サキュ俺㉒ 潜入調査!
翌日、俺たちは再びシエルたちのアジトを訪れていた。そこで俺はさっそくシエルにあの提案をしたのだった。
「潜入調査?」
「ああ。やっぱり街を攻撃するなら現地の様子はちゃんと知っておかないとダメだと思うんだ」
「でも、街の内部の様子はもうエアハート姉妹に調べてもらったし、それ以上は必要ないと思うけど……」
どうやらシエルは例のくノ一姉妹に街の調査をさせていたらしい。まあそれぐらいは流石のシエルでも抜かりはないようだ。
「だがそうは言っても、彼女らはエルフたちから見つからないように行動していたんだろう? 俺が言っている潜入調査は、俺の『変化の魔術』で本物のエルフになりすまして堂々と重要拠点を見て回り、現地のエルフの声を聞くことを目的としている。それは隠密活動とは訳が違う。それに、ナタリアを攻めるのに、作戦の立案をしているお前自身が現場を見てるのと見てないのじゃ、作戦の精度にだって差が出てくると思わないか?」
「た、確かにそれもそうね……」
顎に手をあてふむふむと唸るシエル。俺の言葉にどうやら彼女も納得したようだ。
「兄さんの言うことももっともね。では潜入調査に行きましょう。調査で得た情報を生かしてもっと精度の高い作戦に仕上げていきたいわね」
そう言って笑顔を見せるシエル。どうやら彼女は俺が件の作戦に同調したと思っているようだ。
話し合いの結果、潜入調査は俺とアイギス、そしてシエルの3人で行うこととなった。と言うのも、俺の「変化の魔術」では同時に変化させられる人数が3人が限度なのと、なるべくシエルから仲間を離すことで、彼女に冷静に物事を判断してもらいたいと思ったからである。
ということで、俺たちは3人でナタリアの街に潜入調査に向かった。その道中、シエルはナタリアへの無差別攻撃にかける想い、そしてエルフの残虐さと非道さについて俺たちに語ったのだ。
「あたしはこの半年の間に、各地でやつらがあたしたち人間に対して行ってきた残虐行為を目の当たりにしてきたわ。命を落としかねない危険な作業に人間を従事させたり、オークやゴブリンといった仲間の魔族をけしかけて女性を暴行したり、人間同士を殺し合わせてその様子を見世物にしたり……とにかく、沢山の酷いことを見てきたの……」
シエルはギュッと手を握りしめ、悔しさに耐えているようだった。俺はそんな彼女を見つめながら、かつて孤児院で彼女と出会ったばかりの時のことを思い出していた。
実はシエルは幼い時、家族をエルフに殺されていたのだ。
シエルの暮らしていた沿岸部の村は、反アゼリア王国を掲げるエルフによる反乱軍の無差別な襲撃に遭った。彼女の親はシエルたち子供を庇って殺され、またシエルの兄や姉も彼女の目の前で息の根を止められてしまった。
そんな絶望的な状況の中、シエルはたった1人で生き残った。彼女は幼い頃から魔術の才能があり、その力で群がるエルフを退けたのだという。
そんな彼女が俺と初めて顔を合わせたのは、彼女が地獄のような体験をしてから間もなくのことであった。その頃の彼女は、「いつか必ずお母さんたちの仇を討つ」と言い、毎日夜が更けるまで魔術の鍛錬に努めていた。俺はそんな彼女を放っておけなくて、よく彼女の訓練に付き合ったものだった。
それから数年が経ち、彼女は俺たちと触れ合ううちに、少しずつ笑顔を見せるようになっていった。それに伴い、エルフに対する憎しみの心は少しだけ薄れたようだった。
だがその気持ちも、今のこの状況で完全に再燃してしまったはずだ……。俺はあの頃のシエルを知っているだけに、今の彼女を簡単に止めることはできないということを誰よりも理解していた。
「そんなことをするようなエルフを、あたしたちは倒さないとダメなのよ。この国、いや、この世界の平和の為に、それは必要なことよ」
シエルは語気を強めてそう言う。その様子はやはり、かつて復讐に囚われていた彼女と同じであるように思えてならなかった。
その時俺はふと、横を歩くアイギスの顔を覗き見た。彼女は険しい表情のまま、シエルの話に耳を傾けていた。やはり、エルフ全てを絶対悪と位置づけ、全てを倒さなければならないというシエルの考えを、アイギスは受け入れることはできないのだろう。
本当は、シエルの過去について、アイギスには伝えた方がいいのかもしれない。だがきっと、それはシエルが嫌がるだろう。彼女はまだアイギスのことを信用していない(無論アイギスだってそうだろうが)。シエルは分かり合った相手にしか自身の過去を語りたがらない。故に、それについてはシエルの心が傾くのを待つしかない。その前に二人が大喧嘩をしなければいいのだが……。
と、そうこうしている内に、俺たちはナタリア付近にまでたどり着いていた。行く先には、広範囲に渡って広がる荒野。ここは昨日、シエルが極大魔術で生命の息吹を消し飛ばしてしまった現場であった。
「そろそろ街に着く。この辺りで『変化の魔術』を施させてもらう。と、その前にアイギス、魔力石の生成を頼む」
「はい」
俺の指示に従い魔力生成を行うアイギス。その様子をシエルはなぜかジト目で見つめていた。別に今は何も変なことはしていないはずなのだが……。
「それじゃ二人とも、そこに並んでくれ」
気を取り直し俺がそう言うと、二人は微妙な距離を開けて並び合った。俺は思わず苦笑いを浮かべながらも、二人に順々に魔術を施していった。
「変化の魔術」により、俺たちの耳はエルフと同じように尖り、そしてアイギスに関しては、彼女のトレードマークでもある二本の角も綺麗になくなったのである。
「うわ、これは凄いですね」
角のあった場所をいじりながら声をあげるアイギス。角のないアイギスは、どこにでもいるような普通の少女のようである。無論、こんなに可愛らしい子は普通その辺にはいないのだが。
「エルフにならないといけないのは嫌だけど、これも任務の為だから仕方ないわね……さ、早く街まで行きましょう」
シエルに促され、エルフに化けた俺たちは、緊張した面持ちでナタリアへと歩みを進めたのであった。
続きます!