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想い


   みなと


 結城くんが創った、私に観てほしいと言っていた紙芝居『僕の声知りませんか?』が始まる。

 結城くんの声はもうボロボロ、酷い状態。

 いつもの紙芝居なら、優しく響く音なのに、今はすごく聞き辛い音に。

 走ってきたから息が切れて苦しい胸が、もっと苦しくなってくる。私が遅れてさえこなければ、もっと早い時間に来ていれば、こんな声での上演なんかしなくてもよかったのに。

 観ているのが辛い。

 辛いけど、ちゃんと観ていないと。

 この上演は、多分だけど、私のために上演してくれているのだから。

 でも、やっぱり辛い、観ていられない、聞いていられない。

 こんな酷い状態で無理に上演しなくても、もっと体調の良い、声の出が良い時に、改めて上演してくれれば。

 そうだ、私が席を立って帰ってしまえば。そうすれば、結城くんはもうこれ以上紙芝居をする必要はなくなるはず。

 それなのに私の体はベンチに座ったまま動かない。結城くんの紙芝居を観ているだけ。

 結城くん独特の声を変えながらの紙芝居が続く。

 いつもの上演よりもはるかに負担が大きそうだ。

 目を覆いたくなった。耳を塞ぎたくなった。

 居たたまれないような気持ちに。

 けど、そんなことはできない。ちゃんと観ないと。聞きにくい声でも一言も聞き逃さないようにしないと。

 結城くんが私を見ながら上演するように、私も結城くんをずっと見ている。

 私には付き合っている先輩がいる。だけど、その先輩を見るよりも真剣に。

 こんな風に一人の男の子にずっと視線を向けているのは、もしかして初めての経験かもしれない。

 声が変化したような気がした。

 嗄れているのが治ったわけじゃない。出しにくそうにしているのが改善されたわけじゃない。まだまだ聞き辛く、油断をしていると聞き逃してしまいそうな声だけど、その中にいつもの柔らかさのような音を感じる。

 観ていて、聞いていて、辛さを感じなくなっていく。

 紙芝居を観ているのが、結城くんを見つめているのが、徐々に楽しく面白くなってくる。

 結城くんの創った紙芝居にどんどんと惹き込まれていく。

 目で、声で、全身で、芝居で、全てで私を楽しませようとしてくれている。

 優しい声が私の体の隅々を、心の内を、優しく、気持ちよく撫でていく。

 もう心配することなんか忘れていた。結城くんの紙芝居を楽しむ。

 以前に結城くんが危惧したようなレイプ、私を傷付けるような紙芝居じゃない。

 セックスだ。

 結城くんは私を喜ばそうと、気持ち良くさせようと上演してくれている。

 そう思うと、急にお腹の辺りが温かくなってきたような気が。

 気持ち良くなってくる。

 ずっとこのまま、この気持ちの良さに、本当のセックスでは感じたことがないような快楽にずっと浸っていたい。

 だけど、この気持ち良さは、快楽は、紙芝居は永遠には続かない。いつかは終わりを迎える。

 上演開始時とはまるで違う、やりきったような、満足げな結城くんの顔。

 私はセックスを経験している。男の人は精子を出すと満足することを知っている。

 まさにそんな表情。

 だったら、私も結城くんの出したものを受け止めないと。

 恍惚の表情で結城くんがお辞儀をする。すばらしい上演には拍手で応えないと。

 手を叩く。痛くなるくらい大きな音で。

 拍手しながら考えた、というか思った。

 もしかしたら、あの主人公のクマのヌイグルミは私だったのではないのか。

 少し前まで私は悩んでいた、苦しんでいた。この場所で結城くんに話しを聞いてもらったこともある。そんな私へ、周りのことであまり悩まなくても、君は君という、メッセージだったのかもしれない。 

 たしかに苦しんでいる時期にこの紙芝居を観ていたら、もしかしたら余計に苦しみ、悩んでいたかもしれない。傷が深くなっていたかもしれない。

 でも、今はそんなことはない。ちゃんと結城くんのメッセージは私の中に届いた。

 結城くんはずっと私のことを見てくれていたんだ、気にかけていてくれたんだ。

 私が結城くんの背中を見ながら心配したり、応援したように、彼も私のことをずっと。

 まるで二人の想いがずっと通い合っていたような気が。互いに相手のことを。

 体の中が一瞬で熱くなったような。紙芝居を見ている時も火照りを感じていた。けどそれは温かな気持ちの良さ。今度のは体の中。多分、お腹の底から熱が吹き上げて身も心も焦がしてしまうような感覚。不思議な、変な気持ち。

 そうかこの気持ち、好きという感情なんだ。

 私が今まで経験したことのない感情。

 気が付かなかった。私がこれまで結城くんを見る度にドキドキしていたのは、私が結城くんのことを好きになっていたからなんだ。

 全然気付かなかったけど、いつの間にか初恋をしていたんだ、私。こんな素敵な紙芝居をしてくれた人に。

 そう考えると、体がまたさらに熱くなっていく。顔も熱い。瞼も、目も熱くなっていく。

 涙が自然にあふれてくる、勝手に流れ落ちていく。

 歪んだ視界の先に結城くんの微笑み。

 その顔を見ていたら、急に恥ずかしくなり逃げ出してしまった。


 家に帰り着いても、自分の部屋で一人になっても、結城くんのあの紙芝居の声はまだ耳に、私の中で優しく響き続けていた。

 すごく幸せな気分に。

 それと合わせて、ようやく気が付いた自分の体験する初めての感情で、もっと幸せな気持ちが倍増、それ以上に膨らんでいく。

 ドキドキと早鐘のように鳴り続ける心臓。以前の私はこの音の原因がすっと分からずに戸惑っていた。

 でも、今は分かる。ちゃんと理解できる。

 私は彼のことが、結城くんのことが、好きなんだ。

 自覚をすると、心臓の音はもっと大きく、早くなっていく。

 部活中の激しい練習でもこれくらい心臓が苦しくなることはある。けど、それは苦しいだけ。けど、今は苦しみよりも喜びが勝っている。

 この気持ちを声に出して外に出したいような、文字にして残したいような衝動に駆られる。でも、そんなことをするのは恥ずかしいような。

 一人で楽しんでみる。

 いつ芽生えたのか判らないけど、今はハッキリと自覚しているこの気持ちを大事に抱いたまま眠りについた。

 

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