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僕の声知りませんか? 2


         八


『「出タナ怪獣メ。平和ヲ乱スモノハ退治シテヤル」

 そう言うとロボットはクマのヌイグルミに銃を向けます。

 クマのヌイグルミは慌てて逃げ出します。』


 ここは少しコミカルな演技を。

 藤堂さんの顔が。

 少し笑ってくれている。

 俺の意図が見事にはまる。

 この顔をもっと笑顔にしたい、暗い顔にしたくない。

 けど正直もう喉は限界に近い。声を出すどころか、息をするのでさえ苦痛だ。

 でもそれをひた隠しして紙芝居の上演を。

 藤堂さんを楽しませるために無理をする。


         九


『「待テッ」

 ロボットは飛行機に変形して、クマのヌイグルミを追いかけてきます。

 クマのヌイグルミは必死に逃げます。

 このままでは銃で撃たれてしまいます。』


 楽しませるんだ、気持ち良くさせるんだ、悦ばせるんだ、セックスをするんだ。

 セックスという表現はあの人からの受け売り。

 だけど俺には本当のセックスの経験はない。興味はあるけど、そんなことをしたことがない。

 でも、想像はできる。

 きっと得も言われぬような快感なのだろう。

 それを紙芝居でしてみたい。

 疲労困憊のはずなのに、声と喉は限界のはずなのに、身体が気持ち良くなってくる。と、同時に心も。

 いつしか快楽が俺の中を駆け巡る。

 藤堂さんを悦ばせるために、あらんかぎりの声を搾り出す。


         十    


『飛行機に変形したロボットから逃げているうちに、クマのヌイグルミは今まで一度も来たことのない場所へと。

 そこは棚と壁の間の狭くて暗い場所。』


 俺だけが一人気持ち良くなっても、快楽の溺れてもしかたがない。それではただのオナニーになってしまう。

 肝心なのは藤堂さんに気持ち良く観てもらって、楽しんでもらうこと、そして悦んでもらうこと。

 己の気持ち良さにだけ身を委ねてしまわないように、意識しながら紙芝居を続ける。 

 

         十一


『「こんな場所に他のおもちゃが来るとは珍しいな」

 クマのヌイグルミに話しかけたのはボロボロのネズミのヌイグルミでした。

「あの、僕の声知りませんか?」

 お婆さんの声で聞きます。

「しゃべっておるではないか」』


 喉は相変わらず痛かったし、苦しい。でも藤堂さんが楽しんでくれるために短い文章でも工夫しながら読む。

 その効果があったのか藤堂さんが少しずつ身を乗り出して、前のめりになって観てくれている。  

 

         十二


『「あの、今まで色んな子供が僕で遊んでくれました。だから僕、色んなものになっているうちに自分の本当の声が判らなくなってしまったんです。ある時は普通のクマのヌイグルミ。ある時は怪獣役、そしたら今度は女の子役、次は男の子役。他にも魔女や怪物、お爺さんにお婆さん、それから赤ちゃん、後はロボットもありました。次々と役割が変わって、どれが本当の自分の声か思い出せないんです」

 話しているうちにクマのヌイグルミの声がどんどんと変わっていきます。

 でも、ネズミのヌイグルミは他のおもちゃのように怒ったりはしませんでした。』


 もう自分がどんな声を出しているのか全く判らない。

 それでも俺の声は一応ちゃんと外へと出ているはず。自分では声を出しているつもりだけど聞こえていない、そんな可能性もあるけど、けれど藤堂さんの顔を見ていれば判る。俺の声はちゃんと彼女のところに届いている。聞いてくれている。

 それが気持ち良い、快楽に感じる。


         十三


『「大丈夫じゃよ。色んな声があっても。それは全部お前さんの声。気にしなくてもそのうち本当の声は思い出すじゃろ。それにな、色んな声があるのは色んな子供に遊んでもらっている証拠じゃ。子供達に愛されておるんじゃ」

 そう言うとネズミのヌイグルミは大笑いしました。』


 この気持ち良さを一刻も早く出したい、放出したい。

 男にとってセックスの一番の快感は、まあ俺はまだ童貞で経験したことはないけど、精子を放出する瞬間。

 だけど、ここで出してしまったら早漏になってしまう。

 まだ藤堂さんを気持ち良くさせていない。俺だけ先に達してしまってはただの自己満足に終わってしまう。

 それに肝心なことをまだ告げていない。

 この紙芝居を創った理由、一番大事なメッセージを藤堂さんに告げていない。

 色んな自分の立場に悩まなくたっていい。俺はそのままの藤堂さんが好きだ。

 けど、この想いがそのまま藤堂さんに伝わるとは考えてはいない。どう受け取るかは、観ている側の自由だ。

 本音を言えば届いてほしいと願っているけど。

 藤堂さんの様子を。

 笑ってくれているように、楽しんでくれているように、そして俺の想いが届いているように思える。

 俺の中での快楽が強くなっていく。

 もうボロボロの状態での紙芝居の上演だけど、すごく気持ち良い。


         十四


『それから暫くしてクマのヌイグルミは本当の声を思いだしました。

 でもね。時々、また自分の声を忘れちゃうんだって。』

  

 終わった。まさに性も根も尽きてしまった。

 最後はどんな声になっているかさえ判らない有様。それどころか自分では声を出しているつもりでも、全然出ていない、出ていても藤堂さんには届いていないということもあるかもしれない。

 けど、とにかく終わった。

 ボロボロになっているのは声と喉だけじゃなかった。知らない間に、全然気が付かなかったけど下半身がすごく重たく、ダルく感じる。全身に、とくに腰周りがいつの間にか汗だくになっていて、少し気持ち悪い。

 まさに疲労困憊といった感じになっている。

 長いこと、といっても二年弱くらいの紙芝居経験だけど。こんなことになるなんて初めてのこと。

 ああ、あの人が昔酔って言っていたことがあったな。セックスの後は下半身が異様に疲れるって。本当のセックスじゃないけど、それと同じようなことが俺の身にも起きたんだ。

 拍手が起きる。

 小さいけど、心地良い。充実感、充足感を感じる。

 やったんだ、と喜びに浸りたくなる。

 稽古通りにはいかなかった。けど、気持ち良かったことには変わりない。また、したいと心の底から思えてくる。

 拍手の音を聞きながらお辞儀。本日最後の挨拶を。

 顔を上げる。藤堂さんの顔が映る。上演中よりもクリアに見える。

 泣いている。

 気持ち良くさせたはずなのに。どうして涙なんか流しているんだ。

 俺は自分一人だけが気持ち良いセックスをしていたのか。藤堂さんを傷付けてしまうレイプをしてしまったのか。

 判らない?

 セックスだったのか、レイプだったのか。

 判らない。


 その後のことは、あまり憶えていない。記憶が曖昧だった。


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