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サキュ俺㉖ 予期せぬ再会

 アイギスが出て行ってからというもの、なぜかシエルはめっきり口数が少なくなった。俺はこれまでの態度を叱ろうと思っていたのだが、そうあからさまに暗くなられては怒るに怒れない。


「あの、にい、さん……」


 何やらもじもじしているシエル。


「どうした?」

「えっと、あの、サキュバスの子のことで……」


 シエルが何やら言いかける。だが、すぐに彼女は「やっぱりなんでもない……」と言って、口を噤んでしまった。そしてその夜はもうそれ以上何も言わず、さっさと自分の部屋に引きこもってしまったのだった。


 翌日、俺たちはナタリアの街へとくり出した。昨日の夜作戦会議をしたように、俺たちは重要拠点を再度重点的に下見することにした。

 街を見て回って感じたのは、現状、シエルたちによる無差別攻撃が行われているにも関わらず、思いのほか街の人間に混乱した様子は見られないということだった。

 無論、警備面は強化されているらしく、重要拠点の守りはより堅固になったようにも思えた。しかしそれは、シエルが目論んだように、エルフたちがこの街から逃げ出すという状況とは程遠いものとなっていたのである。


「前よりも守りが堅いわ……なんでよ、なんであれだけ攻撃してるのに誰も逃げようとしないのよ……?」


 総督府の警備体制を見つめながら苛立ったようにそう呟くシエル。


「ここは重要拠点だろうからな。魔王軍としても、簡単に手放すわけにはいかないんだろう」


 俺がそう言うと、シエルは分かりやすいくらいに肩を落とした。どうやら理想と現実のギャップの大きさはかなり大きかったらしい。俺の意図通りとはいえ、その落胆した様子は些か可哀想に思えた。


 大まかな部分を見終わった俺たちは、食事を取る為に食堂を探すことにした。だが相変わらず気持ちが沈んだままのシエルは、俺の横をトボトボと歩くのがやっとであるようだった。すると、唐突に彼女はこんなことを言ったのだ。


「兄さん……」

「なんだよ?」

「……お酒が飲みたいわ」


 俺は思わずずっこけそうになる。


「ヤケ酒かよ……」

「なによ、ダメなの?」

「ダメじゃないけどさ……」


 正直なことを言えば、俺はシエルに酒を飲ませるのは反対だった。というのも、こいつは酒癖が悪く、酔うといつもロクなことにならないからだ。

 だが言い出すと聞かないシエルのことだ、こうなっては頑として譲らないだろう。やむなく食堂探しは取りやめ、俺たちはシエルの望みどおり酒場に行くことにしたのである。


 この街の酒場は、リインフォースのような寂れた街とは違い、客の人数も多ければ、出てくる酒の種類も非常にバリエーションに富んでいた。そして案の定、シエルは度数の強い酒を次から次へとかっくらっていった。一方俺は下戸なので、チビチビ弱い酒を飲むにとどまった。


 俺はしばらく酒の回ったシエルの愚痴に付き合っていたが、ふと俺たちの横で飲んでいる3人組のエルフたちの会話が耳に入ってきた。俺とシエルは自然とその会話に聞き耳を立てた。


「この前の攻撃の後犯人を追いかけたやつら、全員戻ってこなかったらしいぞ」

「マジかよ……あの犯人、相当ヤバいやつなんだな」


 どうやらこの前のシエルの無差別攻撃と、俺たちが撃退したエルフたちのことについて話しているようだ。


「ふーん」


 さっきまで不機嫌オーラ丸出しだったシエルだが、自分のことを畏れられ一転して上機嫌となったようだ。いつもながら本当に単純なやつだ。

 だが、エルフの男は次にこんな気になることを言ったのだ。


「でもさ、結局あいつらもやってることは同じだよな。俺たちエルフは元はここに住んでたのに無理やり出て行かされて、それに怒って無差別に人襲って……それを人間どもは極悪非道とか言ってたけど、お前らもおんなじことやってんじゃねえか! って思うよ」

「は……?」


 まずいと思った時には既に手遅れだった。男たちの話に聞き耳を立てていたシエルは、聞き捨てならない言葉を吐いた男に対し真っ先につっかかっていってしまったのだ。


「おい馬鹿! 何やってんだ!?」


 俺が必死に止めるも、酔いの回った彼女は言うことを聞かない。シエルはアルコールがすっかり回っているのか、据わった目で男たちにこう尋ねた。


「今の話ってどういうこと……?」

「な、なんだよお前……? お前には関係ないだろ!」


 すると、向こうも酒が回っているのか、なんと突っかかってきたシエルを突き飛ばしたのだ。シエルが倒れこむと、近くの席にぶつかり、その上に載っていた酒の入ったグラスがいくつか地面に落下した。そしてそれが、シエルの怒りに火を点けてしまったのだ。

 シエルは立ち上がり、自身を突き飛ばした男の方へと向かっていく。俺はシエルを後ろから羽交い絞めにしようとしたが、それでも彼女が止まることはなかった。


「……ふざけんな」

「お、おい、あんたさっきからなんだって……」

「五月蝿い! さっきから勝手なことばかり言ってんじゃないわよ!? あたしたちがあんたたちと同じ? ふざけないで! ここはあたしたちの国だ! 余所者があとから来て自分たちのものぶってんじゃないわよこの盗人が!」

「おい! やめろって言ってんだよ!」


 俺はシエルが怪我をしようとも彼女を止めなければと思い、もはや手加減はせず、彼女を床に投げ飛ばした。

 気付くと、辺りはすっかり野次馬で一杯になっていた。ただでさえエルフに化けている俺たちは慎重に行動しなければならないのに、こんな騒動を起こすなんてあまりにもお粗末過ぎる。

 俺は御代と、こぼしてしまった他の客の酒、並びに割ってしまったグラス代の意味をこめて、あるだけの金を店側に支払い、一目散に酒場を出た。


「兄さん待ってよ!? まだあいつらに言わないといけないことが……」

「馬鹿かお前は!? お前はどこまでふざければ気が済むんだ!? こんな騒動を起こして、どうなるか考えなかったのか!?」


 普段は見せない俺の剣幕に、シエルは流石に黙った。だが反省したところでもう遅い。シエルの一連の言動は明らかに俺たちが人間と疑われても仕方がないものばかりだ。明日も調査を続ける予定だったが、もはやそんな余裕はないだろう。今すぐ宿に戻り荷物をまとめて帰る。今俺が考えているのはそれだけであった。


 だが、状況は俺が考えている以上に迅速にまずい方向に進んでいた。そして酒場を出た俺たちを待ち受けていたのは、今一番会いたくないあの人物だったのだ。


「な、なんで、お前が……?」


 俺はその姿を見て戦慄した。それは、数日前俺たちが死闘を演じたリインフォース近郊の砦で、エルフの一個小隊を率い、アイギスの身体を銃弾で貫き、そして俺の手によって瀕死の重傷を負ったはずの少女、テレジア・クラルヴァインその人であったのだ。


「巡回していた警備隊から、怪しいやつらが騒いでいると聞き、急いで駆けつけてみたが、まさか、こんなところで貴様に会えるとは……」


 テレジアはニヤリと笑う。

 すると、唐突に彼女は自身の軍服のボタンを上から3つほど外し、自身の胸元をはだけさせたのだ。


「そ、それは……」


 彼女の身体には、刃で切りつけられたような大きな傷跡がくっきり残っていた。それは間違いなく、あの戦いで俺が彼女に負わせた刀傷であった。


「私の身体に傷を負わせた貴様の罪は重いぞ……。ここで会ったが百年目。貴様は、この場で殺してやる!」


 次の瞬間、彼女は二丁拳銃を抜き、俺に突きつけたのであった。

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