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初体験 2


   みなと


「もう一本紙芝居を上演します」

 いつもの優しく、それでいてよく響く声じゃない。ガラガラの潰れたような音。

 最後の紙芝居の上演を終えた後、もう声は、喉の状態は大変なはずなのに、それなのに結城くんはもう一本紙芝居を上演するという。 

 結城くんは私を見ている。

 絶対に私のせいだ。私が遅れてきたから、こんな状態になっても上演すると言ってくれているんだ。ちゃんと時間通りに来ていれば、こんな声で紙芝居をすることなんかなかったのに。

 申し訳ないという想いが私の中で急速に発達していく。

 心の中が悲しみと苦しみの雨雲で覆いつくされてしまう。

 そんな辛そうな声でしなくてもいいのに。今度は遅れないようにちゃんと来るから。その時に結城くんの創った紙芝居を上演してくれれば。

 言わないと、そのことを。それからせっかく伝えてもらったのに間に合わなかったことへの謝罪もしないと。

 それなのに私の体は動かない。まだその場に立ち尽くしたまま。

 宣言をした結城くんがヤスコさんから紙芝居を受け取る、台座の中に入れる。

 私はまだスポーツバッグを持って立ったまま。

 私を見ていた結城くんの視線が空いているベンチへと。

 結城くんが何か言葉を発したわけでもないのに、彼の何が言っているのか分かったような気が。私にベンチに座れと促しているんだ。私が座らないと、紙芝居を始めないと言っているんだ。

 紙芝居を観られるのはうれしいし、楽しいはずなのに、全然うれしくもないし、楽しくもなってこない。

 そうだ、私がここからいなくなれば結城くんはもう紙芝居をする必要なんかないはず。もうこれ以上声を出さなくてもいいはず、無理をする必要なんかないはず。

 急いで回れ右をして、結城くんに背中を向けて一刻も早く立ち去らなければ。

 それなのに私の体はまだ立ち尽くしたまま。

 動かない。急いで離れないと。そうじゃないと結城くんは紙芝居の上演を始めてしまう。その結果今よりも酷い声に、痛々しくなるのは目に見えているのに。

 でも、観たいという気持ちが私の中にまだ小さく燻っている。だから、動けないのだろうか。

 動かない私をまた結城くんは見る。その目はまだ私に座れと促しているように映る。

 結城くんの目に従う。

 私は重たく、邪魔なスポーツバッグを持ってベンチへと歩き出す。さっきまでは全然動いてくれなかったのに、今度はスムーズに進む。

 荷物を降ろし、座る。

 やっぱり私を待ってくれていたんだ。

 私が座ると同時に結城くんは紙芝居の台座を開いた。



  こう


 決めた、決意した、決心した。

 それを声にして出す。

 案の定これまでの上演がたたってか、俺の口と喉からは酷い音が。本当にこの状態で紙芝居を最後まで上演することができるのか。いや、それ以前に途中で力尽きて声が出なくなってしまうような気もしてくる。

 するとは言ったものの途端に弱気の虫が疼きだす。

 けど、決めたんだ。今から上演すると。間に合わなかったと思い立ち尽くし泣いている藤堂さんの顔を涙を乾かすために。

 いつの間にか俺の横へとやってきたヤスコが、俺に例の紙芝居を手渡す。

「しっかり感じさせなさいよ、あの子がいくような上演をするのよ」

 卑猥な言い方。いつもならそんな風に感じて、文句の一つも言うんだけど、今は言わないでおく。

 言う余力がないのも確かなことだけど、俺がこれからする紙芝居はヤスコの言う通り。

 紙芝居で藤堂さんとセックスをする。この作品で彼女を悦ばせる。

 受け取った紙芝居を台座の中に入れる。

 藤堂さんの方をジッと見つめる。目が悪いから、どんな顔をしているか判らない。

 さっきは焦点があってあんなにハッキリと見えていたのに。

 けど、とりあえずベンチに座ってほしい。そんな風に立ったままじゃなくて、一生懸命に走ってきた身体を休める意味もあるし、それ以上に落ちついて観覧してほしい。

 見つめる。けど、座ってくれない。そのまま棒立ちのまま。

 一度空いているベンチに視線を送る。声を出して促してもいいんだけど、その声を出すのはとっておきたい。この後の紙芝居のために力を残しておきたい。

 でも、俺の想いは伝わらない。藤堂さんは移動しない、突っ立たまま。一ミリも動いていないんじゃないのかと錯覚するくらいに固まったまま。

 俺の意図は見事な空振りに。

 諦めない。もう一度目線を送る。今度は通じてくれと願いながら。

 祈りが通じたのか、俺の意図を理解してくれたのか、ようやく藤堂さんはベンチに座ってくれる。これで紙芝居を始められる。

 台座を開く。俺が書き、ヤスコが描いた紙芝居がお目見え。

 初体験だ。

 独りよがりの紙芝居はしない。

 藤堂さんを悦ばせるセックスになるようにしないと。

 絶対にレイプにならないような上演を。

 気を付ける、肝に銘じる。

 でも、すぐには始めない。本当ならば今すぐにでも開始したい、こうしている間にも声が出なくなってしまいそうだから。

 深呼吸をして高まる気持ちを少しだけ落ち着かせる。

 そしてそれから、

「僕の声知りませんか?」

 生まれて初めて創った、藤堂さんとセックスをするために書いた紙芝居の題名を。

 やっぱり酷い音が。それに喉も痛い。

 思うように声が出せない。


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