サキュ俺⑮ イカくさい謎の白い液体
料理を食べ終わり、俺は作ってくれたアイギスに感謝はしつつ、なかなかに刺激的な料理に舌がやられたこともあり、次は絶対に自分で料理を作ろうと俺は心の中で固く決意していた。
すると、不意にアイギスの様子がおかしいことに気が付く。よく見ると顔が赤いような気もするし。俺は心配になって尋ねた。
「アイギス? どうかしたか?」
「……え? な、何かおっしゃいましたか?」
やはり様子のおかしいアイギス。俺は立ち上がってアイギスに近づこうとする。すると、彼女は急に立ち上がり、こんなことを言ったのだ。
「そ、そうだ! アレンさんはお風呂に入られてはいかがですか!?」
そう言いながら声が裏返るアイギス。露骨に怪しい。
「入ってもいいけど、そもそもここって風呂あるの?」
「はい! さっき確認したら、この建物には共同浴場があるみたいです。せっかくですし汗でも流したらいいですよ。その間にお皿とか片しちゃいますから!」
アイギスは矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。そんな強硬な様子の彼女に押し切られる形で、俺は部屋を追い出されてしまった。
しかし部屋を出たものの、俺はどうにも今のアイギスが気になって仕方がなかった。
「あいつ、何か隠してないか……?」
俺は部屋の前で首を捻る。このままでは気になって風呂どころではない。しばし悩んだ後、結局俺はこっそり部屋に戻ることに決めた。
俺は忍び足で部屋に入り込む。すると、キッチンで怪しい鍋をグツグツ煮ているアイギスの姿がこの目に飛び込んできたのだ。
まさかとは思うが、実はあいつは魔王軍の刺客で、俺を毒殺する為の料理を作っているなんてことはないだろうか……?
実際、俺とあいつはほんの数日の付き合いでしかない。いくら一度命懸けの戦いを共にしたとは言っても、それだけで彼女が絶対に俺の敵ではないと断言はできないんじゃないだろうか?
「って、んな馬鹿なことがあるか……」
確かに今の彼女の行動は露骨に怪しい。だがあのど天然サキュバスであるところのアイギスに限って、俺を欺こうとするなんてことはあり得ないんじゃないだろうか。もちろん、普段の彼女すらも偽りであったらもはや見破ることなど不可能ではあるのだが。
とにかく、今は真相を確認する為キッチンに突撃するしかない。俺は覚悟を決め、物陰から一気にアイギスの元へと走り寄ったのだ。
「お前勝手に何作ってんだ?」
「うわあああ!? あ、アレンさん!? なんでもうここに!?」
慌てふためくアイギス。俺が鍋に目を向けると、そこには謎の液体が。そして立ち込めるのは……
「な、なんだこの、イカくさい臭い……? まさかこれって、男のアレから放出される白い液体じゃねえのか!?」
確かに、サキュバスなのにそっち系の補充はいらないのかと今まで疑問に思ってはいたが、まさかこの短時間で他の部屋の男を襲ってあの液体を搾り取ったわけじゃあるまいな……?
「お前! この液体はなんだ!?」
「こ、これはですね……!」
アイギスは必死に鍋を隠そうとしているが、既に存在が露見している以上その行動は完全に無駄だ。そんなこともわからないくらい、今の彼女は慌てているということなのだろう。
「お前まさか、本当に他の部屋の男を襲って、あの白い液体を奪ってきたんじゃ……」
「いくら私がサキュバスだってそんな破廉恥なことしませんよ!」
「だったらこれはなんじゃい!?」
俺が問い詰めると、ようやくアイギスは観念してこの謎の白い液体について話し始めた。
「このスープは男性の身体から放出されるあの白い液体ではなく、それそっくりに作ったお手製スープなんです」
「お手製スープって、なんでそんなもん作る必要があるんだよ……?」
「実は私、思春期になって、定期的に発情してしまうようになりまして……それを抑えるには、どうしても男性の体液が必要になってしまったんです……」
アイギスは泣きそうになりながらもなんとか言葉を紡ぐ。これまで俺はあまり彼女のサキュバスらしい一面は見てきていなかった。しかし、やはり彼女は正真正銘のサキュバスだ。噂通り、彼女が望もうが望むまいが、彼女が男性のあの白い液体を必要となってしまうのも仕方のないことなのだろう。
「それでそのスープってことなのか……?」
一般的なサキュバスは、そうなった場合特に何のためらいもなく男を襲ってあの白い液体を奪うのだろう。だが、彼女は一般的なサキュバスとは違う。彼女には明確に羞恥心がある。そこが他のサキュバスとの決定的な差だ。本能のままに生きられたらさぞ楽なのだろうが、彼女が至極真っ当な羞恥心を持っているせいで、サキュバスとしては生きづらいことになってしまっているのは実に気の毒なことだ。
「はい……。私を不憫に思った母が、私の為に男性の体液の代わりになるものを作ってくれたんです……」
「マジかよ……」
俺はその事実に驚愕する。娘の為を想うことは親として当然だ。だがまさか、男のあの白い液体の代わりのものを作ってしまおうだなんて一体誰が考えるだろうか?
「……ってか、そんなんで本当に代用なんてできんのか?」
「はい。これのおかげで、私は今まで一度も男性を襲わないで済んでいるのです」
苦笑いのアイギス。
「そりゃ、すげえな……」
まさかサキュバスの本能を沈めてしまうなんて、彼女の母親はとんでもないものを発明をしたものだ。ある意味、娘への深い愛情が感じられ、俺はこんな話にも関わらず、なぜか心が少し温かくなるのを感じていたのだった。
だがその時……
「あーダメです! まだ全然足りません!」
突然アイギスが甘い声を出し、鍋に飛びかかった! そして彼女はその白濁の液体を慌てて飲み始めたのだ。
「おい、あんまり慌てると……」
すると、案の定アイギスは鍋をひっくり返し、身体中が液体塗れになってしまったのだ。
「お、おい! 大丈夫、か……」
「あ、あつい……。たくさん、かかってしまいました……」
そう言いながらアイギスは白濁の液体を指ですくい取って口に流し込んだ。その様子は、もはや官能的としか言いようがなかった。
「その飲み方をやめい!」
「だ、だって、もったいないんですもん……」
指を吸うアイギス。尚も恍惚とした表情でスープを飲み続ける。
そんなものを見せられては平静さを保てるわけもない。俺は恥ずかしさを誤魔化すように、「さっさと飲んで帰りやがれ!」と叫ぶことしかできなかった。
「ふぁい、ふいふぁふぇん」
「指咥えながら喋んな!」
と、怒りながらも、こんなくだらないことをしている彼女が魔王軍の刺客などであるはずがないと、俺は確信めいたものを抱いた。それと同時に、仲間を少しでも疑ってしまった自分を恥じたのだった。
スープをほとんど飲み終わり、アイギスはようやく身体の火照りが収まったようだ。
俺は僅かに鍋に残った液体を指差しながら尋ねた。
「これ、どんな味すんだ……?」
「飲んでみます?」
「ま、まあ、本物じゃねえしな。元はお前の母ちゃんが作ったものだし、もしかしたら、味はまともなのかも……」
恐る恐る指につけて味見をしてみる。だがすぐに俺は自身の好奇心を恨んだ。なぜなら、それはとてもではないが人間が飲むような代物ではなかったからだ。
俺は足の力が抜け、その場に倒れ込んでしまった。
「アレンさん!?」
俺に駆け寄るアイギス。俺は消えゆく意識の中最後にこう言った。
「やっぱり、お前、味覚いかれてるよ……」
こうして、俺の新居での最初の1日はこうして過ぎ去ってしまったのだった。
続きます!