サキュ俺㉕ 頑なな少女
剣とロッドが交わり火花が散る。
激しい戦いのせいで、俺の目の前でアイギスの溢れんばかりに大きな胸がこれでもかとばかりに揺れる。見るなと自制しながらも、そのあまりのインパクトに思わず目が奪われてしまう。
すると、どうやらそれが気になったのは俺だけではないようだった。
シエルはアイギスの大きすぎる胸と、自身の起伏のほとんどない胸部を見比べ、次の瞬間には、先ほどよりも怒りを露にしたようだった。
「あーもー! あんたホントムカつくわ!」
シエルはアイギスに苛立ちをぶつける。そこには身体の局地的な成長の圧倒的な差に対する抗議が含まれていたことは言わずもがなだろう。いや、それって八つ当たりでしかないんじゃないだろうか……?
「それはお互い様です! あなたの偏った考え方には賛成できません!」
対してアイギスもまったく譲らない。どうやら彼女はシエルが更に苛立っている理由には気づいていないようではあるが。
「五月蝿い! サキュバスなんかにあたしたち人間の考えは理解できないのよ!」
「その傲慢さが気に入らないのです! あなたのような人が、あたかも人間の代表であるかのように振舞わないでください!」
どうやらこの調子ではこの喧嘩は終わりそうもない。今はまだ二人の自制が辛うじて利いているお陰か、この大浴場の設備を破壊するところまでは至っていないが、更にヒートアップすればそうもいかなくなることだろう。それだけは絶対に避けなければならない。
図らずも女湯に入り込んでしまうという大失態を演じてしまった立場上、なるべくは強引な手段は避けたいと思っていたが、事ここに至ってはそうも言っていられない。
俺は力を掌に込める。そして空気中に散らばる魔力を一箇所に収束させる。はっきり言って俺は魔力生成は苦手だ。だが決してできない訳じゃない。アイギスの数倍時間がかかるだろうが、一つでも魔力石があれば今は十分だ。そしてしばらくして、この掌に魔力石が出現したのだ。
またしても剣を構えるシエル。それを受けて立とうとするアイギス。一瞬の後には、二人は再び刃をまみえることだろう。しかし、俺はもはやそれすらも許すつもりはなかった。子供の喧嘩はもう終いだ。
駆け出す二人。その瞬間、俺は魔力石を砕き全身に魔力を行き渡らせる。これだけで、お馬鹿二人を黙らせるには十分だ!
「な!?」
「え!?」
驚愕する二人。それもそうだろう、今の今まで敵は目の前の少女だけだったはず。それが今、なぜか俺に喉元に短刀を突きつけられていれば混乱するのも頷ける。
「もうやめろ二人とも! ここがどこだか忘れたのか!」
俺は最大限に睨みを利かせ、二人の少女を威圧する。
「ぐ……」
「す、すみま、せん……」
俺の剣幕についに二人は押し黙ったのだった。
自室。俺の目の前には正座をしている少女二人。アイギスは実にすまなさそうに俺を見ている。が、それに対しシエルはアイギスをずっと睨み付けていたのだ。
「シエル!」
「だって、この女が兄さんをたぶらかそうとするから……」
頬を膨らませてそう言うシエル。子供らしい一面は3年前から少しも変わっていない。
「だから、あれは事故だっての……。俺を心配してくれるのはありがたいけど、もう少しお前も冷静になってくれよ」
俺は溜息をつく。だが相変わらずシエルはむくれたままであった。
「とにかく、お互い手を出したんだから、ここは二人とも謝って仲直りしてくれ」
「えー!?」
「やかましい! いいから謝れ!」
言うことを聞かないシエルを叱りつける。勘違いとはいえ、お前は喧嘩を吹っかけた張本人なんだから謝るのは当たり前だろうに。その台詞は本来であれば、明らかに巻き込まれる形となってしまったアイギスの方が言いたい台詞だろう。故に俺は、シエルには悟られぬよう、念話でアイギスにこう言ったのだ。
『納得いかないだろうが頼む』
『な、納得いかないなんて、そんなことはないです! 手を出した私も悪いですし、私も謝ります』
突然の念話に驚きながらも、俺の言葉を素直に聞き、ちゃんと謝ろうとしてくれるアイギス。だが肝心のシエルはそっぽを向いたまま話をしようともしていない。これにはさすがに俺も頭にきた。昔から自分の意見を曲げないやつだったが、こうも強情ではなかったような気がするんだがな……。
ここまで意固地になるくらいだ、この件に関してよっぽど腹に据えかねることがあったのかもしれない。だがそうだとしても、彼女ももう16歳だ。子供だった3年前とはわけが違う。
大人には大人なりの立ち振る舞いが求められるものだ。それにすら従えない人間など俺は作戦においては邪魔であると言い切ることができた。故に、俺は彼女に説教をしてやろうと口を開こうとした。しかしその時だった。
「アレンさん、もういいですよ」
「え……?」
そう言うアイギスは実に寂しそうに笑っている。
「謝りたくない方に無理強いしても仕方がないです。せっかくご兄妹が再会できたのに、私のせいでぎくしゃくしちゃうのは嫌なんです。だから、ここは私が失礼させていただきます」
アイギスは俺たちに背を向ける。そして部屋に置いてある自身の荷物に手をかけたのだ。
「ちょ、ちょっと、待てって……」
なぜアイギスが出ていかなければならないのか納得いかない俺は、アイギスを引き留めようとした。しかしその時、今度はアイギスから俺に念話があったのだ。
『アレンさん』
『アイギス!? おい、なんでお前が出ていくんだよ? お前が出ていく必要なんて全然ないだろ!』
『勝手を言ってすみません……。でも、これはもう決めたことですので。でも、一度お二人からは離れますが、私はこの街の近くにいるようにしますから、何かあったら念話でお呼びください。必ず駆け付けますから。……無責任ではありますが、彼女のことは、お兄さんであるアレンさんにお任せできればと思います』
無責任なんてことはない。俺はあいつの兄貴だ。そして、あいつをパーティに入れたいと思ったのは、他でもないこの俺だ。真にアイギスのことを想うのなら、俺は今すぐシエルに出ていけと言うべきなんだ。
だが、そこまで言うことは俺にはできなかった。妹を傷付けたくないという気持ちも、俺はやはり捨てることができなかったのだ。
『お前にばかり嫌な思いをさせて、すまん……』
『そ、そんなことはないです! アレンさんはご自分を責めないでください。アレンさんが妹であるシエルさんを大切に思われるのは当たり前です。今は、私がいるとすぐ喧嘩になってしまいますので一度距離を置きますが、彼女とはいつかは仲良くなれればと願っています。少しの間お別れですが、無理はしないようにしてくださいね』
こう言って、アイギスは部屋を出ていく。
『ああ、ありがとう……』
そんな彼女に対し、俺はそう言うことしかできないのだった。
続きます!