サキュ俺㉗ VSテレジア リターンマッチ!?
テレジアは瞬時に二丁拳銃を抜くと、躊躇うことなく俺たちに向け発砲する。だが、それよりも一瞬早く動き出していた俺は、彼女の弾丸を何とか回避することに成功した。
「逃がすか!」
「くそっ!」
俺は今、完全にお荷物と化したシエルを抱えながら逃げる羽目になっている。彼女がこの調子では、ただでさえ苦手な魔力生成はロクにできそうもない。まずい状況であることは明らかだ。故に俺は、止む無くある行動に出た。
『聞こえるかは分からんが、アイギス、なんとかここまで来てくれ!』
情けない話だが、俺は昨日別れたばかりのアイギスにダメ元で助けを求めたのだ。彼女は確か街の近くにいるとは言っていたが、果たして俺の声は彼女に聞こえるのだろうか……? だが、次の瞬間……
『アレンさん! どうしましたか!?』
なんと、本当にアイギスと念話が繋がったのだ。俺は必死に逃げながら心の中でこの危機的状況をアイギスに訴える。
『簡単に言うと、街でなぜかこの前戦ったあの二丁拳銃女と遭遇して戦闘になってる! どこにいるかは知らないが助けに来てもらえないか?』
もはや恥など俺はかき捨てていた。プライドのせいで命を落とすくらいなら、俺はいくらだって人に頭を下げる覚悟だ。そしてそんな俺の必死さは、しっかりと彼女には伝わったようだった。
『それはまずい状況ですね……待ってください! すぐにそちらに向かいますから!』
『頼む!』
「どこを見ている! 食らえ!」
念話で集中力が少し散漫になっていることを悟ってか、この時とばかりに、テレジアは街中にも関わらず連続で俺を銃撃してくる。俺はシエルを担ぎながら、なんとか右手の短刀一本だけでやつの魔術弾を弾いて攻撃を回避する。
しかし、助けを求めたはいいが、正直今アイギスがどこにいるか見当がつかない以上、このまま攻撃を避けることしかできないのは完全にジリ貧だ。何か策を考えなければ……。
「相変わらず厄介なやつだ! それにしても、この前のサキュバスも連れずに、そんな酔っ払いの女だけを連れ歩くなど、貴様随分とエルフを舐めているんだな!?」
「別に舐めている訳じゃない! こっちにだって事情があるんだ!」
と、その時俺の中でとあるアイデアが浮かんだ。いや、正直こんな子供だましをアイデアと言っていいのかすら怪しいところだが、この場を乗り切るには、これを一か八かやるしかない!
俺は一度大きく息を吸い込み、乱れた呼吸をわずかながら整える。
そして、テレジアの魔力の補充のタイミングを見計らい、俺は不意にニヤリと不敵な笑みを作ったのだ。
「何だ貴様!? この状況で笑みを見せるなど、何を考えている!?」
案の定、テレジアはそれに食いつく。一度俺に敗れているだけに、彼女は俺の一挙手一投足に必要以上に過敏になっている。その慎重さこそが、次なるお前の敗因になることだろう。
俺は笑みを湛えたまま、明後日の方向を向く。そしてその方向に向かってこう叫んだのだ。
「今だアイギス! やっちまえ!」
「なに!?」
俺の叫んだ方へと瞬時に振り返るテレジア。だが残念ながらそれは無駄だ。
「……って、誰もいない!?」
なぜなら、俺の相方がまだここにいるわけがないからだ。彼女がこんなに早く俺の元に来てくれるのなら苦労はしない。
テレジアが俺を見失っている隙に、俺は住宅街に侵入し、建物と建物の間の狭い通路を走り抜けて逃走を図る。かつてこの街で暮らしていた俺は、この街の構造についてはある程度理解していた。リインフォースから来たばかりであろうテレジアには、この街の細かいところまでは分かるまい。
俺が繰り出したハッタリにまんまと騙されたテレジアは、逃げおおせる俺に向かって「おのれ! 貴様待て!」と叫んだ。だが待てと言われて待つ馬鹿野郎は残念ながらいるわけがない。俺はついに、やつの手から逃げることに成功したのだった。
「……ふぅ、あんな作戦に引っかかってくれて助かった。普通こういう時は魔力の反応があるか確認するもんなんだがな」
もしかしたら、やつは戦いに復帰したばかりでまだ感覚が鈍っているのかもしれない。元々一個小隊を率いていたくらいだ、あまり彼女を舐めすぎるのは得策ではないだろう。俺は慎重に辺りに気を配りながら狭い道を進んだ。
しばらく歩くと、俺は人気のあまりない場所に出た。何やら見覚えがあるような気もしたが、辺りには街灯もない為、周囲の状況を掴むことは難しそうだった。俺はとりあえず手近にある物陰に隠れ、アイギスの到着を待つことにした。
今現在、そこらじゅうでエルフたちは俺たちを探していることだろう。テレジアがうろついている以上、アイギスも警備を掻い潜るのは容易ではないだろうが、今は彼女の到着を待つより他に方法はない。こういう時は大概、俺も魔力生成が苦手なままではいけないと思うのだが、危機的状況を乗り切った後は決まってそのことをすっかり忘れてしまうあたり、俺はやはり怠惰な人間なのだろうと思う。
それにしても、シエルがもう少しまともな状態なら、最悪俺が魔力生成を頑張って彼女のバカ魔力で強行突破と行くところだが、それは些かリスキーでもある。確実な突破を目指すなら、沢山の魔力をアイギスに作ってもらい、俺たちがフルパワーで魔術変換を行うことが望ましいのは疑いようもないことだ。今回を通して、今の俺にはアイギスが必要であることが改めて浮き彫りになったと言えるだろう。
「おい、しっかりしろシエル」
俺はへべれけの状態で横になっているシエルの身体を揺する。すると彼女は据わった目でこんなことを言った。
「ねえ、アレンおにぃちゃん」
そう言いながら、なぜか俺にくっついてこようとするシエル。そこで俺はあることを思い出していた。このシエルは、酒に酔うと、身体全体を使って人のことを愛でてくるという実に面倒な癖があったのだ。
「おにぃーちゃーん!」
「うぉ!?」
シエルがマントとツインテールを振り乱しながら、ガバッと俺に覆いかぶさってくる。そして、あろうことか俺の顔に彼女の顔をすりすりとこすりつけ始めたのだ!
「おにぃちゃんだーい好き」
「こら、やめぃ!?」
「なんでー? あたしの愛情が受け止められないって言うの?」
吐息がかかるくらいの距離感でシエルはそんなことを言ってくる。正直酒臭いのは間違いないが、それと同時に香水によるものなのか、彼女の身体からはシトラスの良い香りも同時に漂って来ているせいで、俺は彼女を直視することができなかった。俺は目を逸らしながら、「そ、そういうことじゃなくてだなぁ……」ともごもごしながら言うのがやっとだった。
シエルは俺にとって実の妹ではないことは既に承知のことと思う。兄妹のように育てられてきたとは言え、あくまで彼女は年下の異性だ。いくら普段は妹としか思っていなくても、こんな風に近づかれると、嫌でも異性を意識してしまうのだ……。
「おい、頼むから離れてくれないと、俺は……」
そう言いかけて、俺はあることに気が付いた。
「ドキドキ……」
なんと、いつの間にかアイギスが俺たちの傍に立ち、事の成り行きを楽しそうに見守っていたのであった。