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想い 3


   こう


「上手くいったんじゃなかったのか?」

「ヤっちゃんの報告だと、相手の子は涙を流すくらい感激したって言ってたのに」

「けどさ、あれはどう見ても」

「そうよね。見事なくらいに落ち込んでいるわよね、航くん」

「というわけで、詳しい説明を聞きたいんだけど」

「ええ、電話で話した通りよ。遅れてきたあの子のために航はあの紙芝居を上演した。それも嗄れた酷い声で。普通なら観ているのが痛ましくて席を立ってしまってもおかしくないような状況だった。けれど彼女は、航の紙芝居を最後までちゃんと観てくれた」

 週に一度の稽古日。俺を除く女三人の会話。文字通り姦しい。

 正直聞きたくない内容だけど、勝手に俺の耳の中に入ってくる。

「それなら、何で航はこんなにもこの世の終わりみたいな様子なんだ?」

「そうよね。最後まで観てくれた。そして航くんの紙芝居で涙まで流してくれたんでしょ。それならヤっちゃんの言う通りじゃないの」

「うん、落ち込む必要なんかないよな」

「それがね、航は彼女が泣いちゃったからレイプになったんだって気落ちしているのよ」

「レイプ?」

「ああ、あれか。紙芝居でセックスをするとかいうの」

「うん、そうそう。泣かせてしまったから失敗だと思い込んでいるのよ」

「泣いたからって失敗というわけじゃないのにね。感動して泣くこともあるし」

「最後までちゃんと観てくれたんだから、きっとそうじゃないのかな」

「そう言ったんだけどね、それに、エッチでいき過ぎて涙が出ることだってあるし」

「……ヤっちゃん。それ親父っぽい」

「ああ、私も同意見だな」

「そうか、……気を付けないと。これでも一応結婚適齢期の見目麗しい乙女なんだから。ちょっと二人とも変な目で見ないでよ。それはともかく、航、聞いていたでしょ。みんなの意見はこうなんだから、そんなに心配しなくても、落ち込まなくても平気だから」

 聞こえないようにしていてもヤスコのデカい声は勝手に耳に入ってくる。

 けど、俺がこんなにも気落ちしてしまっているのは、あの後があったから。

「もしかして、あれから何かあったの?」

 勘の良いヤスコが俺の顔を見て言う。

 即座に顔を逸らす。これ以上はこの話題には触れたくない。

 もう、放っておいてほしい。

「何かあったな、絶対に。さあ、言え」

 顔を背けていたからヤスコの接近に気が付かなかった。一瞬の隙をつかれて押し倒される。これで相手がヤスコでなかったら多少は色っぽいとも思えるような展開なのかもしれないがコイツでは。

「ほら、吐け。吐かないと、こうだからね。二人とも手伝って」

 ヤスコの言葉に舞華さんとゆにさんが素早く動く。俺の両サイドに移動する。

「さあ、言え」

 首を横に大きく振る。断固拒否だ。

「言わないか。それじゃ二人ともやっちゃって」

 ヤスコの言葉が終わるか終わらないうちに二人が同時に俺の脇腹を左右からつつく。

 弱点というか、苦手だ。けど、我慢する、耐える。

「わっ、判った……言うから」

 我慢できなかった、耐えられなかった。十年以上の付き合いのある三人。この女性陣相手に勝てるはずもなし。

「……教室で目が合ったら、すぐに逸らされた」

 あれで確信したんだ。傷付けてしまった、酷いことをしてしまったんだ、レイプをしてしまったんだ、と。

 それまでは半信半疑だったのに。

 でも、目を逸らされた。上演の時にはずっと俺のことを見ていてくれたのに。

 やっぱり、上演なんかしなければよかった。もう何度目か判らない後悔をする。

「それだけなの?」

 肯く。それだけで十分。

「それは泣いちゃったから恥ずかしかっただけじゃないの」

「ああ、そう思うけどな」

「彼女に直接聞いてみたりはしていないの?」

 これも肯いて返事を返す。

「聞かないと判らないよ。傷付けたと思っているのは航くんだけかもしれないじゃない」

「うん、そうした方がいいと思うな。ちゃんと話して相手の気持ちを知らないと」

 できない、そんなこと。

「ああ、なんか面倒臭い理由があって学校内では彼女と自由に話せないんだったっけ」

 黙ったままで肯く。

 校内で、教室で話すと藤堂さんに迷惑をかけてしまう。

「それならさ、もしかしたら今度の日曜日にまた観に来てくれるんじゃないのかな。その時に紙芝居の感想も言ってくれるんじゃ」

 ゆにさんのこの言葉にほんの少しだけ希望が持てたような気が。

「そうそう、焦っても仕方がないんだから。もう出しちゃった後なんだし。彼女の中にアンタが望むような何かが生まれ、育っている最中かもしれないじゃない」

「ああ、紙芝居はセックスか」

「そういえば、ゆにはどれくらいで妊娠が判ったの?」

「うちはそろそろ欲しいねと話し合っていて計算通りにしたから、すぐにかな」

「ゆにはすぐに判別か。思い出したけど美里はひどかったよね」

「うんうん、ずっと気が付かなくてお腹がなんか出てきたなと思ったら懐妊だから」

「危なかったよね。気が付かないままだったら、その彼氏と別れてシングルマザーになるところだったんだから」

「まあ、自業自得な部分もあるし。あの子結構遊んでいたから」

「ああ、そういえばそうだったよね」

 三人が一斉に笑う。

 だけど、俺は笑えない。

 元気付けてくれるのはいいけど、それが生々しい方向に脱線するのは止めてくれ。

 もう少しくらい異性に対して幻想を持たせてくれよ。

 まあでも、少しは元気が出たような気がする。

 けど、そのことを口にして出してしまうと面倒なことになりそうだから、心の中で密かに三人に礼を言うことにする。


 待望の日曜日、紙芝居の日。

 しかし、藤堂さんの姿はなかった。


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