彼女は思い切り勘違いしていやがるらしい。俺は思わず声を荒げて悲惨な現状を訴えた。


「何が営みだ!? よく見ろ! 俺は泥酔しているシエルに襲われてるだけだっての!」

「襲われてるって何よ!? 散々あたしを待たせておいて酷い言い草ね! あたしはおにぃちゃんが大好きなだけよ!」

「よ、酔っ払いがやかましい!」


 シエルの酒癖の悪さは今に始まったことじゃない。前にも今日のように襲われそうになったことだってあるんだ。だがこいつは翌日にはケロッと酔っていた時のことを忘れてやがるので始末が悪い。こんな酒乱の言うことを聞くのはあまりに馬鹿げているということを俺は良く知っていた。

 だが、ここはやはり天然もののなせる技か、アイギスはどうやらこのおバカの言っていることを真に受けてしまったようだった。


「やはりそうなんですね! ということは、私はお邪魔ということになりますか……?」

「そうよ! 邪魔よ、邪魔! 分かったらさっさと向こう行きなさい!」


 シエルはしっしとアイギスを向こうに追いやろうとする。シエルのワガママ放題の言い草は、本来であれば怒ってもいいところだと俺は思う。だが、変に誤解している今のアイギスにはどんな言葉も効果がなさそうであった。


「わ、分かりました。それでは私はあちらの方にでも……」

「こら! いつまでボケ倒してんだよ!? いいから早く俺を助けてくれ!」


 散々ボケとツッコミの応酬が行われた後、ようやく俺はアイギスの手によってシエルから解放されたのだった。


「エライ目に遭った……」


 俺は乱れた服を直しながら深いため息をつく。一方シエルは散々暴れたせいか、いつの間にか深い眠りに落ちていた。俺はそんな妹を見てまたしても大きくため息をついた。


「お疲れ様です、アレンさん」

「ああ、疲れた……ったく、いい気なもんだよな。こいつは昔からこうだから……」


 俺は気持ちよさそうに寝息を立てているシエルの頬をつつく。それを見てアイギスがほほ笑んだ。


「お二人は本当に仲が良いんですね」

「まあ、そうだな……。俺がいた孤児院には他にも子供はいたが、なんだかんだ俺はいつもシエルと一緒にいたからな。俺が勇者パーティに入った後も、あいつは俺の後を追ってパーティに入って来たし」


 思い返すと、俺の記憶にはいつも隣にシエルがいた。ワガママでいい加減なところもあるけど、あいつはいつも俺のことを大切にしてくれていたと思う。

 あいつは俺にあだなす者を絶対に許さなかった。俺をクビにした勇者にすら、あいつは食って掛かろうとした。


『今の立場なんてどうでもいいわよ! 兄さんをクビにするなんて、あたしは絶対に許せない!』


 あの時、シエルは大粒の涙を流しながらそう言ってくれたのだ。

 あの日、俺はこれまで築き上げてきたものを一瞬で失った。だが、俺は家族だけは失わなかった。シエルだけは、俺の味方でいてくれたんだ。

 だっていうのに、俺は3年もの間、彼女に寂しい思いをさせてしまった。彼女がいつも以上にワガママだったのは、そんな自分勝手な俺に対するお仕置きの意味もあったのかもしれない。そう考えると、俺はやはり、このワガママ娘の数々の蛮行を許してやろうと思ってしまうのだった。

 

 気が付くと、俺はシエルの頭を撫でていた。


「兄さん……」


 シエルが寝言で俺を呼ぶ。


「ふふ」


 そしてやはり、アイギスはそんな俺たちを見てほほ笑むのだった。


「あ、ところで、アレンさんはあの二丁拳銃の人に襲われていたんじゃなかったんですか?」


 と、ここで不意にアイギスが俺にそう問うた。


「ああ、テレジアが病み上がりだったお陰か、それとも単純にマヌケだったお陰かはわからんが、なんとか彼女を撒いたんだが、こう警備が厳しくちゃ逃げられそうもなくてな……」


 しかも泥酔したワガママ娘を担がなきゃならないからな。いくら彼女がスリムで軽いからといっても、人一人担いで満足に動けるわけもない。


「確かに警備は厳しかったですね。私もここまで来るのは結構骨が折れました」

「本当によくこんなに早く来られたよな。危険なことをさせちまったなって後悔してたところだったんだがな」

「えっと、実は、裏技を使いましてね。そんなに長い時間は使えないんですが、一定時間相手に全く存在を感知されないようにする魔術があるのです」


 その魔術「イグノアランス」は俺も知っていた。魔術師である以上、無意識の内に常に一定程度魔力を外に放出してしまっているせいで、魔術感知の得意な魔術師には例え遠くにいても位置を探り当てられてしまうことが多い。しかし、アイギスの使った魔術は、魔術感知どころか気配すら消すことができるので、相手に絶対に見つかってはいけない隠密活動などの際には非常に重宝するのである。

 無論、便利である反面会得するのは決して楽ではないのではあるが。


「さすが、Sランクで魔術学校を卒業しただけはあるな……」


 相変わらずアイギスの魔術のバリエーションの多さには恐れ入る。


「いえいえ、使えるとは言っても、私ではあの魔術は多用できませんので」


 基本的には隠密活動用の魔術だからそれも仕方ないだろう。例のくノ一姉妹なら恐らくこれは完璧に使いこなせるのだろうが。


「とにかく、これだけ監視の目の多い中出て行くのは危険かもしれません。明日朝になるのを待って、シエルさんが元に戻ったら行動を始めましょう。朝になれば、警備も私たちが逃げたかもしれないと思い、油断するかもしれませんからね」

「そう、だな。とりあえず朝まで待ってみるか」


 俺はアイギスの言葉に頷いた。闇に紛れた方がいいかもしれないのではとも思ったが、これだけの厳戒態勢の中、シエルを担いで逃げるのはやはり困難だ。明日全員が万端な状況の方が確実にここを抜けられるだろう。

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