サキュ俺⑪ 癒しの女神
弓兵が敗走する中、今度は剣を持ったエルフが勇猛果敢に俺に挑んでくる。
相手がいくら矢が刺さりまくった手負いの人間だろうと、俺の異常な行動を見ては、エルフの剣士にはもはや油断する様子はなさそうだった。
俺はすぐさまやつに切りかかる。だが魔力よりも先に体力が切れ掛かっている俺と、今の今まで温存されてきた相手では身体のキレに歴然たる差がある。
俺はあえなく短刀を絡め取られ、身体のバランスを崩しかける。その好機を逃すまいと、敵は全力の一太刀を俺に浴びせかけに来る。それに対し、さっきの矢を防いだときと同じように、俺はとっさに左腕を出したのだ。
「もらったあああ!」
だが、剣を腕で防げるわけもなく、俺の腕はあっさりやつに切り落とされてしまったのだ。
切断面から血が噴出す。この出血量であれば、いずれ俺が死を迎えることは間違いないだろう。
もはや、状況は絶望的と言わざるを得なかった。俺はもってあと何分だろうか? いやそんなことよりも、今この場で剣士に首を刎ねられてしまったら俺の命は簡単に終わりを迎えてしまうのだ。そんな状況下で後何分もつかなど、それこそ考えるだけ無駄だろう…………と、普通の人間であれば考えそうなものだ。だが俺はそうではないことを、賢明な諸君であればそろそろ学んでもいい頃だろう。
「え……?」
気付くと、俺は残った右手で剣を掴んでいた。それにはエルフも驚くより他になかったのだ。
「ば、馬鹿な!?」
「馬鹿で、結構!」
俺は矢が突き刺さった右足で思い切りエルフの顔面に蹴りを入れる。敵は血を吹きながら砦の下まで飛んでいく。その際剣士は自身の剣を手放していたのだ。
俺は短刀を投げ捨て、エルフが落とした剣を拾いそれを自らの武器とする。俺はハナから武器にはあまり拘りがない。使えそうなものは奪ってでも使う、それが勇者パーティ時代からずっと俺のやり方であった。
剣士が倒れ、その場にはもう敵はほとんど残っていない。故に俺は再び先ほどの戦場へと舞い戻ったのだ。
俺の呼びかけに応じる仲間は既に誰もいない。負傷したか、息絶えたか、それすらも分からない。だが、敵が残っている以上は戦い続けるより他にない。
俺は尚も向かってくる敵と相対し続けた。すると、一人の傷だらけのエルフが俺にこう問うた。
「お前、それだけのダメージを受けながら、なぜ立っていられる……? まるで、痛みを感じていないみたいだぞ……」
「……そうだな、あんたの言うとおり、俺は痛みなんて何も感じてねぇ」
そう言って俺は剣を振るう。一太刀で、その男はもう俺に口を利くことはできなくなった。
俺は再び辺りを見渡す。その目はもはや霞み、ほとんど俺の視界はゼロに近い。見えないからこそ、俺はもう最大限に虚勢を張ることしかできなかった。
「俺はお前らを全滅させるまでは止まらねえ! ほらっ! 早くかかってきやがれ!」
俺は戦場全体に届くくらいの声量で叫ぶ。とはいってもこの出血量だ。こんなものは空元気以外の何者でもない。魔力も既に尽きた。俺が倒れるのも時間の問題だろう……
「アレンさん!」
不意に、とある人物が俺を呼んでいた。俺はぼんやりとした目でその人物を探す。すると朧げながらも、俺はその人の輪郭を捉えることができたのだ。
「あ、アイギス、なのか……?」
二本の角に、こぼれんばかりに大きな胸。それは正真正銘アイギスであった。見ると、アイギスの腹からはもう出血している様子はなさそうだった。
「どうして、お前が……?」
「詳しくは後です。少し静かにしていてください」
アイギスはそう言って俺の失われた左腕に触れる。
「癒しの神イリアよ、どうかこの私めに、あなたの偉大なるお力をお貸しください……」
彼女が祈ると、その手からエメラルドグリーンの光が発せられる。そしてそれは一気に俺の腕を包んだのだ。
すると俺の腕の切断面からの出血が止まった。そして、失くしたはずの腕をその光が形作る。
「こ、こんなことが……」
光が消えると、俺の腕は元通り俺の身体の一部となっていた。
俺が力を込めると指は問題なく稼働し、それが一度失われたとは思えないほど精密な動きをすることもできたのだ。
驚くべきことに、彼女は失った四肢すらも元に戻すことができるほどの実力を有していたのだ。
「良かったです。元通りになって、本当に、良かった……」
「あ、ありがとう、アイギス……ってそれより、お前大丈夫なのか!? さっきやつの魔術弾に腹を撃ち抜かれたはずじゃ!?」
「私は大丈夫です。あの程度なら、自分で治せますから」
「な、なんて強い女なんだ、お前は……」
俺はアイギスの言葉に開いた口が塞がらない。確かに根性はあると思ってはいたが、まさかこれほどまでとは……。
「ってこんなことしてる場合じゃない! やつらはまだ俺たちを狙っているはずだ! 全員倒すまで、まだ休むわけには……」
再び戦いに戻ろうとする俺を、アイギスが制する。アイギスは首を横に振り、俺の身体に手を触れながらこう言ったのだ。
「その必要はありません。この戦いはあなたの勝ちです。もう、私たちを狙っている者はいません。だからもう、あなたはこれ以上は、戦わないでください……」
アイギスは涙を流していた。辺りを見渡すと、確かにアイギスが言った通り、俺たちを狙っている者は既に誰もいなかった。ここで初めて、俺はこの戦いの決着が既についていたことを知ったのだった。
「敵はあなたの力に恐れをなし、沢山の仲間を見捨てて逃げてしまったようです」
「俺たちの仲間はどうしたか分かるか……?」
「助けられた方もいますが、もう、手遅れの方もいました……。でも、これまでどれほどの犠牲を払っても、この砦を落とすことは誰にもなしえなかったのです。だから……私たちは、胸を張って街に帰りましょう!」
アイギスが俺を労う。その目にはもう、涙はなかった。
戦いは静かに終わりを迎える…
続きます!