サキュ俺㉓ ドジっ子アレンの受難
エルフに化けた俺たちはナタリアの街にたどり着いた。俺たちは街の入り口の門を何食わぬ顔で通る。もし俺たちが人間の姿のままであれば、真っ先に憲兵に捕まっていたことだろう。だが、憲兵は特に俺たちを止めることもなく、そのまま俺たちが門を通るのを見届けたのであった。
「上手くいきましたね」
俺の横を歩くアイギスが控えめながらも弾んだ声で俺たちにそう言う。
「ああ。でもここは敵地だ。決して油断はするなよ」
俺の言葉に左右の2人が頷いた。
その後、俺たちはざっと街全体を見て回り、総督府等の重要拠点の位置を確認した。建物自体は俺たちが昔住んでいた時から大きな変化はなかったが、やはりその用途はエルフがここに来てから大きく変わったようであった。
「とりあえず、大まかな位置はわかったな。今日はざっとだったが、明日は施設の出入り口や、兵士の交代時間なんかも出来る限り調べたいところだ」
「そうね。とりあえず宿を見つけてから明日の作戦会議をしましょう」
外が茜色に染まる頃、俺たちは宿を探しはじめた。だが、それは予想外に難航することとなったのだ。
「なんでこんなにおっきな街なのに泊まるところがないのよぉ……」
「ですねぇ……」
項垂れるシエルとアイギス。普段は相容れない2人だが、この時ばかりは気持ちを同じくしているようであった。
この規模の街ともなれば宿泊施設の数自体は当然多い。だが、それはここに人間が住んでいた時の話だ。ここに移住してきたエルフの数はどうやら、当初ここに住んでいた人間よりも少ないようで、夜になってもあちこちで灯りの灯っていない施設が散見された。そしてそれは宿泊施設に関しても同じようであり、建物の数の割に実際に稼働している宿泊施設の数はそう多くはなかったのである。
それでも俺たちは、街中を駆けずり回り、外がすっかり暗闇に包まれる頃になんとか宿泊可能な宿を探し出しすことができた。そこはレンガ造りの3階建で、大浴場付のそれなりに立派な旅館であった。
「ふう、宿探しにこんなに時間がかかるとはなぁ……」
「緊張感もあってかなんだか疲れちゃいましたね……」
3階にある俺たちの部屋(ちなみにこの部屋は女性陣用で、俺は自分用に別室を取った)に着くと、俺とアイギスは同時に深い溜息をついた。一方シエルは体力自体はまだまだ尽きていなかったのか、そんな弱々しい俺たちを見て、眉間にしわを寄せこう言った。
「ほらほら、兄さんは『変化の魔術』の維持で疲れているのはわかるけど、明日スムーズに行動する為にも作戦はしっかり立てないとダメよ」
「わ、わかったっての……」
休む気満々だった俺だったが、やる気十分のシエルに押される形で作戦会議を始めることにした。
そこで30分程度かけて明日回る場所を決めた。街が大きいのと、一つ一つの施設の調査に時間がかかることから、1日で回りきれるかは微妙なところではあったが、シエルがサレルナをそんなに長い期間自分不在にはしたくないと言うので、明日の内にほとんど回りきり、明後日の午前中にはすべての調査を終えようということで話はまとまった。
と、ちょうどその話し合いが終わった頃だった。俺はここ数日の疲れから、猛烈な眠気に襲われていた。そしていつしか、俺は1人眠りに落ちてしまっていたのだ。
「あれ、誰もいない……」
目を覚ますと、部屋には俺以外誰の姿も見当たらなかった。唯一、部屋のテーブルに「お風呂に行ってきます」というアイギスが書いたと思われる可愛らしい丸文字の書き置きが残されているのみであった。
「あいつら風呂に行ったのか。汗かいたし、俺も風呂入るか……」
俺は寝ぼけているせいでうつらうつらしながらも、換えの下着などを持って部屋を出た。
ちなみに目的地である大浴場は1階にあるので、俺はふらふらした足取りのまま、階段を2フロア分降りた。
大浴場の入り口は2つあり、当たり前だが男湯と女湯で分かれていた。と、そこに張り紙で何やら注意書きのようなものが書かれているのが目に入った。
「なんだこりゃ、時間によって男湯と女湯が入れ替わるのか?」
俺は眠気まなこをこすり注意書きをよく見ようとするも、まだ眠気が残っているせいでどうにも集中力が続かない。
「22時まではこっちは女湯で、こっちが男湯か。こんだけ眠気が残ってるんだし、居眠りしてたのは多分ほんの数分だろう……宿に着いたのは20時ぐらいだし、まだこっちで大丈夫なはずだ」
そう言いつつ、俺は時間をろくに確認せずに男湯と思しき部屋の扉を開いたのだ。
「あれ、誰もいない……」
脱衣所には俺の他に人の姿はなかった。この時間から人が誰もいないなんて、果たしてこの宿の運営は大丈夫なのだろうか?
「って、エルフの宿のことを心配してどうする……」
俺は誰にでもなくそう呟くと、気を取り直して服を脱ぎはじめた。
ちなみにだが、風呂に入るからといって気を抜いてうっかり「変化の魔術」を解いてしまったらエラいことになるのは言わずもがなだ。他の部分はだらしなくしていても、そこだけは俺は死んでも維持しなければならないのである。
「風呂から出たら、アイギスに魔力石つくってもらおっと……」
そんなことを呟きながら、俺は浴場へと通じる扉を開いた。
「おー、結構広いな」
中は俺の想像よりも遥かに広く、左右には身体を洗う為の洗い場、奥には大きな浴槽が広がっていた。そして外にはどうやら露天風呂までついているようだった。俺はとりあえず身体を流そうと、洗い場の方へと向かおうとした。だがその時……
「……アレンさん……?」
「え?」
ふと、アイギスの声が俺の右方向から聞こえた気がしたのだ。
「バカな、ここは男湯だぞ。こんなところに、アイギスがいるわけ……」
そう言いつつ、俺は視線を徐々に右手に持っていく。すると、その相手も考えていたことは同じだったのか、ある一点で俺たちの視線は完全に交わったのだ。
「「え?」」
俺の視線の先には、金色の長い髪を水に濡らし、普段は服の下にあるはずの、先端に桜色を添えた巨大な双丘と、ツルンとした大事な部分が丸見えの状態のアイギスの姿があったのだ。
「あ、あ……」
そしてそんな彼女の顔が、刻一刻と恥じらいを表す赤色に変わっていっているのを、俺の目はしっかり捉えていたのである。
「アイギス!?」
この状況、もはや弁明ができるような状態ではないのであった……。
続きます!