サキュ俺① 勇者パーティをクビになった男、故郷に帰還する。
今回から本編です。よろしくお願いします。
目の前でカップルがイチャついているのが嫌でも目に入る。俺はこれ見よがしに大きなため息をついた。
「リア充なんてこの世から滅べば良いんだ……」
よりにもよってなんで彼らは俺の前でイチャつくのだろうか? こういう情熱的なところがここの「お国柄」なのだから文句を言っても仕方がないことは分かっているのだが、やはり文句を言わずにはいられない。
この国に来て既に2週間近く経つが、どうにも雰囲気が肌に合わないのだ。いや、別に今まで俺に合っていた国などなかったような気もするが、その中でもここは特に合わない気がする。この国の陽気さは、インドア派である俺の身体を毒のように侵食しているような気がしてならない。
「いや、そんなことよりも……」
この国が合わないことは大きな問題だ。だが、俺は今それ以上に大きな問題を抱えていたのである。
「勇者パーティ時代に貯めた金がついに尽きたか……」
俺はほぼすっからかんの財布を見つめながらそう呟いた。
かつて勇者パーティで華々しい活躍をしていた俺ことアレン・ダイは、今やすっかり落ちぶれ、当てもなく異国の街をふらふらと彷徨っていた。
俺がアゼリア王国の勇者リオン・マクブライド率いるパーティを不当に解雇されたのが、今からちょうど3年前の、今ぐらいに気持ちの良い陽気の頃だった。俺はやつに突如としてクビを告げられ、苛立ちのあまり、荷物をまとめて海外行きの船に乗り込んだのだ。
後のことなど何も考えていなかった。あの時の俺はただ悔しく、そして勇者パーティをクビになったことへの恥ずかしさから1秒でも早く逃れたい一心だったのだ。
そしてあれから早3年。この3年間、俺はどれほどホームシックになろうが、意地でもアゼリア王国に還るようなことはしなかった。だが、それも活動資金がなくてはどうにもならないのが実情だ。
異国の地では他に頼るあてもない。この国でクエストをこなそうにも、現地のギルドに登録する必要があるし、その登録にも一定程度のお金が要る。結局のところ、金のない人間が異国で暮らすのは容易ではないということだ。
「これでももった方だ。無駄遣いもしなかったしな。まあ、もう現実逃避もたいがいにしないと駄目ってことなんだろうな……」
手詰まりの俺は、やむなくロクな思い出のない祖国・アゼリア王国に還ることに決めた。アゼリア王国に還るには船に乗るよりほかにない。今の俺にほとんど金はないので、最悪荷物に紛れ込む心算であった。
しかし、船着場で俺が船のチケットの販売員にアゼリア王国に還りたいと言うと、その人から驚きの返事が返ってきたのだ。
「アゼリア王国だって? 確かあの国は半年前になくなったって聞いたぞ」
「……は?」
俺は男の言葉に耳を疑い、その男を思わず二度見どころか三度見してしまった。
何を馬鹿なことをと思い、俺は男を問いただした。しかし話を聞いてみると、どうやらそれは間違いではなく、なんと本当にアゼリア王国はエルフの大軍勢によって崩壊してしまっていたのだ。
「な、なんだってよりにもよってエルフに侵略されちまったんだよ……?」
エルフという種族は、寿命が長く、多様な魔術も使える為、確かに敵に回すと厄介な種族ではある。だが彼らは好戦的ではなく、正直言って戦いには向いていない。そういった種族相手にあのリオン率いる王国軍が遅れを取るとは思えなかった。それにそもそもこれまで幾度となくエルフの反乱軍をアゼリア王国は退けてきたし、今更エルフ相手に彼らが負けてしまうというのは些か考えづらいような気がしたのだ。
「エルフの軍勢といっても、やつらは『魔王軍』と呼ばれている集団だ。魔王軍は今いろんな国に侵略の手を広げていて、アゼリア王国だけじゃなく、他の国もいくつかがやつらの手に落ちたらしいぞ」
「『魔王軍』だって……? なんでエルフが魔王なんてけったいな名前で呼ばれてるんだ?」
俺は思わず疑問を挟んだ。
「俺も詳しくは知らんが、やつらのトップには『ダークエルフ』とかいう新種の種族がいるらしい。やつらはいろんな魔族との混血で、エルフよりもかなり厄介な存在なんだと。まず普通の人間じゃ太刀打ちできねえだろうってさ」
「『ダークエルフ』か……。なんか名前を聞いただけでも厄介そうだな。それで、アゼリア王国の人たちはどうなっちまったんだ?」
祖国には会いたくない奴が数多いるが、同時に会いたい人間も沢山いる。妹や弟たちだって向こうにはいるんだ。なんとかみんなには無事でいてもらわないと困る。
「すまんが、詳しくは分からん。殺されたやつもいるし、強制労働させられているやつもいるって話も聞くな。噂によれば、人間の中で魔王軍に寝返っているやつらもいるとかなんとか」
自分が窮地に陥れば仲間でも平気で裏切るやつは一定数いる。実際、あれだけ俺を支持していた一部の人間も、リオンが俺を解雇した瞬間、俺なんぞには眼もくれなくなってしまった。そういう意味では、エルフに襲われた途端、エルフ側に寝返る人間がいたって別に不思議ではないだろう。
男の話から、アゼリア王国が現在大混乱に陥っていることはよくわかった。だが、分かったところで俺がこんなところにいたのでは埒が明かない。なんとかアゼリア王国に向かわなければ現状を把握することはできないし、妹たちを助け出すこともできない。だが今の王国はエルフが占領しており、人間の俺がやつらに見つかると捕まってしまう為、誰も俺を王国に連れていこうとはしなかったのだ。
それでも、どれだけ止められようとも、俺はなんとかアゼリア王国に戻る方法を探ることにした。危険であることには違いないだろうが、祖国を再び見ずしてこんな誰も知らない異国で一生を終えるわけにはいかないのだ。
するとしばらくして、俺はこれから王国に物資を運ぶと言うドワーフと出会った。小柄だがガタイの良いドワーフの男は、他の奴らと同様、初めは俺が王国に行くことに反対した。
「なんとか荷物に潜り込ませてもらえないか? 頼む、迷惑はかけないから」
しかし、俺がそう必死に懇願すると、彼は根負けしたのか、大げさにため息をつき、「そんなに死にたきゃ乗りな」と言ってくれたのだ。
「命の保証はしねえからな」
「分かってる」
俺はなけなしの金をチップとしてわたし、アゼリア王国に運ぶという荷物の中に紛れ込んだ。これで俺は名実共に一文無しだが、今はそんなことはどうでもいい。向こうは今金でどうこうできる状態ではないだろうしな。
こうして俺は、様々な因縁の渦巻く祖国・アゼリア王国に久々の帰還を果たすことになったのだった。